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旅立ちの朝

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お風呂から出た後もずっと僕はエヴァンさんと離れることもなく、抱きしめられていた。
いい加減離れなきゃと思いつつも、エヴァンさんがずっと抱っこしてくれるのが嬉しくて僕の方が離れられなかった。

さっきの寝室とはまた違う寝室に連れて行かれて、大きなベッドのヘッドボードに背中を預けたエヴァンさんに寄りかかるように座り、後ろから大きな腕で抱きしめられる。

「ユヅル、喉が渇いただろう?」

エヴァンさんはベッド脇にある小さな冷蔵庫から、冷たそうな水のペットボトルを取り出した。
考えてみれば、ペットボトルの水を飲むのは初めてかもしれない。

小さなペットボトルの蓋をカチッと開けてから手渡されて、お礼を言って喉に流し込むと今まで味わったことのない水のおいしさを感じた。

「――っ、エヴァンさんっ! 水って、こんなに美味しいんですね!! エヴァンさんも飲んでみてください!」

興奮して飲みかけのペットボトルを渡すと、エヴァンさんはそれを嫌がることもなくおいしそうにゴクリと飲んだ。

エヴァンさんの喉が動いているのをみて、ドキドキしてしまったのはどうしてだろう?

「ユヅルと間接キスだから、いつもより余計に美味しく感じるな」

「えっ……間接、キス……」

そんなこと考えてもみなかった。
でもそんなこと言われたら……恥ずかしくてたまらない。

あまりの恥ずかしさに両手で顔を隠すと、

「ふふっ。ユヅルは本当に可愛いな。間接キスよりも、もっと深いキスもしているのに……」

「だって……んんっ!!」

顔を上げて振り向いた瞬間、エヴァンさんの柔らかな唇が重なった。

クチュクチュと唇を喰まれてゆっくりと離れていく。
舌を絡め合うあの深いキスじゃなかったことが少し寂しく感じてしまう。

ああ、もう僕はエヴァンさんと離れては絶対に生きていけないな……。


「続きはフランスに帰ってからだ……。ユヅル、我慢できる?」

「がん、ばります……」

本当はもっと触れ合っていたかった。
でも、フランスに無事に到着する方が大事だもん。
わがままは言っちゃいけない。

でも……。

「あの、抱きつきながら寝るのは……いいですか?」

「――っ、ああ。もちろんだ。ユヅルが離れたいと言っても離す気はないよ」

そう言って僕をギュッと抱きしめながらベッドに横たわらせてくれた。

エヴァンさんの優しい匂いが僕を包み込む。
ああ、明日から新しい生活が始まるのだと思うと、興奮して眠れないかもしれない……。
そう思っていたけれど、今朝から……いや、この数日の疲れがどっと出たようで、僕は寝心地の良いベッドとエヴァンさんの温もりにあっという間に夢の世界に旅立っていた。


「セルジュ、こっちだ!」


すっきりとした目覚めで朝を迎えた僕は、出かける準備を滞りなく終わらせエヴァンさんと朝食を食べにレストランに下りていた。

案内された席に座ろうとした時、レストランの入り口から入ってくるセルジュさんの姿を見つけエヴァンさんが声をかけると、軽やかな足取りで近づいてきた。

あれ?
なんだかいつものセルジュさんと雰囲気が違う気がする。

「おはようございます、エヴァンさま。ユヅルさま。よくお休みになられましたか?」

いつもと同じようににこやかに話しかけてくれるセルジュさんだけど、やっぱりなんだか違う気がするな。

「セルジュ、お前、やっと恋人に会えるからといってニヤケすぎだぞ。ユヅルが驚いているだろう」

「仕方ないでしょう? やっとですよ。エヴァンさまもユヅルさまとこんなに長く離れていたらきっと同じ状態になっていますよ」

ふふっ。セルジュさん、ミシェルさんに会うのが楽しみでたまらないんだな。
本当に喜びが滲み出てる。
ミシェルさんに紹介してもらえるのが楽しみだな。


クロワッサンやバゲット、それにたくさんのフルーツとサラダ。
甘くて美味しいホットチョコレートを飲んで大満足したところで、

「今日のフライトですが11時半に成田空港を出発。そこからパリへ直行しまして、日本時間で午前0時。現地時間で本日15時到着予定です」

とセルジュさんが説明してくれた。
そっか、海外って時差があるんだっけ。
って、そういえば……僕のパスポートってどうなったんだろう?

「あの、セルジュさん……僕のパスポートとかは?」

「ああ、ご心配なさらずに。私が全てご用意しておりますので、ユヅルさまはそのままお乗りいただくだけで結構でございますよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」

パスポート取るのも結構大変なんて話を聞いたことがあったけど、自分には縁のない話だと思ってた。
まさか、僕が海外で生活する日が来るなんて……本当、驚きだよ。

「それじゃあ、そろそろ空港に向かおうか。早めに着いて向こうでのんびり過ごす方がいいだろう」

朝食を食べている間に全ての荷物は部屋から運び出されて、空港へと向かう大きくて綺麗なタクシーに積み込まれていたようだ。
僕たちがホテルの玄関に着くと、タクシーの前で直立不動で待っていた運転手さんが深々と頭を下げた。

「ロレーヌさま。空港までお送りさせていただきます」

「ああ、頼むよ」

僕とエヴァンさんは後部座席に乗り込み、セルジュさんは助手席に座った。

たくさんのスタッフさんに見送られながらタクシーは一路、空港へと進んでいった。

とうとう飛行機に乗るんだ。
僕は初めての飛行機に胸を弾ませていた。
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