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空良の手料理と同伴出勤

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ダイニングへ戻ると、もう既に空良が朝食を並べてくれていた。

「ちょっと失敗しちゃったんですけど……」

少し焼きすぎたベーコンと崩れてしまった目玉焼き。
一緒に添えられている千切っただけのレタスとヘタの取っていないミニトマト。
そして、ちょうどいい焼き加減のトースト。

綾城が自慢する料理上手な佳都くんの朝食には絶対に出てこないだろう朝食だが、俺には輝いて見える。

「ありがとう、朝から大変だったろう」

「あの、寛人さん……コーヒーメーカーの使い方がわからなくて……」

「ああ、これ。少し難しいんだ。教えておくよ」

空良を後ろから腕の中にすっぽりと入れて説明すると、空良は顔を真っ赤にしながらも一生懸命聞いてくれた。

「ほら、これで落ちて来るから」

「わかりました! 明日から楽しみにしててください」

「ああ、でも無理して早起きしなくていいんだぞ」

「大丈夫です。僕、寛人さんのおかげでぐっすり眠れたので」

「そうか、ならいいが」

空良は嬉しそうに出来上がったコーヒーを俺と2人分マグカップに淹れ、席に着いた。

空良が焼いてくれた目玉焼きにまずナイフを入れ、口に運ぶのを空良が心配そうにこっちを見ている。
ふふっ。俺の反応が気になっているのか。

「どう、ですか……?」

「ああ、美味しいな。こんなに美味しい目玉焼きは初めてだな」

「そんな……焦がしちゃったのに……」

「少し焼きすぎたくらいが香ばしくて俺好みなんだよ。空良も食べてごらん」

空良は心配そうにパクリと頬張ると、

「――っ、美味しいっ」

と目を丸くして驚いていた。

「そうだろ? 一生懸命作ってくれたものがまずいわけないんだ。それに第一、空良が作ってくれたものなら、俺はなんでも美味しいよ」

「寛人さん……」

俺の言葉に真っ赤になる空良を見て、まるで新婚夫婦さながらの食卓だなと笑みが溢れた。
ああ、こんな幸せな朝食本当に初めてだな。

俺のために早起きをして作ってくれた朝食をあっという間に平らげ、のんびりと食後のコーヒーを飲みながら空良に今日の予定を話した。

「1人で家に残しておくのも心配だから、一緒に病院に行こう」

「えっ、でも……迷惑になりませんか?」

「迷惑なら最初から誘わないよ。俺が診察している時は院長室で勉強をしていればいい。
帰りにテーラーに寄るから試着のためにも空良がいる方がいいだろう?」

まぁ、北条さんの仕上げなら試着の必要なんてないんだが、そう言えば空良は一緒に出かけてくれるはずだ。

「そうですね。はい、一緒に行きます」

「よし、じゃあ準備しようか」

俺が揃えておいた服の中から、涼しげな水色のシャツに白いパンツを選んで手渡すと空良は嬉しそうにそれに着替えた。

ノートパソコンやその他の勉強道具を持ち、自宅を出た。
車で病院へと向かう前に、通り道にある観月の法律事務所に寄り管理会社から届いた内容証明郵便を茶色の封筒に入れ、事務所の中へと入れておいた。

<例の資料、事務所に入れているから>

一言メッセージを送ると、

<わかった>

とあちらからも短い一言が返ってきた。

よし、これでいい。

急いで車に戻り空良を連れて病院行くと、俺たちの姿を見つけてすぐに看護師長の米田さんが声をかけてきた。

「先生、おはようございます。あらっ。空良くんも一緒じゃない!」

「ああ、米田さん。1人で家に置いておくのは心配なので院長室にいてもらおうかと思って連れてきたんですよ」

「確かにそれなら安心ですね。空良くん、おはよう。あっ、髪切ったのね」

「看護師長さん、おはようございます。寛人さん……いえ、悠木先生に昨日美容院に連れて行ってもらったんです」

「ふふっ。米田よ。空良くんよく似合ってるわ」

「米田さん、ありがとうございます。この髪型、悠木先生が決めてくれたんです。米田さんが褒めてくれて嬉しいです」

空良が笑顔でそういうと、米田さんはまるで恋する乙女のようにほんのりと頬を染めていた。
そして、俺にだけ聞こえる声で、

「先生、空良くんの笑顔の威力半端ないですよ。ほんっとうーに気をつけて守ってくださいね」

米田さんは真剣な声でそう忠告してくれた。
ああ、わかってるよ。
空良の危うさはな。
しかも1番の心配は空良が自分の可愛さに気づいていないってことだ。
だからできるだけ1人にはしたくないんだ。

「わかってる。米田さんも頼むよ」

「大丈夫です、他の子たちもみんな先生と空良くんのこと応援してますから」

米田さんが味方なら安心だ。
ああ、いいスタッフ持って俺は幸せだな。

午前の診察を終えて、足早に院長室へと向かうと空良のいるデスクの上には夥しい数のお菓子が置かれていた。

「あっ、寛人さん」

「空良。このお菓子、どうしたんだ?」

「あの、スタッフの皆さんがいろいろ持ってきてくれて……ごめんなさい」

「謝らなくていいよ、空良のためにみんながくれたんだからもらっておいたらいい」

「よかった。見たこともない美味しそうなお菓子ばかりで食べたかったんです」

「もしかして俺に話すまで待ってたのか?」

そう聞くと空良は小さく頷いた。
律儀というかなんというか……本当に良い子なんだな。

積み上げられたお菓子を見れば、デパ地下で売ってそうな高級菓子が多い。
きっとスタッフたちのとっておきのお菓子を空良にわけてくれたんだろうな。
それだけ空良がスタッフに気に入られていると思うとまぁ悪い気はしない。
うちのスタッフたちはいい子ばかりだからな。

「昼食準備してもらってるから、おやつに食べるといい」

「はーい。またここの食事食べられるんですね! 嬉しいっ!」

空良はすっかりここの食事の虜になってしまったようだ。
まぁ空良の場合は、薄味の病院食と違って栄養たっぷりの食事だったから気に入っても当然か。

あっという間に昼食を終え、午後の診療へと戻る。

「空良、休憩しながら勉強するんだぞ。そのお菓子も食べて良いからな」

そういうと空良は嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

診察室へ戻り、スタッフの子に

「空良が喜んでたよ。みんながいろいろお菓子をくれたって」

というと、

「空良くん、お菓子あげるとすっごく喜んでくれるからみんな次々にあげに行っちゃって。
可愛い笑顔ですよね~空良くん」

と嬉しそうに笑っていた。

ああ、やっぱりか。
空良の笑顔見たさにお菓子か……。
すっかり餌付けされてるな。
下心はないのがわかっているから別に禁止はしないが。

「お礼に今度君たちに『Psycheプシュケ』の限定ケーキご馳走するよ」

「わぁーっ、先生! 本当ですかっ!! 楽しみにしてますね!!」

空良へのお礼に今、都内で人気のケーキ店の話題を出すとスタッフの子は

「ねぇねぇ、聞いてぇー、先生がぁー」

と嬉しそうに他のスタッフに話に行った。

「おいおい、そろそろ診療時間だぞ。午後も頼むよ」

そういうと、

「わかってまーす」

ととびきり嬉しそうな声が返ってきた。
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