14 / 15
運命の輪
しおりを挟む
<sideマーカス>
『ごめんなさい……』
毎日同じ時間にサトルとビデオ通話ができることだけを楽しみに、日本とフランスでの離れ離れの生活を耐えていた私の耳に、今日突然悲しげなサトルの声が飛び込んできた。
私をみて、目を潤ませながらごめんなさいという謝罪の言葉を口にするサトルの姿に嫌な予感がした。
『サトル、どうしたんだ? 一体何があった?』
別れの言葉を口にされるのではないか……そんな不安に苛まれながら、必死に問いかける。
きっと私の声は震えていただろう。
そして、サトルは画面越しに私の目を見つめながら意を決したようにゆっくりと口を開いた。
『私……フランスには行けない、ま――』
『サトル、行けないってどういうことなんだ? 私のことが嫌いになったのか? それとも他に恋人でも――』
想像したくない言葉がサトルの口から出てきて、最後まで聞くことも耐えられなくて口を挟んでしまった。
人の、いや、恋人の話を遮るなんてやってはならないことだが、どうしてもそれから先の言葉を聞きたくなかった。
現実を受け入れたくなかったのだろう。
それほど、私はサトルを愛しているのだ。
決して別れることなどできないくらいに。
『違うっ! そうじゃないんです!!』
今度は私の言葉を遮るようにサトルが声を上げる。
今まで聞いたことがないほどの大きな声に驚きつつ、
『ふぅーーーっ』
サトルにも聞こえるほどの大きな深呼吸をして、必死に自分を落ち着かせた。
『悪い、サトルに別れを言われるのだと思って冷静さを欠いていた。途中で口を挟まないと約束する。もう一度聞かせてもらえないか?』
「マーカス……私も、誤解をさせるような言い方をしてしまってごめんなさい。私……マーカスと別れるつもりなんて一切ありません。フランスに行けないと言ったのは、あと四年だけ……ここの大学での仕事を継続させてもらいたかったんです』
「サトル……君が私と別れるつもりがないと聞いて正直ホッとしている。だが、サトルが日本の大学に留まることにした明確な理由があるのなら教えて欲しい。どうして四年間なんだ?』
『実は……私の講義を受けることを夢見て頑張って勉強してくれていた子が、今回受験に合格したんです』
『な――っ、本当に?』
『はい。合格が決まって、すぐに報告にきてくれて……私の講義を受けるために頑張りましたってキラキラとした目で見られたら、今年度で辞めるとは言えなくて……。大学側にはずっと引き留められていましたから、私があと四年いるといえば受け入れてくれると思うんですが、ずっと私がフランスに行くことを期待して待っていてくれたマーカスに伝えるのが辛くて……。本当にごめんなさい。身勝手だけど、どうかあと四年だけ……彼が卒業するまで、見守っていてやりたいんです』
『えっ? 今、彼と言ったか? もしかして、そいつはサトルを――』
『違いますっ!! そんなことは絶対にありません!! そして、私も彼に心が動くようなことはありませんから』
サトルがそういうのなら、間違い無いのだろうが。
何より、あと四年か……。
ここで待てないというのは、男としての威厳に関わるだろうか。
だが、サトルと一緒に過ごすことだけを毎日の糧として生きてきた私には辛い現実だ。
『サトル……私は君の重荷にはなりたくない。今も、サトルを慕ってきたその学生のために笑顔で四年くらいなら待っているよと返してあげたい。だが、私はサトルを心から愛しているから、すぐに受け入れられない』
『マーカス……』
『だから、私がサトルの元に通うのを許してほしい』
『えっ? でも、マーカスは忙しいのに……』
『決して仕事をおざなりにはしない。私がやらなければいけないことを終わらせた上で、あとはヴィルに任せてサトルのところに行きたいのだ。会う時間がたった数時間でも構わない。私のために時間を使ってもらえないか?』
『マーカス……そんなに私のことを……』
『それを認めてくれるのなら、あと四年耐えるとしよう。どうだ?』
『はい! 私の方こそ、喜んで!!』
『サトル……よかった』
『じゃあ、早速明後日から臨時休講で月曜日まで予定が空いてるんです。私がフランスまでマーカスに会いに行ってもいいですか?』
『サトル! 嬉しいが、私が会いに行く! サトルを一人でフランスになんて行かせられないよ』
可愛いサトルを一人で飛行機なんかに乗せたら、私の元に辿り着くまでにサトルを狙う奴らにどこかに連れて行かれるに決まっている。
だが、サトルは自分がどれだけ目を惹く容姿をしているのか、全く気づかずに
『私、迷子にはならないですよ?』
なんて言葉を返してくる。
『ああ、もうそんなところが危ないんだ』
思わず漏れてしまった言葉にもサトルはピンときていない。
『私が会いに行くからサトルは私を家で出迎えてくれ。その方が新婚気分を味わえる』
『ふふっ。はい。わかりました』
そうして、サトルは新しい年度を迎えても、まだ日本に留まることになった。
離れ離れなのは寂しいが、会いに行くたびに嬉しそうに出迎えてくれるのもまた幸せなのだ。
フランスで過ごす日を夢見て、今日も私は日本へ向かう。
そうそう、サトルを慕って入学してきたナツキ・ヨシザワが、ヴィルの運命の相手だとわかるまで、あと数日。
ようやくヴィルの運命の輪は回り始めたのだった。
* * *
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ようやく完結しました。
このあと、『お忍び温泉旅行について行ったらなぜか甘々な恋人ができました』のお話につながっていきます。
また番外編も思いついたら書くかもです。
『ごめんなさい……』
毎日同じ時間にサトルとビデオ通話ができることだけを楽しみに、日本とフランスでの離れ離れの生活を耐えていた私の耳に、今日突然悲しげなサトルの声が飛び込んできた。
私をみて、目を潤ませながらごめんなさいという謝罪の言葉を口にするサトルの姿に嫌な予感がした。
『サトル、どうしたんだ? 一体何があった?』
別れの言葉を口にされるのではないか……そんな不安に苛まれながら、必死に問いかける。
きっと私の声は震えていただろう。
そして、サトルは画面越しに私の目を見つめながら意を決したようにゆっくりと口を開いた。
『私……フランスには行けない、ま――』
『サトル、行けないってどういうことなんだ? 私のことが嫌いになったのか? それとも他に恋人でも――』
想像したくない言葉がサトルの口から出てきて、最後まで聞くことも耐えられなくて口を挟んでしまった。
人の、いや、恋人の話を遮るなんてやってはならないことだが、どうしてもそれから先の言葉を聞きたくなかった。
現実を受け入れたくなかったのだろう。
それほど、私はサトルを愛しているのだ。
決して別れることなどできないくらいに。
『違うっ! そうじゃないんです!!』
今度は私の言葉を遮るようにサトルが声を上げる。
今まで聞いたことがないほどの大きな声に驚きつつ、
『ふぅーーーっ』
サトルにも聞こえるほどの大きな深呼吸をして、必死に自分を落ち着かせた。
『悪い、サトルに別れを言われるのだと思って冷静さを欠いていた。途中で口を挟まないと約束する。もう一度聞かせてもらえないか?』
「マーカス……私も、誤解をさせるような言い方をしてしまってごめんなさい。私……マーカスと別れるつもりなんて一切ありません。フランスに行けないと言ったのは、あと四年だけ……ここの大学での仕事を継続させてもらいたかったんです』
「サトル……君が私と別れるつもりがないと聞いて正直ホッとしている。だが、サトルが日本の大学に留まることにした明確な理由があるのなら教えて欲しい。どうして四年間なんだ?』
『実は……私の講義を受けることを夢見て頑張って勉強してくれていた子が、今回受験に合格したんです』
『な――っ、本当に?』
『はい。合格が決まって、すぐに報告にきてくれて……私の講義を受けるために頑張りましたってキラキラとした目で見られたら、今年度で辞めるとは言えなくて……。大学側にはずっと引き留められていましたから、私があと四年いるといえば受け入れてくれると思うんですが、ずっと私がフランスに行くことを期待して待っていてくれたマーカスに伝えるのが辛くて……。本当にごめんなさい。身勝手だけど、どうかあと四年だけ……彼が卒業するまで、見守っていてやりたいんです』
『えっ? 今、彼と言ったか? もしかして、そいつはサトルを――』
『違いますっ!! そんなことは絶対にありません!! そして、私も彼に心が動くようなことはありませんから』
サトルがそういうのなら、間違い無いのだろうが。
何より、あと四年か……。
ここで待てないというのは、男としての威厳に関わるだろうか。
だが、サトルと一緒に過ごすことだけを毎日の糧として生きてきた私には辛い現実だ。
『サトル……私は君の重荷にはなりたくない。今も、サトルを慕ってきたその学生のために笑顔で四年くらいなら待っているよと返してあげたい。だが、私はサトルを心から愛しているから、すぐに受け入れられない』
『マーカス……』
『だから、私がサトルの元に通うのを許してほしい』
『えっ? でも、マーカスは忙しいのに……』
『決して仕事をおざなりにはしない。私がやらなければいけないことを終わらせた上で、あとはヴィルに任せてサトルのところに行きたいのだ。会う時間がたった数時間でも構わない。私のために時間を使ってもらえないか?』
『マーカス……そんなに私のことを……』
『それを認めてくれるのなら、あと四年耐えるとしよう。どうだ?』
『はい! 私の方こそ、喜んで!!』
『サトル……よかった』
『じゃあ、早速明後日から臨時休講で月曜日まで予定が空いてるんです。私がフランスまでマーカスに会いに行ってもいいですか?』
『サトル! 嬉しいが、私が会いに行く! サトルを一人でフランスになんて行かせられないよ』
可愛いサトルを一人で飛行機なんかに乗せたら、私の元に辿り着くまでにサトルを狙う奴らにどこかに連れて行かれるに決まっている。
だが、サトルは自分がどれだけ目を惹く容姿をしているのか、全く気づかずに
『私、迷子にはならないですよ?』
なんて言葉を返してくる。
『ああ、もうそんなところが危ないんだ』
思わず漏れてしまった言葉にもサトルはピンときていない。
『私が会いに行くからサトルは私を家で出迎えてくれ。その方が新婚気分を味わえる』
『ふふっ。はい。わかりました』
そうして、サトルは新しい年度を迎えても、まだ日本に留まることになった。
離れ離れなのは寂しいが、会いに行くたびに嬉しそうに出迎えてくれるのもまた幸せなのだ。
フランスで過ごす日を夢見て、今日も私は日本へ向かう。
そうそう、サトルを慕って入学してきたナツキ・ヨシザワが、ヴィルの運命の相手だとわかるまで、あと数日。
ようやくヴィルの運命の輪は回り始めたのだった。
* * *
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ようやく完結しました。
このあと、『お忍び温泉旅行について行ったらなぜか甘々な恋人ができました』のお話につながっていきます。
また番外編も思いついたら書くかもです。
106
お気に入りに追加
629
あなたにおすすめの小説


王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【本編完結】最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。


あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる