イケメンスパダリ医師は天涯孤独な彼を放っておけない

波木真帆

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俺が選んでやる

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「寛人さん……ここ、ですか……?」

「ああ、そうだよ。さぁ、行こう」

空良を連れていったのは銀座の高級テーラー。

「あ、あの……」

戸惑った様子を見せる空良に

「大丈夫だから」

といい含め、扉を開けて中に入ると昔懐かしいチリリーンと可愛らしい鈴の音が響いた。
その音に一瞬ピクっと身体を震わせる空良に思わず顔が綻びる。

「いらっしゃいませ。悠木さま」

北条ほうじょうさん、今日は彼……笹原くんのスーツを頼むよ」

「はい。畏まりました」

ロマンスグレーの老紳士・北条さんはこの店の主人。
元々は父親がこの店の、というよりは彼の仕立てたスーツを気に入って通っていたのだが、20歳の祝いで初めて俺もここでスーツを作ってもらってから父と同じように彼の仕立てたスーツの魅力に取り憑かれ、それ以来スーツはこの店でしか作らないことにしている。

今日は週末の綾城と佳都くんの結婚式に空良が着ていくためのスーツを選びに来たんだ。
本当ならば生地から縫製まで全てオーダーメイドで作ってやりたいのだが、流石に彼の仕立ての服は一朝一夕で完成するような代物ではない。

「空良、一緒に結婚式に行ってくれるって言っただろう? その時に着ていくスーツを準備しに来たんだ」

「あ、そうか……結婚式ってスーツ着るんだ……僕、スーツ初めてです」

「そうだろう? 私も初めてのスーツは北条さんに頼んだんだよ。だから、空良にも同じようにしたくてここに連れてきたんだ」

「ありがとうございます」

空良がようやくホッとした表情を見せたが

「笹原さま、どうぞこちらへ」

と北条さんから声をかけられると不安そうな表情に変わった。

「ほら、採寸してくれるから行っておいで」

通常ならカーテンの奥の試着室で採寸をしてくれるのだが、北条さんは空良の不安げな顔に気づいたようで俺が座っている前で採寸を始めた。
空良は最初こそ緊張していたが、俺が見ているとわかると途端に力が抜け始めたのがわかった。

「悠木さま、笹原さまは腰の位置が非常に高く、手足が長くていらっしゃいますので通常の既製品でお探しになるのは些か難しいでしょうね。本来ならば、私が一からお仕立て致したいところではございますが、今回はお時間がないとのことでございますので、私がいくつか仕立てておりますスーツの中からお選びいただいて、そちらを手直しということで対応させていただきたいと思っておりますがいかがでございましょう?」

「ああ、それで頼むよ。次回ゆっくりとオーダーメイドを選びに来るから」

「畏まりました。今回は礼服ということでございますので、こちらからお選びください」

北条さんが用意してくれたスーツは3着。
ブラック、ネイビー、ダークグレー。
どれも空良に似合いそうだが……ネイビーが一番良さそうか。

「空良、どれがいいか希望はあるか?」

「僕……寛人さんに選んで欲しいです」

「――っ、そ、そうか。なら、ネイビーにしよう。空良、いいか?」

「はい。嬉しいです」

俺が選んだからと言ってそんなに嬉しそうに笑顔を見せるなんて……きっと空良は俺がネイビーを選んだ理由なんてわかっていなんだろうな。
空良の色白の肌が一番映えるネイビーのスーツを着せて、それを俺の手で脱がしてやりたいと思っていることなんて。



「それではネイビーでご用意いたします。お召しになるのは土曜日でございますか?」

「ああ、そうなんだ。午後からの挙式に参列するんだ。かなり急がせることになるが大丈夫か?」

「もちろんでございます。お任せください。それでは明日の夜には仕上げておきます」

「助かるよ。診察が終わったらすぐに取りに来るから」

「畏まりました」

俺はネクタイやチーフ、ベルトなど小物一式全て選んで、それもまとめて用意してもらうことにした。

「じゃあ、明日。よろしく頼むよ」

そう言って、俺は空良を連れて次の目的地へと急いだ。

次に連れていったのは美容院。

空良にどこで髪を切っているんだと聞いた時、両親がいるときは昔から母親に連れて行かれていた近所の美容院で切っていたらしく、1人になってからは美容院に行く余裕もなく自分でハサミで切っていたらしい。
せっかくの綺麗な髪が勿体無い。

結婚式用のスーツも用意したし、綺麗に髪型を整えるのも必要だろう。

「悠木さま。お待ちしておりました」

「予約していた通り、今日はこの子を頼むよ」

「ではこちらへどうぞ」

空良の手をひき、一緒に個室へと入る。
ここはシャンプーもカットも全てこの部屋で済ませられるし、何より可愛い空良をたくさんの目に晒さずに済むから助かる。

「今日はどう致しましょう?」

「前髪を短くして、全体的に軽い感じで。パーマやカラーはなしでいい。トリートメントは念入りに頼むよ」

「畏まりました」

俺は空良が緊張しないように空良から見える位置に座り髪を切ってもらっている姿を見続けていた。

小一時間ほどでカットとトリートメントを終えた空良の髪は本来の艶が綺麗に現れて、空良自身も驚いているようだった。

「これが、僕……?」

「ふふっ。空良は元がいいから、本当の姿が出てきただけだよ。ほら、前髪を短くしておでこが出ただけでこんなにも可愛いんだから」

「可愛いだなんて……そんなっ」

ああ、俺の言葉に照れる空良、なんて可愛いんだろうな。
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