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志摩くんの提案
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<side一花>
大きな鏡に映る自分が少しずつ変わっていくのを見るのは、なんだか楽しい。
昔はいつもベタベタしたり絡まったりしていて、鏡を見るのが好きじゃなかった。
店で働いていた頃は大きな三角巾で髪を隠していたんだ。
でもここに来て美容師さんが寝たままの僕の髪を洗ってくれて、どんどんサラサラになっていく自分の髪が好きになっていった。
そして、温泉で征哉さんに洗ってもらってからは毎日征哉さんが僕の髪を洗ってくれるようになった。
美容師さんが洗ってくれるのも気持ちよかったけれど征哉さんに洗ってもらったあとは、やっぱり征哉さんがいい。
今日は久しぶりに美容師さんに洗ってもらったけれど、やっぱり違うんだなって改めて思った。
「一花さまの髪はお手入れが行き届いてとても美しいですね」
髪を洗いながら、美容師さんが声をかけてくれる。
「ふふっ。きっと征哉が手入れしているのね。そうでしょう?」
「は、はい。僕は何もしてないです」
「そうなんですね。ではこれからもずっと征哉さまにお願いされるといいですよ。一花さまの美しい髪を全て理解なさっているようですから」
そっか。
ちょっと申し訳ないなぁなんて思っていた気持ちもあったけれど、征哉さんにお願いしていいんだ。
ふふっ。嬉しい。
「あっ、いい匂いがします」
「特別なトリートメントをつけさせていただいたのですよ。一花さまの美しい髪にさらに艶と潤いが出ます」
「一花くん、これは私もいつもつけてもらっているものだから安心よ」
「お母さんの髪、とっても綺麗ですもんね」
「ふふっ。嬉しいわ」
髪を洗い流してもらい、大きなタオルで拭き取ってもらってからドライヤーを当てられる。
短くなった髪がサラサラとしているのが鏡越しによくわかる。
「あら、いいじゃない。よく似合ってるわ」
「征哉さんも気に入ってくれますか?」
「ええ、反応を楽しみにしておきましょう」
なんだかドキドキする。
綺麗に髪が整えられたと同時に扉を叩く音が聞こえて、お母さんが小さく笑う声がした。
「あの子、どれだけセンサーが働いているのかしら。こんないいタイミングで戻ってくるなんて」
「ふふっ。さすがでございます。一花さま、愛されていますね」
美容師さんの言葉に嬉しくなる。
お母さんが入っていいわよと声をかけると、すぐに扉が開いた。
征哉さんはなんて言ってくれるだろうとドキドキして鏡越しに扉を見ていたけれど、入ってきた征哉さんは一直線に僕を見て
「――っ!! 一花っ、よく似合ってる!!」
と笑顔で言ってくれた。
僕の髪がいつもよりサラサラなことに気づいてくれた征哉さんは、さっき美容師さんが使ったトリートメントをいっぱい買ってくれたんだ。
「これからも一花の髪の手入れは私に任せてくれ」
そう言ってくれる征哉さんが僕は大好きなんだ。
<side征哉>
休憩の合間に、昨日髪を切ったばかりの一花の写真を眺めていると、
「会長。顔がニヤけていますよ」
と志摩くんから声をかけられた。
「仕方ないだろう。可愛いんだから」
「ふふっ。お気持ちはわかりますよ。私もできることならずっと尚孝さんを見ていたいですから」
「相変わらず仲が良いようだな」
「はい。それはもちろん」
今まで見たことのないような幸せそうな笑顔を見せてくる。
志摩くんのこんな表情を見られるとはな。
谷垣くんも志摩くんと出会って、幸せになれたのだな。
一花を怪我させた時に憔悴しきっていたあの姿を思い出すと、あの時、感情に任せて行動しなくてよかったと心から思う。
あの時もしも厳罰を願ったとしたら、今の二人の幸せな姿を見ることはなかったかもしれない。
そう考えれば直純くんも同じなのだろう。
あの時磯山先生の申し出を拒否して、彼を施設に入れていたとしたら……今、彼はどうなっていたか。
決して悪い施設ばかりでないが、施設を出なければいけない年齢間近の子がやってきたら事情についてかなり詮索されるだろうし、母親の事件のこともすぐに明るみになって、彼は居た堪れない気持ちで日々を過ごすことになったかもしれないな。
「――いちょう、会長。どうかなさったのですか?」
「ああ、悪い。少し考え事をしていた」
「何か心配事でもおありですか?」
「そうだな、志摩くんに聞いてもらおうか」
そう言って、私は母から聞いたこと、直純くんの今の状態も全て話した。
「なるほど。会長、一つ提案があるのですが……」
「なんだ?」
「直純くんと尚孝さんを一度会わせてみるのはどうでしょうか?」
「えっ? 谷垣くんを彼に?」
「はい。尚孝さんも一花さんには後めたいというか、罪悪感を持っていたでしょう。それはおそらく今もこれからも変わらないはずです。直純くんは自分が直接の相手でなかったとしても自分の母親がしたことに罪悪感を持っています。尚孝さんなら直純くんの今の気持ち理解できると思うんです」
確かに……そうかもしれない。
これは良いきっかけになるかもしれないな。
大きな鏡に映る自分が少しずつ変わっていくのを見るのは、なんだか楽しい。
昔はいつもベタベタしたり絡まったりしていて、鏡を見るのが好きじゃなかった。
店で働いていた頃は大きな三角巾で髪を隠していたんだ。
でもここに来て美容師さんが寝たままの僕の髪を洗ってくれて、どんどんサラサラになっていく自分の髪が好きになっていった。
そして、温泉で征哉さんに洗ってもらってからは毎日征哉さんが僕の髪を洗ってくれるようになった。
美容師さんが洗ってくれるのも気持ちよかったけれど征哉さんに洗ってもらったあとは、やっぱり征哉さんがいい。
今日は久しぶりに美容師さんに洗ってもらったけれど、やっぱり違うんだなって改めて思った。
「一花さまの髪はお手入れが行き届いてとても美しいですね」
髪を洗いながら、美容師さんが声をかけてくれる。
「ふふっ。きっと征哉が手入れしているのね。そうでしょう?」
「は、はい。僕は何もしてないです」
「そうなんですね。ではこれからもずっと征哉さまにお願いされるといいですよ。一花さまの美しい髪を全て理解なさっているようですから」
そっか。
ちょっと申し訳ないなぁなんて思っていた気持ちもあったけれど、征哉さんにお願いしていいんだ。
ふふっ。嬉しい。
「あっ、いい匂いがします」
「特別なトリートメントをつけさせていただいたのですよ。一花さまの美しい髪にさらに艶と潤いが出ます」
「一花くん、これは私もいつもつけてもらっているものだから安心よ」
「お母さんの髪、とっても綺麗ですもんね」
「ふふっ。嬉しいわ」
髪を洗い流してもらい、大きなタオルで拭き取ってもらってからドライヤーを当てられる。
短くなった髪がサラサラとしているのが鏡越しによくわかる。
「あら、いいじゃない。よく似合ってるわ」
「征哉さんも気に入ってくれますか?」
「ええ、反応を楽しみにしておきましょう」
なんだかドキドキする。
綺麗に髪が整えられたと同時に扉を叩く音が聞こえて、お母さんが小さく笑う声がした。
「あの子、どれだけセンサーが働いているのかしら。こんないいタイミングで戻ってくるなんて」
「ふふっ。さすがでございます。一花さま、愛されていますね」
美容師さんの言葉に嬉しくなる。
お母さんが入っていいわよと声をかけると、すぐに扉が開いた。
征哉さんはなんて言ってくれるだろうとドキドキして鏡越しに扉を見ていたけれど、入ってきた征哉さんは一直線に僕を見て
「――っ!! 一花っ、よく似合ってる!!」
と笑顔で言ってくれた。
僕の髪がいつもよりサラサラなことに気づいてくれた征哉さんは、さっき美容師さんが使ったトリートメントをいっぱい買ってくれたんだ。
「これからも一花の髪の手入れは私に任せてくれ」
そう言ってくれる征哉さんが僕は大好きなんだ。
<side征哉>
休憩の合間に、昨日髪を切ったばかりの一花の写真を眺めていると、
「会長。顔がニヤけていますよ」
と志摩くんから声をかけられた。
「仕方ないだろう。可愛いんだから」
「ふふっ。お気持ちはわかりますよ。私もできることならずっと尚孝さんを見ていたいですから」
「相変わらず仲が良いようだな」
「はい。それはもちろん」
今まで見たことのないような幸せそうな笑顔を見せてくる。
志摩くんのこんな表情を見られるとはな。
谷垣くんも志摩くんと出会って、幸せになれたのだな。
一花を怪我させた時に憔悴しきっていたあの姿を思い出すと、あの時、感情に任せて行動しなくてよかったと心から思う。
あの時もしも厳罰を願ったとしたら、今の二人の幸せな姿を見ることはなかったかもしれない。
そう考えれば直純くんも同じなのだろう。
あの時磯山先生の申し出を拒否して、彼を施設に入れていたとしたら……今、彼はどうなっていたか。
決して悪い施設ばかりでないが、施設を出なければいけない年齢間近の子がやってきたら事情についてかなり詮索されるだろうし、母親の事件のこともすぐに明るみになって、彼は居た堪れない気持ちで日々を過ごすことになったかもしれないな。
「――いちょう、会長。どうかなさったのですか?」
「ああ、悪い。少し考え事をしていた」
「何か心配事でもおありですか?」
「そうだな、志摩くんに聞いてもらおうか」
そう言って、私は母から聞いたこと、直純くんの今の状態も全て話した。
「なるほど。会長、一つ提案があるのですが……」
「なんだ?」
「直純くんと尚孝さんを一度会わせてみるのはどうでしょうか?」
「えっ? 谷垣くんを彼に?」
「はい。尚孝さんも一花さんには後めたいというか、罪悪感を持っていたでしょう。それはおそらく今もこれからも変わらないはずです。直純くんは自分が直接の相手でなかったとしても自分の母親がしたことに罪悪感を持っています。尚孝さんなら直純くんの今の気持ち理解できると思うんです」
確かに……そうかもしれない。
これは良いきっかけになるかもしれないな。
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