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空良の家に行こう
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あっという間に退院の日がやってきた。
すでに俺の自宅には空良が住むための部屋を用意している。
あとはここに空良が入るだけだ。
退院手続きをして特別室へと向かうと、空良はすでに俺が空良のために揃えたパソコンなどの勉強道具を片付け終えて、退院の時に着るようにと渡しておいた服に着替えてソファーに腰を下ろして待っていた。
「先生っ! おはようございます」
「ああ、おはよう。準備はできているようだな」
「はい。大丈夫です」
俺は空良の手に握られていた荷物をとり、
「じゃあ行こうか」
と声をかけた。
「あ、荷物は自分で……」
「病み上がりなんだから無理しないでいい」
「でも……」
「じゃあ、こっちを持ってもらおうか」
そう言って俺は空良の小さな手をギュッと握った。
「えっ……あの、」
「空良が繋いでいてくれたら荷物の重さを感じなくなるんだがな、ダメか?」
「い、いえ……あの、嬉しい……です」
「そうか」
俺は空良の言葉に飛び上がりそうなほど嬉しい気持ちを必死に抑えて冷静を装った。
手を握ったまま、部屋を出て病院の裏口へと向かった。
「あら、空良くん」
ニコニコと笑顔で空良に話しかけてきたこの女性は看護師長の米田さん。
俺が空良の手を握っているのを目敏く見つけ、何か言いたげな表情で俺に目を向けた。
「あっ、看護師長さん」
「無事に退院できてよかったわ」
「はい。お世話になりました」
「まだ無理は禁物だからね。それに育ち盛りなんだからご飯もしっかり食べないとダメよ」
「はい。大丈夫です。先生が一緒にいてくれるので……」
「えっ? そうなの? へぇーっ」
おそらく、いや確実に米田さんには俺の気持ちはバレているんだろう。
今まで俺はこんなにも特定の誰かに、しかも患者だった子に執着したことなんてなかったからな。
それが退院の日に仕事も休んで彼を送っているとなればバレないわけがない。
「でも、よかった。先生も仕事に夢中になると不摂生気味なところがあるから、これからは空良くんが注意してあげてね」
「はい。任せてください!」
空良は嬉しそうに米田さんに答えていた。
「じゃあ、米田さん。あとは頼むよ」
「はい。病院の方はご心配なく」
俺はそのまま駐車場へと空良を連れて行こうとしたのだが、
「あ、そうだ。看護師長さんっ!」
と空良が何かを思い出したかのように米田さんに声をかけた。
「どうしたの、空良くん」
「あの、僕の食事を作ってくれた栄養士さんと調理師さんに『とっても美味しかったです、ご馳走様でした』って伝えてください。僕、あんなに美味しくてあったかいご飯食べたの本当に久しぶりで嬉しかったので……」
「空良……」
こんなにいい子がどれだけ寂しい食事をしてきたんだろう。
ひとりぼっちの家で食費を削って……冷たいご飯を食べて……。
考えるだけで目頭が熱くなる。
同じ年頃の子どもを持つ米田さんもすでに涙を潤ませながら、
「わ、わかったわ。ちゃんと伝えておくからね」
それだけ返すのが精一杯のようだった。
「はい。よろしくお願いします」
とお礼を言う空良の手を引き、俺は駐車場へと向かった。
車に乗せると、空良は
「先生の車、座り心地も良くてかっこいいですね」
と褒めてくれたが一点気になることがある。
「空良、もう退院したんだしこれからは一緒に住むんだから家族みたいに名前で呼んでほしいんだが」
「えっ……あ、あの……悠木、さん?」
「うーん、苗字じゃなくて名前がいいな。寛人だよ、言ってごらん」
「ひ、寛人……さん」
「呼び捨てでもいいんだが、まぁいいか。じゃあ、今日からはそれで」
「は、はい」
ふふっ。空良の可愛い顔が真っ赤になっている。
本当に可愛い。
「それじゃあ出発するよ。まず空良の家に行くからナビしてくれる?」
「はい。わかりました」
空良の家には駐車場がないというので、家の近くのコインパーキングに車を止めそこから歩いて向かった。
到着したのは5階建ての『マンション』という名がついてはいたが、どちらかと言えばアパートのような集合住宅だった。
「ここの3階です」
空良はそう案内しながら郵便物がたくさん入ったポストを開けていた。
あれだけ観月がしっかりとやってくれたから奴らからは特に何も言ってきてはいないと思いつつも、空良が取り出す郵便物をチェックした。
ほとんどチラシばかりだな。
特に問題はなさそうか……。
そう思っていると、
「これ……」
と空良が白い封筒に目を留めていた。
「どうした?」
「あの、これ……」
空良が見せてくれた封筒は管理会社からの内容証明郵便だった。
「空良、何か心当たりはあるか?」
「あの、実は……両親が亡くなったって連絡した時にひと月でも家賃が遅れたら退去してもらうって言われてて、それで家賃だけは絶対に払わなきゃと思って払ってたんですけど……あの、僕が倒れちゃった日がちょうど支払日で家賃払いに行けなかったから……それで多分……」
「そうか。わかった。空良、すぐにここを引っ越そう。荷物は私の家に全部運び込めばいい」
「えっ、でも……そんな急に……」
「大丈夫、部屋は空いてるんだ。だからすぐに荷物は入れられる。私に任せてくれ」
そう言って、俺はすぐに引越し業者に連絡を入れ、荷物の運び出しを頼んだ。
幸いにも1時間ほどできてくれるという。
その間に手荷物で運びたいものだけ空良に選んでもらおうか。
「すぐに引越し業者がきてくれるから、部屋に案内してくれ」
空良は突然の出来事に戸惑った様子だったが、とりあえず俺を自分の部屋へと連れて行ってくれた。
すでに俺の自宅には空良が住むための部屋を用意している。
あとはここに空良が入るだけだ。
退院手続きをして特別室へと向かうと、空良はすでに俺が空良のために揃えたパソコンなどの勉強道具を片付け終えて、退院の時に着るようにと渡しておいた服に着替えてソファーに腰を下ろして待っていた。
「先生っ! おはようございます」
「ああ、おはよう。準備はできているようだな」
「はい。大丈夫です」
俺は空良の手に握られていた荷物をとり、
「じゃあ行こうか」
と声をかけた。
「あ、荷物は自分で……」
「病み上がりなんだから無理しないでいい」
「でも……」
「じゃあ、こっちを持ってもらおうか」
そう言って俺は空良の小さな手をギュッと握った。
「えっ……あの、」
「空良が繋いでいてくれたら荷物の重さを感じなくなるんだがな、ダメか?」
「い、いえ……あの、嬉しい……です」
「そうか」
俺は空良の言葉に飛び上がりそうなほど嬉しい気持ちを必死に抑えて冷静を装った。
手を握ったまま、部屋を出て病院の裏口へと向かった。
「あら、空良くん」
ニコニコと笑顔で空良に話しかけてきたこの女性は看護師長の米田さん。
俺が空良の手を握っているのを目敏く見つけ、何か言いたげな表情で俺に目を向けた。
「あっ、看護師長さん」
「無事に退院できてよかったわ」
「はい。お世話になりました」
「まだ無理は禁物だからね。それに育ち盛りなんだからご飯もしっかり食べないとダメよ」
「はい。大丈夫です。先生が一緒にいてくれるので……」
「えっ? そうなの? へぇーっ」
おそらく、いや確実に米田さんには俺の気持ちはバレているんだろう。
今まで俺はこんなにも特定の誰かに、しかも患者だった子に執着したことなんてなかったからな。
それが退院の日に仕事も休んで彼を送っているとなればバレないわけがない。
「でも、よかった。先生も仕事に夢中になると不摂生気味なところがあるから、これからは空良くんが注意してあげてね」
「はい。任せてください!」
空良は嬉しそうに米田さんに答えていた。
「じゃあ、米田さん。あとは頼むよ」
「はい。病院の方はご心配なく」
俺はそのまま駐車場へと空良を連れて行こうとしたのだが、
「あ、そうだ。看護師長さんっ!」
と空良が何かを思い出したかのように米田さんに声をかけた。
「どうしたの、空良くん」
「あの、僕の食事を作ってくれた栄養士さんと調理師さんに『とっても美味しかったです、ご馳走様でした』って伝えてください。僕、あんなに美味しくてあったかいご飯食べたの本当に久しぶりで嬉しかったので……」
「空良……」
こんなにいい子がどれだけ寂しい食事をしてきたんだろう。
ひとりぼっちの家で食費を削って……冷たいご飯を食べて……。
考えるだけで目頭が熱くなる。
同じ年頃の子どもを持つ米田さんもすでに涙を潤ませながら、
「わ、わかったわ。ちゃんと伝えておくからね」
それだけ返すのが精一杯のようだった。
「はい。よろしくお願いします」
とお礼を言う空良の手を引き、俺は駐車場へと向かった。
車に乗せると、空良は
「先生の車、座り心地も良くてかっこいいですね」
と褒めてくれたが一点気になることがある。
「空良、もう退院したんだしこれからは一緒に住むんだから家族みたいに名前で呼んでほしいんだが」
「えっ……あ、あの……悠木、さん?」
「うーん、苗字じゃなくて名前がいいな。寛人だよ、言ってごらん」
「ひ、寛人……さん」
「呼び捨てでもいいんだが、まぁいいか。じゃあ、今日からはそれで」
「は、はい」
ふふっ。空良の可愛い顔が真っ赤になっている。
本当に可愛い。
「それじゃあ出発するよ。まず空良の家に行くからナビしてくれる?」
「はい。わかりました」
空良の家には駐車場がないというので、家の近くのコインパーキングに車を止めそこから歩いて向かった。
到着したのは5階建ての『マンション』という名がついてはいたが、どちらかと言えばアパートのような集合住宅だった。
「ここの3階です」
空良はそう案内しながら郵便物がたくさん入ったポストを開けていた。
あれだけ観月がしっかりとやってくれたから奴らからは特に何も言ってきてはいないと思いつつも、空良が取り出す郵便物をチェックした。
ほとんどチラシばかりだな。
特に問題はなさそうか……。
そう思っていると、
「これ……」
と空良が白い封筒に目を留めていた。
「どうした?」
「あの、これ……」
空良が見せてくれた封筒は管理会社からの内容証明郵便だった。
「空良、何か心当たりはあるか?」
「あの、実は……両親が亡くなったって連絡した時にひと月でも家賃が遅れたら退去してもらうって言われてて、それで家賃だけは絶対に払わなきゃと思って払ってたんですけど……あの、僕が倒れちゃった日がちょうど支払日で家賃払いに行けなかったから……それで多分……」
「そうか。わかった。空良、すぐにここを引っ越そう。荷物は私の家に全部運び込めばいい」
「えっ、でも……そんな急に……」
「大丈夫、部屋は空いてるんだ。だからすぐに荷物は入れられる。私に任せてくれ」
そう言って、俺はすぐに引越し業者に連絡を入れ、荷物の運び出しを頼んだ。
幸いにも1時間ほどできてくれるという。
その間に手荷物で運びたいものだけ空良に選んでもらおうか。
「すぐに引越し業者がきてくれるから、部屋に案内してくれ」
空良は突然の出来事に戸惑った様子だったが、とりあえず俺を自分の部屋へと連れて行ってくれた。
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