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僕の先生
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『きょう、にわのか、だんに、はなが、さきまし、た。にわ、じゅうに、あまい、かおりが、して、しあわせな、きもちに、なりまし、た』
「ユヅルさま。とてもお上手ですよ」
『メルシー。リュカ』
僕がこの家に来て1ヶ月ほどが経った。
お父さんと母さんの前で誓った通り、あの日から僕は真剣にフランス語の勉強を始めた。
いつか、大学にだって行って夢を叶えられたらいいなと思うし、それに……何よりもずっとエヴァンさんの隣にいたいから、僕は頑張るんだ。
最初はパピーが用意してくれた本を見ながら、エヴァンさんに教えてもらっていたけれど、そろそろお休みも終わるし、ずっと教えてもらうわけにもいかない。
だからエヴァンさんに、フランス語を教えてくれる先生が欲しいと頼んだんだ。
エヴァンさんは少し考えさせてくれと言っていたけれど、今日から仕事を再開するという日に、僕の先生だと言ってリュカを連れてきてくれた。
「ユヅル、彼はリュカ・セザール。リュカは大学で学ぶまでは一度も日本語と触れ合っていなかったようだが、今では日常会話くらいは話せるようになっているんだよ。ユヅルも頑張れば、リュカと同じようにフランス語をマスターできるから頑張るんだぞ」
「はい。ありがとうございます、エヴァンさん!」
「リュカ、しっかりと頼むぞ」
「承知いたしました」
勉強は広い応接室のような部屋で、僕とリュカ、そしてパピーも一緒にいてくれる。
パピーは時々、僕とリュカに飲み物を出してくれるんだ。
だから、時々お茶をしながら3人で楽しい時間を過ごすのも勉強中の癒しになっている。
一番最初会った時に
『むっしゅ、せざーる』
と呼んだら、リュカは顔を真っ赤にして笑い出した。
理由はわかってる。
僕の発音が幼な子みたいだから。
それでも、男の人には『むっしゅ』って呼びかけないといけないって、予習してたのに。
「ふふっ。ユヅルさま。私のことはリュカと名前でお呼びください」
エヴァンさんは日常会話くらいと言っていたのに、流暢な日本語で、しかも敬語で話しかけられて驚いてしまった。
「あの、でも……先生を名前で呼び捨てにするなんて。それに、僕は生徒だから<さま>は必要ないですよ」
そう言ったけれど、リュカは
「いいえ、ロレーヌ総帥からユヅルさまはロレーヌ一族の中で最も敬うべきお方だと伺っております。生徒でいらっしゃってもそれは変わりません。私のことはどうぞ名前でお呼びください」
と言って譲らなかった。
ここで押し問答をしていても仕方がない。
少し慣れたら、僕のことも呼び捨てになってくれるかもしれないと期待をしつつ、僕は彼をリュカと呼ぶようになった。
リュカのわかりやすい指導のおかげで、僕は簡単な文章を読み書きすることができるようになっていた。
リュカは日本語がわかるけれど、勉強の間は僕は極力日本語は禁止。
教科書ももちろん使うけれど、何よりもまずは会話力を身につけようと言われて、パピーへのおやつの要望は僕の仕事だ。
『パピー、えっと……アン ショコラしょー エ アン かふぇ しる ぶぷれ』
『C’est entendu.』
僕が頼むとパピーがこう返してくれるのも、もうお決まりだ。
『せ おんとんでゅ』
パピーの返してくれる言葉は発音もなかなか難しいけど、だいぶ耳がフランス語に慣れてきた気がする。
『merci』だけは毎日何十回も言っているから、この発音だけは自信がある。
だって、このお屋敷にいると与えられることが多くて、自然と口から出てしまうんだ。
もう最近は『ありがとう』より『メルシー』の方が多いかもしれない。
『さぁ、ユヅルさま。どうぞ』
目の前に置かれたホットチョコレートから甘い香りが漂ってくる。
勉強中の嬉しいひとときだ。
『C’est bon!!』
『ふふっ。Merci と C’est bon はすっかりじょうずになりましたね』
『えっと……リュカの、おか、げ、です……』
必死に頭の中で単語を思い出して伝えると、リュカがにっこりと笑った。
どうやら合ってたみたいだ。
よかった。
嬉しさで甘くて美味しいショコラショーがさらに美味しく感じる。
「さて、しばらくは休憩時間なのでゆっくり日本語でお話ししましょうか」
その言葉に一気にホッとする。
やっぱりまだ日本語が聞こえると安心する。
「ロレーヌ総帥はユヅルさまの上達ぶりを喜んでいらっしゃるでしょう?」
「毎日、調子に乗っちゃうくらい褒めてくれるから嬉しいです」
「ふふっ。あのロレーヌ総帥がそんなにお褒めになるなんて……ユヅルさまは本当に総帥に愛されていらっしゃるのですね」
にっこりと微笑まれて、ちょっと照れてしまう。
でも、エヴァンさんから、
「日本人の謙虚や謙遜は美徳と言えるが、フランスでは思った通りに伝えないと誤解を招くことになるから」
と言われている。
こういうのってやっぱり育ってきた環境とか考え方とかで違うんだろうな……。
だけど、郷にいれば郷に従えっていうし、やっぱりそれに慣れておくべきだよね。
「はい。エヴァンさん、すっごく優しいです。僕も愛されてるって自信があるから、頑張れるのかも……」
エヴァンさんと愛し合ってるあの大切な時間がふと頭に甦ってくる。
「――っ! ユヅルさま、そのお顔は……」
「えっ?」
急にリュカが真っ赤な顔で僕を見る。
驚いて聞き返そうとすると、
「ユヅル! 私以外にそんな可愛らしい顔を見せてはいけない!!」
と大声で叫びながら、エヴァンさんが部屋に入ってきた。
「ユヅルさま。とてもお上手ですよ」
『メルシー。リュカ』
僕がこの家に来て1ヶ月ほどが経った。
お父さんと母さんの前で誓った通り、あの日から僕は真剣にフランス語の勉強を始めた。
いつか、大学にだって行って夢を叶えられたらいいなと思うし、それに……何よりもずっとエヴァンさんの隣にいたいから、僕は頑張るんだ。
最初はパピーが用意してくれた本を見ながら、エヴァンさんに教えてもらっていたけれど、そろそろお休みも終わるし、ずっと教えてもらうわけにもいかない。
だからエヴァンさんに、フランス語を教えてくれる先生が欲しいと頼んだんだ。
エヴァンさんは少し考えさせてくれと言っていたけれど、今日から仕事を再開するという日に、僕の先生だと言ってリュカを連れてきてくれた。
「ユヅル、彼はリュカ・セザール。リュカは大学で学ぶまでは一度も日本語と触れ合っていなかったようだが、今では日常会話くらいは話せるようになっているんだよ。ユヅルも頑張れば、リュカと同じようにフランス語をマスターできるから頑張るんだぞ」
「はい。ありがとうございます、エヴァンさん!」
「リュカ、しっかりと頼むぞ」
「承知いたしました」
勉強は広い応接室のような部屋で、僕とリュカ、そしてパピーも一緒にいてくれる。
パピーは時々、僕とリュカに飲み物を出してくれるんだ。
だから、時々お茶をしながら3人で楽しい時間を過ごすのも勉強中の癒しになっている。
一番最初会った時に
『むっしゅ、せざーる』
と呼んだら、リュカは顔を真っ赤にして笑い出した。
理由はわかってる。
僕の発音が幼な子みたいだから。
それでも、男の人には『むっしゅ』って呼びかけないといけないって、予習してたのに。
「ふふっ。ユヅルさま。私のことはリュカと名前でお呼びください」
エヴァンさんは日常会話くらいと言っていたのに、流暢な日本語で、しかも敬語で話しかけられて驚いてしまった。
「あの、でも……先生を名前で呼び捨てにするなんて。それに、僕は生徒だから<さま>は必要ないですよ」
そう言ったけれど、リュカは
「いいえ、ロレーヌ総帥からユヅルさまはロレーヌ一族の中で最も敬うべきお方だと伺っております。生徒でいらっしゃってもそれは変わりません。私のことはどうぞ名前でお呼びください」
と言って譲らなかった。
ここで押し問答をしていても仕方がない。
少し慣れたら、僕のことも呼び捨てになってくれるかもしれないと期待をしつつ、僕は彼をリュカと呼ぶようになった。
リュカのわかりやすい指導のおかげで、僕は簡単な文章を読み書きすることができるようになっていた。
リュカは日本語がわかるけれど、勉強の間は僕は極力日本語は禁止。
教科書ももちろん使うけれど、何よりもまずは会話力を身につけようと言われて、パピーへのおやつの要望は僕の仕事だ。
『パピー、えっと……アン ショコラしょー エ アン かふぇ しる ぶぷれ』
『C’est entendu.』
僕が頼むとパピーがこう返してくれるのも、もうお決まりだ。
『せ おんとんでゅ』
パピーの返してくれる言葉は発音もなかなか難しいけど、だいぶ耳がフランス語に慣れてきた気がする。
『merci』だけは毎日何十回も言っているから、この発音だけは自信がある。
だって、このお屋敷にいると与えられることが多くて、自然と口から出てしまうんだ。
もう最近は『ありがとう』より『メルシー』の方が多いかもしれない。
『さぁ、ユヅルさま。どうぞ』
目の前に置かれたホットチョコレートから甘い香りが漂ってくる。
勉強中の嬉しいひとときだ。
『C’est bon!!』
『ふふっ。Merci と C’est bon はすっかりじょうずになりましたね』
『えっと……リュカの、おか、げ、です……』
必死に頭の中で単語を思い出して伝えると、リュカがにっこりと笑った。
どうやら合ってたみたいだ。
よかった。
嬉しさで甘くて美味しいショコラショーがさらに美味しく感じる。
「さて、しばらくは休憩時間なのでゆっくり日本語でお話ししましょうか」
その言葉に一気にホッとする。
やっぱりまだ日本語が聞こえると安心する。
「ロレーヌ総帥はユヅルさまの上達ぶりを喜んでいらっしゃるでしょう?」
「毎日、調子に乗っちゃうくらい褒めてくれるから嬉しいです」
「ふふっ。あのロレーヌ総帥がそんなにお褒めになるなんて……ユヅルさまは本当に総帥に愛されていらっしゃるのですね」
にっこりと微笑まれて、ちょっと照れてしまう。
でも、エヴァンさんから、
「日本人の謙虚や謙遜は美徳と言えるが、フランスでは思った通りに伝えないと誤解を招くことになるから」
と言われている。
こういうのってやっぱり育ってきた環境とか考え方とかで違うんだろうな……。
だけど、郷にいれば郷に従えっていうし、やっぱりそれに慣れておくべきだよね。
「はい。エヴァンさん、すっごく優しいです。僕も愛されてるって自信があるから、頑張れるのかも……」
エヴァンさんと愛し合ってるあの大切な時間がふと頭に甦ってくる。
「――っ! ユヅルさま、そのお顔は……」
「えっ?」
急にリュカが真っ赤な顔で僕を見る。
驚いて聞き返そうとすると、
「ユヅル! 私以外にそんな可愛らしい顔を見せてはいけない!!」
と大声で叫びながら、エヴァンさんが部屋に入ってきた。
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