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無邪気な質問
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「会長、なんだかすごく嬉しそうですね」
朝の仕事を始めたばかりで、会長室にやってきた志摩くんにそんな言葉をかけられてしまった。
いつも通りにしているつもりだったがな。
「そうか?」
「ええ、正確に言えばあの温泉旅行の日からずっと嬉しそうですけど、今日はずっとニヤニヤしているというか、顔に締まりがないですよ」
「すごい言われようだな」
「いえいえ。社員たちも驚いているくらいですから、社内ではピシッとしてくださいよ」
そんなに顔に出ていたかな……と思いながら、手で顔を触っていると、
「ふふっ。会長がここまで変わるなんて、一花さんはすごいですね」
と笑われてしまった。
「一花さんと何か進展でもありましたか?」
「まぁな」
一花との初めてのフレンチキス。
可愛かったなと思うだけで昨日の光景が浮かんでくる。
そっと目を開いた時のあの一花の可愛い顔。
私のキスに翻弄されながらも、恍惚とした表情を見せてくれていた。
あれは私だけの胸に留めておきたい。
たとえ、言葉だけでも誰にも知られたくない。
志摩くんにさえもな。
「それはよかったですね、正直心配していたんですよ」
「心配? どうしてだ?」
「一花さんは色ごとに関しては何もご存知ではないでしょう? ですから、一歩進むのも躊躇われるのではないかと……」
「確かにそれはある。だからこそ、ずっと信頼関係を築いていたんだ」
「ここまで進んでこられたのも、会長が理性を持っておそばにいらっしゃったからというわけですね」
「ああ。もどかしくはあるが、それが嫌ではない。一花を大切にしたい……ただそれだけだからな」
「それを聞いて安心しました」
「そっちはどうなんだ? 谷垣くんとはうまくやっているのか? 同棲を始めたんだろう?」
一花の誘拐事件との繋がりから、谷垣くんがマスコミの標的にならないように先に自分の家に住まわせることになったと話していたが、その後のことを聞く暇がなかった。
「ふふっ。聞きたいですか? それはそれは順調ですよ」
さっき私のことを締まりがない顔と言っていたくせに、今の志摩くんの方がよっぽどだ。
あの温泉の時もイチャイチャとした様子を隠そうともしていなかったし、二人っきりの生活なら誰の目を気にすることもなく幸せな時間を過ごしているのだろう。
そんな惚気を聞くことはないか。
「そうか、ならいい」
「これからの参考までにいろいろ話をしてもよかったのですが、残念ですね」
そう言いつつも、きっと谷垣くんがどんな表情を見せているかは絶対に教えないだろう。
それはわかる。
志摩くんはきっと私以上に狭量で独占欲が強そうだ。
そんな話をしていると、プライベート用のスマホに通知が入った。
「一花さんですか?」
「いや、イリゼの浅香さんだ。今度一花とイリゼホテルでお茶がしたいと誘いを受けていたからその連絡だろう」
「浅香さんとイリゼホテルでお茶ですか? それは一花さんも喜ばれるでしょう」
「ああ、一花はすっかり浅香さんを気に入って毎日写真付きでメッセージを送っているからな」
普通なら嫉妬してしまいそうになるが、浅香さんには蓮見さんという相手がいて、本当にお兄さんのような存在で接してくれているのだから、何も気にすることはない。
「志摩くん、来週の土曜日の予定はどうなっていた?」
「その日は……会食の予定でしたが、先方の都合でその次の週に変更していますので予定はありません」
「そうか、ならその日にしよう」
ちょうどよかったな。
今日帰ったら一花に話をしてやろう。
木曜日にお墓参り。
土曜日に浅香さんとのお茶か。
体調を整えさせておかないといけないな。
<side尚孝>
「よし、ちょっと休憩しよう」
「はーい」
「ふふっ。今日はすごくやる気だったね。何かあった?」
いつも真剣にリハビリをしているけれど、今日はやけに気合十分だったから気になっていた。
「昨日、榎木先生に順調によくなってるって言われて嬉しくて……今度の木曜日には麻友子お母さんのお墓参りにも行けることになって……それで少しでもよくなっているところをお父さんとお母さんにも見てほしいなって思っちゃって……」
「ああ、そういうことか。ふふっ。本当に良くなってるよ。バーを持って立てるようになったしね。これもしっかりと栄養をとってリハビリを頑張ったからだよ」
「はい。僕、もっと頑張ります!」
「でも無理は禁物だからね。リハビリ以外の時間は身体を休ませることも大事だよ」
「わかりました!」
素直な一花くんと話をしていると、こっちまで心が浄化される思いがする。
本当に一花くんは可愛い。
「あっ、そうだ! 尚孝さん」
プロテインや栄養剤の入った飲み物を飲んで一息ついたところで、一花くんが何かを思い出したように声をかけてきた。
「どうしたの?」
「尚孝さんは、毎日志摩さんと深いキス、しているんですか?」
「――っ、な――っ、えっ? ごほっ、ごほっ。えっ、深い、き、キス?」
純粋無垢な一花くんからの突然の言葉に、僕は目を丸くして、聞き返すことしかできなかった。
朝の仕事を始めたばかりで、会長室にやってきた志摩くんにそんな言葉をかけられてしまった。
いつも通りにしているつもりだったがな。
「そうか?」
「ええ、正確に言えばあの温泉旅行の日からずっと嬉しそうですけど、今日はずっとニヤニヤしているというか、顔に締まりがないですよ」
「すごい言われようだな」
「いえいえ。社員たちも驚いているくらいですから、社内ではピシッとしてくださいよ」
そんなに顔に出ていたかな……と思いながら、手で顔を触っていると、
「ふふっ。会長がここまで変わるなんて、一花さんはすごいですね」
と笑われてしまった。
「一花さんと何か進展でもありましたか?」
「まぁな」
一花との初めてのフレンチキス。
可愛かったなと思うだけで昨日の光景が浮かんでくる。
そっと目を開いた時のあの一花の可愛い顔。
私のキスに翻弄されながらも、恍惚とした表情を見せてくれていた。
あれは私だけの胸に留めておきたい。
たとえ、言葉だけでも誰にも知られたくない。
志摩くんにさえもな。
「それはよかったですね、正直心配していたんですよ」
「心配? どうしてだ?」
「一花さんは色ごとに関しては何もご存知ではないでしょう? ですから、一歩進むのも躊躇われるのではないかと……」
「確かにそれはある。だからこそ、ずっと信頼関係を築いていたんだ」
「ここまで進んでこられたのも、会長が理性を持っておそばにいらっしゃったからというわけですね」
「ああ。もどかしくはあるが、それが嫌ではない。一花を大切にしたい……ただそれだけだからな」
「それを聞いて安心しました」
「そっちはどうなんだ? 谷垣くんとはうまくやっているのか? 同棲を始めたんだろう?」
一花の誘拐事件との繋がりから、谷垣くんがマスコミの標的にならないように先に自分の家に住まわせることになったと話していたが、その後のことを聞く暇がなかった。
「ふふっ。聞きたいですか? それはそれは順調ですよ」
さっき私のことを締まりがない顔と言っていたくせに、今の志摩くんの方がよっぽどだ。
あの温泉の時もイチャイチャとした様子を隠そうともしていなかったし、二人っきりの生活なら誰の目を気にすることもなく幸せな時間を過ごしているのだろう。
そんな惚気を聞くことはないか。
「そうか、ならいい」
「これからの参考までにいろいろ話をしてもよかったのですが、残念ですね」
そう言いつつも、きっと谷垣くんがどんな表情を見せているかは絶対に教えないだろう。
それはわかる。
志摩くんはきっと私以上に狭量で独占欲が強そうだ。
そんな話をしていると、プライベート用のスマホに通知が入った。
「一花さんですか?」
「いや、イリゼの浅香さんだ。今度一花とイリゼホテルでお茶がしたいと誘いを受けていたからその連絡だろう」
「浅香さんとイリゼホテルでお茶ですか? それは一花さんも喜ばれるでしょう」
「ああ、一花はすっかり浅香さんを気に入って毎日写真付きでメッセージを送っているからな」
普通なら嫉妬してしまいそうになるが、浅香さんには蓮見さんという相手がいて、本当にお兄さんのような存在で接してくれているのだから、何も気にすることはない。
「志摩くん、来週の土曜日の予定はどうなっていた?」
「その日は……会食の予定でしたが、先方の都合でその次の週に変更していますので予定はありません」
「そうか、ならその日にしよう」
ちょうどよかったな。
今日帰ったら一花に話をしてやろう。
木曜日にお墓参り。
土曜日に浅香さんとのお茶か。
体調を整えさせておかないといけないな。
<side尚孝>
「よし、ちょっと休憩しよう」
「はーい」
「ふふっ。今日はすごくやる気だったね。何かあった?」
いつも真剣にリハビリをしているけれど、今日はやけに気合十分だったから気になっていた。
「昨日、榎木先生に順調によくなってるって言われて嬉しくて……今度の木曜日には麻友子お母さんのお墓参りにも行けることになって……それで少しでもよくなっているところをお父さんとお母さんにも見てほしいなって思っちゃって……」
「ああ、そういうことか。ふふっ。本当に良くなってるよ。バーを持って立てるようになったしね。これもしっかりと栄養をとってリハビリを頑張ったからだよ」
「はい。僕、もっと頑張ります!」
「でも無理は禁物だからね。リハビリ以外の時間は身体を休ませることも大事だよ」
「わかりました!」
素直な一花くんと話をしていると、こっちまで心が浄化される思いがする。
本当に一花くんは可愛い。
「あっ、そうだ! 尚孝さん」
プロテインや栄養剤の入った飲み物を飲んで一息ついたところで、一花くんが何かを思い出したように声をかけてきた。
「どうしたの?」
「尚孝さんは、毎日志摩さんと深いキス、しているんですか?」
「――っ、な――っ、えっ? ごほっ、ごほっ。えっ、深い、き、キス?」
純粋無垢な一花くんからの突然の言葉に、僕は目を丸くして、聞き返すことしかできなかった。
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