13 / 15
これからのために
しおりを挟む
<sideヴィルジール>
完全防音が施されているらしいこの家では、私が一人で部屋にいても何の音も聞こえない。
だが、父もマーカスもようやく出会った運命の相手と甘く幸せな夜を過ごしたのだろう。
エルドさんもマーカスの彼・サトルも父とマーカスの押しに戸惑ってはいたものの、嫌がっているそぶりは微塵もなかった。
ただ、恋愛というものに慣れていないせいだというのが簡単に見て取れた。
だから、心を込めて想いを告げれば決して断られることなどはない。
それはすぐにわかった。
私にできることは二組の甘い夜を邪魔しないように過ごすことだけ。
自分でも思うところがある。
なんせ父とマーカスに運命の相手が見つかったのだ。
私だっていつかは……という気持ちがないわけではない。
だがそんなにうまくいかないのは今まで過ごしてきた人生でよくわかっている。
シュバリエ家に生まれたことを後悔したことはないが、シュバリエ家との縁を目当てに近づいてくる奴らには辟易している。
エルドさんやサトルのように、シュバリエという名前に群がってこない人と出会うには、どうしたらいいのだろうな。
そんなことを思いながら、私のアメリカでの夜は更けて行った。
ぐっすりとまではいかないが、旅の疲れもあってそこそこ眠ることができた。
身支度を整えて客間から出たが、家の中はしんと静まり返っている。
時計の時間は朝8時。
決して早すぎるというわけではない時間だが、甘く幸せな夜を過ごした彼らにはまだ夢の中だろう。
この家の主人であるエルドさんからは好きに使っていいとの了承は得ている。
キッチンを借り、一杯分のコーヒーの豆を挽き熱湯よりも少し冷ましたお湯を注ぐ。
しんと静まり返った部屋にコーヒーの落ちる音と独特で芳醇な香りが漂う。
久しぶりにのんびりした朝を過ごしている気がする。
初めてきた人の家だというのに、なぜだか落ち着く。
まるで実家にいるようなその感覚。
そう感じるのも、エルドさんが父の運命の相手だからだろうか。
やっぱり二人はいつかは出会う運命にあったのだろうな。
父があの同窓会に参加したと言ってきた時から、父と、そしてマーカスの運命は巡っていたんだ。
カップにコーヒーを注ぎ、行儀が悪いと思いつつも、立ったままコーヒーを口にする。
「ああ、美味しいな」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
いつか甘く幸せな朝を過ごした相手にこのコーヒーを淹れてあげることができたら……なんて、そんな夢を見るほどに満足するコーヒーだった。
一人で庭に出て、コーヒーを飲みながら物思いに耽っていると
『こんなところにいたのか』
と声がかかった。
『父さん、あれ? 一人?』
『ああ、エルドはまだ寝ているのでな』
『ああ、なるほど。そういうことか』
『お前はこの後どうするんだ?』
『どうするって?』
『私はもうしばらくここに滞在する。おそらくマーカスもそうするだろう』
『ああ、それなら先に帰るよ。しばらくしたら勝手に帰るから気にしないでいいよ』
『だが……』
『もう子どもじゃないんだから。父さんはエルドさんの方を気にしてやらないと』
『そうだな。ありがとう。そうさせてもらうよ』
そう言って、キッチンに向かった。
ミネラルウォーターを手に部屋に戻っていくのを見送りながら、私は父の幸せな姿を嬉しく思っていた。
父は母との結婚生活ではずっと誠実であり続けた。
母を亡くした今、第二の人生を歩む人ができたことは幸せでしかない。
一人な私がいることで、気を遣わせたりするのはあまりいいことではない。
コーヒーを飲み干した私は、部屋に戻りフランス行きのチケットを購入して家を出た。
もちろん、父とマーカスにはメッセージを送っておいた。
一週間後、父とマーカスがフランスに戻ってきた。
その顔に憂いはないということはいい方向に進んでいるということなのだろう。
『おかえり。思ったより長かったな』
『ああ、サトルを日本まで送ってきたんだが、セキュリティの甘い家に住んでいたから家を探して引越しをさせたりしていたものでな』
『えっ? 引越しまで? だが、早ければ半年後にはフランスに来てくれると言ってなかったか?』
『半年間も私のサトルをあんな家に住まわせていたら危なくて仕方がないからな。それにサトルには内緒にしているが、護衛も三人ほどつけてきた。彼らから常にサトルの情報が入ってくるから安心なんだよ。春にはフランスに来てくれると言っているし、そこまでの我慢だな』
『そ、そうか……』
マーカスがここまで独占欲を露わにするとは思ってなかったが、これが運命の相手というものなのだろうな。
『そ、それで父さんの方はどうしたんだ? エルドさんとは離れ離れで暮らすのか?』
『いや、私がアメリカに行けば問題はないからな。今回帰ってきたのは、全ての権限をマーカスに譲るための手続きをするためだ。その手続きが終わったらアメリカで暮らすことにするよ』
『えっ? じゃあ、もう隠居するってことなのか?』
『まぁ、しばらくは相談役として残るつもりだが、実権はマーカスに、そしてその補佐をお前にやってもらうつもりだ。エルドは退役したらフランスで暮らしたいと言ってくれているからな。アメリカでの生活は数年だな』
一気に状況が変わっていくが、マーカスが総帥となるなら問題はない。
『わかった。私もしっかりマーカスの補佐をやらせてもらうよ』
『ああ、頼むよ』
そう言って、サトルがやってくる春まで順調に待ち続けていたマーカスだったが、それから春を間近にした2月の初めにサトルからの衝撃の連絡が来てがっかりと肩を落とす事態となったのだった。
完全防音が施されているらしいこの家では、私が一人で部屋にいても何の音も聞こえない。
だが、父もマーカスもようやく出会った運命の相手と甘く幸せな夜を過ごしたのだろう。
エルドさんもマーカスの彼・サトルも父とマーカスの押しに戸惑ってはいたものの、嫌がっているそぶりは微塵もなかった。
ただ、恋愛というものに慣れていないせいだというのが簡単に見て取れた。
だから、心を込めて想いを告げれば決して断られることなどはない。
それはすぐにわかった。
私にできることは二組の甘い夜を邪魔しないように過ごすことだけ。
自分でも思うところがある。
なんせ父とマーカスに運命の相手が見つかったのだ。
私だっていつかは……という気持ちがないわけではない。
だがそんなにうまくいかないのは今まで過ごしてきた人生でよくわかっている。
シュバリエ家に生まれたことを後悔したことはないが、シュバリエ家との縁を目当てに近づいてくる奴らには辟易している。
エルドさんやサトルのように、シュバリエという名前に群がってこない人と出会うには、どうしたらいいのだろうな。
そんなことを思いながら、私のアメリカでの夜は更けて行った。
ぐっすりとまではいかないが、旅の疲れもあってそこそこ眠ることができた。
身支度を整えて客間から出たが、家の中はしんと静まり返っている。
時計の時間は朝8時。
決して早すぎるというわけではない時間だが、甘く幸せな夜を過ごした彼らにはまだ夢の中だろう。
この家の主人であるエルドさんからは好きに使っていいとの了承は得ている。
キッチンを借り、一杯分のコーヒーの豆を挽き熱湯よりも少し冷ましたお湯を注ぐ。
しんと静まり返った部屋にコーヒーの落ちる音と独特で芳醇な香りが漂う。
久しぶりにのんびりした朝を過ごしている気がする。
初めてきた人の家だというのに、なぜだか落ち着く。
まるで実家にいるようなその感覚。
そう感じるのも、エルドさんが父の運命の相手だからだろうか。
やっぱり二人はいつかは出会う運命にあったのだろうな。
父があの同窓会に参加したと言ってきた時から、父と、そしてマーカスの運命は巡っていたんだ。
カップにコーヒーを注ぎ、行儀が悪いと思いつつも、立ったままコーヒーを口にする。
「ああ、美味しいな」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
いつか甘く幸せな朝を過ごした相手にこのコーヒーを淹れてあげることができたら……なんて、そんな夢を見るほどに満足するコーヒーだった。
一人で庭に出て、コーヒーを飲みながら物思いに耽っていると
『こんなところにいたのか』
と声がかかった。
『父さん、あれ? 一人?』
『ああ、エルドはまだ寝ているのでな』
『ああ、なるほど。そういうことか』
『お前はこの後どうするんだ?』
『どうするって?』
『私はもうしばらくここに滞在する。おそらくマーカスもそうするだろう』
『ああ、それなら先に帰るよ。しばらくしたら勝手に帰るから気にしないでいいよ』
『だが……』
『もう子どもじゃないんだから。父さんはエルドさんの方を気にしてやらないと』
『そうだな。ありがとう。そうさせてもらうよ』
そう言って、キッチンに向かった。
ミネラルウォーターを手に部屋に戻っていくのを見送りながら、私は父の幸せな姿を嬉しく思っていた。
父は母との結婚生活ではずっと誠実であり続けた。
母を亡くした今、第二の人生を歩む人ができたことは幸せでしかない。
一人な私がいることで、気を遣わせたりするのはあまりいいことではない。
コーヒーを飲み干した私は、部屋に戻りフランス行きのチケットを購入して家を出た。
もちろん、父とマーカスにはメッセージを送っておいた。
一週間後、父とマーカスがフランスに戻ってきた。
その顔に憂いはないということはいい方向に進んでいるということなのだろう。
『おかえり。思ったより長かったな』
『ああ、サトルを日本まで送ってきたんだが、セキュリティの甘い家に住んでいたから家を探して引越しをさせたりしていたものでな』
『えっ? 引越しまで? だが、早ければ半年後にはフランスに来てくれると言ってなかったか?』
『半年間も私のサトルをあんな家に住まわせていたら危なくて仕方がないからな。それにサトルには内緒にしているが、護衛も三人ほどつけてきた。彼らから常にサトルの情報が入ってくるから安心なんだよ。春にはフランスに来てくれると言っているし、そこまでの我慢だな』
『そ、そうか……』
マーカスがここまで独占欲を露わにするとは思ってなかったが、これが運命の相手というものなのだろうな。
『そ、それで父さんの方はどうしたんだ? エルドさんとは離れ離れで暮らすのか?』
『いや、私がアメリカに行けば問題はないからな。今回帰ってきたのは、全ての権限をマーカスに譲るための手続きをするためだ。その手続きが終わったらアメリカで暮らすことにするよ』
『えっ? じゃあ、もう隠居するってことなのか?』
『まぁ、しばらくは相談役として残るつもりだが、実権はマーカスに、そしてその補佐をお前にやってもらうつもりだ。エルドは退役したらフランスで暮らしたいと言ってくれているからな。アメリカでの生活は数年だな』
一気に状況が変わっていくが、マーカスが総帥となるなら問題はない。
『わかった。私もしっかりマーカスの補佐をやらせてもらうよ』
『ああ、頼むよ』
そう言って、サトルがやってくる春まで順調に待ち続けていたマーカスだったが、それから春を間近にした2月の初めにサトルからの衝撃の連絡が来てがっかりと肩を落とす事態となったのだった。
95
お気に入りに追加
621
あなたにおすすめの小説
執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった
パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】
陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け
社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。
太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め
明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。
【あらすじ】
晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。
それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/
メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる