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優しい匂い

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「エヴァンさん? どうかしましたか?」

「い、いや。なんでもない。じゃ、じゃあユヅルも一緒にフランスに帰るということで! セルジュ、手続きを頼むぞ!」

「はい。承知いたしました。それではユヅルさま、こちらのお家にあります荷物の選別をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「選別、ですか?」

「はい。フランスまで荷物を運ぶものと、処分するものに分けていただければあとは全て私が手配いたしますので」

分けるだけで全てをやってくれるんだ……。
本当すごい秘書さんなんだな、セルジュさんって……。
僕もいつかセルジュさんみたいになって、エヴァンさんのお仕事の手伝いとかできたらいいんだけど……。

「わかりました。すぐに始めますね」

「今日一日ゆっくり時間がございますので、焦らずとも大丈夫ですよ」

「ユヅル、私も手伝うからなんでも言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」

そういうと、エヴァンさんはにっこりと笑って僕を抱きしめ、セルジュさんはそのまま手続きがあるからと出ていった。
セルジュさんを見送っていると、突然エヴァンさんにぎゅっと抱きしめられた

「ユヅル……一緒にフランスに帰ってくれると言ってくれてありがとう」

「そんな、お礼だなんて……僕のためなんです」

「ユヅルのため?」

「はい。昨日からのエヴァンさんと一緒にいる時間が幸せすぎて……この家に一人でいるのは耐えられないなって感じたんです。エヴァンさんのいない日々を過ごすくらいなら、言葉がわからなくて大変でもエヴァンさんと一緒にいられる方がいいなって。だから、僕のためなんです……」

「――っ、それって……」

「えっ? なんですか?」

「いや、なんでもない。そうか、ユヅルがそう思ってくれたなら嬉しいよ」

エヴァンさんが何を言いかけたのかはわからなかったけれど、それからずっとエヴァンさんが嬉しそうだったからいいか。

「ユヅル、早速引っ越しする荷物を選別しようか」

「はい。でもどこから手をつけていいのか悩みますね」

「とりあえず、ユヅルの部屋から始めようか。その方がわかりやすいだろう」

「そうですね」

僕はエヴァンさんと共に自分の部屋へと向かった。

扉を開けてすぐにエヴァンさんと一緒に寝たベッドが見えて、朝のあのエヴァンさんのアレ・・をみちゃった光景を思い出してしまって顔が一気に赤くなる。

「ユヅル? どうした?」

「な、なんでもないですっ」

火照った頬を手で仰ぎながら、

「とりあえずここから片付けてみます」

とクローゼットを開けた。

「ほぉ、綺麗に片付けてるんだな。選別もしやすそうだ」

「実は大学で県外に行こうと思っていて、それも兼ねて少しずつ片付けてたんです。いらないものは結構処分してましたから、僕の部屋はすぐ終わると思います」

「そうなのか……大学では何を勉強するつもりだったんだ?」

「工学部に進んで、ゆくゆくは自分で起業して介護ロボットとか作ってみたいなと思ってました」

「介護ロボット? すごいな! それはフランスでもかなり需要はあるから、頑張ってフランスの大学で学ぶといい。ユヅルの介護ロボットが完成したら医療現場ではかなり助かるだろうな。そうなったら、私の会社でも取り扱えるよ!」

「えっ? でも、エヴァンさんってIT関係だって……」

「医療関係のIT企業なんだ。電子カルテとか最先端医療機器とか日本の会社と組んで開発したりもしてるんだよ」

「へぇー、そうだったんですね。すごいです! 今までにどんな医療機器を開発したんですか?」

「うちでは――――」

すごくためになるエヴァンさんの会社の話を聞きながら作業をしていると、あっという間に選別が終わっていた。

「じゃあ、こっちにあるものはフランスに持っていくもの、こっちが処分する方でいいか? 部屋にある家具はどうする?」

「ここにある家具はご近所さんたちが全て粗大ゴミに出すと言うものをいただいて使っていたので、フランスまで持っていかなくて大丈夫です」

「そうか……。えらいな、綺麗に使っていたのだな」

「母さんと二人で塗装し直したりして楽しかったですよ」

「アマネもユヅルがいたから頑張れたのだろうな。そして、ユヅルも……。いい親子だったのだな」

優しく頭を撫でられながらそう言われて、僕は胸の奥がクッと熱くなるのを感じていた。
エヴァンさんって……どうしてこんなに嬉しいことを言ってくれるのかな。
本当に優しい人だ。

そこからリビングやキッチンなどを片付けて行って、最後に母さんの部屋が残った。

「アマネのものは処分などせずに好きなだけ持っていけばいい。あちらにもアマネの部屋を作るから」

「はい。ありがとうございます。僕も母さんの部屋にはほとんど入ったことがないので、どんなものを置いているか正直わからないんですよね。でも、物は少ないと思います。いつも僕のばかり優先して買ってましたから……」

そう言いながら母さんの部屋に入ると、フワッと母さんのいつもの匂いがした。

「ユヅル……この香り……」

「はい。母さんが好きだった香水の匂いです。母さん、どんなに苦しくてもこの香水だけは切らさなくて……」

「これはニコラが大好きでつけていた香水と同じ匂いなんだよ」

「――っ! そう、だったんですね……」

「きっとアマネはずっとニコラの香りを纏っていたかったのだな……。それくらいずっとニコラを愛していたのだろう」

母さんが……。
知らなかった……。

僕は知らない間に父さんの優しい匂いに包まれていたんだな……。
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