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別れの挨拶
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「ユヅル、最後に部屋の中を見て回ろうか?」
エヴァンさんの誘いに頷き、僕は手を引かれながら部屋を見て回った。
僕がガランとした部屋に残る柱や床の傷。
それにそっと触れると、その時の情景が目に浮かぶ。
僕が生まれた時からずっと住んでいたこの家。
母さんと喧嘩したことも、怒られて泣いたこともあったけれど、思い出すのは楽しかった日々。
あんなに楽しく過ごせたのはきっと母さんが頑張ってくれていたからだろうな。
母さんのいないこの家に一人で住むことは考えられないけれど、いざこの家を出るとなるとやっぱり寂しさが募る。
もう帰れないこの家……。
ううん、違う。
もう帰らない家なんだ。
僕と母さんの家は別の場所にある。
そこでこれからの新しい思い出を作っていけばいい。
「ユヅル……別れはできたか?」
「はい。エヴァンさん。僕、もう大丈夫です……」
僕の答えにエヴァンさんはにっこりと微笑んで、
「じゃあ、行こうか」
と僕の腰に手をを回し、玄関へと向かった。
エヴァンさんは僕がきちんとこの家に別れができるまで待っていてくれたんだな。
急かしたりせず、ただゆっくりと見守ってくれた。
本当に優しいな。
外に出ると、大きめのトラック3台並んでいて、一番左端の車にはさっき運び出してくれた持っていく方の荷物が全て乗せられていた。
真ん中の車には処分する家具が乗せられていて、そして、一番右端の車には綺麗に梱包された荷物が一つだけ入れられていた。
「エヴァンさん、あれは?」
「ああ、あれはアマネが大切に保管してくれていたニコラのストラディヴァリウスだ。あれだけ機内に持ち込むから別輸送なんだよ。あっちの荷物は今から船でフランスに運ぶから。私たちの方が先にフランスに着くな」
「そうなんですね。あの荷物たちも大移動するんだ。なんかすごいな」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
僕はエヴァンさんにエスコートされながら、セルジュさんが開けてくれている車の後部座席に座ろうとすると、
「江波っ!!」
大きな声で突然名前を呼ばれた。
「えっ?」
振り返ると、そこにはクラスメイトの小澤くんがはぁはぁと息を切らして肩を激しく揺らしているのが見えた。
「どうしたの? 今、授業中だよね?」
「お前が、はぁっ……引っ越す、って、はぁっ……聞いた、から」
「それで、もしかして来てくれたの?」
その問いかけに小澤くんはまだ苦しかったのか、声を出さずに大きく頷いた。
わざわざ僕のために……走って来てくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
僕はこの見た目だし、ずっと疎まれていると思ってたから……。
小澤くんの気持ちが嬉しくて、エヴァンさんを見上げると
「いいよ、少しなら。話しておいで」
にっこりと笑顔を向けてくれた。
僕はそっとエヴァンさんから離れると、小澤くんに近づいた。
「来てくれてありがとう。僕……誰にも会わずに行くつもりだったから、最後にクラスメイトの顔を見られて嬉しいよ」
「江波……俺……」
何か言いたげで言葉が止まってしまった小澤くんに、
「あの、僕……多分、もう二度と会えないと思うけど、小澤くんも元気でね」
というと、目を見開いて驚いていた。
「えっ? もう、会えない? お前、東京の大学行くんじゃなかったのか?」
「えっ……あ、うん。ここにいるときはそのつもりで勉強していたけど、母さんがあんなことになって状況も変わったし、その……親戚の人が迎えに来てくれたから、一緒にフランスに帰ることにしたんだ」
「ふ、フランス?」
「うん。僕も知らなかったんだけど、僕のお父さんはフランス人だったんだって。あっちで語学の勉強もしながら大学を目指すつもり」
「嘘だろっ! そんな――っ! 俺、お前と同じ大学行こうと思って……それで東京でお前をこいび――」
「悪いがそろそろ出発の時間だ」
「わっ!」
急にヒートアップしてしまった小澤くんの話の途中で、さっと腰を抱かれて驚いたと同時に、エヴァンさんの声が聞こえた。
「なんだよ、お前。今、俺が江波と話してるだろう!」
「悪いが予定が立て込んでるんだ。これ以上無駄なことに時間は割けない」
「無駄なことって……それは俺のことかよ」
「ふっ。よくわかってるじゃないか」
「なんだとっ?!」
「君がどれだけ足掻いてももう遅い。ユヅルは私のものだ。その意味がわかるだろう? 君がどれだけユヅルを想っていたとしても、もう君のものにはならないよ、絶対に」
「ふざけるな。お前みたいなオヤジに江波を渡すわけがないだろう!」
「ふざけているのは君の方だ。君には今までいくらでもチャンスはあったはずだ。だが、この閉鎖的な町で男と付き合うことのリスクを考えたんだろう? 自分の保身のためにユヅルとの関わりを避け、ユヅルが一番傷つき悲しんだ日でさえも放っておいたくせにいざ私に取られたと知るや、奪い取ろうとする。そんな自分勝手な奴がユヅルの相手になどなれると思うな!」
「くっ――!」
えっ……これってどういう意味?
小澤くんが僕のことを好きだったってこと?
まさか……。
何が何だかわからなくなっているうちに、小澤くんはエヴァンさんの言葉に何も言えなくなって悔しげにその場に膝から崩れ落ちた。
「小澤くん……あの、大丈夫?」
「江波……お前、本当にこんなオヤジのものになったのか?」
「えっ、それは……」
「俺じゃ、お前の相手にはなれないのか? なぁ、フランスなんかに行かないで俺のそばにいてくれないか?! 頼むっ!」
「小澤くん! そんなことやめてっ!」
そのままその場で僕に土下座をし始めた小澤くんを制しながら、
「ごめん。でも僕、決めたんだ。エヴァンさんのそばで一生一緒に生きていくって。だから、小澤くんのそばにはいられない」
というと、
「くそーっ、なんでだよ! ずっと、俺のものにしようと思ってたのに!! お前は俺のものだったのに!!」
そう言って、急に立ち上がり僕の方へ突進してきた。
エヴァンさんの誘いに頷き、僕は手を引かれながら部屋を見て回った。
僕がガランとした部屋に残る柱や床の傷。
それにそっと触れると、その時の情景が目に浮かぶ。
僕が生まれた時からずっと住んでいたこの家。
母さんと喧嘩したことも、怒られて泣いたこともあったけれど、思い出すのは楽しかった日々。
あんなに楽しく過ごせたのはきっと母さんが頑張ってくれていたからだろうな。
母さんのいないこの家に一人で住むことは考えられないけれど、いざこの家を出るとなるとやっぱり寂しさが募る。
もう帰れないこの家……。
ううん、違う。
もう帰らない家なんだ。
僕と母さんの家は別の場所にある。
そこでこれからの新しい思い出を作っていけばいい。
「ユヅル……別れはできたか?」
「はい。エヴァンさん。僕、もう大丈夫です……」
僕の答えにエヴァンさんはにっこりと微笑んで、
「じゃあ、行こうか」
と僕の腰に手をを回し、玄関へと向かった。
エヴァンさんは僕がきちんとこの家に別れができるまで待っていてくれたんだな。
急かしたりせず、ただゆっくりと見守ってくれた。
本当に優しいな。
外に出ると、大きめのトラック3台並んでいて、一番左端の車にはさっき運び出してくれた持っていく方の荷物が全て乗せられていた。
真ん中の車には処分する家具が乗せられていて、そして、一番右端の車には綺麗に梱包された荷物が一つだけ入れられていた。
「エヴァンさん、あれは?」
「ああ、あれはアマネが大切に保管してくれていたニコラのストラディヴァリウスだ。あれだけ機内に持ち込むから別輸送なんだよ。あっちの荷物は今から船でフランスに運ぶから。私たちの方が先にフランスに着くな」
「そうなんですね。あの荷物たちも大移動するんだ。なんかすごいな」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
僕はエヴァンさんにエスコートされながら、セルジュさんが開けてくれている車の後部座席に座ろうとすると、
「江波っ!!」
大きな声で突然名前を呼ばれた。
「えっ?」
振り返ると、そこにはクラスメイトの小澤くんがはぁはぁと息を切らして肩を激しく揺らしているのが見えた。
「どうしたの? 今、授業中だよね?」
「お前が、はぁっ……引っ越す、って、はぁっ……聞いた、から」
「それで、もしかして来てくれたの?」
その問いかけに小澤くんはまだ苦しかったのか、声を出さずに大きく頷いた。
わざわざ僕のために……走って来てくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
僕はこの見た目だし、ずっと疎まれていると思ってたから……。
小澤くんの気持ちが嬉しくて、エヴァンさんを見上げると
「いいよ、少しなら。話しておいで」
にっこりと笑顔を向けてくれた。
僕はそっとエヴァンさんから離れると、小澤くんに近づいた。
「来てくれてありがとう。僕……誰にも会わずに行くつもりだったから、最後にクラスメイトの顔を見られて嬉しいよ」
「江波……俺……」
何か言いたげで言葉が止まってしまった小澤くんに、
「あの、僕……多分、もう二度と会えないと思うけど、小澤くんも元気でね」
というと、目を見開いて驚いていた。
「えっ? もう、会えない? お前、東京の大学行くんじゃなかったのか?」
「えっ……あ、うん。ここにいるときはそのつもりで勉強していたけど、母さんがあんなことになって状況も変わったし、その……親戚の人が迎えに来てくれたから、一緒にフランスに帰ることにしたんだ」
「ふ、フランス?」
「うん。僕も知らなかったんだけど、僕のお父さんはフランス人だったんだって。あっちで語学の勉強もしながら大学を目指すつもり」
「嘘だろっ! そんな――っ! 俺、お前と同じ大学行こうと思って……それで東京でお前をこいび――」
「悪いがそろそろ出発の時間だ」
「わっ!」
急にヒートアップしてしまった小澤くんの話の途中で、さっと腰を抱かれて驚いたと同時に、エヴァンさんの声が聞こえた。
「なんだよ、お前。今、俺が江波と話してるだろう!」
「悪いが予定が立て込んでるんだ。これ以上無駄なことに時間は割けない」
「無駄なことって……それは俺のことかよ」
「ふっ。よくわかってるじゃないか」
「なんだとっ?!」
「君がどれだけ足掻いてももう遅い。ユヅルは私のものだ。その意味がわかるだろう? 君がどれだけユヅルを想っていたとしても、もう君のものにはならないよ、絶対に」
「ふざけるな。お前みたいなオヤジに江波を渡すわけがないだろう!」
「ふざけているのは君の方だ。君には今までいくらでもチャンスはあったはずだ。だが、この閉鎖的な町で男と付き合うことのリスクを考えたんだろう? 自分の保身のためにユヅルとの関わりを避け、ユヅルが一番傷つき悲しんだ日でさえも放っておいたくせにいざ私に取られたと知るや、奪い取ろうとする。そんな自分勝手な奴がユヅルの相手になどなれると思うな!」
「くっ――!」
えっ……これってどういう意味?
小澤くんが僕のことを好きだったってこと?
まさか……。
何が何だかわからなくなっているうちに、小澤くんはエヴァンさんの言葉に何も言えなくなって悔しげにその場に膝から崩れ落ちた。
「小澤くん……あの、大丈夫?」
「江波……お前、本当にこんなオヤジのものになったのか?」
「えっ、それは……」
「俺じゃ、お前の相手にはなれないのか? なぁ、フランスなんかに行かないで俺のそばにいてくれないか?! 頼むっ!」
「小澤くん! そんなことやめてっ!」
そのままその場で僕に土下座をし始めた小澤くんを制しながら、
「ごめん。でも僕、決めたんだ。エヴァンさんのそばで一生一緒に生きていくって。だから、小澤くんのそばにはいられない」
というと、
「くそーっ、なんでだよ! ずっと、俺のものにしようと思ってたのに!! お前は俺のものだったのに!!」
そう言って、急に立ち上がり僕の方へ突進してきた。
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