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甘く優しい味がする

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「あの……じゃあ、母さんの代わりに……エヴァンさんにお願いしてもいいですか?」

「ああ。もちろん」

「じゃあ、そこに立ってもらえますか?」

そのお願いに彼は何も聞かずにスッと立ち上がり僕を見つめた。
僕はゆっくりとソファーから下りて彼の前に立った。

大きく両手を開いてエヴァンさんの胸に抱きついて、

「母さん、産んでくれてありがとう。こんなに大きくなったよ」

と声をかけると、エヴァンさんがぎゅっと僕を抱きしめてくれて

「ユヅル、愛しているよ……」

と返してくれた。

エヴァンさんからの愛の言葉に少し驚いたものの、母さんもいつも誕生日に僕があの言葉を言うとそう返してくれていた。
僕が母さんの代わりにと言ったから、きっとそこまで真似をしてくれたんだろう。
そうか……多分、これはフランスの風習なのかもしれないな。

いつも誕生日は僕がお礼を伝える日だった。
そしてハグをして今年はこんなに大きくなったと感じてもらえる日だったんだ。

せめて母さんの死に目に間に合って

――母さん、産んでくれてありがとう。こんなに大きくなったよ

とだけ言えていれば……と後悔していたけれど、今こうやってエヴァンさんにこの思いを伝えられて少しは気持ちが楽になった気がする。

あ、そろそろ離れなきゃとエヴァンさんの背中に回した手を外そうとすると

「アマネとユヅルは本当に仲の良い親子だったのだな。きっとこんなにも素直に成長したのをニコラも喜んでいることだろう」

と言いながら、僕をそのまま抱きかかえてくれた。

「ニコラとアマネの代わりに私がこれからずっとユヅルの成長を見届けるよ」

「エヴァンさん……」

エヴァンさんの優しげな笑顔に僕はなんとも言えない幸福感を感じていた。


「さぁ、食事にしよう」

エヴァンさんは僕を台所に置いてあるダイニングテーブルの椅子に座らせると、母さんが作っておいてくれたスープを綺麗に盛り付けて僕の前に置いてくれた。
温かな湯気と共に美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。

「それから、これも」

コトリと置かれた平たい皿には小さなパンケーキと薄く切られたバナナが置かれていた。

「これ……」

「今日、誕生日だと言っていたから即席で悪いが誕生日ケーキの代わりだ。やはり誕生日にはケーキがないとな」

「――っ!」

生クリームもイチゴもない、それどころかケーキを作る材料さえも乏しい我が家で、僕のために一生懸命ケーキを用意しようとしてくれたエヴァンさんの気持ちが僕には嬉しかった。

「あ、ありがとう、ございます……」

すっかり涙腺がおかしくなって、すぐに涙が溢れてしまいそうになるのを必死に堪えながら、僕はエヴァンさんの作ってくれたケーキをフォークで一口、口に運んだ。

ほんのりと甘く優しい味に

「……うっ、うっ……、ぐすっ……」

どうしても堪えきれない涙が溢れた。

「ユヅル……無理しなくても……」

「ちが――っ、ぼ、く……うれし、くて……すごく、おいしいです……」

「それならよかった」

母さんの作ってくれたスープはいつもの母さんの味がした。
優しくて温かくて安心する。
けれど、今日の僕はほんの少しだけしょっぱく感じながら食事を完食した。


「ユヅル、今日はもう休もうか」

「あ、でもお風呂はいいんですか? お風呂すぐに沸きますよ」

「汗はかいているが着替えを持たずにきてしまったからな」

あ、そうか。
急に来てくれる事になったんだもんね。

この家には母さんと僕のものしかないから、エヴァンさんが着られるような服はないし……。
うちの周りにはすぐに買いに行けるような店もない。
大体、エヴァンさんが着られるような大きいサイズの服は探しても見つからないかもしれない。

「あっ! そういえば、良いのがあるかも!」

「ユヅル、どうしたんだ?」

「あの、ちょっと待っててください」

「一人で大丈夫か? 一緒に行こうか?」

「大丈夫です。食事したら少し元気になったので……。エヴァンさんはそこのスイッチを押してお風呂沸かしておいてもらえますか?」

そう言って僕は自分の部屋に行き、確かここに置いてたはずと箪笥の一番下の引き出しを探した。

「あ、あったぁーーっ!」

僕は嬉しくなって、それを持ってエヴァンさんの元へ急いで戻った。

「エヴァンさん、よかったらこれ着てください」

「これは?」

「僕が中学生の時に家庭科の授業で作った浴衣なんですけど、先生に男子は高校生になったら大きくなるって言われたからかなり大きめに作ったんです。でも……見ての通りで……。まだ一度も着てはないんですけど、母さんがたまに洗って干してくれてたんで綺麗だと思います。どうぞこれ着替えに使ってください」

「ユヅルの手作り……私が着ても良いのか?」

「はい。僕には大きすぎるんで。エヴァンさんが着てくれるなら嬉しいです」

「じゃあ、借りるとしよう。だが、ユヅルから先に入ってくれ」

「何言ってるんですか、一番風呂はお客さんからですよ」

「私は客じゃないよ、家族だと言ったろう? ユヅルから先に入っておいで」

そう言われて、僕が先にお風呂に入る事になった。

さっと髪と身体を洗い流し、湯船に浸かるとじわじわと暖められていくのがわかる。

そういえば、この小さな湯船にエヴァンさん入るかな……。

ふふっ。
小さくなって入っている姿想像すると少し笑ってしまう。

ああ、僕……笑えてる。
母さんが死んだとわかった時、もう全ての感情を置いてきてしまったかと思ったけれど、こうして笑えるんだ。
それは全てエヴァンさんのおかげなんだな。

エヴァンさんがいてくれて本当によかった。
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