イケメン御曹司の初恋

波木真帆

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初恋 恭一郎side

可愛らしい人

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「恭一郎、悪いが今度の日曜日空けておいてくれ」

忙しい合間にわざわざとった父からの電話で開口一番、聞きたくもない言葉を耳にした。

「なんですか、急に?」

「いや、若狭コンツェルンの娘がお前の話を聞いたらしくて、どうしても席を設けてくれというのでな」

「何を言ってるんですか? 私が女性に興味がないことはお父さんもよく知っておられるでしょう」

「ああ、私もそう言ったんだが、あの娘、相当自分に自信があるようで実際に会って自分に興味を持たせてみせると息巻いていてな。うちとしても取引先の一つだし、若狭会長を通じて直接話が来た以上、邪険に扱うわけにもいかず困っているんだ。悪いが一度会うだけだ。お前が出てきっぱり断ってくれたらすぐに終わるから。なっ、頼む」

私が父からの頼みを断れないことを知っていながら、面倒臭いことを頼んでくるんだから全くタチが悪い。

「はぁーっ。会ったらすぐに断って終わりですよ」

「ああ。それじゃあ、日曜日11時に銀座のうちのホテルラウンジに来てくれ」

父はホッとした様子で最後にもう一度『悪いな』と言って電話を切った。
プーップーッという機械音を聞きながら、私はもう一度大きなため息を吐いた。


私の名前は佐原さはら恭一郎きょういちろう。33歳。
祖父は世界的に有名な五つ星ホテルの創業者で、父はその跡を継いで事業を広げた。
今や佐原グループといえば、日本で知らないものなどいないだろう。
3兄弟の末っ子である私は実家のホテルに何か貢献をと学生時代に昔から興味のあったインテリア会社を起業し、類稀なデザインとその機能性を次期社長である兄に認められ、佐原グループホテル内には全て私の会社のインテリアで統一されている。

自分でいうのもなんだが、美形の部類に入るだろう顔と180cmを悠に超える身長と有り余る資産……これで女性が寄ってこないわけがない。
仕事先で出会うのはもちろん、さっきの令嬢のように私をどこかで見かけた、私の話を聞いたというだけでアプローチされるのだ。

しかし、私はゲイだ。
そう、私は女性を愛することができないのだ。
それを認識したのは高校生の時だったか……。
すでに家族にはカミングアウトしているが、3兄弟の末っ子だからか、父も兄たちも受け入れてくれた。
おかげで変な縁談などは持ち込まれずに済んでいるが、私の地位や財産に目が眩んだ女性たちからのアプローチは避けようがない。
ああやって父の元にはおかしな話が持ち込まれることもしばしば。
普段なら私の耳に入れずに断ってくれるのだが、今回は相手が若狭コンツェルンの御令嬢。
佐原グループの取引銀行の一つにもなっているが、若狭社長の父が祖父の知り合いということもあって、無下に断りきれないのだろう。

せっかくの休日に面倒臭いことに巻き込まれてしまったが、仕方がない。
日曜日は目の前できっぱりと断ってさっさと終わりにしよう。


 ✳︎  ✳︎  ✳︎


私の重い気持ちとは裏腹に、今日は澄み切った青空が広がっている。
ああ、こんな日にわざわざ断るためだけに出かけるとは……本当に気が重い。
大体、ゲイだとカミングアウトしている男に、自分なら興味を持ってもらえるとはどれほど自分に自信があるんだ?

嫌々ながら外に出ると、もうすでに父が手配したらしい車が自宅前に停車して私が出てくるのを待っていた。
逃げるとでも思っているのだろうか。
実際逃げ出したい気持ちではあるが、父の顔の立たないようなことをするはずがない。

「おはようございます、恭一郎さま。お迎えにあがりました」

「ああ、吉野。わざわざ悪いな」

「いいえ。さぁ、どうぞ」

普段は父専属の運転手をしている吉野を寄越してくれるあたり、どうやら父も今日のことは悪いと思っているようだ。

まぁ、久しぶりにうちのホテルラウンジを楽しんで帰るのもいいか。
さっさと断ってラウンジの美味しい珈琲を飲んで帰ることにしよう。

銀座にあるこのホテルは、佐原グループの数あるホテルの中でも私が一番インテリアにこだわった特別なホテルだ。
だからこそ、ここで余計ないざこざは避けたいところだ。
彼女がすぐに引き下がってくれたらいいのだが……。

父から話を受けて以来、もう何度目になるかわからないほど大きなため息を吐いた私の前に聳えるホテルを前に、もう一度ため息をついて私は車を降りた。

10時45分。

まだ少し早かったかと腕時計を見ながら独りごちる。
ロビーラウンジに目を向けるが、若狭の御令嬢らしき姿は見当たらない。

写真でも見せてもらっておけばよかったか。
あまりにも興味がなさすぎてそんなことを頼むのすら忘れていたな。

まぁ、あっちは私の顔を知っていることだろうし、ラウンジに座っていればやってくるだろう。

「いらっしゃいませ。佐原さま。ご案内いたします」

父からもう話は伝わっているのだろう。
話をせずともすぐにラウンジの一番良い席に案内してくれた。
ここのラウンジは大きな吹き抜けが特徴で、開放感があり憩いにはもってこいの場所だ。
天井や窓から自然の光が差し込み、明るい印象を与えてくれる。

珈琲を頼んで、彼女の到着を待ちながらタブレットに目を落としていると、先ほどまでしんと静寂を保っていたラウンジがほんの少しざわつき始めた。
珍しい。一体、何事だ?

『おいっ、あれ見てみろよ』
『うわっ、なに? あの美人』
『もしかして何か撮影でもやってるのかな?』
『いや、でもカメラもスタッフも何も見えないぞ』

ラウンジにいる者たちが皆揃って窓の外を注視している。

なんだ? 中庭に誰か人が出ているのか……? と顔をあげ目をやると中庭にとんでもなく可愛らしい人が立っていた。

中庭を歩くその人はこちらからの視線に気づきもせず、キラキラとした笑顔で庭園を楽しんでいるように見えた。

その笑顔に心を射抜かれてしまった私は急いで席を立ち、珈琲を清算して中庭へと向かった。
だんだんその人との距離が近づくにつれ、その可愛らしい人が男性だと気づいた。

華奢な細い腰、しなやかで長い手足、何より可愛らしい顔……どれをとっても女性のようだが、骨格の作りが男性だ。
何より、私の心をこんなに捕らえるのは男性以外有り得ない。

ドキドキと高鳴る心臓を押さえながら、彼の元へと辿り着いた。
彼は池の鯉に目を奪われているらしく、私の姿は目に入っていないらしい。

私はゆっくり『ふぅー』と深呼吸をして、彼に声をかけた。

「君、ちょっと良いかな?」

私の声にびくりと身体を震わせた彼は、恐る恐ると言った様子で私の方を見やった。

「えっ、あ、あの……僕……」

やはり男性で間違い無かったようだ。

「ただ、この中庭が気になってお散歩してただけで……」

お散歩……なんて可愛い言い方なんだろう。
それだけで胸を鷲掴みにされるようだ。

「ロビーラウンジから君の姿を見かけて、つい声をかけてしまったんだ。
驚かせてしまったのなら、申し訳ない」

「やっ、そんな……謝ってもらうことなんて……」

「少し歩きながら私と話をしないか?」

「えっ、あ、はい……」

ロビーラウンジから見ているであろう者たちに見せつけるように彼の肩を抱きながら、東屋へと案内すると、彼は東屋の前に広がる花壇を見ながら『わぁっ、綺麗』と感嘆の声を上げた。
私には君の方が数段綺麗に見えるのだがな。

花壇に向けるその美しい瞳に少なからず嫉妬しながら、彼の瞳をこちらに向かせたい一心で声をかけた。

「このホテルへは何をしに? この時間ならランチかな?」

「えっ……いえ、あの……電車を乗り間違えて、銀座に来ちゃって……それでウロウロしてたらこのホテルが……その、玄関から見えたこの庭園が気になって……そしたら入り口にいた背の高いホテルの人に入っていいですよって声かけられて……それで、その、お散歩してただけなんです……」

入り口にいた背の高いホテルの人……おそらく館林たてばやしさんだろう。
彼を中に導いてくれたんだ。
後でお礼をしておかないとな。

「そうなのか。ここの中庭は風情があって癒されるだろう? 私もここに来るとホッとするんだ」

「わぁっ、貴方も! 僕もです」

にこやかな笑顔と嘘偽りのない純粋な言葉に心が温かくなっていく。
ああ、もうこの子を手放したくない。

しばらくの間、たわいもない話をしていると、突然彼が私をじっと見つめてきた。
そして、思い詰めたような表情をした彼の口からとんでもない言葉が飛び出した。

「あの、僕……実はあなたに一目惚れしてしまって……。
もし、よかったらその……僕に手取り足取り教えて欲しいんです!!」

真っ赤な顔で見上げながら訴えかけてくるその透き通った綺麗な瞳に私は一瞬にしてやられてしまった。

彼は今、なんて言った?

私に一目惚れ?
手取り足取り教えてほしい?

ああ、この子は何て危うい子なんだろう。
会ってすぐの、しかも下心満載の私にそんな言葉を口にするなんて。

可愛らしい上目遣いに理性が吹き飛びそうになったのを必死に抑えながら私は彼の申し出を受け入れることにした。
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