ロイヤルウェディング 〜忘れられない恋をもう一度

波木真帆

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二人の気持ち

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そして最後の夜。
食事の後に連れて行かれた店は、店の中心にグランドピアノが置いてあるBAR。
日本も含めて初めてのBARに少し緊張してしまう。

『んっ? どうかした?』

『あ、いえ。僕が入れるような店じゃないかなって……』

『何を言っているんだ。トモヤは私の大切な友人だから一緒にきたかったんだ』

『アーチー……』

『最後の夜を楽しもう』

最後の夜……その言葉が僕の胸に突き刺さったけれど、僕を楽しませようとしてくれるアーチーの気持ちは無駄にしたくなかった。

いつもの夕食の時間より少し遅いからか、僕たちの他にはお客さんがいない。
でもその方がアーチーとの時間をたっぷり過ごせる。

アルコールは強くないと話をしていたのを覚えていてくれたのか、軽いカクテルを飲ませてくれた。
甘くて美味しいカクテルに感嘆の声をあげていると、アーチーが僕に笑顔を向けた。

『私のわがままを聞いてくれるかな?』

『わがまま? なんですか?』

『トモヤのピアノが聴きたいんだ。あのピアノで聴かせてもらえないか?』

話の流れでピアノを習っていたと言ったのを覚えてくれていたんだ。
あんなの忘れられていたって当然だと思っていたのに。

『あまり上手じゃないですよ』

『いいんだ。トモヤが弾きたいものを聞かせて欲しい』

アーチーがそんなに望んでくれるなら弾かないなんて選択肢はない。
他にお客さんもいないし、間違えてもいいか。

『わかりました。じゃあ、弾いてみますね』

僕はゆっくりとピアノに近づいた。
そのピアノがスタインウェイであることに気づいて少し怯んだけれど、ここで止めるわけにはいかない。

ドキドキしながらピアノを前に座り、ポーンと一音押してみた。
その綺麗な響きに胸が高鳴った。

何を弾こうか。
そっとアーチーを見ると、僕を優しく見つめてくれているのがわかる。

最後の夜だ。もう自分の思いに気づかれてもいい。
僕はアーチーへの思いを込めてあの曲を選んだ。

リストの愛の夢。

それしか思いつかなかった。

ゆっくりと音を奏でると、アーチーがスッと立ち上がる。
そしてピアノを弾く僕の隣に立った。

見つめられながら、アーチーが歌を歌い始めた。
僕のピアノに乗せて、愛の言葉を囁いてくれる。
この甘い言葉はただの歌詞なのか?
それとも……?

それでもずっと聞いていたくて必死にピアノを弾き続けた。

ピアノを弾き終えると、アーチーは僕の隣にスッと腰を下ろした。

『トモヤ。今の歌は君への気持ちだ。わかってくれるだろう?』

『アーチー……本当に?』

『ああ。トモヤを私のものにしたい』

『んんっ……』

重ねられた唇から離れるなんてできなかった。

アーチーの気持ちが本当であればいいと願いながら、僕は全てを捧げた。
僕の部屋で過ごしたアーチーとのあの日の夜は人生で最高の時間だった。

けれど、目を覚ました僕の目に飛び込んできたのは、誰もいないベッド。
僕の身体に温もりと匂いを残して、アーチーは僕の前から忽然と姿を消した。

――ロサラン人は一生に一人だけを愛し続ける。だから、この国にアバンチュールは存在しない。

でも、アーチーはロサラン人じゃない。彼にとって、僕はただの遊び。
観光に来ていた大学生と一夜の情事を楽しんだだけ。

行為の最中に何度も愛していると言ってくれたのも、情事を楽しむだけのただの言葉。
何も意味はなかったんだ。

それがわかったから、僕は急いで帰国の準備をしてロサランを離れた。

それが遠い日の思い出。


<side透>

『彼がロサラン人であったなら、それは永遠の誓いだったのかもしれない。でも、残念ながら彼も、そして私もロサラン人ではなかった。だが、私はその口づけが永遠の誓いであったらよかったと思うほどには彼に想いを持っていた。でも、彼は違ったみたいだ。異国で出会った相手とのただのアバンチュールに過ぎなかったようだな』

『どうしてそう思ったんですか? エリックさんのお祖父さんだって教授に思いを持っていたかも……』

僕の言葉に教授は悲しげな表情を浮かべながら、顔を小さく横に振った。

『目が覚めたら彼の姿はなかったんだ』

『えっ、そんな……っ』

『だから、私は急いで荷物をまとめて帰国した。全て夢であったと自分に言い聞かせながら日々を過ごしたよ。でも、あの日彼が歌ってくれた声も唇の感触も、君に出会ったことで一気に甦ってしまった。申し訳ない』

『いえ、祖父の代わりに私が謝罪しなければ……』

エリックさんはお祖父さんの昔の出来事を初めて知ったみたいだ。辛いだろうな。

『いや、謝罪など私は何もいらない、それに君のような孫がいるということは、彼は私の前から消えて正解だったということだよ。あの時の彼の判断は間違いではなかった。それが知れただけで十分だよ。さぁ、私の話はこれまでだ。小芝くん、吾妻くん。君たちの話を聞かせてくれないか?』

教授が必死に笑顔を見せてくれるが、その笑顔を見るのが辛い。

『あ、あの……教授も、幸せだったんですよね? つい先日も娘さんの結婚式に出席してましたし……』

『ああ。もちろん幸せだったよ。あの子は私の本当の娘ではないが、愛情をたっぷり注いで育てたからね』

『えっ? 本当の子どもじゃないって……』

『私がロサランから帰国して彼のことを必死に忘れようと過ごしていた頃、私の妹が交通事故に遭って義弟と共に亡くなったんだ。その時、お腹にいたのが娘だよ。奇跡的に生きていた彼女を私が養女として引き取って育てたんだ』

まさか、教授にそんな過去があったなんて何も知らなかったな。

『まだ若い私に子どもを育てるのは無理だ、施設に入れたほうがいいと言われたけれど、両親を早くに亡くし、妹と二人で生きてきたから、どうしても娘を手放したくなかった。妹の代わりにしっかりと育てると決めたんだ。そこからは必死だったよ。あれから26年、ようやく娘も嫁に行って肩の荷が下りたんだ。まさかこのタイミングで彼の孫に会えるとは思わなかったな。ああ、また私の話になってしまっている。もう私の話は終わりだよ。だが、今まで誰にも話したことがなかったから少しスッキリした気分だよ。定年したら自分の気持ちに踏ん切りをつけるためにもロサランで人生をやり直そうと思っていたけどね、その必要もないかもしれない』

教授がロサランに住みたいと言っていたのはそういう気持ちからだったのか……。
それくらいエリックさんのお祖父さんのことが好きだったってことだよね。

『そんなことを言わないで私ともう一度やり直そう、トモヤ!』

『えっ??』

どこからともなく聞こえた言葉にエリックさん以外の全員が驚きの声をあげた。

『今の……』

『アーチーです。勝手に悪いと思いましたが、あなたの話をずっと電話で祖父に聞かせていました』

『そんな……っ!!』

エリックさんが教授に向けて差し出したスマホには確かにエリックさんにそっくりな男性が必死な様子でこちらを見ていた。
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