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溶けていく
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<side友哉>
部屋の扉が開く音がする。
誰かが中に入ってくる。
そして、リビングの扉がゆっくりと開かれた。
ソファーに座っていた私の目に飛び込んできたのは、持っていた荷物を投げ捨て私の元に駆け寄ってくるアーチーの姿。
26年前、心から愛し合ったあの時と同じ、愛しむような目で私だけを見つめながら駆け寄ってくる。
『――っ、ト、モヤ……ッ。会いたかったっ!!』
アーチーに会えたらなにを言おうか考えていたのに、なにも言葉が出てこない。
『アーチー……』
絞り出したのは、名前だけだった。
この名前に自分の思いを詰め込んで、抱きしめてくれたアーチーを私からも強く抱きしめた。
もう離れたくない!
離して欲しくない!
その一心で必死に抱きついた。
その温もりと匂いを感じた途端、一瞬にして身体が疼くのがわかった。
この26年、一度たりとてそんな反応はなかった。
それなのに、アーチーの匂いを感じただけで身体が反応してしまう。
やっぱり私にはアーチーだけなのだと改めてわかる。
どうして離れてしまったのだろう……。
そんなに辛くてもアーチーを待てばよかったのに……。
とめどなく溢れる後悔の念に押しつぶされそうになる。
どうしていいかわからずにひたすらに抱きしめていると、ふわりと身体が浮いた。
「えっ?」
『トモヤ、ちゃんと話そう』
アーチーは優しく囁くと、私がさっきまで座っていたソファーに私を抱きかかえたまま座った。
『私にとってもあの日のことは忘れたくても忘れられない辛い思い出になっていた。だから一生自分の中だけにとどめておこうと思っていたが、こうしてトモヤと巡り会えたから全てを話すよ』
その言葉にドキドキしながらも私は小さく頷いた。
『私はあの日、トモヤを腕に抱いて幸せなままに先に目を覚ました、そして、トモヤへの一生の愛を誓うために自分の部屋に帰ったんだ』
『一生の愛を誓うため? どういうこと?』
話が終わるまでは黙って聞いていようと思ったのに、思いがけない言葉につい反応してしまった。
アーチーは私の質問に優しく答えてくれた。
『我が家に代々伝わる指輪があるんだ。それをトモヤに渡してプロポーズをしようと思っていた。本当はその指輪を渡してトモヤに受け入れてもらってから愛し合うつもりだったが、あの日トモヤとの愛が燃え上がって自分の部屋まで連れ帰ることも我慢できずにあの店のすぐ近くにあったトモヤの家で愛し合った。もちろん、そのことに後悔はしていない。だから、トモヤが寝ている間に、急いで指輪を取りに戻ったんだ。そして、指輪と花束を持って改めてトモヤにプロポーズしようと思って部屋に行ったら、トモヤの姿が消えていたんだ……」
『えっ……それって……』
『おそらくだが、私が部屋を出た後にトモヤが目を覚まし、トモヤは私がトモヤを捨てて逃げたと思い込んでしまったのだろう』
そんな……。
私がもう少し待っていたら……こんなふうに離れずに済んだ?
自分のしでかした罪の大きさに手が震える。
『ごめん。トモヤを責めるつもりじゃないんだ。あの時は私もなにも考えずに指輪とプロポーズのことだけしか考えられなかった。あの日、メモでも残していたらこんなふうにはならなかった。全て私のせいだ』
『アーチー……』
『でもあの時の私は、運命の相手に去られたショックでそのまま意識を失い、気がついたら三日が経っていた。トモヤが私を捨てたのだという事実を受け入れられずにしばらくはなにも手につかなかった。何度も葛藤を繰り返し半年後に覚悟を決め、ようやく私は日本にいるトモヤに会いに行った』
『えっ……? 日本、に?』
『ああ。なんとかしてトモヤの住所を探し出して会いに行ったら、トモヤは可愛い赤ちゃんを抱いていた』
『――っ!!!』
『トモヤはずっと独り身だと思っていたし、トモヤ自身もそうだと言っていたから裏切られたと思った。本当は既婚者だったのだと。それを知って苦しくて、辛くて……その場に飛び出して、伴侶からトモヤを奪ってしまいたいとさえ思ったよ。でも、どう見ても生まれたばかりの子から父親は奪えない。家庭を壊すわけにもいかず、私は身を引くしかなかった。失意のままに帰国したんだ』
アーチーが私に会いにきてくれていたなんて思いもしなかった。
そして、養女にした娘との姿を見て勘違いされていたなんて……。
『でも、あの時の子はトモヤの子ではなかったのだな。私が勇気を出してあの時尋ねていたらこんな勘違いをしなくて済んだのに……申し訳ない』
『あの、でも……エリックさんは? アーチーのお孫さんだと言うなら私と出会った時にはもう生まれていたはずでしょう?』
『それもトモヤと同じだ。あの子は私の本当の孫ではない』
『えっ?』
本当の孫じゃない? どういうこと?
『あの子は、私の兄の孫だよ。結婚どころか、ずっと恋人もいない私の財産をゆくゆくは相続してもらうためにエリックが十歳になった時に私の孫になってもらった。トモヤを失った私は一生一人でいる覚悟をしていたからね』
『そんな……っ』
じゃあ、本当にアーチーは私のことだけを思ってくれていた?
『誤解を解きたい。そして、もう一度トモヤと愛し合いたい。本当に心からトモヤを愛しているんだ!』
アーチーのまっすぐな気持ちが頑なだった私の心を溶かしていく。
私はこの手を取っていいのだろうか?
悩む心とは裏腹に、私の手は彼を強く抱きしめていた。
部屋の扉が開く音がする。
誰かが中に入ってくる。
そして、リビングの扉がゆっくりと開かれた。
ソファーに座っていた私の目に飛び込んできたのは、持っていた荷物を投げ捨て私の元に駆け寄ってくるアーチーの姿。
26年前、心から愛し合ったあの時と同じ、愛しむような目で私だけを見つめながら駆け寄ってくる。
『――っ、ト、モヤ……ッ。会いたかったっ!!』
アーチーに会えたらなにを言おうか考えていたのに、なにも言葉が出てこない。
『アーチー……』
絞り出したのは、名前だけだった。
この名前に自分の思いを詰め込んで、抱きしめてくれたアーチーを私からも強く抱きしめた。
もう離れたくない!
離して欲しくない!
その一心で必死に抱きついた。
その温もりと匂いを感じた途端、一瞬にして身体が疼くのがわかった。
この26年、一度たりとてそんな反応はなかった。
それなのに、アーチーの匂いを感じただけで身体が反応してしまう。
やっぱり私にはアーチーだけなのだと改めてわかる。
どうして離れてしまったのだろう……。
そんなに辛くてもアーチーを待てばよかったのに……。
とめどなく溢れる後悔の念に押しつぶされそうになる。
どうしていいかわからずにひたすらに抱きしめていると、ふわりと身体が浮いた。
「えっ?」
『トモヤ、ちゃんと話そう』
アーチーは優しく囁くと、私がさっきまで座っていたソファーに私を抱きかかえたまま座った。
『私にとってもあの日のことは忘れたくても忘れられない辛い思い出になっていた。だから一生自分の中だけにとどめておこうと思っていたが、こうしてトモヤと巡り会えたから全てを話すよ』
その言葉にドキドキしながらも私は小さく頷いた。
『私はあの日、トモヤを腕に抱いて幸せなままに先に目を覚ました、そして、トモヤへの一生の愛を誓うために自分の部屋に帰ったんだ』
『一生の愛を誓うため? どういうこと?』
話が終わるまでは黙って聞いていようと思ったのに、思いがけない言葉につい反応してしまった。
アーチーは私の質問に優しく答えてくれた。
『我が家に代々伝わる指輪があるんだ。それをトモヤに渡してプロポーズをしようと思っていた。本当はその指輪を渡してトモヤに受け入れてもらってから愛し合うつもりだったが、あの日トモヤとの愛が燃え上がって自分の部屋まで連れ帰ることも我慢できずにあの店のすぐ近くにあったトモヤの家で愛し合った。もちろん、そのことに後悔はしていない。だから、トモヤが寝ている間に、急いで指輪を取りに戻ったんだ。そして、指輪と花束を持って改めてトモヤにプロポーズしようと思って部屋に行ったら、トモヤの姿が消えていたんだ……」
『えっ……それって……』
『おそらくだが、私が部屋を出た後にトモヤが目を覚まし、トモヤは私がトモヤを捨てて逃げたと思い込んでしまったのだろう』
そんな……。
私がもう少し待っていたら……こんなふうに離れずに済んだ?
自分のしでかした罪の大きさに手が震える。
『ごめん。トモヤを責めるつもりじゃないんだ。あの時は私もなにも考えずに指輪とプロポーズのことだけしか考えられなかった。あの日、メモでも残していたらこんなふうにはならなかった。全て私のせいだ』
『アーチー……』
『でもあの時の私は、運命の相手に去られたショックでそのまま意識を失い、気がついたら三日が経っていた。トモヤが私を捨てたのだという事実を受け入れられずにしばらくはなにも手につかなかった。何度も葛藤を繰り返し半年後に覚悟を決め、ようやく私は日本にいるトモヤに会いに行った』
『えっ……? 日本、に?』
『ああ。なんとかしてトモヤの住所を探し出して会いに行ったら、トモヤは可愛い赤ちゃんを抱いていた』
『――っ!!!』
『トモヤはずっと独り身だと思っていたし、トモヤ自身もそうだと言っていたから裏切られたと思った。本当は既婚者だったのだと。それを知って苦しくて、辛くて……その場に飛び出して、伴侶からトモヤを奪ってしまいたいとさえ思ったよ。でも、どう見ても生まれたばかりの子から父親は奪えない。家庭を壊すわけにもいかず、私は身を引くしかなかった。失意のままに帰国したんだ』
アーチーが私に会いにきてくれていたなんて思いもしなかった。
そして、養女にした娘との姿を見て勘違いされていたなんて……。
『でも、あの時の子はトモヤの子ではなかったのだな。私が勇気を出してあの時尋ねていたらこんな勘違いをしなくて済んだのに……申し訳ない』
『あの、でも……エリックさんは? アーチーのお孫さんだと言うなら私と出会った時にはもう生まれていたはずでしょう?』
『それもトモヤと同じだ。あの子は私の本当の孫ではない』
『えっ?』
本当の孫じゃない? どういうこと?
『あの子は、私の兄の孫だよ。結婚どころか、ずっと恋人もいない私の財産をゆくゆくは相続してもらうためにエリックが十歳になった時に私の孫になってもらった。トモヤを失った私は一生一人でいる覚悟をしていたからね』
『そんな……っ』
じゃあ、本当にアーチーは私のことだけを思ってくれていた?
『誤解を解きたい。そして、もう一度トモヤと愛し合いたい。本当に心からトモヤを愛しているんだ!』
アーチーのまっすぐな気持ちが頑なだった私の心を溶かしていく。
私はこの手を取っていいのだろうか?
悩む心とは裏腹に、私の手は彼を強く抱きしめていた。
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