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庇護欲をそそられる
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「空良、勉強は進んでるか?」
「えっ? あ、はい。久しぶりなので思い出すのに必死ですけど……あ、あの……」
「どうした?」
「えっ、いや……その、先生が僕の、名前を……」
「ああ、嫌だったか?」
「嫌だなんて、そんなっ――、驚いただけで……」
「そうか。なら、いいな」
「は、はい」
自分の気持ちに気づいて、さりげなく呼び名を変えてみたが、やはり名前で呼ぶと愛情が増す気がする。
俺が名前で呼んだことにすぐに気づいてほんのりと頬を染めて恥ずかしそうにしているのがなんとも可愛い。
嬉しそうに佳都くんの名前を呼び、自分の腕の中にしっかりと抱きしめていた綾城を思い出す。
あの時の佳都くん同様に空良もまた何とも庇護欲をそそられるな。
「それで、今日の勉強の成果はどうかな?」
俺は空良の開きっぱなしになっていたパソコン画面を覗き込んだ。
「結構良くできてるじゃないか。この分なら、認定試験には合格できそうだな」
「本当ですかっ! 嬉しいっ! 僕、頑張ります!!」
「ああ、だけどまだ本調子じゃないから無理はしないように。さぁ、そろそろ夕食が来るから机の上を片付けようか」
空良は『はい』と返事をして、ノートパソコンを大事そうにケースへとしまい、問題集や文房具などと合わせて綺麗に片付けた。
ちょうどいいタイミングで夕食ができたと連絡があり、俺がベッドへと運んでやった。
まだ胃に優しい少し柔らかめの料理が並んでいるが、今日のメインは真鯛のホイル焼きだ。
空良はアルミホイルに包まれた料理を見たことがなかったのか驚いた様子で皿を見つめている。
「悠木先生、これ……」
「ふふっ。開けてごらん」
空良は少し怯えつつもアルミホイルにフォークを差し込んだ。
その瞬間、中から湯気が出てきて一瞬ビクッとしていたが、いい匂いに誘われるようにアルミホイルの中を覗き込んでいた。
「わぁっ! すごい! 美味しそうです!」
「栄養も抜群だからね、ゆっくり味わって食べるんだよ」
「あの、先生は食べないんですか?」
「あ、ああ……そうだな。私もここで食べようかな」
確かに1人で食べるのは味気ないからな。
空良がずっと1人で食事をしていたのなら尚更だ。
それに自分だけが食べているところをずっと見られるのも恥ずかしいかもしれない。
俺はすぐに調理室へと連絡をして、夜食用に頼んでおいた料理を持ってきてもらうことにした。
看護師長を経由して持ってきてもらった料理をベッド横のテーブルに置き、
「じゃあ食べようか」
と声をかけると、空良は嬉しそうに
「はい。いただきます」
と手を合わせて食事に手をつけ始めた。
ああ、いい躾をされてきたんだな、この子は。
「あの、先生は……それだけ、ですか?」
俺のトレイに乗っているおにぎりと具がたっぷり入った味噌汁を見て、申し訳なさそうな顔をしているが元々夜食用に頼んでいたものだからこんなものだ。
「仕事の合間に少し摘んだからこれくらいでいいんだよ。空良はしっかり食べないとダメだぞ」
「わかりました」
俺の話を聞いて安心したようにホイル焼きの真鯛に箸をつける。
「うわぁっ、すごく柔らかくて美味しいっ! 魚なんて何ヶ月ぶりかなぁ」
育ち盛りの子が何ヶ月も魚すら口にしてなかったなんて……そりゃあ栄養失調にもなるよな。
「空良、料理はできる?」
そう尋ねると、空良は頭を横に振りながら、
「両親が生きてた頃は料理どころか、掃除も洗濯も全部やってもらってて……それが急に全部1人でやらないといけなくなって最初の頃はすごく大変でした。バイトを探し歩いてやっと仕事見つけて帰ってきて今度は家も片付けなきゃで……本当、毎日心が折れそうで……こんな大変なこと母さんは毎日やってくれてたんだなって亡くなってからわかるって……僕、馬鹿ですよね」
と寂しそうに話してくれた。
「何言っているんだ、そんなことないよ。今、空良はお母さんへの感謝に気づいたんだろう? それで十分だよ。ご両親が亡くなった時、空良はまだ高校生だったんだ。みんな親の愛情に包まれて苦労も知らずに生きている時期だよ。何も知らなくて当然だ」
「悠木、先生……。ありがとうございます」
「そうだ。今度、空良にいい子を紹介しよう」
「いい子、ですか……?」
「ああ、私の高校の同級生と今度結婚する子なんだけどね、彼も幼い頃に母親を、そして、高校生の時に父親を亡くしてるんだ。母親を早くに亡くして父親との生活が長かったせいか、料理も家事も上手でね、空良が学びたいんだったらいろいろ教えてもらえると思う。それに彼は今、桜城大学に通っているから空良にとってもいい話を聞かせてくれるはずだよ」
佳都くんなら空良に近づけてもなんの心配もないし、何よりいい友達になれそうだ。
「是非会いたいですっ! でも、もう結婚するんですか? 在学中にすごいなぁ」
「そうなんだよ、綾城……その友達だけど、綾城の独占欲がすごくてね、彼を早く自分のものにしておかないと心配なんだそうだよ。2人の結婚式、今度の土曜日なんだけど空良も一緒に行かないか? その時に紹介しよう」
「行きたいです! でも、そんな突然お邪魔するなんていいんですか?」
「ああ、大丈夫。問題ないよ。心配なら今、聞いてみようか?」
この時間なら電話でも大丈夫だと思うが、邪魔したらいけないからメッセージにしておこう。
俺は<結婚式に同伴したい子がいるけど連れて行っていいか?>と簡潔にメッセージを送ると、すぐにスマホの通知音が鳴った。
心配げな表情で見ている空良にメッセージ画面を見せてやると、嬉しそうに満面の笑みを見せた。
<そうだと思ってもう席は作っておいた。同伴楽しみにしてるよ>
綾城からのメッセージは俺以上に簡潔だったが、あの電話でもう俺が空良のことを好きだと気付かれていたようで気恥ずかしい。
俺はそんなにわかりやすかったんだろうか?
「えっ? あ、はい。久しぶりなので思い出すのに必死ですけど……あ、あの……」
「どうした?」
「えっ、いや……その、先生が僕の、名前を……」
「ああ、嫌だったか?」
「嫌だなんて、そんなっ――、驚いただけで……」
「そうか。なら、いいな」
「は、はい」
自分の気持ちに気づいて、さりげなく呼び名を変えてみたが、やはり名前で呼ぶと愛情が増す気がする。
俺が名前で呼んだことにすぐに気づいてほんのりと頬を染めて恥ずかしそうにしているのがなんとも可愛い。
嬉しそうに佳都くんの名前を呼び、自分の腕の中にしっかりと抱きしめていた綾城を思い出す。
あの時の佳都くん同様に空良もまた何とも庇護欲をそそられるな。
「それで、今日の勉強の成果はどうかな?」
俺は空良の開きっぱなしになっていたパソコン画面を覗き込んだ。
「結構良くできてるじゃないか。この分なら、認定試験には合格できそうだな」
「本当ですかっ! 嬉しいっ! 僕、頑張ります!!」
「ああ、だけどまだ本調子じゃないから無理はしないように。さぁ、そろそろ夕食が来るから机の上を片付けようか」
空良は『はい』と返事をして、ノートパソコンを大事そうにケースへとしまい、問題集や文房具などと合わせて綺麗に片付けた。
ちょうどいいタイミングで夕食ができたと連絡があり、俺がベッドへと運んでやった。
まだ胃に優しい少し柔らかめの料理が並んでいるが、今日のメインは真鯛のホイル焼きだ。
空良はアルミホイルに包まれた料理を見たことがなかったのか驚いた様子で皿を見つめている。
「悠木先生、これ……」
「ふふっ。開けてごらん」
空良は少し怯えつつもアルミホイルにフォークを差し込んだ。
その瞬間、中から湯気が出てきて一瞬ビクッとしていたが、いい匂いに誘われるようにアルミホイルの中を覗き込んでいた。
「わぁっ! すごい! 美味しそうです!」
「栄養も抜群だからね、ゆっくり味わって食べるんだよ」
「あの、先生は食べないんですか?」
「あ、ああ……そうだな。私もここで食べようかな」
確かに1人で食べるのは味気ないからな。
空良がずっと1人で食事をしていたのなら尚更だ。
それに自分だけが食べているところをずっと見られるのも恥ずかしいかもしれない。
俺はすぐに調理室へと連絡をして、夜食用に頼んでおいた料理を持ってきてもらうことにした。
看護師長を経由して持ってきてもらった料理をベッド横のテーブルに置き、
「じゃあ食べようか」
と声をかけると、空良は嬉しそうに
「はい。いただきます」
と手を合わせて食事に手をつけ始めた。
ああ、いい躾をされてきたんだな、この子は。
「あの、先生は……それだけ、ですか?」
俺のトレイに乗っているおにぎりと具がたっぷり入った味噌汁を見て、申し訳なさそうな顔をしているが元々夜食用に頼んでいたものだからこんなものだ。
「仕事の合間に少し摘んだからこれくらいでいいんだよ。空良はしっかり食べないとダメだぞ」
「わかりました」
俺の話を聞いて安心したようにホイル焼きの真鯛に箸をつける。
「うわぁっ、すごく柔らかくて美味しいっ! 魚なんて何ヶ月ぶりかなぁ」
育ち盛りの子が何ヶ月も魚すら口にしてなかったなんて……そりゃあ栄養失調にもなるよな。
「空良、料理はできる?」
そう尋ねると、空良は頭を横に振りながら、
「両親が生きてた頃は料理どころか、掃除も洗濯も全部やってもらってて……それが急に全部1人でやらないといけなくなって最初の頃はすごく大変でした。バイトを探し歩いてやっと仕事見つけて帰ってきて今度は家も片付けなきゃで……本当、毎日心が折れそうで……こんな大変なこと母さんは毎日やってくれてたんだなって亡くなってからわかるって……僕、馬鹿ですよね」
と寂しそうに話してくれた。
「何言っているんだ、そんなことないよ。今、空良はお母さんへの感謝に気づいたんだろう? それで十分だよ。ご両親が亡くなった時、空良はまだ高校生だったんだ。みんな親の愛情に包まれて苦労も知らずに生きている時期だよ。何も知らなくて当然だ」
「悠木、先生……。ありがとうございます」
「そうだ。今度、空良にいい子を紹介しよう」
「いい子、ですか……?」
「ああ、私の高校の同級生と今度結婚する子なんだけどね、彼も幼い頃に母親を、そして、高校生の時に父親を亡くしてるんだ。母親を早くに亡くして父親との生活が長かったせいか、料理も家事も上手でね、空良が学びたいんだったらいろいろ教えてもらえると思う。それに彼は今、桜城大学に通っているから空良にとってもいい話を聞かせてくれるはずだよ」
佳都くんなら空良に近づけてもなんの心配もないし、何よりいい友達になれそうだ。
「是非会いたいですっ! でも、もう結婚するんですか? 在学中にすごいなぁ」
「そうなんだよ、綾城……その友達だけど、綾城の独占欲がすごくてね、彼を早く自分のものにしておかないと心配なんだそうだよ。2人の結婚式、今度の土曜日なんだけど空良も一緒に行かないか? その時に紹介しよう」
「行きたいです! でも、そんな突然お邪魔するなんていいんですか?」
「ああ、大丈夫。問題ないよ。心配なら今、聞いてみようか?」
この時間なら電話でも大丈夫だと思うが、邪魔したらいけないからメッセージにしておこう。
俺は<結婚式に同伴したい子がいるけど連れて行っていいか?>と簡潔にメッセージを送ると、すぐにスマホの通知音が鳴った。
心配げな表情で見ている空良にメッセージ画面を見せてやると、嬉しそうに満面の笑みを見せた。
<そうだと思ってもう席は作っておいた。同伴楽しみにしてるよ>
綾城からのメッセージは俺以上に簡潔だったが、あの電話でもう俺が空良のことを好きだと気付かれていたようで気恥ずかしい。
俺はそんなにわかりやすかったんだろうか?
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