わがまま公爵令息が前世の記憶を取り戻したら騎士団長に溺愛されちゃいました

波木真帆

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1巻

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 すると、セスは僕の手をそっと握った。

「旦那さまはお優しい方ですから、安心なさってください」

 セスの優しい笑顔のおかげで少し緊張が和らいだ気がした。
 セスと手を繫いだまま、お父さまの部屋に向かう。

「入れ」

 その声にビクッとしてしまったけれど、「大丈夫ですよ」とセスの口が動く。
 大丈夫、大丈夫。僕は何度も心の中で呟いた。

「旦那さま、ルカさまをお連れいたしました」
「ああ。ルカ、そこに座れ」
「は、はい」

 お父さまに言われた通りにソファーに腰を下ろすと、なぜかお父さまは驚いた表情で僕を見ている。僕……何か変なことしちゃった? 
 不安になってセスを見たけれど、「大丈夫ですよ」とまたセスの口が動く。けれど、やっぱり少し怖くて緊張してしまう。
 お父さまが目の前に座ったけれど、その顔を見ることができない。

「ルカ、セスからお前が私に何か話があると聞いたが、一体なんだ?」

 低い声で尋ねられて緊張感が増す。
 でも、セスがお父さまとお話をする場を作ってくれたんだ。頑張らないと!

「あ、あの……お父さま。僕は、お父さまのことを覚えていないのです。ごめんなさい……」
「覚えていない? ルカ、それはどういうことなのだ?」
「記憶が……ルカとしての記憶が何もないのです……。でも、僕は……お父さまに嫌われたくない……ゔっ、うっ」
「ルカ……」

 突然記憶を失ったなんて突拍子もない話、信じてもらえないかもしれない。
 でもお父さまには信じてほしい。
 その思いで堪えきれなくなって涙を零すと、お父さまがそっと立ち上がり、僕の隣に座って優しく抱きしめてくれた。

「お前が覚えていることを話してくれぬか?」

 その優しい声に安心して、僕はさっき思い出したばかりのカイトの記憶を全てお父さまに伝えた。それをじっと聞いてくれていたお父さまの指が時折目頭を拭う。

「僕は辛い人生を終え、この新たな世界でお父さまたちと幸せな生活をしていたのでしょう? でも、僕はそのどれも覚えていないのです。ごめんなさい、本当にごめんなさい……」

 僕のために泣いてくれるような優しいお父さまとの思い出を何一つ思い出せないのが辛い。
 どうして僕は全てを忘れてしまったのだろう。自分で自分が嫌になってしまう。
 けれど、お父さまはそれを咎めることなく優しい声をかけてくれた。

「何を言っているのだ、記憶がなくともルカは私の大切な子どもだ。記憶がなければこれから一緒に新しい記憶を作っていけば良い。そうだろう?」
「お父さま……僕、嬉しいです……」
「ルカ」

 大きな身体に抱きしめられると、ものすごく安心する。
 カイトだった頃には一度だって感じたことのない感情だ。僕はお父さまの子どもに生まれて幸せに暮らしてきたんだな。

「あっ――!!」

 突然、お父さまが大きな声をあげて僕を胸から引き離し、困った表情で僕を見つめた。

「あの……お父さま、どうかなさったのですか?」
「い、いや……まさかこのようなことになるとは思ってもみなかったから……」

 お父さまは何やら口をモゴモゴさせたかと思うと、急に真剣な目をして僕を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「ルカ、よく聞いてくれ。其方が記憶を失って不安に思っているところ申し訳ないが、実は其方に縁談がある」
「縁談……? 縁談って、結婚ってことですか?」

 そういえばセスが、ルカは明日で十八歳って言っていた。
 十八歳って成人だし、この世界では結婚しても不思議じゃないんだろう。
 でも僕はまだこの世界も知らないし、そもそも貴族としての教養もない。そんな子どもだけどいいのかな? 
 お相手は一体どんな人だろう?
 お父さまは僕の質問に頷いて言った。

「ああ、そうだ。相手は我がユロニア王国騎士団団長のウィリアム・オルグレン殿だ。きっとルカを幸せにしてくれるはずだ。ウィリアムは――」
「えっ? 騎士団? えっ……ちょっと、待って、ください。あの、団長さまって、女性ですか?」
「いや、男性だ」
「あ、あの、お父さま……。僕、男ですよ。この世界では男同士で結婚って、できるのですか?」
「ああ、問題ない」

 問題ない。そうなんだ……
 それが普通だとしたら、ルカとして受け入れなくちゃいけないんだろうな。

「……わかりました。お父さまが仰ることなら、僕はかまいません」

 僕の返事に、お父さまはホッとしたように見えた。


 それからあっという間に、僕の婚約者であるウィリアムさまが我が家に来る日になった。
 とりあえずお父さまとセスからは、記憶喪失になったこと、そして生まれる前の記憶が戻ったことについては内緒にしておこうと言われ、そうすることにした。
 だって、急にそんなこと言ったって頭がおかしくなったと思われそうだもんね。結婚したくなくて嘘をついてるんじゃないか? なんて思われて初対面から印象を悪くしたくない。
 だから、僕はこの二日間でお父さまとセスにこの国のこと、そして、ウィリアムさまについて教えてもらい、必死に頭に叩き込んだ。
 この国はユロニア王国といって自然が豊かで平和な世界。ウィリアムさまはオルグレン侯爵家の次男で僕の伯母さまにあたるミア王妃の妹の子どもで僕とも親戚らしい。
 幼い頃から武術と剣術に精を出し、それが国王さまの目に留まって騎士団に入ったらしい。その後は、メキメキと頭角を現し、王国騎士団最年少で団長へ上り詰めたそうだ。
 聞けば聞くほどそんなすごい人が僕なんかの結婚相手だなんて今でもまだ信じられないけれど、公爵家のルカとしてなら当然の相手なんだろう。
 僕がうんと小さい時にはこのお屋敷で会ったこともあるらしいし、ほかでも何度か会っているようだけど、十歳以上歳が離れているせいか、そこまで親しいわけではなかったみたい。
 きっと、ウィリアムさまにとっては小さな僕とは遊ぶというよりもおりみたいに感じたのかもしれない。子どもっぽすぎて気に入ってもらえなくて、結婚が破談とかになったらお父さまや国王さまに迷惑かけちゃうだろうし、なんとか嫌われないように頑張らないと!!
 でも、どうしよう……なんだか緊張してきちゃったな。
 何をするというわけでもなく部屋の中をうろうろとしていると、部屋の扉が叩かれる。返事をするとセスが入ってきた。

「ルカさま。まもなくウィリアムさまがお着きになりますので、応接室にご案内いたします」
「えっ? 玄関でお迎えしなくてもいいんですか?」
「はい。こちらは公爵家ですし、ウィリアムさまは婿に入られるのですから、ルカさまからお迎えにいかれてはウィリアムさまもお困りになるでしょう」

 そうなんだ……。それが身分の違いってことなんだろうか? 
 ウィリアムさまが侯爵家とはいえ、僕よりもずっと年上なのに僕のほうが立場が上なんて、なんか変な感じがする。
 お父さまはウィリアムさまが僕を「幸せにしてくれる」相手だと言った。
 その場合、僕は妻? いやつまなのかな? 
 結婚して正式にウィリアムさまが僕の伴侶になったら、また変わるんだろうか? 
 貴族のマナーはまだ全然わからないし、今はセスの言う通りにしておかないと。僕が変なことをしてお父さまやこの公爵家が悪く思われるのだけは絶対に避けなきゃいけないな。


 応接室へ入ると、すでにお父さまがソファーに座っていた。

「おお。ルカ、来たか」

 にこやかに迎えてくれるお父さまにホッとする。

「はい。お待たせして申し訳ありません」
「いや、気にしないでいい。さぁ、こちらにおいで」

 お父さまがすぐ隣をぽんぽんと叩き、僕が大人しくそこに腰を下ろすとお父さまは嬉しそうに目を細めた。

「今日の衣装はまた一段とルカに似合っていて、可愛らしいな」
「お父さまが選んでくださったそうですね。そう言っていただけると僕も嬉しいです」
「おお。そうか、そうか」

 お父さまの手が僕の頭を優しく撫でる。
 その自然な触れ合いがルカとお父さまの仲の良さを表しているようで、覚えてないのが悔しい。けれど、お父さまが何も気にせずに僕に優しくしてくれてとても嬉しかった。

「あの、お父さま。ウィリアムさまのことですが……」
「んっ? どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「あの、ウィリアムさまにお会いしたら、すぐに僕がルカじゃないと気づかれてしまうのではありませんか?」

 お父さまはもちろん、セスもお屋敷にいる人たちもあまり以前の僕について教えてくれない。
 きっと何も覚えていない僕が混乱しないように配慮してくれているんだろう。だけど、ウィリアムさまとルカがこのお屋敷以外の場所でも何度か会っていたのなら、すぐバレてしまいそうで怖いんだ。

「なんだ、ルカはそんなことを気にしていたのか?」
「だって、ウィリアムさまが気に入ってくださらなかったら、この結婚がだめになってしまうのではありませんか?」
「大丈夫、今のルカを気に入らないなどと言うわけがないよ」
「えっ? それってどういう――」

 お父さまに聞き返そうとした僕の声は、ノックの音にかき消されてしまった。

「ウィリアム・オルグレンさまがお越しになられました」

 セスの言葉に一気に緊張感が増す。
 お父さまはそれに気づいたのか、震える僕の手をそっと握った。

「ルカは心配しないでいい。そのままのルカで大丈夫だよ」

 その穏やかな声に僕はホッとして小さく頷いた。

「入ってくれ」

 応接室の扉がゆっくりと開く。
 セスに案内されながら、黒く長い上着に金色の装飾とたくさんの勲章が付いた服を纏った長身の男性がコツコツと靴音を響かせて入ってきた。
 彼は一瞬僕と目が合うとハッと息を呑んだが、すぐに冷静な表情に戻り、その場に片膝をついて頭を下げた。

「フローレス公爵さま、並びにご嫡男ルカさま。私はユロニア王国騎士団団長オルグレン侯爵が次男、ウィリアム・オルグレンでございます。此度の縁、誠に嬉しく存じます。不束者ではございますが、どうぞ末長くよろしくお願い申し上げます」
「ああ、ウィリアム。よく来てくれた。今日からは私の息子ウィリアム・フローレスとして、そしてここにいるルカの夫として仲良くしてやってくれ。ほら、ルカ。自分の夫となる者に挨拶を」
「は、はい。お父さま」

 ドキドキしながら震える声でお父さまに返事をしてその場で立ち上がると、ウィリアムさまがゆっくりと顔を上げた。

「あ、あの……ルカと申します。僕……ウィリアムさまの良いつまになれるよう頑張ります」
「えっ? ル、ルカさま……?」

 一生懸命笑顔で挨拶したけれど、ウィリアムさまはなぜか目を丸くして僕をじっと見つめている。
 僕の挨拶、どこかおかしかったのかな? 
 心配になって隣にいるお父さまに目を向けたけれど、お父さまは僕の手を優しく撫でてくれた。

「大丈夫、うまく言えていたぞ」

 笑顔を見せてくれたけれど、お父さまは優しい方だ。だから僕をガッカリさせないように言っているのかもしれない。
 目の前のウィリアムさまの表情を見ているとどうも心配になってしまう。

「ウィリアム、ルカを……頼むぞ」
「は、はい。お任せください」

 お父さまの声にウィリアムさまはビクッと肩を震わせ、慌てたように再び頭を下げた。
 ああ、最初の挨拶は失敗しちゃったのかも。きっと印象が悪かったに違いない。
 これから精一杯いいつまをもらったと言ってもらえるように挽回しなきゃ!! 
 そう思っていたのに、急に部屋の中がしんと静まり返ってしまった。
 誰も言葉を発さないし、どうすればいいんだろう……

「あの……早速ですが、私とルカさまの部屋にご案内いただいてもよろしいですか?」
「んっ? あ、ああ。そうだな。では、セスに案内させよう」

 ウィリアムさまの声かけに、お父さまは驚きつつも了承した。

「はい。公爵さま、ありがとうございます」
「ああ、ウィリアム、我々はもう親子だから、今日から私を父と呼んでくれていいのだぞ」
「はい、父上」
「うむ、それでいい」

 お父さまとウィリアムさまはすっかり打ち解けたように見える。
 僕も頑張らないとな。
 セスが案内した部屋は今まで使っていた自分の部屋よりもずっとずっと広い。元々僕が結婚した時のために用意してた部屋だそうだ。

「あの、何かございましたらすぐにお呼びくださいませ。ルカさま」

 セスは心配そうな表情をしつつ、僕とウィリアムさまを部屋に残して出ていってしまった。
 ウィリアムさまと二人、初めての部屋に残されてどうしていいかわからない。

「ルカさま……」
「ひゃいっ――!」

 急に声をかけられて動揺して声が裏返ってしまった。恥ずかしい。

「部屋の様子もわかりましたし、次はお屋敷の庭を案内していただけますか?」
「あ、あの……セスを呼びましょうか?」
「いえ、ルカさまにご案内いただきたいのです……よろしいですか?」

 じっと見つめられながら言われるとドキドキしてしまう。

「は、はい。僕でよければ喜んで……わっ――!!」

 扉に向かおうとした時、急に僕の手を握られて、ビックリして声が出てしまった。

「あ、あの……手……」
「私たちは婚約者を通り越して、すでに夫夫ふうふのようなもの。手を繋ぐくらいかまわないでしょう?」
「は、はい。そうですよね」

 とりあえず笑顔を見せながら握られたままにしたけれど、ウィリアムさまの大きくて温かい手に包まれて胸が高鳴る。
 そういえば、お父さまとセス以外の大人の男の人と手を繋ぐのって初めてかも……

「では、案内をお願いします」

 ウィリアムさまにそう言われ、手を繋いだまま部屋の外に出た。

「どちらへお出かけになるのですか?」

 部屋の外で待機していたセスが心配そうに尋ねてきた。

「ウィリアムさまをお庭にご案内してきます」
「それでしたら私もお供いたします」

 一瞬セスがついてきてくれるならウィリアムさまとの話も弾むかも……と思ったけれど、

「いや、申し訳ないがルカさまとの仲を早く深めたいので、ここは二人っきりにしていただけないか?」

 間髪入れずにウィリアムさまがセスに返した。

「出すぎた真似をいたしまして申し訳ございません。どうぞ、ごゆるりとご散策をお楽しみください」
「では、ルカさま。参りましょう」

 深々と頭を下げるセスをその場に残し、僕はウィリアムさまに手を引かれて庭へ連れていかれた。


「ああ、久しぶりだな、ここの庭は。だが、全然変わっていない。あの時と同じようにホッとする」

 あっ、庭に着いた途端、ウィリアムさまの口調が変わった。
 でもこっちの話し方のほうが僕は好きだな。

「あの……僕も、ここのお庭は好きです。お花も池もキラキラと輝いて、風もすごく気持ちがいいですし。そうだ! 僕、この前、池の鯉に餌をあげたんですよ。ウィリアムさまも餌やりしてみますか?」

 笑顔でウィリアムさまを見上げると、ウィリアムさまも一瞬驚きながらもすぐに、にっこりと笑顔を見せてくれた。

「――っ!!」

 初めてみるウィリアムさまの笑顔に胸がドキドキする。

「池で餌やりですか? ああ、池といえば昔、ルカさまが池に落ちたのを私がお助けしたことがあったな。あの時は驚きましたね、ルカさまはずっと泣いていらして……そういえば、あれから池が嫌いになったと聞きましたが、いつの間に池が好きになったのですか?」
「えっ――!」

 どうしよう……。間違えちゃったんだ。
 こんな時、なんて返したらいいんだろう。ちゃんとセスに聞いておけばよかった。
 ウィリアムさまは覚えているのに、僕が何も覚えてないなんて言ったら、きっとウィリアムさまを傷つけてしまう。
 でも僕、嘘は言いたくない。

「ルカさま?」
「あの、ごめんなさい。僕、覚えてなくて……。でも、ウィリアムさまが助けてくださった池だから、きっと心の底から嫌いになってはいなかったのかもしれません。だって、ウィリアムさまとの思い出の場所ってことですもんね」

 うん、きっとルカだってそう思っていたはずだ。
 けれどウィリアムさまは、僕の言葉に返事することもなく、ただじっと僕を見つめていた。

「あの、ウィリ――」
「君は誰だ?」
「えっ――」
「君はルカではないだろう? だって、池に落ちたのは君じゃない。私だ。君が私を突き落としたんだから、覚えていないはずないだろう?」

 えっ! 僕が、ウィリアムさまを、突き落とした? 
 うそ……。どうしてそんなことを?

「君はあの時、大笑いしてたな。私のそんな情けない姿を晒したのだから、君はきっと覚えていると思ったが、それすらも忘れてしまったか?」

 ウィリアムさまから告げられた過去に思わず涙が溢れる。
 僕がウィリアムさまにそんな酷いことをしていたなんて……
 自分がやってしまったことの酷さに衝撃を隠せず、僕はその場に膝からくずおれた。

「えっ――ルカ、さま……?」
「ウィリアムさま……ごめんなさい。僕、そんな酷いことを……。謝って許してもらえるだなんて思っていないけれど、本当にごめんなさい、ごめんなさい……」

 泣いちゃダメだ! 僕が悪いことをしたんだから! 
 そう思っていても溢れ出る涙を堪えきれない。涙を流しながら必死に土下座して謝っていると、突然大きなものに抱きしめられた。


   ウィリアムサイド


 応接室でルカさまと目を合わせたその瞬間から、「違う」と思った。
 何が違うとは断言できなかったが、ルカさまの纏っている空気感が、いつもとあまりにもかけ離れていた。違和感を覚えながら、ルカさまも緊張しているのだろう、そう思うことにした。
 けれど私の挨拶の後、ルカさまが挨拶をしたあの時に、確信した。
 この方はルカさまでない、と。
 しかし、だとしたら目の前にいるこの方は一体誰なのだ? 顔がそっくりな別人か? 
 いや、そんなからかいなど、さすがにフローレス公爵が許しはしないだろう。あのフローレス公爵の目ははっきりとこの方がルカさまだと認識している目だ。ならば一体?
 頭の中でいろいろと思い巡らせていると、フローレス公爵から「ルカを……頼むぞ」と強い言葉で圧をかけられた。私が怪しんでいることに気づいたか。
 だが、これでわかった。
 目の前にいるルカさまは、やはり間違いなく本物だ。
 とすれば、なぜあのような態度を取ったのだろう?
 ルカさまのあの殊勝な態度の意図がわからず、とりあえず二人きりになればいつもの姿を見せるのでは、と考えた。
 あのわがままで乱暴者のルカさまのことだ。いつまでも猫かぶりなどできるわけはない。
 そう思って、さっさと我々がこれから住む部屋に案内してもらったが、ルカさまはなぜか落ち着きがなく私に近づこうともしない。
 やはりいつもとは違う。それならば本性を出させるまでだと思い、私はルカさまに庭を案内してほしいと頼んだ。
 ――はっ。なんで僕がそんなことを? ウィリアム、婚約者になったからといって調子に乗るなよ。
 それくらいのことを言うだろうと思っていた。

「僕でよければ喜んで……」

 私の予想に反して、少し頬を染めながらルカさまは嬉しそうにそう言ってくれた。そんな彼を見て、可愛いと思ってしまった。だから、つい手を握ったのだ。
 払い除けられてもおかしくないのに、ルカさまは声をあげて驚きの表情を見せただけだった。
 私たちはもう夫夫ふうふも同然だからとなんとか理由をつけて手を握ったままにしたが、ルカさまはそれを拒むどころか笑顔で返してきた。
 私の無骨な手の中にルカさまの小さく柔らかな手がある。まさか手を握るのをこんなにも早く許してくれるとは思わなかった。
 どうしてもその手を離しがたく、手を繋いだまま庭へと向かおうとすると、公爵家の筆頭執事でルカさまの世話役でもあるセス殿が声をかけてきた。庭に向かう私たちについてこようとするセス殿をなんとか阻止して二人で庭へ歩みを進めた。


 庭に出てわざと素の言葉を出したのは、ルカさまの本心が知りたかったからだ。
 侯爵家次男である私が敬語を使わなければ、公爵家嫡男のルカさまは烈火のごとく怒るはずだと思ったが、またしても私の思惑は空回りした。ルカさまは私がそんな話し方をしても咎める素振りはなく、それどころか嬉しそうに笑顔で私に池で餌やりをしないかと誘ってくれたのだ。
 ルカさまの行動にも態度にも違和感を持ちつつも、目の前にいるルカさまに惹かれ始めている自分がいる……こんなことではだめだっ! 
 私は一世一代の賭けに出ることにした。


 十年前、ルカさまの八歳の誕生日の祝いのためにこの屋敷に連れられてきた時、ちょうど成人を迎える頃だった私のことも一緒に祝おうとフローレス公爵さまが仰った。それを気に入らなかったルカさまは、私を庭へと誘い出して池に突き落とした。
 突然の出来事と、意外と深い池に焦った私はかなり間抜けな姿を晒した。ルカさまはそんな私の姿を見て大笑いし、それから私の顔を見るたびにあの時のことをからかった。これは私とルカさまの思い出の中で一番鮮明に覚えているものだ。
 だからこそ、私はわざと嘘の思い出話をした。池に落ちたのが私ではなく、ルカさまだと。プライドの高いルカさまのことだ。自分がそのような目に遭ったと言われて受け入れるはずがない。
 ――お前の嘘には付き合ってられない。僕がちょっと素直な態度を取ってやれば調子に乗って。また池に落としてやろうか?
 本性を出すに違いない。そう思ったのに、ルカさまの反応はまたしても違った。


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