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2人の息子に生まれてよかった
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『Et voilà』
『めるしー、ぱぴー』
もうすっかりお礼の言葉は慣れてきた気がする。
それくらい、ぱぴーにはよくしてもらっている。
にこやかな笑顔でお父さんのヴァイオリンを手渡され、僕はお礼を言ってお父さんと母さんが眠るお墓に身体を向けた。
さて、何を弾こうか……。
そんなに大してレパートリーはないけれど、でもせっかくなら思いを伝えられる曲がいいよね。
何にしようかと悩みながら、僕はある曲を思い出していた。
それは母さんが昔、弾いてくれた曲。
日本では結婚式でよく聞く曲だけど、欧米ではお葬式で流す曲なんだって教えてくれた。
あまりにも綺麗な音色に思わず涙が出たんだっけ。
ふふっ。あの時は母さんが驚いてたな。
いつか母さんみたいに上手くなって母さんと一緒に弾けたらいいななんて思っていたけれど夢は叶わずじまいだった。
こんなに早く一緒に弾けなくなるなんて思ってなかったから……。
もっと一生懸命練習しておけばよかったな……なんて今頃思っても仕方がないんだけど……。
それもまた思い出なのかな。
そう思えるようになったのも、ずっとそばで支えてくれるエヴァンさんのおかげだな。
ふぅと深く深呼吸して、ヴァイオリンを構える。
そういえば、外で演奏するなんて初めてかもしれない。
ヴァイオリンの音色がどんなふうに響くんだろう……。
なんか楽しみになってきた。
僕の選んだ曲は<アメイジンググレイス>
母さん……エヴァンさんやいろんな人の助けで、母さんをここまで連れてくることができたよ。
きっと今頃、お父さんと再会できているかな?
お父さん……母さんを愛してくれてありがとうございます。
おかげで僕はエヴァンさんと出会えました。
大好きなエヴァンさんとこれからフランスで新しい人生を歩んでいきます。
どうか見守っていてください……。
お父さん……母さん……。
僕、2人の息子に生まれて本当によかったよ。
そんな思いを乗せて、僕はただただ感情のままに弾き続けた。
最後の弦を弾き腕を下ろすと、あたりはしんと静まり返っていた。
ちゅんちゅんと小鳥の鳴き声だけが耳に入ってくる。
やっぱり練習不足だったかと思ったその瞬間、
『Bravo!!!』
『magnifique!!!』
『fantastique!!!』
『formidable!!!』
などたくさんのフランス語が飛んできた。
「えっ? 何?』
びっくりして後ろを見ると、さっきまで誰もいなかったはずなのに大勢の人が集まって僕に向かって拍手をしてくれているのが見える。
「エ、エヴァンさん……これって……」
「みんな、ユヅルの演奏に心打たれて自然と集まったんだ」
「えっ? 僕の演奏に?」
「ああ、本当に素晴らしい演奏だったよ。ほら、見てごらん。ジュールが涙を流してる」
見れば、ぱぴーがハンカチで目を拭っている。
『ぱぴー』
『ユヅルさま。本当に素晴らしい演奏でございました』
「ユヅル、ジュールが素晴らしい演奏だったと褒めているぞ」
『めるしー、ぱぴー』
もっといっぱいぱぴーと話したいのに、『めるしー、ぱぴー』しか言えないのがもどかしい。
本当に僕、頑張らないと!!
そう思っていると、
「わっ!!」
突然、人ごみの中から何人か大声で叫びながら駆け寄ってくる。
何か話しかけられてるけど何を言われているのか全くわからないから、少し恐怖を感じて声を上げてしまった。
けれど、エヴァンさんが彼らからすぐに僕を遠ざけてくれる。
そして、ぱぴーが彼らに何か話しかけると、彼らはすぐにいなくなり、そしてさっきまで集まっていた人たちもさーっといなくなっていた。
「ユヅル、大丈夫か?」
「はい。ちょっとだけ怖かったけどエヴァンさんがいてくれたから心強かったです」
「そうか、ならよかった」
「あの、さっきの人たちはなんと言っていたんですか?」
「ああ、ユヅルの演奏に魅了されてユヅルがプロのヴァイオリニストだと思ったようだ。サインがほしいと言っていたからジュールがプロの演奏家ではないと言ったら帰って行ったんだよ」
「僕がプロの演奏家だなんて……ミシェルさんに怒られちゃいますね」
笑ってそう言ったけれど、
「いや、ユヅルの演奏を聴いてプロだと思っても無理はないと思ったぞ。本当に素晴らしかった。さすがニコラとアマネの子なのだなと改めて感じていたところだ」
と真剣な表情で言われてしまった。
「エヴァンさんにまでそう言われると……照れます」
「ふふっ。プロの演奏家と間違われたのはユヅルの音色だよ」
「音色、ですか?」
「ああ。今のユヅルの実力だと技巧的にはもちろんプロとは言えないだろう。だが、あれだけたくさんの人がプロの演奏家だと思って集まったのは理由があると思わないか?」
「理由……」
「ユヅルは自分の気持ちを音に乗せることができるんだ。あの時、ユヅルの家で弾いてくれた時も私はそう言っただろう?」
愛の挨拶を弾いた時だ。
あの時はエヴァンさんのことを考えながら弾いていた。
だから、僕の気持ちがエヴァンさんに伝わったんだ。
今はお父さんと母さんへの思いを弾いていた。
「ユヅルのニコラとアマネへの想いが皆を惹きつけたんだよ」
僕の想いがあれだけの人たちの心を揺さぶったなんてなんだか嬉しい。
「なら……きっと、お父さんと母さんにも届きましたよね?」
「ああ、もちろんだ。ニコラもアマネも喜んでるよ」
「よかった……。僕がエヴァンさんと出会えて幸せになれたのは、2人の子どもに生まれたおかげだっていう気持ちを込めたんです」
「ユヅル……。ああ、本当にそうだな。ユヅルをこの世に誕生させてくれた2人には感謝しかない。ニコラ、アマネ。ありがとう……ユヅルは絶対に幸せにするから安心してくれ」
エヴァンさんがそういうと、サーっと風が吹いてお父さんのお墓に備えた花びらが僕の元へと飛んできた。
潰さないように手で受け止め、僕はそれをハンカチで包んだ。
これがお父さんの答えかもしれない。
そう思うだけで僕の心は高鳴った。
『めるしー、ぱぴー』
もうすっかりお礼の言葉は慣れてきた気がする。
それくらい、ぱぴーにはよくしてもらっている。
にこやかな笑顔でお父さんのヴァイオリンを手渡され、僕はお礼を言ってお父さんと母さんが眠るお墓に身体を向けた。
さて、何を弾こうか……。
そんなに大してレパートリーはないけれど、でもせっかくなら思いを伝えられる曲がいいよね。
何にしようかと悩みながら、僕はある曲を思い出していた。
それは母さんが昔、弾いてくれた曲。
日本では結婚式でよく聞く曲だけど、欧米ではお葬式で流す曲なんだって教えてくれた。
あまりにも綺麗な音色に思わず涙が出たんだっけ。
ふふっ。あの時は母さんが驚いてたな。
いつか母さんみたいに上手くなって母さんと一緒に弾けたらいいななんて思っていたけれど夢は叶わずじまいだった。
こんなに早く一緒に弾けなくなるなんて思ってなかったから……。
もっと一生懸命練習しておけばよかったな……なんて今頃思っても仕方がないんだけど……。
それもまた思い出なのかな。
そう思えるようになったのも、ずっとそばで支えてくれるエヴァンさんのおかげだな。
ふぅと深く深呼吸して、ヴァイオリンを構える。
そういえば、外で演奏するなんて初めてかもしれない。
ヴァイオリンの音色がどんなふうに響くんだろう……。
なんか楽しみになってきた。
僕の選んだ曲は<アメイジンググレイス>
母さん……エヴァンさんやいろんな人の助けで、母さんをここまで連れてくることができたよ。
きっと今頃、お父さんと再会できているかな?
お父さん……母さんを愛してくれてありがとうございます。
おかげで僕はエヴァンさんと出会えました。
大好きなエヴァンさんとこれからフランスで新しい人生を歩んでいきます。
どうか見守っていてください……。
お父さん……母さん……。
僕、2人の息子に生まれて本当によかったよ。
そんな思いを乗せて、僕はただただ感情のままに弾き続けた。
最後の弦を弾き腕を下ろすと、あたりはしんと静まり返っていた。
ちゅんちゅんと小鳥の鳴き声だけが耳に入ってくる。
やっぱり練習不足だったかと思ったその瞬間、
『Bravo!!!』
『magnifique!!!』
『fantastique!!!』
『formidable!!!』
などたくさんのフランス語が飛んできた。
「えっ? 何?』
びっくりして後ろを見ると、さっきまで誰もいなかったはずなのに大勢の人が集まって僕に向かって拍手をしてくれているのが見える。
「エ、エヴァンさん……これって……」
「みんな、ユヅルの演奏に心打たれて自然と集まったんだ」
「えっ? 僕の演奏に?」
「ああ、本当に素晴らしい演奏だったよ。ほら、見てごらん。ジュールが涙を流してる」
見れば、ぱぴーがハンカチで目を拭っている。
『ぱぴー』
『ユヅルさま。本当に素晴らしい演奏でございました』
「ユヅル、ジュールが素晴らしい演奏だったと褒めているぞ」
『めるしー、ぱぴー』
もっといっぱいぱぴーと話したいのに、『めるしー、ぱぴー』しか言えないのがもどかしい。
本当に僕、頑張らないと!!
そう思っていると、
「わっ!!」
突然、人ごみの中から何人か大声で叫びながら駆け寄ってくる。
何か話しかけられてるけど何を言われているのか全くわからないから、少し恐怖を感じて声を上げてしまった。
けれど、エヴァンさんが彼らからすぐに僕を遠ざけてくれる。
そして、ぱぴーが彼らに何か話しかけると、彼らはすぐにいなくなり、そしてさっきまで集まっていた人たちもさーっといなくなっていた。
「ユヅル、大丈夫か?」
「はい。ちょっとだけ怖かったけどエヴァンさんがいてくれたから心強かったです」
「そうか、ならよかった」
「あの、さっきの人たちはなんと言っていたんですか?」
「ああ、ユヅルの演奏に魅了されてユヅルがプロのヴァイオリニストだと思ったようだ。サインがほしいと言っていたからジュールがプロの演奏家ではないと言ったら帰って行ったんだよ」
「僕がプロの演奏家だなんて……ミシェルさんに怒られちゃいますね」
笑ってそう言ったけれど、
「いや、ユヅルの演奏を聴いてプロだと思っても無理はないと思ったぞ。本当に素晴らしかった。さすがニコラとアマネの子なのだなと改めて感じていたところだ」
と真剣な表情で言われてしまった。
「エヴァンさんにまでそう言われると……照れます」
「ふふっ。プロの演奏家と間違われたのはユヅルの音色だよ」
「音色、ですか?」
「ああ。今のユヅルの実力だと技巧的にはもちろんプロとは言えないだろう。だが、あれだけたくさんの人がプロの演奏家だと思って集まったのは理由があると思わないか?」
「理由……」
「ユヅルは自分の気持ちを音に乗せることができるんだ。あの時、ユヅルの家で弾いてくれた時も私はそう言っただろう?」
愛の挨拶を弾いた時だ。
あの時はエヴァンさんのことを考えながら弾いていた。
だから、僕の気持ちがエヴァンさんに伝わったんだ。
今はお父さんと母さんへの思いを弾いていた。
「ユヅルのニコラとアマネへの想いが皆を惹きつけたんだよ」
僕の想いがあれだけの人たちの心を揺さぶったなんてなんだか嬉しい。
「なら……きっと、お父さんと母さんにも届きましたよね?」
「ああ、もちろんだ。ニコラもアマネも喜んでるよ」
「よかった……。僕がエヴァンさんと出会えて幸せになれたのは、2人の子どもに生まれたおかげだっていう気持ちを込めたんです」
「ユヅル……。ああ、本当にそうだな。ユヅルをこの世に誕生させてくれた2人には感謝しかない。ニコラ、アマネ。ありがとう……ユヅルは絶対に幸せにするから安心してくれ」
エヴァンさんがそういうと、サーっと風が吹いてお父さんのお墓に備えた花びらが僕の元へと飛んできた。
潰さないように手で受け止め、僕はそれをハンカチで包んだ。
これがお父さんの答えかもしれない。
そう思うだけで僕の心は高鳴った。
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