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愛おしくてたまらない
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午後の診療も終え、最後の患者さんが帰って
「ふぅ」
と一息つくと、
「先生、お疲れさまです」
と空良の声が聞こえた。
驚いて振り返ると、空良がトレイにおしぼりと冷たい緑茶を運んできてくれていた。
「空良、わざわざ持ってきてくれたのか?」
「あの、僕が米田さんに持って行きたいって頼んだんです。お疲れさまですって一番に言いたくて……」
「――っ、そうか。嬉しいよ。ありがとう」
「先生、どうぞ」
トレイをゆっくり机に置いてくれた。
「もう診察終わったから名前でいいんだけど……」
「でも、まだ病院なので……」
「ふふっ。わかったよ。空良、こっちに来てくれ」
俺はそう言って、自分の席へと空良を呼び寄せた。
「わっ!」
空良の腕を引き俺の膝の上に後ろ向きに座らせギュッと抱きしめると、1日の仕事の疲れが吹き飛ぶ気がした。
「お、重いですよ」
「大丈夫、全然重くないよ」
「だって、先生疲れてるのに……」
「空良がきてくれたから疲れなんて吹き飛んだよ」
「ほんと?」
「ああ、だからもう少しここにいてくれ」
「じゃあ、僕が先生の手を拭いてあげます」
そう言って空良はトレイからおしぼりをとって俺の手を拭き始めた。
「先生の手って大きいですね」
「そうか?」
「だって、僕と比べてもこんなに……」
ピタッと手を合わせながら、
「ほら、ねっ」
と可愛く振り返られて、もう我慢ができなかった。
「んんっ……っ」
気づけば俺は空良の唇に自分のそれを重ね合わせて空良の柔らかく小さな唇を味わっていた。
なんて甘さだ。
もっともっと味わいたくなる。
「んっ、んん……っあ」
苦しそうな空良の声に唇を離すと、空良はぐったりと俺の身体に倒れ込んできた。
「空良、大丈夫か?」
「い、息が……苦しくて……」
息が苦しい?
やっぱりそうか……。
「空良、キスの時は鼻で息をするんだよ」
「えっ……あ、そうなんだ……」
知らなかった……と恥ずかしそうにポツリと呟く声にどれだけ俺が喜んでるか知らないだろう?
これが空良にとって初めてのキスだと言うことを確信できたんだから。
頬にキスをしたときの反応からそうじゃないかとは薄々思っていたが、実際にわかるとこんなに嬉しいんだな。
ああ、でもこれが空良にとってのファーストキスになるのならこんな場所で奪うのは申し訳なかったな。
つい、空良が可愛いことをするものだから我慢できなくて……。
自分の自制心が足りなかったことに落ち込んでいると、
「せんせぇ……僕とのキス、ガッカリしました?」
と悲しげな声が聞こえてきた。
ガッカリ?
そんなわけがないだろう。
俺が空良とのキスにどれだけ興奮したか。
「そんなことあるわけないだろう? 違うんだ、さっきのキス……空良のファーストキスだったんだろ?」
その問いに恥ずかしそうに頷く空良に
「もっと空良の大切な思い出にふさわしい場所がよかったかなって思ったんだよ」
と説明すると、空良は一瞬キョトンとした顔をした後で、
「僕、ここで嬉しいです。だって、ここ先生の大事な場所でしょ? 先生がお仕事に来るたびに僕のこと思い出してくれるならその方が嬉しいです」
と笑顔で言ってくれた。
ああ、空良……お前はどこまで俺を喜ばせるんだろうな。
空良が愛おしくてギュッと抱きしめていると、
「悠木先生。いい加減イチャイチャもそのくらいにしてくださいよ」
と診察室のカーテンの向こうから米田さんの声が聞こえた。
その声に腕の中にいる空良がピクっと身体を震わせた。
「まぁもう診察終わったからイチャイチャしてても構わないんですけど、犬に噛まれたくないんで私たち、先に上がりますね。空良くん、またね」
「ああ、お疲れ。土日は病院休みだから週明け宜しく」
「はい。お疲れさまでしたー」
ゾロゾロとスタッフのみんなが帰っていく足音を聞きながら、空良は恥ずかしそうに俺の腕の中にいた。
「空良、片付けして俺たちも出ようか」
「あの、僕たちのさっきの……その、キ……」
「ああ、大丈夫。誰にも見られてないし、聞かれてもないから」
そういうと、空良は真っ赤な顔でホッとした表情を見せてくれた。
急いで片付けと戸締りをして、病院を出た。
そのまま車で向かったのは北条さんのテーラー。
扉を開けて中に入ると、北条さんはすでにラックにスーツをかけて待っていてくれていたようだ。
「北条さん、お待たせしてすみません」
「いえ、手前味噌で申し訳ないのですが、綺麗な仕上がりに嬉しくて年甲斐もなくはしゃいでしまっただけなんですよ。さぁ、どうぞ。御試着なさいますか?」
北条さんがここまでいう仕上がりなのだから試着するまでもないが、こんなに頑張ってくれたのだから空良が着ているところを見せてあげた方が喜んでもらえるだろう。
「空良、着てみてくれ」
「はい」
北条さんが用意していた一式を空良に手渡しながら、
「悠木さま。笹原さまはスーツは初めてでございましょう? 悠木さまもご一緒の方が宜しいかと存じます」
と俺に声をかけてくれた。
確かにそうだな。
ネクタイももしかしたら結べないかもしれない。
「じゃあ、私も一緒に入ろう」
そう言って空良と一緒に試着室へと入った。
ここの試着室はテーラーに採寸されるときや直しの際に一緒に入ることがあるから、空良と2人で入っても十分すぎる広さがある。
空良の服を脱がせてワイシャツを着せる。
空良は初めての自分のスーツに嬉しそうな表情を隠しきれないようだ。
スラックスを履かせると丈もウエストもまるでオーダーメイドのようにピッタリで驚かされる。
空良のサイズは既製品からでは相当直しが必要だろうにこんなに正確に、しかもこんな短時間で……。
さすがだな。
俺が選んだネクタイを締めてあげると、途端に大人びて見える。
「空良、このスーツ着ると随分と大人っぽく見えるな」
そう言ってジャケットも羽織らせてやると、空良はかなりご満悦の様子で鏡に見入っていた。
最初は兎角スーツに着られてしまうものだが、北条さんの技術なのか空良の身体に馴染んでしっくりときたスーツは見ていてすごく気持ちがいい。
これを着て明日結婚式に参列するのか。
ああ、楽しみだな。
「ふぅ」
と一息つくと、
「先生、お疲れさまです」
と空良の声が聞こえた。
驚いて振り返ると、空良がトレイにおしぼりと冷たい緑茶を運んできてくれていた。
「空良、わざわざ持ってきてくれたのか?」
「あの、僕が米田さんに持って行きたいって頼んだんです。お疲れさまですって一番に言いたくて……」
「――っ、そうか。嬉しいよ。ありがとう」
「先生、どうぞ」
トレイをゆっくり机に置いてくれた。
「もう診察終わったから名前でいいんだけど……」
「でも、まだ病院なので……」
「ふふっ。わかったよ。空良、こっちに来てくれ」
俺はそう言って、自分の席へと空良を呼び寄せた。
「わっ!」
空良の腕を引き俺の膝の上に後ろ向きに座らせギュッと抱きしめると、1日の仕事の疲れが吹き飛ぶ気がした。
「お、重いですよ」
「大丈夫、全然重くないよ」
「だって、先生疲れてるのに……」
「空良がきてくれたから疲れなんて吹き飛んだよ」
「ほんと?」
「ああ、だからもう少しここにいてくれ」
「じゃあ、僕が先生の手を拭いてあげます」
そう言って空良はトレイからおしぼりをとって俺の手を拭き始めた。
「先生の手って大きいですね」
「そうか?」
「だって、僕と比べてもこんなに……」
ピタッと手を合わせながら、
「ほら、ねっ」
と可愛く振り返られて、もう我慢ができなかった。
「んんっ……っ」
気づけば俺は空良の唇に自分のそれを重ね合わせて空良の柔らかく小さな唇を味わっていた。
なんて甘さだ。
もっともっと味わいたくなる。
「んっ、んん……っあ」
苦しそうな空良の声に唇を離すと、空良はぐったりと俺の身体に倒れ込んできた。
「空良、大丈夫か?」
「い、息が……苦しくて……」
息が苦しい?
やっぱりそうか……。
「空良、キスの時は鼻で息をするんだよ」
「えっ……あ、そうなんだ……」
知らなかった……と恥ずかしそうにポツリと呟く声にどれだけ俺が喜んでるか知らないだろう?
これが空良にとって初めてのキスだと言うことを確信できたんだから。
頬にキスをしたときの反応からそうじゃないかとは薄々思っていたが、実際にわかるとこんなに嬉しいんだな。
ああ、でもこれが空良にとってのファーストキスになるのならこんな場所で奪うのは申し訳なかったな。
つい、空良が可愛いことをするものだから我慢できなくて……。
自分の自制心が足りなかったことに落ち込んでいると、
「せんせぇ……僕とのキス、ガッカリしました?」
と悲しげな声が聞こえてきた。
ガッカリ?
そんなわけがないだろう。
俺が空良とのキスにどれだけ興奮したか。
「そんなことあるわけないだろう? 違うんだ、さっきのキス……空良のファーストキスだったんだろ?」
その問いに恥ずかしそうに頷く空良に
「もっと空良の大切な思い出にふさわしい場所がよかったかなって思ったんだよ」
と説明すると、空良は一瞬キョトンとした顔をした後で、
「僕、ここで嬉しいです。だって、ここ先生の大事な場所でしょ? 先生がお仕事に来るたびに僕のこと思い出してくれるならその方が嬉しいです」
と笑顔で言ってくれた。
ああ、空良……お前はどこまで俺を喜ばせるんだろうな。
空良が愛おしくてギュッと抱きしめていると、
「悠木先生。いい加減イチャイチャもそのくらいにしてくださいよ」
と診察室のカーテンの向こうから米田さんの声が聞こえた。
その声に腕の中にいる空良がピクっと身体を震わせた。
「まぁもう診察終わったからイチャイチャしてても構わないんですけど、犬に噛まれたくないんで私たち、先に上がりますね。空良くん、またね」
「ああ、お疲れ。土日は病院休みだから週明け宜しく」
「はい。お疲れさまでしたー」
ゾロゾロとスタッフのみんなが帰っていく足音を聞きながら、空良は恥ずかしそうに俺の腕の中にいた。
「空良、片付けして俺たちも出ようか」
「あの、僕たちのさっきの……その、キ……」
「ああ、大丈夫。誰にも見られてないし、聞かれてもないから」
そういうと、空良は真っ赤な顔でホッとした表情を見せてくれた。
急いで片付けと戸締りをして、病院を出た。
そのまま車で向かったのは北条さんのテーラー。
扉を開けて中に入ると、北条さんはすでにラックにスーツをかけて待っていてくれていたようだ。
「北条さん、お待たせしてすみません」
「いえ、手前味噌で申し訳ないのですが、綺麗な仕上がりに嬉しくて年甲斐もなくはしゃいでしまっただけなんですよ。さぁ、どうぞ。御試着なさいますか?」
北条さんがここまでいう仕上がりなのだから試着するまでもないが、こんなに頑張ってくれたのだから空良が着ているところを見せてあげた方が喜んでもらえるだろう。
「空良、着てみてくれ」
「はい」
北条さんが用意していた一式を空良に手渡しながら、
「悠木さま。笹原さまはスーツは初めてでございましょう? 悠木さまもご一緒の方が宜しいかと存じます」
と俺に声をかけてくれた。
確かにそうだな。
ネクタイももしかしたら結べないかもしれない。
「じゃあ、私も一緒に入ろう」
そう言って空良と一緒に試着室へと入った。
ここの試着室はテーラーに採寸されるときや直しの際に一緒に入ることがあるから、空良と2人で入っても十分すぎる広さがある。
空良の服を脱がせてワイシャツを着せる。
空良は初めての自分のスーツに嬉しそうな表情を隠しきれないようだ。
スラックスを履かせると丈もウエストもまるでオーダーメイドのようにピッタリで驚かされる。
空良のサイズは既製品からでは相当直しが必要だろうにこんなに正確に、しかもこんな短時間で……。
さすがだな。
俺が選んだネクタイを締めてあげると、途端に大人びて見える。
「空良、このスーツ着ると随分と大人っぽく見えるな」
そう言ってジャケットも羽織らせてやると、空良はかなりご満悦の様子で鏡に見入っていた。
最初は兎角スーツに着られてしまうものだが、北条さんの技術なのか空良の身体に馴染んでしっくりときたスーツは見ていてすごく気持ちがいい。
これを着て明日結婚式に参列するのか。
ああ、楽しみだな。
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