イケメンスパダリ医師は天涯孤独な彼を放っておけない

波木真帆

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着ぐるみの彼

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『イメケンスパダリ社長は僕の料理が気に入ったようです』の
番外編(初めての喧嘩~直己さんの実家)からの続きからの話になっています。
そのままでも楽しんでいただけますが、そちらから読んでいただけるとわかりやすいと思います。


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高校時代からの親友、いや悪友の綾城あやしろが来週末に横浜のホテルで結婚式を挙げることになった。
この結婚式を挙げるために紆余曲折があったのだが、今日は綾城の実家に恋人である佳都くんも連れて挨拶に行っているそうだから、あのまま丸くおさまったんだろう。

結婚式とその後の食事会にも招待されているし、俺にとって唯一の友ともいうべき綾城の祝いだからと何か贈り物でも……と思い、休日を使って買いに来たんだがそもそも結婚祝いとは一体何を贈ればいいんだろうか。

定番の食器類なんかは綾城がすでに揃えているだろう。
料理が上手な佳都くんが使うように調理家電をとも思ったが、もうすでに持っているかもしれないし、逆に料理好きなら使わないものが多いという。
そもそも佳都くんが使うものを俺から贈られて、あの狭量な綾城が喜ぶとは思えないんだよな。
一番嬉しい結婚祝いは現金らしいが、それこそあいつには必要ないものだろう。

「うーん、どうするかな」

歩き回って少し疲れた俺はオープンテラスのあるカフェに入った。
9月に入ったとはいえ、まだまだ暑い。
アイスコーヒーをブラックで頼み、店内を見渡したが残念ながら空席はなく、俺は手渡されたアイスコーヒーを持ってテラスに座った。

暑いが日除けはあるし、冷たいアイスコーヒーを飲んでれば少しは休めるだろう。

氷の音がカランと鳴るのを涼しげに感じながら、さて2人への贈り物は何にしようかと考えていると少し離れた場所から

「ウサギカフェ、オープンしました~!」

という声が聞こえた。

ウサギカフェ?
ああ、猫カフェのウサギバージョンということか?

だから、ウサギの着ぐるみでチラシ配りか……。
だが、この暑さであのモコモコ。
中は相当暑いだろう。

どうにもその着ぐるみが気になってアイスコーヒーを飲みながら見ていたのだが、俺が気づいてからでももう15分は経ってる。
この日中の茹だるような気候の中であんなのを着て15分以上……。

よくよくみれば足元が覚束なくなっているように見える。

危ないっ!!

そう思った瞬間には、オープンテラスからそのままその着ぐるみの元へと駆け出していた。

もうすぐ手が届く!
そう思った瞬間、着ぐるみは持っていたチラシをこぼしながらその場に倒れかけ、間一髪のところで俺はその着ぐるみを抱き留めることができた。

急いでウサギの顔を取り

「君っ! 大丈夫か?」

と声をかけたが、返事はなく顔は尋常でないほどに真っ赤になってすでに汗も出ていない。

「まずいな、これは」

俺はその着ぐるみを抱き上げたが、着ぐるみを着ているとは思えないほどの軽さに驚きつつ、すぐに日陰へと運び急いでそれを脱がせた。
中はTシャツと短パンだったのがせめてもの救いだった。
風通しを良くするためにシャツの裾を短パンから引き抜き、

「ちょっと、そこの人! これでそこの自販機で水を4本買って来てくれ!」

通行人の女性に保冷剤がわりのペットボトルの水を買って来てくれと1000円札を渡した。

すぐ近くに自動販売機があって助かった。
女性はすぐに俺にペットボトルを渡してくれて、俺をそれをTシャツ越しに彼の脇や首元に当てた。

「水は飲めそうか?」

話しかけるものの彼の意識は朦朧としていてかなり危ない状況だ。

俺は急いでスマホを取り出し、救急車を要請した。
幸いにも5分ほどで到着するという救急車に場所の説明と自分が医師であることを伝え電話を切った。

とりあえず今出来うる全ての応急処置は行なったが、水が自力で飲めない状況なのがまずい。
彼を抱きながら木陰で身体を冷やしていると、周りに人だかりができていることに気づいた。

「すみません、救急車到着の邪魔になるので少し離れてください」

そう声かけをしていると、そんな人垣を掻き分けるようにこちらに近づいてくる男がいた。
そいつは着ぐるみの彼が落としたチラシに目を向けながら、

「おいっ、バイト! 大事なチラシぶちまけやがって何やってるんだ!」

と大声で怒鳴りながら俺たちの元へと近づいて来た。

こんな状況でチラシの心配か?
ふざけてるな。

「おいっ、こんなとこで寝てんなよ! さっさと仕事に戻れっ!!」

こんな赤い顔をして意識朦朧としている人間に向かって暴言を吐きながら、無理やり起こそうとするその男の無神経さに苛立った。

「動かさないでください! 彼の今の状況が見えてないんですか?」

「はぁっ? 誰だ、お前」

「私は医師です。彼が今大変危険な状態にあるのがあなたには見えませんか?
大体、こんな炎天下にあんな着ぐるみ着せて仕事をさせるなんて、常識で考えたら倒れるのは当然でしょう」

「危険な状態だって? 笑わせんな。たかが着ぐるみでチラシ配るだけのバイトのくせに。
このまま仕事を放り出すなら損害賠償請求するからな。チラシも台無しにしやがって」

「はっ。損害賠償って。もう少し意味を理解してから話した方がいいですよ」

「なんだとっ!!」

男の怒鳴り声の奥から救急車が近づいてくる音が聞こえる。

「そこを退いてください。救急車の邪魔になります」

男はまだ文句を言おうとしていたが、救急車が到着しバタバタと救急隊員が降りて来たのを見て慌てたように去っていった。

まぁいい。
奴のことは後でどうにでもなる。

今はこの着ぐるみの彼を助けることの方が最優先だ。

救急隊員に状況を説明し、俺も一緒に救急車へと乗り込んだ。
彼は何も身分を証明するものを持っていなかったから俺が身元引き受け人になるからといい、すぐに近くの総合病院に搬送された。
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