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これからのために
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<sideヴィルジール>
完全防音が施されているらしいこの家では、私が一人で部屋にいても何の音も聞こえない。
だが、父もマーカスもようやく出会った運命の相手と甘く幸せな夜を過ごしたのだろう。
エルドさんもマーカスの彼・サトルも父とマーカスの押しに戸惑ってはいたものの、嫌がっているそぶりは微塵もなかった。
ただ、恋愛というものに慣れていないせいだというのが簡単に見て取れた。
だから、心を込めて想いを告げれば決して断られることなどはない。
それはすぐにわかった。
私にできることは二組の甘い夜を邪魔しないように過ごすことだけ。
自分でも思うところがある。
なんせ父とマーカスに運命の相手が見つかったのだ。
私だっていつかは……という気持ちがないわけではない。
だがそんなにうまくいかないのは今まで過ごしてきた人生でよくわかっている。
シュバリエ家に生まれたことを後悔したことはないが、シュバリエ家との縁を目当てに近づいてくる奴らには辟易している。
エルドさんやサトルのように、シュバリエという名前に群がってこない人と出会うには、どうしたらいいのだろうな。
そんなことを思いながら、私のアメリカでの夜は更けて行った。
ぐっすりとまではいかないが、旅の疲れもあってそこそこ眠ることができた。
身支度を整えて客間から出たが、家の中はしんと静まり返っている。
時計の時間は朝8時。
決して早すぎるというわけではない時間だが、甘く幸せな夜を過ごした彼らにはまだ夢の中だろう。
この家の主人であるエルドさんからは好きに使っていいとの了承は得ている。
キッチンを借り、一杯分のコーヒーの豆を挽き熱湯よりも少し冷ましたお湯を注ぐ。
しんと静まり返った部屋にコーヒーの落ちる音と独特で芳醇な香りが漂う。
久しぶりにのんびりした朝を過ごしている気がする。
初めてきた人の家だというのに、なぜだか落ち着く。
まるで実家にいるようなその感覚。
そう感じるのも、エルドさんが父の運命の相手だからだろうか。
やっぱり二人はいつかは出会う運命にあったのだろうな。
父があの同窓会に参加したと言ってきた時から、父と、そしてマーカスの運命は巡っていたんだ。
カップにコーヒーを注ぎ、行儀が悪いと思いつつも、立ったままコーヒーを口にする。
「ああ、美味しいな」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
いつか甘く幸せな朝を過ごした相手にこのコーヒーを淹れてあげることができたら……なんて、そんな夢を見るほどに満足するコーヒーだった。
一人で庭に出て、コーヒーを飲みながら物思いに耽っていると
『こんなところにいたのか』
と声がかかった。
『父さん、あれ? 一人?』
『ああ、エルドはまだ寝ているのでな』
『ああ、なるほど。そういうことか』
『お前はこの後どうするんだ?』
『どうするって?』
『私はもうしばらくここに滞在する。おそらくマーカスもそうするだろう』
『ああ、それなら先に帰るよ。しばらくしたら勝手に帰るから気にしないでいいよ』
『だが……』
『もう子どもじゃないんだから。父さんはエルドさんの方を気にしてやらないと』
『そうだな。ありがとう。そうさせてもらうよ』
そう言って、キッチンに向かった。
ミネラルウォーターを手に部屋に戻っていくのを見送りながら、私は父の幸せな姿を嬉しく思っていた。
父は母との結婚生活ではずっと誠実であり続けた。
母を亡くした今、第二の人生を歩む人ができたことは幸せでしかない。
一人な私がいることで、気を遣わせたりするのはあまりいいことではない。
コーヒーを飲み干した私は、部屋に戻りフランス行きのチケットを購入して家を出た。
もちろん、父とマーカスにはメッセージを送っておいた。
一週間後、父とマーカスがフランスに戻ってきた。
その顔に憂いはないということはいい方向に進んでいるということなのだろう。
『おかえり。思ったより長かったな』
『ああ、サトルを日本まで送ってきたんだが、セキュリティの甘い家に住んでいたから家を探して引越しをさせたりしていたものでな』
『えっ? 引越しまで? だが、早ければ半年後にはフランスに来てくれると言ってなかったか?』
『半年間も私のサトルをあんな家に住まわせていたら危なくて仕方がないからな。それにサトルには内緒にしているが、護衛も三人ほどつけてきた。彼らから常にサトルの情報が入ってくるから安心なんだよ。春にはフランスに来てくれると言っているし、そこまでの我慢だな』
『そ、そうか……』
マーカスがここまで独占欲を露わにするとは思ってなかったが、これが運命の相手というものなのだろうな。
『そ、それで父さんの方はどうしたんだ? エルドさんとは離れ離れで暮らすのか?』
『いや、私がアメリカに行けば問題はないからな。今回帰ってきたのは、全ての権限をマーカスに譲るための手続きをするためだ。その手続きが終わったらアメリカで暮らすことにするよ』
『えっ? じゃあ、もう隠居するってことなのか?』
『まぁ、しばらくは相談役として残るつもりだが、実権はマーカスに、そしてその補佐をお前にやってもらうつもりだ。エルドは退役したらフランスで暮らしたいと言ってくれているからな。アメリカでの生活は数年だな』
一気に状況が変わっていくが、マーカスが総帥となるなら問題はない。
『わかった。私もしっかりマーカスの補佐をやらせてもらうよ』
『ああ、頼むよ』
そう言って、サトルがやってくる春まで順調に待ち続けていたマーカスだったが、それから春を間近にした2月の初めにサトルからの衝撃の連絡が来てがっかりと肩を落とす事態となったのだった。
完全防音が施されているらしいこの家では、私が一人で部屋にいても何の音も聞こえない。
だが、父もマーカスもようやく出会った運命の相手と甘く幸せな夜を過ごしたのだろう。
エルドさんもマーカスの彼・サトルも父とマーカスの押しに戸惑ってはいたものの、嫌がっているそぶりは微塵もなかった。
ただ、恋愛というものに慣れていないせいだというのが簡単に見て取れた。
だから、心を込めて想いを告げれば決して断られることなどはない。
それはすぐにわかった。
私にできることは二組の甘い夜を邪魔しないように過ごすことだけ。
自分でも思うところがある。
なんせ父とマーカスに運命の相手が見つかったのだ。
私だっていつかは……という気持ちがないわけではない。
だがそんなにうまくいかないのは今まで過ごしてきた人生でよくわかっている。
シュバリエ家に生まれたことを後悔したことはないが、シュバリエ家との縁を目当てに近づいてくる奴らには辟易している。
エルドさんやサトルのように、シュバリエという名前に群がってこない人と出会うには、どうしたらいいのだろうな。
そんなことを思いながら、私のアメリカでの夜は更けて行った。
ぐっすりとまではいかないが、旅の疲れもあってそこそこ眠ることができた。
身支度を整えて客間から出たが、家の中はしんと静まり返っている。
時計の時間は朝8時。
決して早すぎるというわけではない時間だが、甘く幸せな夜を過ごした彼らにはまだ夢の中だろう。
この家の主人であるエルドさんからは好きに使っていいとの了承は得ている。
キッチンを借り、一杯分のコーヒーの豆を挽き熱湯よりも少し冷ましたお湯を注ぐ。
しんと静まり返った部屋にコーヒーの落ちる音と独特で芳醇な香りが漂う。
久しぶりにのんびりした朝を過ごしている気がする。
初めてきた人の家だというのに、なぜだか落ち着く。
まるで実家にいるようなその感覚。
そう感じるのも、エルドさんが父の運命の相手だからだろうか。
やっぱり二人はいつかは出会う運命にあったのだろうな。
父があの同窓会に参加したと言ってきた時から、父と、そしてマーカスの運命は巡っていたんだ。
カップにコーヒーを注ぎ、行儀が悪いと思いつつも、立ったままコーヒーを口にする。
「ああ、美味しいな」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
いつか甘く幸せな朝を過ごした相手にこのコーヒーを淹れてあげることができたら……なんて、そんな夢を見るほどに満足するコーヒーだった。
一人で庭に出て、コーヒーを飲みながら物思いに耽っていると
『こんなところにいたのか』
と声がかかった。
『父さん、あれ? 一人?』
『ああ、エルドはまだ寝ているのでな』
『ああ、なるほど。そういうことか』
『お前はこの後どうするんだ?』
『どうするって?』
『私はもうしばらくここに滞在する。おそらくマーカスもそうするだろう』
『ああ、それなら先に帰るよ。しばらくしたら勝手に帰るから気にしないでいいよ』
『だが……』
『もう子どもじゃないんだから。父さんはエルドさんの方を気にしてやらないと』
『そうだな。ありがとう。そうさせてもらうよ』
そう言って、キッチンに向かった。
ミネラルウォーターを手に部屋に戻っていくのを見送りながら、私は父の幸せな姿を嬉しく思っていた。
父は母との結婚生活ではずっと誠実であり続けた。
母を亡くした今、第二の人生を歩む人ができたことは幸せでしかない。
一人な私がいることで、気を遣わせたりするのはあまりいいことではない。
コーヒーを飲み干した私は、部屋に戻りフランス行きのチケットを購入して家を出た。
もちろん、父とマーカスにはメッセージを送っておいた。
一週間後、父とマーカスがフランスに戻ってきた。
その顔に憂いはないということはいい方向に進んでいるということなのだろう。
『おかえり。思ったより長かったな』
『ああ、サトルを日本まで送ってきたんだが、セキュリティの甘い家に住んでいたから家を探して引越しをさせたりしていたものでな』
『えっ? 引越しまで? だが、早ければ半年後にはフランスに来てくれると言ってなかったか?』
『半年間も私のサトルをあんな家に住まわせていたら危なくて仕方がないからな。それにサトルには内緒にしているが、護衛も三人ほどつけてきた。彼らから常にサトルの情報が入ってくるから安心なんだよ。春にはフランスに来てくれると言っているし、そこまでの我慢だな』
『そ、そうか……』
マーカスがここまで独占欲を露わにするとは思ってなかったが、これが運命の相手というものなのだろうな。
『そ、それで父さんの方はどうしたんだ? エルドさんとは離れ離れで暮らすのか?』
『いや、私がアメリカに行けば問題はないからな。今回帰ってきたのは、全ての権限をマーカスに譲るための手続きをするためだ。その手続きが終わったらアメリカで暮らすことにするよ』
『えっ? じゃあ、もう隠居するってことなのか?』
『まぁ、しばらくは相談役として残るつもりだが、実権はマーカスに、そしてその補佐をお前にやってもらうつもりだ。エルドは退役したらフランスで暮らしたいと言ってくれているからな。アメリカでの生活は数年だな』
一気に状況が変わっていくが、マーカスが総帥となるなら問題はない。
『わかった。私もしっかりマーカスの補佐をやらせてもらうよ』
『ああ、頼むよ』
そう言って、サトルがやってくる春まで順調に待ち続けていたマーカスだったが、それから春を間近にした2月の初めにサトルからの衝撃の連絡が来てがっかりと肩を落とす事態となったのだった。
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