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どうしてこんなことに……
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<side迫田美代>
ここが、住所に書かれていた弁護士事務所……。
入り口には大きく磯山弁護士事務所という名前がかけられている。
その代表の名前は手紙の主と全く同じで、あの手紙が本物だったと言わざるを得ない。
いや、手紙の主がここの名前を勝手に使ったってことも考えられる。
でも……自分からそこに乗り込むのは危険すぎる。
突然の手紙にビビって夜も眠れず、思い立って住所を頼りにここまで来てしまったけれど、やっぱり敵地に乗り込むのに自分一人じゃ流石に怖い。
ネットには、内容証明郵便が届いたら、自分も弁護士のところに相談をしにいった方がいいと書かれていた。
でもそうなると過去の悪事を弁護士に話すことになる。
いくら時効が完成していたとしても誘拐という犯罪の手伝いをしてしまった私の心証は悪くなるだろう。
感情に任せて行動してはダメだとも書いてあった。
やはりここはひとまず家に帰って、もう一度じっくり考えよう。
一秒でも早くこの場所から離れたい。
そう思って踵を返そうとしたその時、
「ここになんの用事があるの?」
と聞き慣れた声が聞こえた。
「えっ? な、なんで……ここに?」
まさかと思って振り返った私の目に飛び込んできたのは、息子・直純の姿。
「直純、あんた学校は? どうしたの?」
「昨日から母さんの様子がおかしかったから、学校行ったふりして庭に隠れてた。ここまでずっとついて来たんだ。弁護士事務所って……母さんがここになんの用事があるわけ?」
「な、何もない! 弁護士事務所に用事なんてあるわけないでしょ。早く帰るわよ!」
「離せっ!」
直純の腕をとってこの場から離れようとすると、大きな声をあげながら手を振り払い抵抗されてしまった。
直純が私にこんな口をきくなんて……今までこんなこと一度もなかったのに。
「直純っ!」
「昨日の手紙見て来たんだろ。母さん、何を隠してるんだよ!」
「何も隠してないったら! 母さんの言うことが信じられないの?」
やっぱりあの封筒を見られたんだ!
早くこの場から立ち去らなきゃ!
振り払われた腕をもう一度とって、
「ほら、行くわよ!」
と必死に直純を引っ張っていると
「うちの事務所に何か御用ですか?」
という声が聞こえた。
「ひぃーーっ!」
急に現れた敵の姿に思わず声が漏れる。
「な、なんでもないんです。ただの親子喧嘩ですから気にしないでください。行くわよ、直純!」
声をあげてその場から立ち去ろうとしたところ、
「迫田美代と息子の直純です。磯山先生に会いにきました!」
と直純が大声で叫んでしまった。
「直純、やめなさい!! あっ! 直純っ!!」
慌てて口を塞ごうと腕を離した瞬間、直純はその男の元に駆けて行ってしまった。
思わずその場から逃げようとした途端、
「息子さんを置いてどこに行く気ですか?」
と突然現れた別の男に行く手を阻まれる。
「ちょっと、どいてよ!」
「息子さんを置いていくんですか? 迫田美代さん」
「な、なんで私の名前を……」
「私も弁護士ですから」
「う、うそ……っ」
「さぁ、中でゆっくりと話をしましょうか」
目の前にはこの男。
後ろには息子ともう一人の弁護士の男。
逃れることもできず、私はついていくしかなかった。
中に連れて行かれ、大きな部屋に案内される。
直純まで一緒に部屋の中に入ろうとするのを見て、
「ちょ――っ、息子は同席させないでください!」
と声を張り上げた。
けれど、直純が今までに見たことがないような真剣な顔つきで私を見た。
「なんで僕がいちゃダメなの? 母さん、何もしていないんだよね? それなら僕がいたっていいはずだよね? それとも僕に聞かせられない話なの? そもそも、いつも母さん言ってたよね? 家族に隠し事はなしだって。それなのに、僕に何か隠そうとするわけ?」
「そ、それは……」
自分がずっと言って来たことがこんな時に現れるなんて……。
「磯山先生、僕も家族として話を聞かせてもらいます」
そんな凛とした声に何もいえずに黙ることしかできなくなった。
そうしている間に、直純は弁護士に案内された席についていた。
どうしたらいいか、頭が働かないまま私はフラフラと直純の隣に腰を下ろした。
目の前には弁護士が二人座って、じっと私を見ている。
隣から、直純の強い視線を浴びながら、目の前の二人からも注がれる冷淡な視線が恐ろしくて仕方がない。
「まずは自己紹介をさせていただきますね。私がこの事務所の代表で櫻葉さんの代理人を務めております、磯山と申します。そして、隣は助手の弁護士です」
そう言いながら、磯山という弁護士は私と直純の前に名刺を置いた。
「直純くんと言ったね、君は今回の件は何も知らないんだね?」
「はい。ただ、母が昨日磯山先生からの郵便を見ていて、ずっと様子がおかしかったので気になっています」
「そうか。君にも後でいくつか質問をさせてもらうつもりだが、それまでは話を聞いていてもらえるかな?」
「わかりました」
直純に優しく声をかけると、今度は私に鋭い視線を向けてきた。
「先に連絡をいただけるかと思っていましたが、すぐにこちらに来ていただいて驚きましたよ。迫田さん」
優しさも何もない声に恐ろしさが募る。
「わ、私は、何もしてません。その文句が言いたくてここまで来たんです」
「そうでしたか。ではあの手紙の内容は全て事実ではないと否定されるわけですね?」
「も、もちろんです」
「実行犯である鵜池早紀とも面識はないと仰るのですか?」
「は、はい。そんな人、知りません」
「なるほど……では、これはどう説明するのですか?」
「なっ――!!」
弁護士が出してきたのは、私があの女と新生児室にいる写真だ。
「これは、あなたですね。そして、隣にいるのが櫻葉さんの子どもを誘拐した実行犯の鵜池早紀。彼女の腕に櫻葉さんの子どもがいるでしょう? 腕と足にリストバントが写っているのが見えますね? 拡大した写真はこちら。ちゃんと櫻葉ベビーと書かれているのが見えるでしょう?」
「うそっ!! こんなの、偽造よ!!」
「なぜ、そう思うんですか?」
「だ、だって、新生児室にはカメラはなかった。そんな写真が撮れるわけがないのよ!」
私はあの時の記憶を思い出して、そう叫んだ。
すると、目の前の二人の弁護士はニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
ここが、住所に書かれていた弁護士事務所……。
入り口には大きく磯山弁護士事務所という名前がかけられている。
その代表の名前は手紙の主と全く同じで、あの手紙が本物だったと言わざるを得ない。
いや、手紙の主がここの名前を勝手に使ったってことも考えられる。
でも……自分からそこに乗り込むのは危険すぎる。
突然の手紙にビビって夜も眠れず、思い立って住所を頼りにここまで来てしまったけれど、やっぱり敵地に乗り込むのに自分一人じゃ流石に怖い。
ネットには、内容証明郵便が届いたら、自分も弁護士のところに相談をしにいった方がいいと書かれていた。
でもそうなると過去の悪事を弁護士に話すことになる。
いくら時効が完成していたとしても誘拐という犯罪の手伝いをしてしまった私の心証は悪くなるだろう。
感情に任せて行動してはダメだとも書いてあった。
やはりここはひとまず家に帰って、もう一度じっくり考えよう。
一秒でも早くこの場所から離れたい。
そう思って踵を返そうとしたその時、
「ここになんの用事があるの?」
と聞き慣れた声が聞こえた。
「えっ? な、なんで……ここに?」
まさかと思って振り返った私の目に飛び込んできたのは、息子・直純の姿。
「直純、あんた学校は? どうしたの?」
「昨日から母さんの様子がおかしかったから、学校行ったふりして庭に隠れてた。ここまでずっとついて来たんだ。弁護士事務所って……母さんがここになんの用事があるわけ?」
「な、何もない! 弁護士事務所に用事なんてあるわけないでしょ。早く帰るわよ!」
「離せっ!」
直純の腕をとってこの場から離れようとすると、大きな声をあげながら手を振り払い抵抗されてしまった。
直純が私にこんな口をきくなんて……今までこんなこと一度もなかったのに。
「直純っ!」
「昨日の手紙見て来たんだろ。母さん、何を隠してるんだよ!」
「何も隠してないったら! 母さんの言うことが信じられないの?」
やっぱりあの封筒を見られたんだ!
早くこの場から立ち去らなきゃ!
振り払われた腕をもう一度とって、
「ほら、行くわよ!」
と必死に直純を引っ張っていると
「うちの事務所に何か御用ですか?」
という声が聞こえた。
「ひぃーーっ!」
急に現れた敵の姿に思わず声が漏れる。
「な、なんでもないんです。ただの親子喧嘩ですから気にしないでください。行くわよ、直純!」
声をあげてその場から立ち去ろうとしたところ、
「迫田美代と息子の直純です。磯山先生に会いにきました!」
と直純が大声で叫んでしまった。
「直純、やめなさい!! あっ! 直純っ!!」
慌てて口を塞ごうと腕を離した瞬間、直純はその男の元に駆けて行ってしまった。
思わずその場から逃げようとした途端、
「息子さんを置いてどこに行く気ですか?」
と突然現れた別の男に行く手を阻まれる。
「ちょっと、どいてよ!」
「息子さんを置いていくんですか? 迫田美代さん」
「な、なんで私の名前を……」
「私も弁護士ですから」
「う、うそ……っ」
「さぁ、中でゆっくりと話をしましょうか」
目の前にはこの男。
後ろには息子ともう一人の弁護士の男。
逃れることもできず、私はついていくしかなかった。
中に連れて行かれ、大きな部屋に案内される。
直純まで一緒に部屋の中に入ろうとするのを見て、
「ちょ――っ、息子は同席させないでください!」
と声を張り上げた。
けれど、直純が今までに見たことがないような真剣な顔つきで私を見た。
「なんで僕がいちゃダメなの? 母さん、何もしていないんだよね? それなら僕がいたっていいはずだよね? それとも僕に聞かせられない話なの? そもそも、いつも母さん言ってたよね? 家族に隠し事はなしだって。それなのに、僕に何か隠そうとするわけ?」
「そ、それは……」
自分がずっと言って来たことがこんな時に現れるなんて……。
「磯山先生、僕も家族として話を聞かせてもらいます」
そんな凛とした声に何もいえずに黙ることしかできなくなった。
そうしている間に、直純は弁護士に案内された席についていた。
どうしたらいいか、頭が働かないまま私はフラフラと直純の隣に腰を下ろした。
目の前には弁護士が二人座って、じっと私を見ている。
隣から、直純の強い視線を浴びながら、目の前の二人からも注がれる冷淡な視線が恐ろしくて仕方がない。
「まずは自己紹介をさせていただきますね。私がこの事務所の代表で櫻葉さんの代理人を務めております、磯山と申します。そして、隣は助手の弁護士です」
そう言いながら、磯山という弁護士は私と直純の前に名刺を置いた。
「直純くんと言ったね、君は今回の件は何も知らないんだね?」
「はい。ただ、母が昨日磯山先生からの郵便を見ていて、ずっと様子がおかしかったので気になっています」
「そうか。君にも後でいくつか質問をさせてもらうつもりだが、それまでは話を聞いていてもらえるかな?」
「わかりました」
直純に優しく声をかけると、今度は私に鋭い視線を向けてきた。
「先に連絡をいただけるかと思っていましたが、すぐにこちらに来ていただいて驚きましたよ。迫田さん」
優しさも何もない声に恐ろしさが募る。
「わ、私は、何もしてません。その文句が言いたくてここまで来たんです」
「そうでしたか。ではあの手紙の内容は全て事実ではないと否定されるわけですね?」
「も、もちろんです」
「実行犯である鵜池早紀とも面識はないと仰るのですか?」
「は、はい。そんな人、知りません」
「なるほど……では、これはどう説明するのですか?」
「なっ――!!」
弁護士が出してきたのは、私があの女と新生児室にいる写真だ。
「これは、あなたですね。そして、隣にいるのが櫻葉さんの子どもを誘拐した実行犯の鵜池早紀。彼女の腕に櫻葉さんの子どもがいるでしょう? 腕と足にリストバントが写っているのが見えますね? 拡大した写真はこちら。ちゃんと櫻葉ベビーと書かれているのが見えるでしょう?」
「うそっ!! こんなの、偽造よ!!」
「なぜ、そう思うんですか?」
「だ、だって、新生児室にはカメラはなかった。そんな写真が撮れるわけがないのよ!」
私はあの時の記憶を思い出して、そう叫んだ。
すると、目の前の二人の弁護士はニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
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