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僕はお狐さまの花嫁※

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「オギャーオギャー」

明治初頭、城之内じょうのうち伯爵家の産屋でこの家の正妻である和佳わかが今まさに産み落とした子は、この家の跡取りとなる待望の男児であった。

「おめでとうございます、奥方さま。御子息のご誕生でございます。旦那さまもお喜びになりますよ」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ。私の可愛い坊や。早く胸に抱かせてちょうだい」

「はい。ただいま」

女中たちによって綺麗に清められたその子は和佳の胸に抱かれ

「オギャーオギャー」

と元気よく泣き声を上げた。

「ああ、可愛い。あなたは我が家の跡取り。正隆まさたかさまも喜んでくださるわ」

産屋中が待望の跡取り誕生に幸せな空気に包まれ、そろそろこの屋敷の当主である正隆を呼び寄せようとしたその時、和佳が腕に抱いていた赤ん坊が突然激しく泣き始めたのだ。

「ど、どうしたの?」

尋常でないその泣き声に和佳はもちろん、産屋にいた産婆や女中たちもどうすることもできずに見守っていると、和佳の腕の中の赤ん坊の背中が赤黒く光り始めた。

光が落ち着いたと同時に赤ん坊の泣き声も落ち着き、和佳が安堵して見つめた先にあったもの……それは背中いっぱいに現れた恐ろしい狐の顔。

「ひぃーっ! な、なんなの、この化け物!!」

思わず、和佳は自分の腕からまだ生まれたての我が子を放り投げた。

「きゃーっ!」

1人の女中がサッと赤ん坊を抱き上げ、ことなきを得たが和佳はブルブルと震えて恐ろしげな表情で我が子を見ている。

「怖いっ、怖いっ。こんな化け物、私の子どもではないわ!! 早くどっか連れてってー!!!」

「落ち着いてくださいませ、奥さま」

「いやーっ! 早く!! 早く!! そんなの1秒だって見たくないわ!!」

大声で喚き続け和佳はそのまま意識を失った。

「奥方さまっ!!」

女中たちが和佳に駆け寄る中、産婆は

「急いで旦那さまと白波しらなみ殿をお呼びするのじゃっ!!」

と顔面蒼白で声をあららげた。

呼びに行った女中の様子に途轍もない異変を感じたのか、すぐに母家から当主である正隆と筆頭執事の白波が産屋へと慌てた様子で駆け入ってきた。

「何が起こった? 和佳は? 我が子はどうしたのだ?」

ほんの数分前まで我が子の誕生を優雅に待っていた正隆の目には焦りと緊張が渦巻いている。

「……御子は、あちらに……」

産婆の震える言葉に正隆と白波は視線を向けると、そこには女中に抱かれたまだ産衣も着ていない子の姿があった。

「お前、私の子に服も着せぬとは!!」

「旦那さま、よく御覧ください。御子の背中を……」

「な――っ!! なんだ、これはっ?!」

「御子は御狐様に呪われたやも知れませぬ。すぐに処分・・されなくては!」

「ま、さか……そんな……」

跡取りである我が子の誕生を今か今かと待ち望んでいた正隆に非情な言葉が告げられ、正隆は愕然として膝から崩れ落ちた。

「旦那さま、このままこの呪われた御子をこの屋敷に置いておりますと、きっと災いをもたらすことでしょう。現に奥方さまはこの御子の姿に取り乱され意識を失われました。このまま御子がいれば奥方さまはおそらく……」

産婆の言葉に正隆が和佳を見やると、そこには青白い顔で横たわる愛しい妻の姿があった。

正隆はグッと唇を噛み締めながら、

「白波……この子を裏山の祠に捨ててくるのだ」

と申し渡した。

「旦那さまっ! それで、宜しいのですか?」

「仕方がないだろうっ! 和佳を……和佳を、見殺しにはできぬ」

「――っ!」

悲痛な叫びに白波はそれ以上何もいうことはできなかった。

白波はか細い声で泣く生まれたての子を目立たぬように麻袋に入れ、誰にも見られぬようにこっそりと裏山へと向かった。

城之内家の屋敷を見守るように聳え立つ裏山の中腹にある小さな祠は、誰がどのような目的で建てたのかは分かってはいない。
白波はその祠の中に麻袋ごと赤子を置いた。

すると、次の瞬間祠から眩い光が放たれ、白波はあまりの眩しさに身体を仰け反らせた。
恐る恐る目を開けた白波の前に現れたのは、3mはあろうかという大きな狐の化け物。
その腕にはいつの間にか麻袋から取り出された赤子が抱かれているのが見える。

「ひぃ――っ!!」

目の前の狐の化け物は実体を持たぬのかうっすらと後ろの景色が透けて見える。
それが余計に白波の恐怖を増していく。
白波はあまりの恐怖に腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。

「我が化身を置き去りにしたのは、お前だな」

「ひぃ――っ、お、お助けをっ」

頭を地面に擦り付けながら、必死に謝り続ける白波に狐の化け物から思わぬ言葉がかけられた。

「まぁ良い。此度はあの女子おなごに我が化身を産み落としてもらうのが目的であったからな。目的は遂行された」

「な、なぜ奥方さまなのですか?」

「あの女子は男に愛されている。男の愛を一身に受けて生まれた子こそ我が化身にふさわしい」

なんと。
正隆の和佳への愛が無情にもこの狐の化け物に選ばれてしまったようだ。

「ならば、褒められこそすれ、罰を受けることはないのでしょう?」

「ああ、そうだな。我が化身を産み落とした褒美をやるとしよう」

思いもかけぬ言葉に白波は思わず聞き返した。

「褒美、でございますか?」

「そうだ。我が化身の力がみなぎる150年後、あの男の血を引く齢18の者を我が化身の花嫁に迎えるとしよう」

「は、花嫁……?? それ、は……」

「良いな。せいぜい150年後を楽しみにしておけ」

狐の化け物はそういうと、ザーーッと強風を纏いどこかへ消えてしまった。

白波は目の前で起こったことを信じられぬ思いだったが、祠に置いたはずの赤子は消えていて信じざるを得なかった。

150年後……城之内家のお方があの狐の花嫁に……。

白波は悔しさを滲ませながら、力の抜けてしまった身体を引きずるように山を下り、屋敷へと戻った。





時は流れて現代。
城之内家はあの時と変わらぬ場所に今も住んでいた。



「出かけてくるよ!!」

「おぼっちゃま、裏山にだけは近づいてはなりませぬぞ」

「もう、わかってるって」

僕の名前は城之内じょうのうちみお。もうすぐ18歳になる高校3年生。
うちの家は旧華族の家柄で父も祖父も日本を代表する大企業の役員をしているせいか、家はそこそこ大きい。
業績はこの不景気で下降気味らしいけど、生活に困ったこともないし裕福な部類には入るだろう。
けれど、正直言ってこの令和の時代に旧華族とか社会科の教科書に書いてあるようなことを言われても全然ピンとこない。

さっき僕に話しかけてたのは僕の家で執事をしてくれている白波しらなみ
白波家はうちがまだ伯爵家と呼ばれていた頃から代々僕の家に仕えてくれているらしい。
そういうところだけが伯爵家の名残を感じるけれど、ただそれだけ。
僕は至って普通の高校生だ。

そもそも、うちに執事や女中と呼ばれるお手伝いさんがいるのは母がいないからだ。
なぜかうちに嫁いでくる人は身体が弱くて、跡取りとなる子どもを産むとすぐに亡くなってしまうのだ。

母も僕が生まれて1歳の誕生日を迎える前に病気で死んでしまった。

だから、僕の妻になる人にはしっかりと検査をして身体の強い女性を選ぶんだと父は息巻いている。
でも父に嫁いできた母も病気ひとつしたことがないって言われてたそうなんだけどな。
あまりにもうちに嫁いでくる人が短命だから、みんな怖がって僕の妻になりたがる人なんていないんじゃないかなと僕は思っている。

そう思っていたのに……

「お見合いなんて行きたくないな。大体18で結婚相手を決めるとか早すぎだろ」

来週18の誕生日を迎えるちょうどその日、祖父と父が僕の見合いを決めた。
相手はうちとの強い結びつきを望んでいる会社の社長令嬢 三条さんじょう花音かのんさん。
彼女も18になったばかりだと聞いている。
いわゆる政略結婚ってやつだ。

相手は急成長の企業でお金はあるが家柄に欠ける。
そう、僕と娘を結婚させて家柄が欲しいだけだ。

そんな愛も何もない結婚なんてするだけ無駄なんだけど、祖父と父が決めたことには逆らってはいけない決まりだ。

「はぁーーーっ」

僕は見合いの話が決まってから、何度したか知れやしない大きなため息を吐いた。

僕はこうやって気持ちが落ち込んだ時、家を抜け出して必ず行く場所がある。

それは裏山。
その中程に小高い丘があって、そこから自分の家を見下ろすとスーッと嫌な気持ちが消えて心が落ち着くんだ。

この場所を見つけたのは7歳くらいの頃だったか……。
裏山のすぐ近くで可愛い子犬が車に轢かれそうになったのを助けたことがあった。
僕が咄嗟に抱き上げて助けると、その子犬は嬉しそうに僕の手をぺろぺろと舐めてくれたあとスタッと道路に下り、まるで僕を案内するように裏山へと入っていき、僕はその子犬に導かれてこの憩いの場所を見つけたんだ。

「あれ? なんだ、これ」

ふと気づくと僕の左手の薬指の付け根に赤黒い痣ができていた。
さっき子犬に舐められた場所だ。

「どっかでぶつけたのかな……」

怪我があったから舐めて治そうとしてくれたのかと思ったが、親指で押してもなんの痛みも感じない。
急に現れた痣に一瞬不思議に思ったものの、痛みもないのだからすぐに治るかと僕はそのまま気にも留めなかった。

そのままこの場所で心地よい時間を過ごして、僕はこの場所が大好きになったけれどなぜか白波は僕が裏山に行くことをひどく怖がっている。

物心がついた頃からずっと白波に

「決して裏山に近づいてはなりませぬ」

と注意を受けていたから絶対に近づかないようにしていたくらいだ。

でも何が悪いのかは全然わからない。
だから誰にも内緒で通っている、僕にとって秘密基地のような場所だ。

「あーっ、やっぱりここが落ち着く」

小高い丘の草むらに寝転がって空を眺めていると、なぜか急に胸がざわつき始めた。

あれ?
どうしたんだろう。

自分の心に戸惑いながら、僕はその場に佇んでいると、

「澪……澪……」

「えっ? 誰?」

風の音に乗ってどこからか名前を呼ばれたような気がして辺りを見回したけれど、なんの姿も見えない。

「澪……お前は私のものだ……」

「ねぇ、誰?! どこにいるの?」

今度はあまりにもはっきりと耳に入ってくる声に怖くなって大声で尋ねた瞬間、

「もうすぐだ、もうすぐ……」

という声が聞こえてからは、それ以降何も聞こえることはなかった。




見合い当日、僕は運転手付きの車で見合い場所であるホテルに向かった。

「澪さま。いい天気でよろしゅうございましたね」

「そうだね。相手はきっと和服だろうし、雨だと大変だからね」

「澪さまはお優しいですからきっとお相手の方もすぐに澪さまをお気に召されるでしょう」

「そうかな。まぁお祖父さまとお父さまが選んだ方だから、どっちにしろ僕には選ぶ権利はないけどね」

「澪さま……」

「ああ、ごめんね。高槻たかつきさん。僕はそういう人生だと受け入れてるから心配しなくていいよ」

高槻さんは僕の言葉に何か言いたげだったけれど、それ以上はもう何も口に出さずそのまま車は静かにホテルに到着した。

ホテルのロビーに入ると、すぐに父がやってきた。
仕事先から直でホテルにやってきた父は僕の格好を見て満足そうに頷いた。
よかった、この格好は父に気に入られたようだ。

「澪、お前の役目はわかっているな?」

「はい。お父さま、大丈夫です。花音さんに気に入られたら良いのでしょう?」

「ああ。だが、お前はあくまでも旧華族城之内家の跡取りだ。相手の会社の業績が今は若干上とはいえ、格式はうちが上だ。そのことを忘れないように」

「お任せください。お祖父さまとお父さまの顔に泥を塗るようなことは致しませんから」

「さすが澪だな。期待しているぞ」

父の嬉しそうな顔に、今日のお見合いは確実に成功させないといけないのだと改めて確信した。
18になったその日に祝いの言葉もかけられないまま、僕は父と一緒に既に花音さんたちが待っているという部屋へと向かった。

「いやいや、三条さん。お待たせしてしまいましたかな」

「いえ、城之内さん。私どもが待ちきれずに早くきてしまっただけですから」

「そうですか、それならよかった」

「花音も澪さんにお会いできるのを指折り数えていたくらいで」

「もう、お父さま。花音、恥ずかしいです」

豪華な振袖に身を包み頬を染めているあの子が花音さん。
僕の婚約者になる子か。
確かに可愛らしいけど自分の妻になるとはまだ想像つかないな。

「澪、こちらに」

「はい。お父さま」

案内された席に腰を下ろすと真正面に花音さんの顔が見える。
僕と目が合うとにっこりと笑ってくれたけれど、なんとなく本心でない気がする。
それどころか少し怖い感じがするのは気のせいか?

「ーーっ!」

今までの痛みを感じたことがなかったあの薬指の痣が急に痛み出した。
痛みに眉を顰める顔を見せるわけにもいかず、あまり花音さんの顔を見ることが出来ずに俯いていると、

「お待ちください!! そちらはっ!!」」

と外からスタッフさんの大声が聞こえる。

「一体何事だ?」

父は眉を顰めて立ち上がろうとしたその時、僕たちのいる個室の襖がバーンと開かれた。

「澪!」

僕の名前を呼びながら突然現れたのは、驚くほどの美丈夫。

光の加減で金色にも見える茶色の短髪に形の良い綺麗な目は吸い込まれてしまいそうに美しい。
高身長で手足の長い彼の身体にピッタリと馴染んでいるスーツはオートクチュールだろうか。

その場にいるだけで神々しい美丈夫の突然の登場に僕は驚きすぎて声も出なかった。

「な、なんだね、君は!」

花音さんの父親が立ち上がってその美丈夫に近づこうとしたが、父は

「あなたは……T L社の神代かみしろ社長……」

と驚きに満ちた表情で彼を見つめていた。

T L社の神代社長といえば、圧倒的な財力と権力を持っていて世界中で彼の名を知らないものはいない。
僕のような一介の高校生でさえ名前を知っている超有名人だ。

そんなすごい人がどうしてここに?
しかも僕の名前を知っているなんて……。

まさか父が呼んだ?

いや、この驚き具合を見る限り父は彼がここに現れるのを知らなかったはず。
大体、彼ほどの人が父に呼ばれてこんなところまでくるはずがない。

じゃあ、どうして……?

「城之内さん、御子息のことを思うならこの見合いはやめなさい」

彼のしっとりと低い声が僕の耳に心地よく入ってくる。
ついうっとりとしながら聞いてしまったものの、

えっ? 見合いをやめろってどういうこと?

僕は頭がパニックになってしまっていた。

彼の突然の言葉に呆気に取られながら、父は

「それは……どういう意味でございますか?」

とおずおずと尋ねた。

すると彼は花音さんを見て驚くべきことを口にした。

「彼女は澪にはふさわしくない。なぜなら彼女の腹にはすでに他人の子が宿っているのだから。
城之内さん、あなたはそんな穢れた女を澪にあてがうおつもりか?」

「な――っ! 子が……?」

父は目を見開いて花音さんと父親を見た。

「――っ!!」

「そんなことあるわけがないだろう!! 神代社長とはいえ、仰っていいことと悪いことがございますよ!!
そんな言いがかりで私の娘を侮辱するのはやめていただきたい!!」

顔を真っ赤にして怒り狂う父親とは対照的に、花音さんは一気に顔を青褪めさせた。
震える手で口元を覆い項垂れたその様子が神代社長の言っていることが全て事実だと物語っているように見えた。

「彼女には心当たりがあるようですが……」

彼女を冷ややかな目で見ながら神代社長が静かに告げると、三条さんは愕然とした表情で花音さんを見た。

「花音……お前……嘘だろう? 嘘と言ってくれ」

「あ、あの……私……ちが――」
「ここで嘘をつくとどうなるかお分かりでしょうね? 正直に話したほうが身のためですよ」

「ひぃ――っ!」

神代社長と目を合わせた瞬間、花音さんは恐怖に満ちた表情で身体をガタガタと震わせ膝から崩れ落ちた。

「ただの遊びだったんです! クラブで会った人と一度だけ関係を持って……でもどこの誰かもわからない人だし。昨日妊娠してるってわかって、でもすぐに堕ろすつもりだったし……まだお腹も出てないからバレないと思って――」
「花音、お前ーっ!」

「城之内のお父さま、許して!! あの、お腹の子はすぐに堕ろします。だから結婚を無しにするなんて言わないで!!
私、澪さんが――!」

「ふざけるな!!」

父に縋りつこうとする花音さんの手を父はピシャリと跳ね除けた。
そして汚いものを見るような目で

「お前のようなふしだらな女を格式高い城之内家に入れるわけがないだろうが!」

と大声で罵った。

「そんな……」

泣き崩れる花音さんをよそに、父は三条さんに向かって

「三条さん、このお話は無かったことにしていただきましょう。
そして、我々の前に二度と顔を見せないでください。もし、私や息子に近づくことがあったら、その時は今回の破談の理由を白日の下に晒しますよ。よろしいですね」

とキッパリと言い切った。

三条さんは悔しそうによろよろと畳に平伏し、

「私どもの愚女が失礼をいたしまして本当に申し訳ございません」

と花音さんの頭を押さえつけながら、謝罪の言葉を述べ、泣き叫ぶ花音さんを引き摺るように部屋から出ていった。

室内にしんと静寂が訪れる中、神代社長がゆっくりと口を開いた。

「騒ぎを起こして失礼した」

「いえ、こちらの方こそお教えいただき本当に助かりました。危うくあのような破廉恥な女性を大事な息子の妻にするところでした。感謝のしようもございません。あの、ですがなぜ神代社長がわざわざ息子のために?」

父は至極真っ当な質問を社長に尋ねると、社長はさっきまで彼女に浴びせていたような冷ややかな表情から一転、にっこりと笑顔を浮かべながら

「私は約束を果たしていただきに来ただけですよ」

と僕を見ながら答えた。

「えっ? 約束、と仰られますと?」

「お忘れですか? 私は150年前の約束を果たしに来たのですよ」

意味深な笑みを浮かべる神代社長のその言葉に、父は急に顔面蒼白になって僕の前に立ちはだかった。

「ま、さか……」

「ふふっ。思い出されましたか?」

「この子は私の大事な息子です。あなたの花嫁になど――!!」

「もしや、あの時の約束をたがえるおつもりですか?」

「ひぃ――っ!」

異を唱えることなど絶対に許さないと言わんばかりの鋭い眼差しに父はブルブルと身体を震わせた。


150年前の約束?
花嫁?
一体何のことだろう?

僕だけが理解できないまま、父と神代社長のやりとりはどんどん進んでいく。


「私の花嫁にしたくない一心で此度の縁談を決めたのでしょうが、澪には私だけがふさわしい。
あなたがどれだけ私から澪を遠ざけようが私たちの縁はもう150年前から繋がっているのです。
澪の左手の薬指にある痣が何よりの証拠。誰も私たちを引き離すことなどできないのですよ」

神代社長の言葉に父は膝から崩れ落ちた。

「澪を……澪をどうするおつもりなのですか?」

「ふふっ。花嫁にすると言ったでしょう? 誰よりも澪を幸せにして差し上げますよ。
あんな女より、私の方がずっとずっと澪を幸せにそして大切にすると約束しましょう」

「抗うことは……」

「ふふっ。そうですね……私にとっては力づくで澪を手に入れるなど容易いこと。
抗っても余計な血が流れるだけでは? あなたは素直に澪を渡すしか選択はありませんよ」

「く――っ!」

父は苦しげに顔を歪め、がっくりと項垂れた。
そして、

「澪……申し訳ない……。神代社長の、は……花嫁、に……く――っ! なって、くれる……か」

苦しさを滲ませながら、僕に頭を下げてきた。

「お、父さま……」

深々と頭を下げる、初めてみる父の姿に僕は動揺が隠せなかった。

父と神代社長の話は意味不明なところも多く、よくは理解できなかったが、ただ、城之内家と神代社長の間で何かしらの約束が取り交わされていたことだけは分かった。

「あの……花嫁って、僕は男ですよ? 神代社長はそれでもよろしいのですか?」

「ふふっ。性別など問題ない。私は先祖の決めたことを遂行するだけです」

僕の質問ににっこりと微笑む神代社長を見て、おそらく花嫁という言葉にはそれほど深い意味がないのではないかと思った。
だって、神代社長は約束を守ろうとしているだけだ。

それならば、これ以上父に頭を下げさせるわけにはいかない。

神代社長の花嫁となることに抵抗がないわけではないが、僕にしてみればどっちにしても愛のない結婚をするつもりだったんだ。
その相手が変わっただけ。

考えてみれば、神代社長はよその男の子供がお腹にいながら何食わぬ顔で見合いの場にのこのこ現れる女性から僕を助け出してくれたのだ。

将来、子孫同士を結婚させようなんて話はたまに聞くものだし、それがたまたま僕も神代社長も男だったというわけだ。
神代社長は先祖が交わした約束を守るためにわざわざ助け出しにきてくれたと思えば、僕にとっては恩人とも言える。
花嫁なんて形式だけのことで、おそらく神代社長は他に正妻でも作るつもりなのかもしれない。

それなら気を遣わなくてもいいんじゃないか。
親友のようになって過ごせるなら、意外とそっちの方が気楽なのかもしれない。
あの花音さんと結婚生活を送らなければならないことを考えれば、どれほど楽しいか。

「わかりました。花嫁になります」

僕がそう答えた瞬間、神代社長は満面の笑みを浮かべ、父は項垂れて涙を流した。


「ならば、澪。私と共に帰りましょう」

「えっ? 帰るって? どこに?」

「ふふっ。花嫁になると言ったでしょう? ですから、私たちの家に帰るのですよ。
今日から澪は私の花嫁なのですから一緒に暮らすのは当然でしょう」

にっこりと微笑まれ、手を握られる。
初めての触れ合いだというのに、なぜかホッとする温もりだ。

「城之内さん、お許しいただけますね?」

「……はい。あの、ですが……くれぐれも澪を、澪をお願いします」

「ふふっ。心配されなくても大丈夫ですよ。澪は私の大事な花嫁なのですから……。さぁ、澪。行きましょうか」

僕は見合い会場のレストランからそのまま神代社長の自宅へと連れて行かれた。

運転手付きの車に乗り込み、神代社長の膝に乗せられたまま到着した神代社長の自宅は僕の家の3倍はあろうかという大豪邸。

「すごいっ!!」

「大したことはありませんよ。澪の家と大差ないでしょう?」

「いやいや、そんなことないです!」

「ふふっ。今日からここが澪の家でもあるのですから、緊張しなくてもいいですよ」

いや、緊張しないわけないし。
車が門から玄関へと数分かけて到着するまでに、玄関には数十人もの使用人さんたちが並んでいる。

車の扉が開いて、神代社長が僕を抱きかかえたまま降り立った瞬間、

「おかえりなさいませ。旦那さま」

と一斉に声がかけられる。

神代社長はその人たち全員に向かって、

「彼は澪。私の大切な花嫁だ。私以上に心を込めて尽くすように。分かったな」

と言い放つと、皆一斉に「おめでとうございます」と深々と頭を下げ、執事さんが

「澪さま。執事の郡司ぐんじと申します。旦那さまとのご結婚誠におめでとうございます。
何かお困りのことがございましたら何なりとお申し付けください」

と言ってくれた。

「はい。ありがとうございます」

少しでも印象を良くしたくて笑顔でお礼を言うと、郡司さんはにこやかな笑顔を返してくれた。

「郡司、我々はすぐに初夜の儀式に向かう。用意はしているだろうな?」

「はい。つつがなく」

「うむ。こちらから声を掛けるまで中には入るな。良いな」

「畏まりました」

郡司さんが頭を下げるのを見ると、神代社長は嬉しそうに僕に微笑み、

「澪、私たちの部屋に行こう」

と言うが早いか、スタスタとお屋敷の中を進んでいった。

初夜の儀式って一体なんだろう? という疑問は解消されぬまま、僕は大きな部屋の中へと連れて行かれた。

「こ、ここは……?」

「私たちの愛の巣だ。澪……ようやくこの手に抱くことができた。
私はもう一生澪を離さないよ……ああ、私の愛しい花嫁……」

「ちょ――っ」

花嫁って形式だけじゃなかったの?
そんな僕の疑問は突然重ねられた神代社長の大きな唇に阻まれてしまった。

「……んんっ!」

あっという間に口内に舌が捩じ込まれ、僕の口内全てを味わうように動き回る。
その激しい舌の動きに翻弄され、クラクラする。

唇を離された時にはもう僕の身体には力が入らず、ぐったりと神代社長にもたれかかってしまった。

「可愛い澪……私に任せて……」

耳元でそう聞こえたかと思うと、神代社長は僕をベッドへと寝かせそのまま覆いかぶさってきた。

「愛してるよ……澪」

あっという間にシャツを捲られ、社長の顔が見えなくなったと同時に身体中にビクッと電流が走ったような感覚が襲った。

「……やぁ、な、に……?」

恐る恐る視線を向けると、社長が大きな舌で僕の乳首を弄っているのが見えた。
舐めたり吸い付いたりされるたびに腰がびくびくと震えてしまう。

「ああっ……だ、めっ!」

初めての感覚に怖くなって社長の頭に手をやると、ふわふわとした不思議な感覚を覚えた。

何? これ……?

快感を受け続けながら視線を向けると、社長の頭に動物の耳のようなものが生えている。

「えっ? ほん、もの……?」

思わず呟いた言葉に社長が反応して、ようやく唇を離してくれた。

「ああ、本物だとも。澪にだけ見せる真の姿だよ……」

「真の姿?」

「ああ、私は由緒正しき神の遣い。そして、澪は神に選ばれた私の愛しい花嫁……。もう誰にも邪魔はさせない」

そういうと、社長は僕の服を手早く脱がせ、そして自分も一糸纏わぬ姿になった。

「し、尻尾……?」

「ああ、この耳も尻尾も愛しい花嫁にしか見せない姿だ。澪、私の尻尾に触れてくれ」

触っていいんだ……。
恐る恐る手をやると、ふさふさとした柔らかい毛が僕の手を包み込む。
そのなんとも言えない蕩けるような感触に

「ああ……っ」

思わず声がでた。

「ふふっ。気に入ったか?」

「はい。こんなに……気持ちいいなんて……」

「これからもっと気持ち良くしてやる」

そういうと、社長は僕の足の間にスッと入り込み、大きな口を開けて僕のモノを口に咥えた。

「ひゃあ……っ、そ、そんな……とこ……」

汚い……そう言おうと思ったのに、社長はまるでアイスでも舐めるように満面の笑みでしゃぶりついている。

「はぁ……っ、澪……おいしい、おいしい」

一心不乱に舐め続ける社長のふわふわの耳がピクピクと動いているのを見ながら、僕は

「ああっ……やぁ……っ、も、う……イくぅ……」

あっという間に絶頂を迎えあろうことか社長の口の中に吐き出してしまった。

「ああっ、はぁっ……はぁっ……んっ――あっ!」

ハッと我にかえり、慌てて社長を見ると、社長は嬉しそうに僕が口の中に吐き出した蜜をゴクリと喉を鳴らしながら飲み干していた。

「う、そ……っ、の、んだ……?」

「ああ、愛しい花嫁の精気。飲まないわけがない。これで私は永遠に澪と共に生きられる……」

「え、永遠に……?」

「そうだ。これで仮契約が交わされた。さぁ、このまま身も心も私のものになりなさい……」

「社長……」

「澪、契りを交わす相手に役職名など……。私のことはまもると呼びなさい」

「護、さん……」

「ふふっ。まぁいいだろう」

護さんはにっこりと微笑むと、僕を四つん這いにさせお尻を高く突き上げさせた。

「澪の顔が見たいけれど、最初だけはこの形でないと契約が完了しないので……あとでじっくりと澪のイキ顔は堪能させてもらうよ」

そういうと、護さんは膝立ちになって僕のお尻の割れ目に熱く硬いものを擦り付けてきた。
擦りつけられるスピードが上がった途端、どこからともなくぬちゅぬちゅといやらしい音が響いてきた。

「な、に……こ、れ……?」

「花嫁が受け入れる態勢になったら愛液が出てくるんだ。澪の身体が私を受け入れるのを認めたということだ」

「受け、入れる……?」

「そうだ、身体が自然と広がっていくから力を抜いていればいい。いくぞ」

その言葉がかけられたと同時に後孔に火傷しそうなほど熱くて大きなモノがググッと押し込まれる。
本来出すための孔にこんなに大きなモノを押し込まれて挿入る訳もないのに、なぜか抗うこともなく、それどころか痛みすら感じることもなく、奥へ奥へと進んでいく。

「ああ……っ、な、んで……」

「澪が私の花嫁だからだよ。私たちは一対なんだ。反発するわけがない」

一対……。
そう言われれば納得だ。
だって、こんなにも気持ちいいんだから。

「ひゃあ……っ、ああ……あっんんっ!!!」

「ふふっ。ああ、可愛い。澪の奥まで全部挿入ったよ。わかるか?」

護さんがグイッグイッと押し込むたびに腰がびくびくと震える。

あまりの快感に言葉も出ずに頷くと、護さんは僕の背中から大きな身体と長い腕で覆いかぶさるように抱きしめて

「動くぞ」

と言ったかと思ったら、そのまま激しく腰を動かし始めた。

まるで身体の細胞が全て変わっていくような感覚と、途轍もない快感に

「はぁ……ぁん、ああっ、ああっ、んんっ! ああっ……も、っとぉ……おく、までぇ……」

とはしたなく強請ってしまう自分がいた。

「ああ、澪。もっと感じて……もっと声を聞かせて……」

「ああっ……んっ、まも、るさん……す、きぃ……だい、す、きぃ……」

「澪っ……澪っ!!」

ガツガツと身体全部を激しく揺り動かされて、僕はあっという間に2回目の蜜を放った。

「可愛い澪……私も澪の中に出すよ……これで本当に私のものだ」

そう耳元で囁かれた瞬間、さらに激しく奥を穿たれて、

「くっ――!」

護さんの苦しげな声が聞こえたと同時に僕の中に熱くドロドロしたものが広がっていった。
途轍もない量がお腹の中に流れ込んでくるのを感じながら、僕は意識を失った。

しばらく経って目を覚ました時には、護さんの大きな身体に抱き込まれていて、僕も護さんも同じ匂いに包まれていた。

「澪……私の可愛い花嫁……」

「護さん……」

「もう誰にも触れさせはしないよ。愛してる……私の愛しいつがい

そう言いながら護さんの大きな手で撫でられる僕の頭にはふわふわの可愛い耳が生えていた。
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