10 / 62
俺が選んでやる
しおりを挟む
「寛人さん……ここ、ですか……?」
「ああ、そうだよ。さぁ、行こう」
空良を連れていったのは銀座の高級テーラー。
「あ、あの……」
戸惑った様子を見せる空良に
「大丈夫だから」
といい含め、扉を開けて中に入ると昔懐かしいチリリーンと可愛らしい鈴の音が響いた。
その音に一瞬ピクっと身体を震わせる空良に思わず顔が綻びる。
「いらっしゃいませ。悠木さま」
「北条さん、今日は彼……笹原くんのスーツを頼むよ」
「はい。畏まりました」
ロマンスグレーの老紳士・北条さんはこの店の主人。
元々は父親がこの店の、というよりは彼の仕立てたスーツを気に入って通っていたのだが、20歳の祝いで初めて俺もここでスーツを作ってもらってから父と同じように彼の仕立てたスーツの魅力に取り憑かれ、それ以来スーツはこの店でしか作らないことにしている。
今日は週末の綾城と佳都くんの結婚式に空良が着ていくためのスーツを選びに来たんだ。
本当ならば生地から縫製まで全てオーダーメイドで作ってやりたいのだが、流石に彼の仕立ての服は一朝一夕で完成するような代物ではない。
「空良、一緒に結婚式に行ってくれるって言っただろう? その時に着ていくスーツを準備しに来たんだ」
「あ、そうか……結婚式ってスーツ着るんだ……僕、スーツ初めてです」
「そうだろう? 私も初めてのスーツは北条さんに頼んだんだよ。だから、空良にも同じようにしたくてここに連れてきたんだ」
「ありがとうございます」
空良がようやくホッとした表情を見せたが
「笹原さま、どうぞこちらへ」
と北条さんから声をかけられると不安そうな表情に変わった。
「ほら、採寸してくれるから行っておいで」
通常ならカーテンの奥の試着室で採寸をしてくれるのだが、北条さんは空良の不安げな顔に気づいたようで俺が座っている前で採寸を始めた。
空良は最初こそ緊張していたが、俺が見ているとわかると途端に力が抜け始めたのがわかった。
「悠木さま、笹原さまは腰の位置が非常に高く、手足が長くていらっしゃいますので通常の既製品でお探しになるのは些か難しいでしょうね。本来ならば、私が一からお仕立て致したいところではございますが、今回はお時間がないとのことでございますので、私がいくつか仕立てておりますスーツの中からお選びいただいて、そちらを手直しということで対応させていただきたいと思っておりますがいかがでございましょう?」
「ああ、それで頼むよ。次回ゆっくりとオーダーメイドを選びに来るから」
「畏まりました。今回は礼服ということでございますので、こちらからお選びください」
北条さんが用意してくれたスーツは3着。
ブラック、ネイビー、ダークグレー。
どれも空良に似合いそうだが……ネイビーが一番良さそうか。
「空良、どれがいいか希望はあるか?」
「僕……寛人さんに選んで欲しいです」
「――っ、そ、そうか。なら、ネイビーにしよう。空良、いいか?」
「はい。嬉しいです」
俺が選んだからと言ってそんなに嬉しそうに笑顔を見せるなんて……きっと空良は俺がネイビーを選んだ理由なんてわかっていなんだろうな。
空良の色白の肌が一番映えるネイビーのスーツを着せて、それを俺の手で脱がしてやりたいと思っていることなんて。
「それではネイビーでご用意いたします。お召しになるのは土曜日でございますか?」
「ああ、そうなんだ。午後からの挙式に参列するんだ。かなり急がせることになるが大丈夫か?」
「もちろんでございます。お任せください。それでは明日の夜には仕上げておきます」
「助かるよ。診察が終わったらすぐに取りに来るから」
「畏まりました」
俺はネクタイやチーフ、ベルトなど小物一式全て選んで、それもまとめて用意してもらうことにした。
「じゃあ、明日。よろしく頼むよ」
そう言って、俺は空良を連れて次の目的地へと急いだ。
次に連れていったのは美容院。
空良にどこで髪を切っているんだと聞いた時、両親がいるときは昔から母親に連れて行かれていた近所の美容院で切っていたらしく、1人になってからは美容院に行く余裕もなく自分でハサミで切っていたらしい。
せっかくの綺麗な髪が勿体無い。
結婚式用のスーツも用意したし、綺麗に髪型を整えるのも必要だろう。
「悠木さま。お待ちしておりました」
「予約していた通り、今日はこの子を頼むよ」
「ではこちらへどうぞ」
空良の手をひき、一緒に個室へと入る。
ここはシャンプーもカットも全てこの部屋で済ませられるし、何より可愛い空良をたくさんの目に晒さずに済むから助かる。
「今日はどう致しましょう?」
「前髪を短くして、全体的に軽い感じで。パーマやカラーはなしでいい。トリートメントは念入りに頼むよ」
「畏まりました」
俺は空良が緊張しないように空良から見える位置に座り髪を切ってもらっている姿を見続けていた。
小一時間ほどでカットとトリートメントを終えた空良の髪は本来の艶が綺麗に現れて、空良自身も驚いているようだった。
「これが、僕……?」
「ふふっ。空良は元がいいから、本当の姿が出てきただけだよ。ほら、前髪を短くしておでこが出ただけでこんなにも可愛いんだから」
「可愛いだなんて……そんなっ」
ああ、俺の言葉に照れる空良、なんて可愛いんだろうな。
「ああ、そうだよ。さぁ、行こう」
空良を連れていったのは銀座の高級テーラー。
「あ、あの……」
戸惑った様子を見せる空良に
「大丈夫だから」
といい含め、扉を開けて中に入ると昔懐かしいチリリーンと可愛らしい鈴の音が響いた。
その音に一瞬ピクっと身体を震わせる空良に思わず顔が綻びる。
「いらっしゃいませ。悠木さま」
「北条さん、今日は彼……笹原くんのスーツを頼むよ」
「はい。畏まりました」
ロマンスグレーの老紳士・北条さんはこの店の主人。
元々は父親がこの店の、というよりは彼の仕立てたスーツを気に入って通っていたのだが、20歳の祝いで初めて俺もここでスーツを作ってもらってから父と同じように彼の仕立てたスーツの魅力に取り憑かれ、それ以来スーツはこの店でしか作らないことにしている。
今日は週末の綾城と佳都くんの結婚式に空良が着ていくためのスーツを選びに来たんだ。
本当ならば生地から縫製まで全てオーダーメイドで作ってやりたいのだが、流石に彼の仕立ての服は一朝一夕で完成するような代物ではない。
「空良、一緒に結婚式に行ってくれるって言っただろう? その時に着ていくスーツを準備しに来たんだ」
「あ、そうか……結婚式ってスーツ着るんだ……僕、スーツ初めてです」
「そうだろう? 私も初めてのスーツは北条さんに頼んだんだよ。だから、空良にも同じようにしたくてここに連れてきたんだ」
「ありがとうございます」
空良がようやくホッとした表情を見せたが
「笹原さま、どうぞこちらへ」
と北条さんから声をかけられると不安そうな表情に変わった。
「ほら、採寸してくれるから行っておいで」
通常ならカーテンの奥の試着室で採寸をしてくれるのだが、北条さんは空良の不安げな顔に気づいたようで俺が座っている前で採寸を始めた。
空良は最初こそ緊張していたが、俺が見ているとわかると途端に力が抜け始めたのがわかった。
「悠木さま、笹原さまは腰の位置が非常に高く、手足が長くていらっしゃいますので通常の既製品でお探しになるのは些か難しいでしょうね。本来ならば、私が一からお仕立て致したいところではございますが、今回はお時間がないとのことでございますので、私がいくつか仕立てておりますスーツの中からお選びいただいて、そちらを手直しということで対応させていただきたいと思っておりますがいかがでございましょう?」
「ああ、それで頼むよ。次回ゆっくりとオーダーメイドを選びに来るから」
「畏まりました。今回は礼服ということでございますので、こちらからお選びください」
北条さんが用意してくれたスーツは3着。
ブラック、ネイビー、ダークグレー。
どれも空良に似合いそうだが……ネイビーが一番良さそうか。
「空良、どれがいいか希望はあるか?」
「僕……寛人さんに選んで欲しいです」
「――っ、そ、そうか。なら、ネイビーにしよう。空良、いいか?」
「はい。嬉しいです」
俺が選んだからと言ってそんなに嬉しそうに笑顔を見せるなんて……きっと空良は俺がネイビーを選んだ理由なんてわかっていなんだろうな。
空良の色白の肌が一番映えるネイビーのスーツを着せて、それを俺の手で脱がしてやりたいと思っていることなんて。
「それではネイビーでご用意いたします。お召しになるのは土曜日でございますか?」
「ああ、そうなんだ。午後からの挙式に参列するんだ。かなり急がせることになるが大丈夫か?」
「もちろんでございます。お任せください。それでは明日の夜には仕上げておきます」
「助かるよ。診察が終わったらすぐに取りに来るから」
「畏まりました」
俺はネクタイやチーフ、ベルトなど小物一式全て選んで、それもまとめて用意してもらうことにした。
「じゃあ、明日。よろしく頼むよ」
そう言って、俺は空良を連れて次の目的地へと急いだ。
次に連れていったのは美容院。
空良にどこで髪を切っているんだと聞いた時、両親がいるときは昔から母親に連れて行かれていた近所の美容院で切っていたらしく、1人になってからは美容院に行く余裕もなく自分でハサミで切っていたらしい。
せっかくの綺麗な髪が勿体無い。
結婚式用のスーツも用意したし、綺麗に髪型を整えるのも必要だろう。
「悠木さま。お待ちしておりました」
「予約していた通り、今日はこの子を頼むよ」
「ではこちらへどうぞ」
空良の手をひき、一緒に個室へと入る。
ここはシャンプーもカットも全てこの部屋で済ませられるし、何より可愛い空良をたくさんの目に晒さずに済むから助かる。
「今日はどう致しましょう?」
「前髪を短くして、全体的に軽い感じで。パーマやカラーはなしでいい。トリートメントは念入りに頼むよ」
「畏まりました」
俺は空良が緊張しないように空良から見える位置に座り髪を切ってもらっている姿を見続けていた。
小一時間ほどでカットとトリートメントを終えた空良の髪は本来の艶が綺麗に現れて、空良自身も驚いているようだった。
「これが、僕……?」
「ふふっ。空良は元がいいから、本当の姿が出てきただけだよ。ほら、前髪を短くしておでこが出ただけでこんなにも可愛いんだから」
「可愛いだなんて……そんなっ」
ああ、俺の言葉に照れる空良、なんて可愛いんだろうな。
229
お気に入りに追加
1,731
あなたにおすすめの小説

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!


風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

強引に伴侶にされた俺は、なぜか溺愛されています
すいかちゃん
BL
昔から、葵家と登坂家ではある約束が交わされていた。それは、葵家の当主は登坂家の誰かと婚姻を結ばなくてはならないという事だ。だが、困った事に登坂家に男しかいない。男なのに当主の伴侶に指名された登坂樹は困惑する。だが、葵奏貴(かなた)は樹をとても気に入ったと熱烈アプローチ。かくして、樹は奏貴と婚礼を挙げる事になり…。
樹は、奏貴のある能力を知り…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる