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もう一度来てくれたら……

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カランとドアベルが鳴り、入ってきたお客さんを見て愕然とした。

フローレス公爵家のルカさまだ……。
そう気づいた時、私は身体中に震えが走った。

なんでルカさまがこの店に……。

まだオープンして半年足らず。
ようやく店も軌道に乗ってきたところだというのに、もしこの店が気に入らないと暴れられでもしたらもうここでは、やっていけない。

けれど、ルカさまの隣には騎士団長のオルグレンさまがいらっしゃる。
公爵令息であるルカさまの警護をされているのだろうが、きっとルカさまが騒ぎを起こさないように見張ってくれるはずだ。

大丈夫、大丈夫。

必死に気持ちを落ち着けようと深呼吸をしていると、

「どこでもいいのか?」

と先に騎士団長さまに声をかけられてしまった。

印象が悪くなってしまったかもしれない。
慌ててお好きな席にどうぞと声をかけると、ルカさまはなぜか不安げな表情で私を見た。

一瞬、何か文句を言われるのではと身構えたが、ルカさまは騎士団長さまに連れられて奥の席に座った。

さっきまで賑やかだった店内にも緊張感が漂っている。
なんとかして機嫌よく帰っていただかなければ!

「フローレス公爵家のルカさまが今、店にいらっしゃいます」

「ええっ!!」

厨房にいる両親に声をかけると、2人は一気に青褪めたけれど

「落ち込んでいる暇はないわ! なんとかして満足してお帰りになっていただかなくては!
お父さん、注文されたらすぐに出せるように準備しておいて!
お母さんは他の人の給仕を任せるからお願い! 私は怖いけどルカさまのテーブルにつくわ!」

と指示をして、メニューをとりルカさまのいる席へと向かった。

「メ、メニューでございます」

騎士団長さまに差し出しながら必死に声を出したけれど、どうしても声が震える。
ルカさまの機嫌が悪くならなければいいと願っていると、

「ありがとうございます」

天使の囁きのような美しい声が耳に飛び込んできた。

えっ?
今のって?

声のした方に目を向けると、ルカさまが穏やかな微笑みを浮かべていた。
ユロニア王国で一番の美貌の持ち主と言われているルカさまの微笑みにときめきがおさまらない。

一体何が起こっているのか脳が処理することができず、私は慌ててその場から去った。

「ねぇ、どうしよう!!」

「どうしたっ?? 何か粗相をしてしまったのか?」

この世の終わりとでも言いたげな表情で一気に青ざめる父に

「違うの!! ルカさまが! ルカさまがとってもお優しくて綺麗なの!」

とさっき見た様子を一生懸命伝えるもどうにもこうにも信じてもらえない。

「もうっいい! とりあえずお父さんはどんな注文が来ても対応できるようにしておいて!!」

私は急いでルカさまのいるテーブルへと戻った。

そのタイミングで騎士団長さまに声をかけられた。

紅茶を2杯と桃のケーキひとつ……えっ? それだけ?
もっと無理難題でも言われるかと思っていたのに……。
それでも少しでも早く持って行ったほうがいいと思い、急いで父に用意させた。

ケーキの準備をした父と紅茶を淹れた母、その見事な連携で数分後にはトレイに乗せられていた。

「粗相しないように十分気をつけるのよ!!」

母からの念押しがかなりのプレッシャーだ。

私は丁寧にそして、できるだけ早くルカさまの元へと届けた。

粗相をしないように、粗相をしないようにと必死に思えば思うだけ手が震える。

それでもなんとかテーブルに全てのものを並び終えると

「ありがとうございます」

とまたルカさまから鈴の鳴るような綺麗な声でお礼を言われてしまった。

二度目だしこれは空耳じゃないよね?

そっとルカさまを見ると、本当に美しい笑顔で私を見ていた。
まるで天使のようなその微笑みに一気に顔が赤くなる。

「い、いえ。ど、どうぞごゆっくり」

吃りながらお礼を言うのが精一杯で急いでそこから逃げ出した。

それでもその後の様子が気になって、ルカさまたちがいるテーブルからは死角になって見えない場所に身を隠し、ルカさまと騎士団長さまの様子を眺めていると、ルカさまは目の前の桃のケーキに興味津々な様子で騎士団長さまに

「食べてもいいですか?」

と尋ねている。

ゔーっ!
女の私でもドキドキしてしまうほど可愛らしいその仕草と表情にときめきが止まらない。
これを目の前で見ている騎士団長さまはひとたまりもないだろう。

ルカさまは嬉しそうにケーキを口に運ぶと、

「わぁーっ、これ、美味しいっ!!」

と店内に響き渡るような綺麗な声を上げた。

ルカさまが……ルカさまが、うちのケーキを美味しいと言ってくれた!!!!

まさかの出来事に店内にいる人たち全員が、自分たちのケーキを食べることも忘れてルカさまと騎士団長さまのテーブルに意識を向けている。

残念ながら、店内にいるほとんどの席からは2人の様子は見えていないだろう。
私の居るここだけが2人の様子を確認できる特等席なのだ。

決して見逃してはいけないとどこからか指令のようなものを感じ取りながら、私は動向を見守っていた。

「ウィルも食べてみてください」

騎士団長さまを愛称で呼ぶルカさまの声はまるで恋人にでも話しかけているよう。
騎士団長さまはそれを一度は断ったけれど、美味しいものを共有したいというルカさまの願いを叶えて、『あ~ん』と差し出されたケーキをパクリと口に入れた。

嬉しそうな笑顔を見せ合いながら美味しいといいあう2人をみながら、
私……こんなところで何やってるんだろう……と思っていると、ルカさまが騎士団長さまの唇の端についたクリームを小さな指で拭い取り、自分の小さな口に含んで可愛らしい笑顔を向けた。

甘くて美味しい……そんなことをこんなに可愛らしい人に言われて正常でいられるわけがない。
普通の人ならきっとそのまま押し倒していたかもしれないけれど、さすが、騎士団長さま!

顔を赤らめるだけで必死に抑えたようだった。

ああ、なに……これ、ものすごい甘々な2人のデートじゃん。

ルカさまに何かされるんじゃないかと心配して、恐怖に慄いていた私が馬鹿みたい。

でも、ルカさまって本当はこんなに穏やかで笑顔の可愛い人だったんだ……。
美人なのは知ってたけど、こんなに柔らかな笑顔を見せる人だなんて知らなかったな。

このまま無事に楽しんでくれたらいい……そう思っていたのに、突然その幸せな空間が壊されてしまった。


ケーキを食べ終え、そろそろ帰ろうと2人が席を立ったその時、私の視線の奥にひとりの少女が見えた。
憎しみに満ちたその表情に何かをする気だとピンときた。

慌ててそこから飛び出し、その子の行動を止めようとしたけれど一歩間に合わず彼女は持っていたグラスの水をルカさまに思いっきりかけていた。

彼女の行動に、店内の温度が一気に冷えていく。

もう誰も言葉を発することもできずに、ただじっと3人の様子を見つめている。
店員である私もあまりの出来事に足が動かなくなってしまっていた。

彼女はルカさまにも騎士団長さまにも怯むことなく、自分がなぜこんなことをしたのかと話し始めた。
どうやらルカさまが彼女の弟を危険な目に遭わせてしまったらしい。
それは怒る気持ちもわかる。
けれど、それでも相手は公爵令息。

彼女はタダでは済まないだろう。

せっかくいい雰囲気だったのに、この店ももう終わりか……と思った瞬間、ルカさまが彼女の前に歩み寄り、

「僕がしてしまったことは謝って許してもらえることじゃないってよくわかってます。
弟さんにも、そしてあなたにも怖い目に遭わせてしまって本当にごめんなさい」

そう言いながら、彼女に土下座し

「本当にごめんなさい」

ともう一度謝罪を繰り返していた。
それがおざなりの言葉でないことは誰がどうみても明らかで、あれほど怒っていた彼女も毒気を抜かれたように怒りがおさまっていっていた。

騎士団長さまからも許してあげてほしいと言われ、彼女は

「わかったわよ! 許せばいいんでしょ! 許せば! でも、水をかけたことは絶対謝らないんだから!!」

と叫びながら店から出ていった。

ルカさまは騎士団長さまに支えられながら、店を出て行こうとする時、

「ご迷惑をかけてしまってごめんなさい……」

と私に謝罪の言葉を言ってくれた。

カランとドアベルが鳴り、ルカさまと騎士団長さまの乗った馬車が離れていくのを、私も、そして店内にいたお客さまも皆見守り続けていたけれど、

「ルカさま……本当に心からの謝罪なさってたわね」

と誰かがポツリと呟いた途端、

「もしかしたらルカさま、今までのことを反省していらっしゃるのではないかしら?」
「絶対にそうよ!! いつものような冷たい目をしていらっしゃらなかったもの」
「本当に嬉しそうにケーキを食べていらしたわ」
「公爵令息でいらっしゃるのに、あんな平民の小さな子に土下座までなさって……」
「あれは本気で謝っていらしたもの!」
「私、もうルカさまを怖がるのはやめるわ!!」
「ええ、私も! 今日のこの時間、とても楽しかったもの」

と次々にルカさまへの擁護の声が飛び交った。

誰からも批判の声が上がらなかったのは、あの謝罪が全然嘘には見えなかったからだろう。

次にルカさまがこの店に来てくれたら、もっと楽しい時間を過ごせるように今度は話しかけてみよう。
そう心に誓った。
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