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エヴァンさんへの想い
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「あの、ここ……お父さんの演奏部屋なんですか?」
「ああ、そうだよ。パリにあるコンサートホールと比べても遜色ない造りになっていてね、ニコラが拘って設計士に依頼した特別な部屋なんだよ」
「うわぁー、そうなんですね。すごいっ!!」
「アマネはここでいつもニコラのレッスンを受けていたよ。ユヅルがここで弾いたらニコラもアマネも喜ぶだろうな」
お父さんが母さんを指導していた部屋か……。
少し前までお父さんの存在すらも知らずにいた僕がこんなにもお父さんや母さんの思い出を知ることができるなんて……。
エヴァンさんと知り合ってから僕はどんどん満たされていく気がする。
広々とした演奏部屋を見つめていると、僕の後ろでミシェルさんがエヴァンさんに何やら話をしている。
フランス語だからわからないけど、エヴァンさんが頷いたのはわかった。
「ユヅル! 早く中に入ろう!」
急に元気いっぱいになったミシェルさんが僕の手をとって中へと入っていく。
「あの、入ってもいいんですか?」
「ふふっ。大丈夫! 今度はちゃんと確認取ったから!」
「確認って?」
「ユヅルを連れて行っていいって、エヴァンさんに」
ああ、なるほど。
さっきエヴァンさんと話していたのはそれだったんだ。
さっき勝手に連れて行ったらだめだって言われてたから確認してくれたんだろうな。
ミシェルさんって素直でいい人だな。
にこやかなミシェルさんに手を引かれ、僕はあっという間にミシェルさんと演奏部屋が見渡せる舞台のような場所に立っていた。
「ここ、いいでしょ? なぜか、ここに立つと守られているみたいですごく落ち着くんだ。きっとMonsieurニコラが見守っててくれてるんだろうなって。ここで弾く時、いつも思うんだ」
「ここで、お父さんが……」
そう言われれば、安心するかも。
ここならきっと緊張せずに弾けるかな。
お父さん、母さん……僕を見守っててね。
「ほら、ユヅル。ヴァイオリンだよ」
「あ、ありがとうございます……」
僕がエヴァンさんからヴァイオリンを受け取った瞬間、
『うわぁっ!! ストラディヴァリユスだ!!!』
突然ミシェルさんの大きな声が響き渡った。
感情が昂ったからか、フランス語だったけれど、発音が似ていたからすぐわかった。
やっぱりミシェルさんはプロの演奏家だけあって、このヴァイオリンを見てすぐにストラディヴァリウスだと気づいたんだ。
さすがだな。
「すごい! これ、エヴァンさんがユヅルにプレゼントしたんですか?」
少し落ち着いたのか、僕にもわかるように日本語でエヴァンさんに尋ねてくれてる。
ほんと優しいな、ミシェルさん。
「いや、違うよ。これはニコラのだ。ニコラがユヅルの母であるアマネに贈ったものだよ」
「へぇー、すごい。僕、本物を初めて見ました」
目を輝かせながら、僕が持っているストラディヴァリウスを見つめているミシェルさんに、
「弾いてみますか?」
と尋ねたけれど、
「いやいや、いい。まだ僕はそんな域に達してないし、それに……」
「それに?」
ミシェルさんは言いかけて、スタスタと舞台の端に歩いて行って、ヴァイオリンを持って戻ってきた。
「このviolonがあるからいいんだ。このviolonはセルジュが僕に贈ってくれた相棒だからね」
ミシェルさんが愛おしそうにヴァイオリンを優しく撫でていると、
「ミシェル……」
と今まで聞いたことのないような甘い声でセルジュさんがミシェルさんを抱きしめる。
セルジュさんって、恋人の前だとこんなに甘々な声出すんだな……。
エヴァンさんと話している時とは別人みたい。
ずっとそんなセルジュさんしかみていなかったから、なんとも不思議な感じがする。
「ユヅルの演奏を聞かせて」
「あの、どんな曲がいいとかありますか? と言っても、そんなにたくさんは弾けないんですけど……」
「ユヅルの好きな曲がいいな」
「好きな、曲……」
好きな曲と言われたら、やっぱりこれだろうな……。
他の曲が思いつかないもん。
僕は深呼吸をして、ヴァイオリンを構えた。
あっ、本当だ。
なんだかすごく落ち着く気がする。
これから緊張せずに弾けそうだ。
目を瞑り、感情のままに弓を動かすと演奏部屋中に音が響く。
うわぁっ! すごい気持ちいいっ!!
これなら何時間でも弾いていられそう。
僕は初めてエヴァンさんへの自分の思いに気づいた思い出の曲
エルガーの<愛の挨拶>
をエヴァンさんへの想いを音色に乗せて、感情のままに弾き続けた。
「ああ、そうだよ。パリにあるコンサートホールと比べても遜色ない造りになっていてね、ニコラが拘って設計士に依頼した特別な部屋なんだよ」
「うわぁー、そうなんですね。すごいっ!!」
「アマネはここでいつもニコラのレッスンを受けていたよ。ユヅルがここで弾いたらニコラもアマネも喜ぶだろうな」
お父さんが母さんを指導していた部屋か……。
少し前までお父さんの存在すらも知らずにいた僕がこんなにもお父さんや母さんの思い出を知ることができるなんて……。
エヴァンさんと知り合ってから僕はどんどん満たされていく気がする。
広々とした演奏部屋を見つめていると、僕の後ろでミシェルさんがエヴァンさんに何やら話をしている。
フランス語だからわからないけど、エヴァンさんが頷いたのはわかった。
「ユヅル! 早く中に入ろう!」
急に元気いっぱいになったミシェルさんが僕の手をとって中へと入っていく。
「あの、入ってもいいんですか?」
「ふふっ。大丈夫! 今度はちゃんと確認取ったから!」
「確認って?」
「ユヅルを連れて行っていいって、エヴァンさんに」
ああ、なるほど。
さっきエヴァンさんと話していたのはそれだったんだ。
さっき勝手に連れて行ったらだめだって言われてたから確認してくれたんだろうな。
ミシェルさんって素直でいい人だな。
にこやかなミシェルさんに手を引かれ、僕はあっという間にミシェルさんと演奏部屋が見渡せる舞台のような場所に立っていた。
「ここ、いいでしょ? なぜか、ここに立つと守られているみたいですごく落ち着くんだ。きっとMonsieurニコラが見守っててくれてるんだろうなって。ここで弾く時、いつも思うんだ」
「ここで、お父さんが……」
そう言われれば、安心するかも。
ここならきっと緊張せずに弾けるかな。
お父さん、母さん……僕を見守っててね。
「ほら、ユヅル。ヴァイオリンだよ」
「あ、ありがとうございます……」
僕がエヴァンさんからヴァイオリンを受け取った瞬間、
『うわぁっ!! ストラディヴァリユスだ!!!』
突然ミシェルさんの大きな声が響き渡った。
感情が昂ったからか、フランス語だったけれど、発音が似ていたからすぐわかった。
やっぱりミシェルさんはプロの演奏家だけあって、このヴァイオリンを見てすぐにストラディヴァリウスだと気づいたんだ。
さすがだな。
「すごい! これ、エヴァンさんがユヅルにプレゼントしたんですか?」
少し落ち着いたのか、僕にもわかるように日本語でエヴァンさんに尋ねてくれてる。
ほんと優しいな、ミシェルさん。
「いや、違うよ。これはニコラのだ。ニコラがユヅルの母であるアマネに贈ったものだよ」
「へぇー、すごい。僕、本物を初めて見ました」
目を輝かせながら、僕が持っているストラディヴァリウスを見つめているミシェルさんに、
「弾いてみますか?」
と尋ねたけれど、
「いやいや、いい。まだ僕はそんな域に達してないし、それに……」
「それに?」
ミシェルさんは言いかけて、スタスタと舞台の端に歩いて行って、ヴァイオリンを持って戻ってきた。
「このviolonがあるからいいんだ。このviolonはセルジュが僕に贈ってくれた相棒だからね」
ミシェルさんが愛おしそうにヴァイオリンを優しく撫でていると、
「ミシェル……」
と今まで聞いたことのないような甘い声でセルジュさんがミシェルさんを抱きしめる。
セルジュさんって、恋人の前だとこんなに甘々な声出すんだな……。
エヴァンさんと話している時とは別人みたい。
ずっとそんなセルジュさんしかみていなかったから、なんとも不思議な感じがする。
「ユヅルの演奏を聞かせて」
「あの、どんな曲がいいとかありますか? と言っても、そんなにたくさんは弾けないんですけど……」
「ユヅルの好きな曲がいいな」
「好きな、曲……」
好きな曲と言われたら、やっぱりこれだろうな……。
他の曲が思いつかないもん。
僕は深呼吸をして、ヴァイオリンを構えた。
あっ、本当だ。
なんだかすごく落ち着く気がする。
これから緊張せずに弾けそうだ。
目を瞑り、感情のままに弓を動かすと演奏部屋中に音が響く。
うわぁっ! すごい気持ちいいっ!!
これなら何時間でも弾いていられそう。
僕は初めてエヴァンさんへの自分の思いに気づいた思い出の曲
エルガーの<愛の挨拶>
をエヴァンさんへの想いを音色に乗せて、感情のままに弾き続けた。
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