歩けなくなったお荷物な僕がセレブなイケメン社長に甘々なお世話されています

波木真帆

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一歩前進

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<side直純>

――絢斗さん……じゃあ、僕の話を聞いてもらえますか?

今までずっと誰にもいえなかった。
お母さんとの生活の全て。

父さんとは朝食の時間以外はほとんど顔を合わせることがなく、朝起きた時から夜寝るまで全て母さんの指示通りだったこと。

食事は出されたものを黙々と食べるように躾けられ、食事中の会話は禁止されていたこと。
学校で食べるお弁当も含めて三食ほぼ同じものが出されて、それ以外を食べる機会はほとんどなかったこと。
小、中学校ではアレルギーがあると偽ってお弁当を持参していたこと。
クラスメイトに毎日同じお弁当だと知られるのが恥ずかしくて一人でこっそり食事をとっていたこと。

小学生の間は母親と一緒に風呂に入り、髪も身体も全て洗ってもらっていたこと。
中学生になってから一人で入りたいとお願いして、その代わりに風呂上がりにチェックされるようになったこと。

学校から帰ったら外出は禁止されていて、夕食を食べる前にどれだけ勉強をしていたかチェックされ合格できなければ夕食を食べさせてもらえなかったことなどなど、思いつく限りのことを話してみた。
小学生の時まではそれが普通だと思っていたこと、中学生になって自分の家が普通と違うんじゃないかってことに気づき始めたことも含めて話をしたんだ。

「――だから、ここに来て磯山先生も絢斗さんも何が食べたいかって聞いてくださるんですけど……どんな料理があるかわからなくて……本棚で見つけた料理の本を見て、食べてみたいものを伝えてました……ごめんなさい」

頭を下げて謝ったけれど、絢斗さんからも、そして未知子さんからも反応がない。

呆れられているんだろうか……。
そう思われても仕方がない。

僕は今までずっと母さんの指示通りに生きてきたから、今のこの自由な環境がまだ慣れずにいる。
絢斗さんが話しかけてくれるまで、自分から動くこともできない。
もう14歳なのに、自分という人間がどういうものかもわからずにいる。

「あ、あの……ごめんなさ――」
「謝ることなんてないよ!」

「えっ?」

「ごめんね、言い出しにくかったよね。でも話してくれてとっても嬉しいよ」

「絢斗さん……」

ギュッと抱きしめてくれる温もりが嬉しい。

「直純くん、よく頑張ったね」

「未知子さん……」

「ここでは誰も直純くんに何かを強制することも束縛もしないわ。だから安心して過ごしていいの」

「でも……僕、ずっと指示された通りに生きてきたから、自分から何を選んでどうやって過ごしていいのかわからないんです……」

「じゃあ、一つだけ頑張ってみようか。直純くんがやりたいことを探してみよう」

「僕の、やりたいこと?」

「ええ。それも今までやったことのないことをね」

「今まで、やったことがないこと……」

「そう。リース作りもアロマキャンドル作りもここに来て絢斗くんに教えてもらったでしょう? だから、それはもうだめよ。それ以外のことを探してみようか。たとえば、磯山さんに習って料理もいいわね。英語以外の語学を一から学ぶのも楽しいかも。ああ、うちの子は最近編み物を始めたの。初めての挑戦だけど毎日楽しそうに編んでるわ」

「料理に、語学に、編み物……」

確かに今までの僕の生活にはなかったものばかり。
初めての挑戦か……。
何か一つでもこなせるようになったら、僕も少しは変われるかな……。

「決して完璧にならなきゃいけないっていうことではないの。できなくてもいい。何か新しいことを自分で探して挑戦してみることが大事なのよ」

「できなくても、いい……」

そんなこと言われたの初めてだ。
絶対に完璧じゃなきゃいけないってずっと言われていたから、そうじゃないと存在価値を認めてもらえないと思ってた。

でも、違うんだ……。

「そう。一緒に探してみない?」

「はい。僕、やりたいことを探してみたいです!!」

「ふふっ。よかった。じゃあ、磯山さんにも相談して、選択肢を増やしてみましょうか」

「はい!」

「直純くんの今の笑顔とっても素敵よ。ねぇ、絢斗くん」

「ええ。直純くんが笑えているだけで私は嬉しいよ」

そんな絢斗さんの笑顔が僕はすごく嬉しかった。


<side征哉>

慣れない温泉でのぼせたら大変だ。

また明日の朝に一緒に入るのもいいだろう。

「一花、そろそろ出ようか」

「はい」

私に全てを委ねてくる一花を大切に抱きかかえながら、脱衣所に戻りふわふわとしたまるでうさぎの着ぐるみのようなバスタオルで一花の身体を包んでから、さっと自分の身体をぬぐい着替えを済ませた。

そんな私の姿をじっと見つめてくれている一花の視線を嬉しく思いながら、一花の身体を綺麗に拭った。

「ほら、一花の浴衣はこれだぞ」

「わぁ、本当に征哉さんとお揃いです」

喜んでくれている一花の腰を抱き、さっと浴衣を羽織らせて着付けていく。

「さぁ、できたぞ」

「征哉さん。僕、似合ってますか?」

「ああ、よく似合うよ。一花が着ると同じデザインでも可愛く見えるから不思議だな」

「征哉さんが着るとすっごくかっこいいです」

「ふふっ。ありがとう」

一花を抱きかかえて部屋に戻る。

「風呂上がりにアイスでも食べようか」

「わぁー、いいんですか?」

身体を冷やすからあまり食べさせていないが、甘いものは一花の身体のためにも必要だ。

「ああ、今日は特別だ。温泉の後は水分を摂ったほうがいいからな」

一花を庭が見えるソファーに座らせて、部屋に置かれた冷凍庫を開けると、上にフルーツが乗ったかき氷が入っていた。
ああ、これなら水分補給にもちょうどいい。

スプーンを一つ持って一花の元に戻る。

「一つ食べると多いから、半分こしようか」

「はい」

一花にとっては初めてのかき氷。
きっと喜んでくれるだろう。

練乳が混ざった氷を掬い、口に運んでやると目を丸くして驚いていた。

「これ、すっごく美味しいです!」

よほど気に入ったようだ。
上に乗ったフルーツも口に運んでやると、時間をかけてゆっくりと味わっているのがわかる。
その間に私も甘い練乳入りの氷を食べたが、一花と一緒に食べていると思うだけでとてつもなく美味しく感じられた。

「一花、せっかく浴衣も着ているし写真を撮ろうか」

「わぁーい」

可愛く喜んでくれる一花にピッタリと寄り添い、写真を撮る。

画面に映る一花が今までの一花よりもずっと色っぽく見えたのは、浴衣のせいだけじゃない。
多分それは、私たちの関係が一歩進んだからかもしれないな。
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