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番外編
福岡の旅 4
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「昼には一度戻ってくるから、一緒にランチをしよう」
「はーい。頑張ってきてください。いってらっしゃい!」
僕が寛人さんに手を振っていると、榎木先生はそれをじっと見て僕の隣にいる有原さんに声をかけた。
「佳史、私にも手を振って行ってらっしゃいと笑顔で見送ってくれ」
「なっ――、ばかっ。揶揄うなって」
「揶揄ってないよ。私も佳史に見送ってもらったら頑張れそうだ」
「――っ! もうっ、わかったよ。行ってらっしゃい。頑張ってきてくれ」
「ありがとう。行ってくるよ」
恥ずかしそうに見送る有原さんに榎木先生は嬉しそうに笑って寛人さんとホテルを出て行った。
「あの……」
「あっ、ごめんね。変なところ見せてしまって……」
「そんなことないです! とっても素敵なお二人だなって思いました」
「空良くん……ありがとう」
まだ少し赤いほっぺたのままで僕に笑いかけてくれた有原さんの表情がとても優しかった。
「じゃあ、早速行こうか」
「えっ? 行くって……ここがラウンジじゃないんですか?」
「んっ? ラウンジはここだけど……悠木くんからなんて聞いていた?」
「えっと……ラウンジのケーキが美味しいから食べながら待っててって……」
「なるほど。そうか、勘違いしたのはわかるな。それは悠木くんの言い方が悪かったんだ」
「どういうことですか?」
勘違い? 何か間違ってたのかな?
「ラウンジのケーキは美味しいし、食べながら待つのは正しいんだけど、ここで食べるんじゃなくて特別な部屋があるんだ。そこにラウンジのケーキを持ってきてもらえるんだよ」
「えっ、あっ、別の部屋で、ラウンジのケーキを……そういうことだったんですね」
「ここだと不特定多数の人が通りかかるから声をかけられたりしたら面倒だからね」
「声をかけられる? あ、僕みたいな子どもがラウンジで食べてると変だから、ですか?」
「えっ? いや、そうじゃないよ。なるほど……悠木くんが一人には絶対にできないって言っていた意味がよくわかるな。空良くん、絶対に僕から離れてはダメだよ」
「? は、はい。わかりました」
有原さんが言っていることがよくわからなかったけれど、とにかく離れないでいたらいいってことだよね。
「じゃあ行こうか」
有原さんと手を繋いでラウンジから離れようとしたその時、
「あっ! ちょっと! そこの子!」
と突然大きな声が響き渡った。
あまりにもそぐわない声に驚いてその声のする方に視線を向けると、見覚えのある人たちがこっちに向かって駆け出してくるのが見えた。
ものすごい勢いで駆け寄ってくるのが怖くて、
「ひっ――!」
思わず声を上げてしまった。
「大丈夫だよ。僕がついているから」
「有原さん……」
さっと僕を背中で隠してくれて僕とその駆け寄ってくる人たちの間に立ってくれた。
「この子に何かご用ですか?」
「えっ、あ、やっ――、ちょっと……ねぇ」
有原さんに声をかけられて驚いたのか、言いにくそうに隣の人と顔を見合わせる。
「その、私たち……飛行機の中で、この子の連れのお医者さんに助けてもらって、それでお礼がしたくてずっと探してて……ここで再会できたのも何かの縁だし、この子にあのお医者さんの連絡先教えてもらおうかなって……ねぇ、だめかな?」
しゃがんで顔を近づけてくるのが怖い。
「あの、そんな勝手なことできません……」
「いいじゃない。減るもんじゃないし。さっさと教えなさいよ!」
「やっ――!」
腕を取られそうになったと思ったら、有原さんがさっと僕を反対側に移動させてくれた。
「ちょっと、邪魔しないでよ!」
「嫌がってるのに無理やり聞き出すのは強要罪、彼の腕を掴むと傷害罪に該当しますよ」
「何言ってるの? 私たちはお礼がしたいだけなんだってば。だから罪になるわけないでしょう?」
「なりますよ、確実に。私が目撃してますし」
「あんたが見てるからってなんなの? つべこべ言わないであの医者の連絡先教えなさいよ! 医者と知り合いになれるせっかくのチャンスなんだから!」
「たとえ、彼から無理やり聞き出したとしてもあなたが望むような結果にはなりませんよ。これ以上私たちに関わるなら訴えますがよろしいですか?」
「訴えるって、あんた……」
「私は弁護士です。職業柄今までの会話も全て録音しています。あなた方に勝ち目はありませんが、それでもまだ彼に付き纏いますか?」
さっきまで僕や榎木先生達と話していた声とは全く違う、低い声に緊張が走った。
「えっ、弁護士? ちょっとやばいって! もう行こう!」
「ちょっと待ってっ!」
よほど有原さんが怖かったのか二人はバタバタと走ってあっという間にその場からいなくなってしまった。
「はーい。頑張ってきてください。いってらっしゃい!」
僕が寛人さんに手を振っていると、榎木先生はそれをじっと見て僕の隣にいる有原さんに声をかけた。
「佳史、私にも手を振って行ってらっしゃいと笑顔で見送ってくれ」
「なっ――、ばかっ。揶揄うなって」
「揶揄ってないよ。私も佳史に見送ってもらったら頑張れそうだ」
「――っ! もうっ、わかったよ。行ってらっしゃい。頑張ってきてくれ」
「ありがとう。行ってくるよ」
恥ずかしそうに見送る有原さんに榎木先生は嬉しそうに笑って寛人さんとホテルを出て行った。
「あの……」
「あっ、ごめんね。変なところ見せてしまって……」
「そんなことないです! とっても素敵なお二人だなって思いました」
「空良くん……ありがとう」
まだ少し赤いほっぺたのままで僕に笑いかけてくれた有原さんの表情がとても優しかった。
「じゃあ、早速行こうか」
「えっ? 行くって……ここがラウンジじゃないんですか?」
「んっ? ラウンジはここだけど……悠木くんからなんて聞いていた?」
「えっと……ラウンジのケーキが美味しいから食べながら待っててって……」
「なるほど。そうか、勘違いしたのはわかるな。それは悠木くんの言い方が悪かったんだ」
「どういうことですか?」
勘違い? 何か間違ってたのかな?
「ラウンジのケーキは美味しいし、食べながら待つのは正しいんだけど、ここで食べるんじゃなくて特別な部屋があるんだ。そこにラウンジのケーキを持ってきてもらえるんだよ」
「えっ、あっ、別の部屋で、ラウンジのケーキを……そういうことだったんですね」
「ここだと不特定多数の人が通りかかるから声をかけられたりしたら面倒だからね」
「声をかけられる? あ、僕みたいな子どもがラウンジで食べてると変だから、ですか?」
「えっ? いや、そうじゃないよ。なるほど……悠木くんが一人には絶対にできないって言っていた意味がよくわかるな。空良くん、絶対に僕から離れてはダメだよ」
「? は、はい。わかりました」
有原さんが言っていることがよくわからなかったけれど、とにかく離れないでいたらいいってことだよね。
「じゃあ行こうか」
有原さんと手を繋いでラウンジから離れようとしたその時、
「あっ! ちょっと! そこの子!」
と突然大きな声が響き渡った。
あまりにもそぐわない声に驚いてその声のする方に視線を向けると、見覚えのある人たちがこっちに向かって駆け出してくるのが見えた。
ものすごい勢いで駆け寄ってくるのが怖くて、
「ひっ――!」
思わず声を上げてしまった。
「大丈夫だよ。僕がついているから」
「有原さん……」
さっと僕を背中で隠してくれて僕とその駆け寄ってくる人たちの間に立ってくれた。
「この子に何かご用ですか?」
「えっ、あ、やっ――、ちょっと……ねぇ」
有原さんに声をかけられて驚いたのか、言いにくそうに隣の人と顔を見合わせる。
「その、私たち……飛行機の中で、この子の連れのお医者さんに助けてもらって、それでお礼がしたくてずっと探してて……ここで再会できたのも何かの縁だし、この子にあのお医者さんの連絡先教えてもらおうかなって……ねぇ、だめかな?」
しゃがんで顔を近づけてくるのが怖い。
「あの、そんな勝手なことできません……」
「いいじゃない。減るもんじゃないし。さっさと教えなさいよ!」
「やっ――!」
腕を取られそうになったと思ったら、有原さんがさっと僕を反対側に移動させてくれた。
「ちょっと、邪魔しないでよ!」
「嫌がってるのに無理やり聞き出すのは強要罪、彼の腕を掴むと傷害罪に該当しますよ」
「何言ってるの? 私たちはお礼がしたいだけなんだってば。だから罪になるわけないでしょう?」
「なりますよ、確実に。私が目撃してますし」
「あんたが見てるからってなんなの? つべこべ言わないであの医者の連絡先教えなさいよ! 医者と知り合いになれるせっかくのチャンスなんだから!」
「たとえ、彼から無理やり聞き出したとしてもあなたが望むような結果にはなりませんよ。これ以上私たちに関わるなら訴えますがよろしいですか?」
「訴えるって、あんた……」
「私は弁護士です。職業柄今までの会話も全て録音しています。あなた方に勝ち目はありませんが、それでもまだ彼に付き纏いますか?」
さっきまで僕や榎木先生達と話していた声とは全く違う、低い声に緊張が走った。
「えっ、弁護士? ちょっとやばいって! もう行こう!」
「ちょっと待ってっ!」
よほど有原さんが怖かったのか二人はバタバタと走ってあっという間にその場からいなくなってしまった。
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