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初恋 葵side
ドキドキが止まらない
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「どうする? これからすぐに教えようか?」
「いいんですか?!」
パァァッと目の前が明るくひらけた気がした。
これで、僕も振られ人生から脱却だっ!
「じゃあ、行こうか」
彼はそう言って、僕を抱き寄せ腰に手を回して東屋を出た。
すごい! やっぱりこういう人たちってスマートに腰を抱いたりするんだ。
きっと今から勉強は始まってるんだな。
しっかりマスターして僕も女の子たちにさりげなくできるようにならなくちゃ!
ふわりと良い香りが彼から漂ってきてなんだかドキドキしてしまう。
香水かなぁ?
その香りだけで大人の男って感じがする。
すると、突然彼の方から着信音が鳴り響いた。
彼はスマホを取り出すと、画面を見ながらしばらく電話を取ることもせず見つめていた。
きっとお仕事の電話なのだろう。
せっかくの機会だけど、邪魔をするわけにはいかない。
さっさと帰ろうと彼から離れようとすると、彼が急に僕の手を掴んだ。
びっくりして振り返ると、彼はもう片方の手で電話を取っていたところだった。
さっきまで僕に話しかけてくれていた声とは違う低い声に少し戸惑いながらも、電話が終わるのを静かに待つことにした。
――ラウンジに行きます
彼はそう言って電話を切った。
ああ、楽しかったこの時間ともおさらばか……。
なんとなく寂しい感じがして、彼を見上げると彼は申し訳なさそうに口を開いた。
やっぱりな……と再び彼の元から離れようとすると、彼から一緒に来てもらえないか? と誘われた。
一緒にってどういうこと?
ついて行ってもいいの?
邪魔にならない?
不安になって聞き返すと、彼はにっこりと笑って、『その後でさっきの話の続きを……』と言ってパチンと僕にウインクをして見せた。
その仕草が格好良くて僕は見惚れてしまった。
うわぁっ、こんなに自然にウインクできる人がいるなんて!
本当にこの人の全てが教科書みたいだ!
あまりにも格好良すぎて僕は声を出せず、頷くことしかできなかった。
彼はそれで納得したのか、僕の肩を抱いてホテルの方へ向かっていった。
「そういえば、君のことを尋ねてもいいかな?」
「あっ、はい」
そうだ、僕、名前も何も教えてない。
不審者だと思われなくてよかったと思わなきゃ!
「私の名前は佐原恭一郎。年は29だ。君の名前は?」
「僕は瀬名 葵といいます。20歳です」
「葵くんか……いい名前だな。20歳というと大学生か?」
「はい。桜城大学の3年生です」
「そうか。勉強頑張っているんだな」
そんなことを話しているうちに、ラウンジへの入り口にたどり着いた。
「あーっ、ここからも中に入れるんだ。すごい」
僕は外から直接中庭に入ったからな。
なんか高級そうなロビーに緊張してしまう。
「ふふっ。私の傍から離れないで。何を言われてもにっこり笑っているだけで良いから」
彼の言っていることがよくわからなかったけれど、とにかく笑顔でいれば良いんだと自分に納得させて彼の横で立っていると、
「恭一郎さんっ!」
女性の高い声が聞こえた。
振り向いた先には艶やかな着物に身を包んだ女性が立っていた。
うわっ。すごい着物だな。
僕のお母さんは京都の呉服屋の娘で日常的に和服を着ているのを小さい頃から見ているせいか、誰にどんな着物が似合うかがわかるようになったんだけど、この着物は申し訳ないが彼女にはてんで似合っていない。
派手な顔立ちの彼女にこんなに派手な着物を合わせてはどちらも反発しあって似合うはずがないんだ。
すごく上質な着物なだけに本当にもったいない。
彼女にはもっと淡い色のシンプルな着物が似合うのにな……。
「香澄さん、遅れてしまって申し訳ありません」
名前で呼び合う2人になんとなくモヤモヤしたものを感じながら、僕は言われた通り笑顔で彼の隣に立っていた。
「あ、あの……そちらの方は?」
「はい。彼は私の恋人です」
「えっ? 恋人?」
彼の爆弾発言に彼女は驚いているけど、僕の方が驚いてる。
びっくりしすぎて声も出せないくらいに。
恋人ってどういうこと?
僕、男なんだけど。
僕がパニックになっている間に、2人の間では話が進んでいる。
「申し訳ないが、私は彼以外の人に目を向ける気にはならない。
貴女にも他の人にも永遠にね」
「そ、そんな……」
「悪いが、これで失礼します」
その場に立ち尽くす彼女を放って、僕は彼に手を引かれながらエレベーターへと向かった。
「あ、あの……いいんですか?」
「ああ。もちろんだよ。最初から断るつもりだったしね」
ああ。なるほど。
僕を恋人だと言ったのは断るための口実か。
僕なんかを恋人だといえば呆れてあっちから断ってくるだろうしね。
そうか……。
そう納得しつつもなんだか胸のモヤモヤがおさまらなかった。
「これからどこに行くんですか?」
「ここに部屋をとってるからそのでさっきの続きを話そうか」
パチンとウインクを向けられドキドキしてしまった。
「本当によかったんですか?」
急に心配になってきて、そう尋ねると、彼は
「君だからいいんだ」
と笑って言ってくれた。
さっきのモヤモヤがどこかへ行って心の中にふわりと温かいものが広がった気がした。
目を細めて笑う彼のその笑顔に僕はなぜかときめいてしまっていた。
こういう人って女性だけじゃなく、僕みたいな男にもドキドキさせるんだな。
エレベーターがきて彼がカードを差し込むと、エレベーターはどこの階にも止まらずに最上階まで上がっていった。
エレベーターが止まり、ポーンと扉が開くと彼は僕の肩を抱いたまま降ろしてくれた。
その完璧なエスコートに思わずキュンとしてしまった。
彼の全ての行動が女性に格好良いと思ってもらえる教材なのだ。
せっかく彼が身をもって教えてくれているのだから、僕は女性目線でしっかりと全てを叩き込むんだ。
僕はエスコートされるがまま、彼についていった。
目の前に現れたのは、スイートルームだ。
こんな凄いところに入っていいの?
重厚そうな扉に足がすくんでしまったけれど、
「さぁ、どうぞ」
と優しく案内されて恐る恐る一歩足を踏み入れれば、目の前の大きな窓から下を覗くと大都会がまるでミニチュアのように見える。
「うわぁっ、すごい眺め。この中に東京の全部が詰まってる!」
「ふふっ。こんなに喜んでくれるなら連れてきた甲斐があったな」
あっ、はしゃぎすぎて笑われちゃった。
こういうところが女の子たちに男らしくない、子どもみたいだって思われちゃうのかも……。
でも、こんなすごい景色を目の前にして、何も声を出さないなんて僕には難しすぎる。
うーん、なんて言ったらよかったんだろう……。
何が正解?
悩んでいると、
「どうした? 急に黙ってしまって」
彼が外の景色を見ている僕の後ろに立って窓を手に当て僕の顔を覗き込んでくる。
すぐ近くに彼の顔が現れて『ひゃっ』と思わず声が出てしまった。
「ごめん、驚かせたかな?」
「あ、ち……違うんです。窓の外を見てはしゃぐなんて恥ずかしいことしちゃったかなって思って……。
こういうところが女の子にモテないのかな」
『ふぅ』と小さなため息をつきながら、そう答えると、彼は『ふふっ』と笑って、
「すごいなって思うものを見て素直に感動できるのは、純粋な証拠だと思うけどね。
私は葵くんのそういうところ素敵だと思うよ」
と言うと、後ろから僕を抱きしめながら外の景色に目をやった。
「君のおかげで外の景色の美しさを再確認できたよ。ありがとう」
耳元で聞く彼の声に腰が砕けそうになる。
もう僕の胸は高鳴りすぎてどうにかなりそうだ。
彼はやっぱりすごい教材だ!
僕なんかもこれだけキュンキュンさせられるんだから!
彼の全てを見逃さないようにしなくっちゃ勿体無いよね!
「葵くんはお腹空いてる?」
「いえ、でも……大丈夫で『くぅぅーーっ』」
僕の言葉とは裏腹に、大きなお腹の音が聞こえてしまって、咄嗟にお腹を押さえたけれど、やっぱり聞こえてしまったみたいだ。
「ふふっ。可愛い音が聞こえたな。先にお昼を用意してもらおうか」
「でも、そんな……申し訳ないです」
「私も一緒に食べるから大丈夫だよ」
彼は部屋の電話で何か注文しているようだ。
この部屋にデリバリーを呼ぶなんてしなさそうだからきっとルームサービスでも取るんだろう。
「葵くん、お肉は好きかい?」
そうだ。教えてもらうんだからご飯代くらい出したほうがいいよね?
本当は部屋代も出すべきなんだろうけれど、こんな凄い部屋代はとても払えそうにないし。
「あの、僕……夜ご飯代出します!」
「えっ?」
「今日ちょうどバイト代が出たところなので、あの、佐原さんにご馳走します。えっと……教えてくれるお礼です。佐原さんの好きなものを食べてください」
僕の言葉に一瞬びっくりしていたけれど、彼は手に持っていた電話相手に何やら話すと早々に電話を切った。
そして、すぐに僕の隣にやってきて、
「本当に好きなもの食べていいの?」
と耳元で囁いてきた。
彼の吐息で背中がゾクゾクして何も考えられなくなる。
僕は深く考えもせずに
『いいです。なんでも食べて、ください……』と答えていた。
「じゃあ、一番美味しいものもらおうか」
その言葉と同時に僕はヒョイっと抱きかかえられた。
えっ? これってお姫さま抱っこ??
すごく近くに彼の顔がある。
わぁーっ、どこ見ていいのかもわからない。
なに? これ、どうなってるの??
ワタワタしている間に連れてこられたのは、バスルーム。
なんでお風呂?
あっ、そっか。ご飯食べる前にお風呂に入る主義なんだ。
確かにさっぱりしてからご飯食べたい人っているもんね。
でもなんで一緒?
「お風呂……入るんですか?」
「ああ。広いから一緒に入れるよ」
そっか。彼の中ではもしかしたら銭湯みたいな感覚なのかな?
広いところにぽつんと入るのは寂しいもんね。
あっ、もしかしたらこうやって女の子をお風呂に誘うとか?
そっか、そっか。実地で教えてくれるんだもんね。
なるほど。こういう誘い方をしたらスマートにお風呂に誘えるんだな。
僕、なにも嫌な気持ちもせずにお風呂まできちゃったし。
うん、うん。さすがだな。
「あ、でも着替えが……」
「ふふっ。大丈夫。用意しておくよ」
自分でもわからないうちに素っ裸になっていた僕は
「さぁ、おいで」
と差し出された手をおずおずと取ると、さっと浴室へと連れて行かれた。
「いいんですか?!」
パァァッと目の前が明るくひらけた気がした。
これで、僕も振られ人生から脱却だっ!
「じゃあ、行こうか」
彼はそう言って、僕を抱き寄せ腰に手を回して東屋を出た。
すごい! やっぱりこういう人たちってスマートに腰を抱いたりするんだ。
きっと今から勉強は始まってるんだな。
しっかりマスターして僕も女の子たちにさりげなくできるようにならなくちゃ!
ふわりと良い香りが彼から漂ってきてなんだかドキドキしてしまう。
香水かなぁ?
その香りだけで大人の男って感じがする。
すると、突然彼の方から着信音が鳴り響いた。
彼はスマホを取り出すと、画面を見ながらしばらく電話を取ることもせず見つめていた。
きっとお仕事の電話なのだろう。
せっかくの機会だけど、邪魔をするわけにはいかない。
さっさと帰ろうと彼から離れようとすると、彼が急に僕の手を掴んだ。
びっくりして振り返ると、彼はもう片方の手で電話を取っていたところだった。
さっきまで僕に話しかけてくれていた声とは違う低い声に少し戸惑いながらも、電話が終わるのを静かに待つことにした。
――ラウンジに行きます
彼はそう言って電話を切った。
ああ、楽しかったこの時間ともおさらばか……。
なんとなく寂しい感じがして、彼を見上げると彼は申し訳なさそうに口を開いた。
やっぱりな……と再び彼の元から離れようとすると、彼から一緒に来てもらえないか? と誘われた。
一緒にってどういうこと?
ついて行ってもいいの?
邪魔にならない?
不安になって聞き返すと、彼はにっこりと笑って、『その後でさっきの話の続きを……』と言ってパチンと僕にウインクをして見せた。
その仕草が格好良くて僕は見惚れてしまった。
うわぁっ、こんなに自然にウインクできる人がいるなんて!
本当にこの人の全てが教科書みたいだ!
あまりにも格好良すぎて僕は声を出せず、頷くことしかできなかった。
彼はそれで納得したのか、僕の肩を抱いてホテルの方へ向かっていった。
「そういえば、君のことを尋ねてもいいかな?」
「あっ、はい」
そうだ、僕、名前も何も教えてない。
不審者だと思われなくてよかったと思わなきゃ!
「私の名前は佐原恭一郎。年は29だ。君の名前は?」
「僕は瀬名 葵といいます。20歳です」
「葵くんか……いい名前だな。20歳というと大学生か?」
「はい。桜城大学の3年生です」
「そうか。勉強頑張っているんだな」
そんなことを話しているうちに、ラウンジへの入り口にたどり着いた。
「あーっ、ここからも中に入れるんだ。すごい」
僕は外から直接中庭に入ったからな。
なんか高級そうなロビーに緊張してしまう。
「ふふっ。私の傍から離れないで。何を言われてもにっこり笑っているだけで良いから」
彼の言っていることがよくわからなかったけれど、とにかく笑顔でいれば良いんだと自分に納得させて彼の横で立っていると、
「恭一郎さんっ!」
女性の高い声が聞こえた。
振り向いた先には艶やかな着物に身を包んだ女性が立っていた。
うわっ。すごい着物だな。
僕のお母さんは京都の呉服屋の娘で日常的に和服を着ているのを小さい頃から見ているせいか、誰にどんな着物が似合うかがわかるようになったんだけど、この着物は申し訳ないが彼女にはてんで似合っていない。
派手な顔立ちの彼女にこんなに派手な着物を合わせてはどちらも反発しあって似合うはずがないんだ。
すごく上質な着物なだけに本当にもったいない。
彼女にはもっと淡い色のシンプルな着物が似合うのにな……。
「香澄さん、遅れてしまって申し訳ありません」
名前で呼び合う2人になんとなくモヤモヤしたものを感じながら、僕は言われた通り笑顔で彼の隣に立っていた。
「あ、あの……そちらの方は?」
「はい。彼は私の恋人です」
「えっ? 恋人?」
彼の爆弾発言に彼女は驚いているけど、僕の方が驚いてる。
びっくりしすぎて声も出せないくらいに。
恋人ってどういうこと?
僕、男なんだけど。
僕がパニックになっている間に、2人の間では話が進んでいる。
「申し訳ないが、私は彼以外の人に目を向ける気にはならない。
貴女にも他の人にも永遠にね」
「そ、そんな……」
「悪いが、これで失礼します」
その場に立ち尽くす彼女を放って、僕は彼に手を引かれながらエレベーターへと向かった。
「あ、あの……いいんですか?」
「ああ。もちろんだよ。最初から断るつもりだったしね」
ああ。なるほど。
僕を恋人だと言ったのは断るための口実か。
僕なんかを恋人だといえば呆れてあっちから断ってくるだろうしね。
そうか……。
そう納得しつつもなんだか胸のモヤモヤがおさまらなかった。
「これからどこに行くんですか?」
「ここに部屋をとってるからそのでさっきの続きを話そうか」
パチンとウインクを向けられドキドキしてしまった。
「本当によかったんですか?」
急に心配になってきて、そう尋ねると、彼は
「君だからいいんだ」
と笑って言ってくれた。
さっきのモヤモヤがどこかへ行って心の中にふわりと温かいものが広がった気がした。
目を細めて笑う彼のその笑顔に僕はなぜかときめいてしまっていた。
こういう人って女性だけじゃなく、僕みたいな男にもドキドキさせるんだな。
エレベーターがきて彼がカードを差し込むと、エレベーターはどこの階にも止まらずに最上階まで上がっていった。
エレベーターが止まり、ポーンと扉が開くと彼は僕の肩を抱いたまま降ろしてくれた。
その完璧なエスコートに思わずキュンとしてしまった。
彼の全ての行動が女性に格好良いと思ってもらえる教材なのだ。
せっかく彼が身をもって教えてくれているのだから、僕は女性目線でしっかりと全てを叩き込むんだ。
僕はエスコートされるがまま、彼についていった。
目の前に現れたのは、スイートルームだ。
こんな凄いところに入っていいの?
重厚そうな扉に足がすくんでしまったけれど、
「さぁ、どうぞ」
と優しく案内されて恐る恐る一歩足を踏み入れれば、目の前の大きな窓から下を覗くと大都会がまるでミニチュアのように見える。
「うわぁっ、すごい眺め。この中に東京の全部が詰まってる!」
「ふふっ。こんなに喜んでくれるなら連れてきた甲斐があったな」
あっ、はしゃぎすぎて笑われちゃった。
こういうところが女の子たちに男らしくない、子どもみたいだって思われちゃうのかも……。
でも、こんなすごい景色を目の前にして、何も声を出さないなんて僕には難しすぎる。
うーん、なんて言ったらよかったんだろう……。
何が正解?
悩んでいると、
「どうした? 急に黙ってしまって」
彼が外の景色を見ている僕の後ろに立って窓を手に当て僕の顔を覗き込んでくる。
すぐ近くに彼の顔が現れて『ひゃっ』と思わず声が出てしまった。
「ごめん、驚かせたかな?」
「あ、ち……違うんです。窓の外を見てはしゃぐなんて恥ずかしいことしちゃったかなって思って……。
こういうところが女の子にモテないのかな」
『ふぅ』と小さなため息をつきながら、そう答えると、彼は『ふふっ』と笑って、
「すごいなって思うものを見て素直に感動できるのは、純粋な証拠だと思うけどね。
私は葵くんのそういうところ素敵だと思うよ」
と言うと、後ろから僕を抱きしめながら外の景色に目をやった。
「君のおかげで外の景色の美しさを再確認できたよ。ありがとう」
耳元で聞く彼の声に腰が砕けそうになる。
もう僕の胸は高鳴りすぎてどうにかなりそうだ。
彼はやっぱりすごい教材だ!
僕なんかもこれだけキュンキュンさせられるんだから!
彼の全てを見逃さないようにしなくっちゃ勿体無いよね!
「葵くんはお腹空いてる?」
「いえ、でも……大丈夫で『くぅぅーーっ』」
僕の言葉とは裏腹に、大きなお腹の音が聞こえてしまって、咄嗟にお腹を押さえたけれど、やっぱり聞こえてしまったみたいだ。
「ふふっ。可愛い音が聞こえたな。先にお昼を用意してもらおうか」
「でも、そんな……申し訳ないです」
「私も一緒に食べるから大丈夫だよ」
彼は部屋の電話で何か注文しているようだ。
この部屋にデリバリーを呼ぶなんてしなさそうだからきっとルームサービスでも取るんだろう。
「葵くん、お肉は好きかい?」
そうだ。教えてもらうんだからご飯代くらい出したほうがいいよね?
本当は部屋代も出すべきなんだろうけれど、こんな凄い部屋代はとても払えそうにないし。
「あの、僕……夜ご飯代出します!」
「えっ?」
「今日ちょうどバイト代が出たところなので、あの、佐原さんにご馳走します。えっと……教えてくれるお礼です。佐原さんの好きなものを食べてください」
僕の言葉に一瞬びっくりしていたけれど、彼は手に持っていた電話相手に何やら話すと早々に電話を切った。
そして、すぐに僕の隣にやってきて、
「本当に好きなもの食べていいの?」
と耳元で囁いてきた。
彼の吐息で背中がゾクゾクして何も考えられなくなる。
僕は深く考えもせずに
『いいです。なんでも食べて、ください……』と答えていた。
「じゃあ、一番美味しいものもらおうか」
その言葉と同時に僕はヒョイっと抱きかかえられた。
えっ? これってお姫さま抱っこ??
すごく近くに彼の顔がある。
わぁーっ、どこ見ていいのかもわからない。
なに? これ、どうなってるの??
ワタワタしている間に連れてこられたのは、バスルーム。
なんでお風呂?
あっ、そっか。ご飯食べる前にお風呂に入る主義なんだ。
確かにさっぱりしてからご飯食べたい人っているもんね。
でもなんで一緒?
「お風呂……入るんですか?」
「ああ。広いから一緒に入れるよ」
そっか。彼の中ではもしかしたら銭湯みたいな感覚なのかな?
広いところにぽつんと入るのは寂しいもんね。
あっ、もしかしたらこうやって女の子をお風呂に誘うとか?
そっか、そっか。実地で教えてくれるんだもんね。
なるほど。こういう誘い方をしたらスマートにお風呂に誘えるんだな。
僕、なにも嫌な気持ちもせずにお風呂まできちゃったし。
うん、うん。さすがだな。
「あ、でも着替えが……」
「ふふっ。大丈夫。用意しておくよ」
自分でもわからないうちに素っ裸になっていた僕は
「さぁ、おいで」
と差し出された手をおずおずと取ると、さっと浴室へと連れて行かれた。
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