上 下
125 / 286

無邪気な質問

しおりを挟む
「会長、なんだかすごく嬉しそうですね」

朝の仕事を始めたばかりで、会長室にやってきた志摩くんにそんな言葉をかけられてしまった。
いつも通りにしているつもりだったがな。

「そうか?」

「ええ、正確に言えばあの温泉旅行の日からずっと嬉しそうですけど、今日はずっとニヤニヤしているというか、顔に締まりがないですよ」

「すごい言われようだな」

「いえいえ。社員たちも驚いているくらいですから、社内ではピシッとしてくださいよ」

そんなに顔に出ていたかな……と思いながら、手で顔を触っていると、

「ふふっ。会長がここまで変わるなんて、一花さんはすごいですね」

と笑われてしまった。

「一花さんと何か進展でもありましたか?」

「まぁな」

一花との初めてのフレンチキス。
可愛かったなと思うだけで昨日の光景が浮かんでくる。

そっと目を開いた時のあの一花の可愛い顔。
私のキスに翻弄されながらも、恍惚とした表情を見せてくれていた。

あれは私だけの胸に留めておきたい。
たとえ、言葉だけでも誰にも知られたくない。
志摩くんにさえもな。

「それはよかったですね、正直心配していたんですよ」

「心配? どうしてだ?」

「一花さんは色ごとに関しては何もご存知ではないでしょう? ですから、一歩進むのも躊躇われるのではないかと……」

「確かにそれはある。だからこそ、ずっと信頼関係を築いていたんだ」

「ここまで進んでこられたのも、会長が理性を持っておそばにいらっしゃったからというわけですね」

「ああ。もどかしくはあるが、それが嫌ではない。一花を大切にしたい……ただそれだけだからな」

「それを聞いて安心しました」

「そっちはどうなんだ? 谷垣くんとはうまくやっているのか? 同棲を始めたんだろう?」

一花の誘拐事件との繋がりから、谷垣くんがマスコミの標的にならないように先に自分の家に住まわせることになったと話していたが、その後のことを聞く暇がなかった。

「ふふっ。聞きたいですか? それはそれは順調ですよ」

さっき私のことを締まりがない顔と言っていたくせに、今の志摩くんの方がよっぽどだ。
あの温泉の時もイチャイチャとした様子を隠そうともしていなかったし、二人っきりの生活なら誰の目を気にすることもなく幸せな時間を過ごしているのだろう。

そんな惚気を聞くことはないか。

「そうか、ならいい」

「これからの参考までにいろいろ話をしてもよかったのですが、残念ですね」

そう言いつつも、きっと谷垣くんがどんな表情を見せているかは絶対に教えないだろう。
それはわかる。
志摩くんはきっと私以上に狭量で独占欲が強そうだ。

そんな話をしていると、プライベート用のスマホに通知が入った。

「一花さんですか?」

「いや、イリゼの浅香さんだ。今度一花とイリゼホテルでお茶がしたいと誘いを受けていたからその連絡だろう」

「浅香さんとイリゼホテルでお茶ですか? それは一花さんも喜ばれるでしょう」

「ああ、一花はすっかり浅香さんを気に入って毎日写真付きでメッセージを送っているからな」

普通なら嫉妬してしまいそうになるが、浅香さんには蓮見さんという相手がいて、本当にお兄さんのような存在で接してくれているのだから、何も気にすることはない。

「志摩くん、来週の土曜日の予定はどうなっていた?」

「その日は……会食の予定でしたが、先方の都合でその次の週に変更していますので予定はありません」

「そうか、ならその日にしよう」

ちょうどよかったな。
今日帰ったら一花に話をしてやろう。

木曜日にお墓参り。
土曜日に浅香さんとのお茶か。

体調を整えさせておかないといけないな。

<side尚孝>

「よし、ちょっと休憩しよう」

「はーい」

「ふふっ。今日はすごくやる気だったね。何かあった?」

いつも真剣にリハビリをしているけれど、今日はやけに気合十分だったから気になっていた。

「昨日、榎木先生に順調によくなってるって言われて嬉しくて……今度の木曜日には麻友子お母さんのお墓参りにも行けることになって……それで少しでもよくなっているところをお父さんとお母さんにも見てほしいなって思っちゃって……」

「ああ、そういうことか。ふふっ。本当に良くなってるよ。バーを持って立てるようになったしね。これもしっかりと栄養をとってリハビリを頑張ったからだよ」

「はい。僕、もっと頑張ります!」

「でも無理は禁物だからね。リハビリ以外の時間は身体を休ませることも大事だよ」

「わかりました!」

素直な一花くんと話をしていると、こっちまで心が浄化される思いがする。
本当に一花くんは可愛い。

「あっ、そうだ! 尚孝さん」

プロテインや栄養剤の入った飲み物を飲んで一息ついたところで、一花くんが何かを思い出したように声をかけてきた。

「どうしたの?」

「尚孝さんは、毎日志摩さんと深いキス、しているんですか?」

「――っ、な――っ、えっ? ごほっ、ごほっ。えっ、深い、き、キス?」

純粋無垢な一花くんからの突然の言葉に、僕は目を丸くして、聞き返すことしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

処理中です...