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手にした幸せ

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それから二日後、予定通り帝王切開で彼女の子どもが生まれた。

生まれたばかりだというのにぱっちり二重で、担当医もそして、私たち看護師も驚くほどの愛くるしい赤ちゃんだった。

赤ちゃんの健康状態が確認されると、すぐに手首と足首に櫻葉ベビーと書かれたリストバンドがつけられた。
全ての処置を終え、赤ちゃんは新生児室に、そして彼女は病室へと連れられていった。

とりあえずあの女には無事に生まれたことの連絡をしたが、しばしの家族団欒の時間を与えた方が、いなくなったショックも大きいだろうと言い出し、しばらく様子を見ることになった。

そして、忍び込むにあたり気づかれないようにするために看護師の制服を用意するようにと言われ、つい先日辞めたばかりの看護師のロッカーに置き去りにされていた看護師の制服を盗み出し、女に渡した。
その時に成功報酬の5000万を受け取り、もうこれでこの計画から抜け出せないと覚悟した。

いつしか、私は無事に女が盗み出せることができるかどうかが楽しみになっていた。
きっと自分がゲームの主人公でもなったつもりになっていたのかもしれない。

病院に行くたびにいつその機会が巡ってくるかばかりを考えていたが、とうとうその時が来た。

出産から三日が経って父親である櫻葉グループの会長が赤ちゃんを沐浴させる機会があり、私は担当としてその場に立ち会った。
楽しそうに沐浴を終え、父親が用意してきた明らかに高価な産着に着替えさせる。

ああ、この子は生まれながらに勝ち組なのだ。
決して、お金で苦労することもない。
さらに生まれたばかりだというのに可愛らしい顔立ちをして、もうイケメンになることが決まっている。

そう思った時、この子への嫉妬の炎がメラメラと燃え上がった。
こんな子が勝ち組なんて。

――懲らしめて怖い目に遭わせたい。

そう言っていたあの女の言葉は、私はこの子に向いてしまっていた。

沐浴を終えた父親は新生児室に赤ちゃんを預け、術後で体調がまた思わしくない彼女の元に行ってしまった。
同じ頃、偶然にも三人の妊婦さんが一斉に産気付き、病棟内は一気に慌ただしくなった。

今なら騒ぎに乗じて赤ちゃんを運び出せるに違いない。
近くで待機していた女に連絡を入れ、裏口の監視カメラの電源を切り、そこから中に導くと、前もって渡しておいた看護師の服に身を包んだ女が焦る様子もなくスタスタと新生児室に入ってきた。

大きなバスタオルで櫻葉家の赤ちゃんを包み、素早く立ち去っていく。
その間、わずか数分。
私は女を見送り、急いで新生児室から出て慌ただしい病棟内を走り回り、アリバイを作った。
出産と緊急帝王切開が重なって、担当外の看護師も総出で手伝いに当たっていたから、誰も私を気にする人はいなかった。

それから数時間経って、ようやく櫻葉家の赤ちゃんがいなくなったことが明るみになったのだった。

櫻葉グループの会長の子どもがいなくなったことは病院内でかなりの騒ぎになったけれど、体調が思わしくない奥さんにこのことを知らせたくないという父親の言葉で緘口令が敷かれた。
こっそり私服警察も呼ばれ、捜査が始まったけれどあの時の異常な慌ただしさに誰かが忍び込んだような証拠が全て消え去っていて、難航を極めているという話だった。

私は日に日に騒ぎが大きくなっていくことでようやく自分がしでかしたことの重大さに気づき、女に早く赤ちゃんを返すように連絡を入れた。

すると、女は最初は返したくないと言って拒んでいたが、日が経つにつれて、直接彼女に会って子どもを返すから二人になれる機会を作ってほしいと言ってきた。

もう一度女を病院に引き入れることはかなりリスクのあることだったが、もうこんなことを早く終わりにしたい。
その思いで女の要求を受け入れた。

ただ、櫻葉会長がいつも彼女の部屋にいてなかなか一人になる隙がない。
どうしたものかと焦っていると、櫻葉会長が警察で話を聞くために病室を抜けるという電話をしているのを耳にした。

この機会しかない。
その時間を計らって連絡を入れると女は前回のように看護師の服に身を包んで現れた。
しかし、子どもの姿は無く一人で。

約束と違うと訴えたが、女は彼女に会いたいの一点張り。
仕方なく誰にも気づかれないようにこっそり彼女の部屋に連れていったが、彼女はすっかり窶れた様子で声をあげることもできない状態だった。
ようやく生まれた我が子が病気でずっと会えない状況なのだから無理もない。

けれど、女はそんな彼女の姿を見て高笑いをしながら、

「ははっ。無様な姿でいい気味ね。あんたが産んだ子は生まれてすぐに死んだのよ。それをみんなで隠してるけど、あんたはもう二度と子どもには会えないのよ。残念だったわね」

と言い捨て、急いで立ち去っていった。

「い、今の……本当、なの? うそ、よね?」

茫然とその場に立ち尽くしていた私は、彼女に縋るような目で見つめられ、怖くてつい

「お子さんは、亡くなりました……」

と答えてしまった。

すると、彼女はこの細い身体のどこから声が出ているのかと驚くほど大声で叫び、ベッドの上で暴れ回った。
その騒ぎに飛んできた担当医に鎮静剤を打たれ、一時は落ち着いたものの、それからすぐに呼吸困難に陥りそのまま命を落とした。

櫻葉会長は鎮静剤を打たれ落ち着いた頃に戻ってきたけれど、そのまま一度も彼女と会話をすることなく別れることとなった。

――なんで……どう、して……。

憔悴しきった声で彼女の亡骸に縋り付く会長を見て心が痛んだ。
だけど、勝ち組だった奴らに一瞬でも勝てたような気がして高揚した自分もいた。

自宅に戻り、あの女に彼女が亡くなったことを報告した。

「あなたの言葉のせいで彼女は亡くなったわ。実はね、あの時の音声を録音してたの。これ、もって警察に行ったらあなたは捕まるわね。ついでにあなたが赤ちゃんを連れ去ったこともバラしてあげようかしら?」

そういうと流石に女も焦っているようだった。
まさかあのまま死ぬとまでは思っていなかったんだろう。

「やめて! 私を脅す気?」

「ふふっ。あなたを助けてあげてもいいわよ」

「えっ? どういうこと?」

「彼女が亡くなったことは私のせいにしてあげる。私なら罪に問われずに終わらせてみせる」

「ほ、本当に?」

「ええ。その代わり……わかるわよね?」

「くっ――! いくら、ほしいの?」

「ふふっ。理解が早くて助かるわ。5000万追加でいただくわ」

「な――っ、そんなの無理に決まってるでしょ!!」

「じゃあ、警察にこの証拠持っていくわ」

「――っ!! 待って! わ、わかった。わかったから警察はやめて」

「じゃあ、取引成立ね」

それから私は女から5000万を追加でもらい、その代わりに彼女に暴言を吐いたのは自分だと名乗り出た。
攫われたよりはもう亡くなったと言った方が彼女のためになると思ったと、あくまでも彼女のためのことだったといい続けた結果、不起訴処分になり罪には問われなかった。

病院は解雇されたけれど、私には一億のお金がある。
もうあくせく働く必要はない。

東京から少し離れた地方で少し広い家を買い、婚活を始めた。
両親の遺産があるからと話をすれば、男たちは寄ってきた。

その中でもとびきりの金持ちを捕まえて自分も勝ち組になろうと思ったけれど、ある一人の男性と出会い恋に落ちてしまった。

彼は収入は普通だったけれど、私の人生に初めて安らぎを与えてくれる人だった。

家はあるし、まだお金も残っている。
ここで今までの自分を全て捨てて、新しい人生を歩むのもいいかもしれない。

そのまま彼と結婚し、数年後には子どもも生まれた。
最初は可愛い我が子を見るたびに、あの子のことを思い出していたけれど、もう関係ない子だ。
そう自分に言い聞かせるうちに、あの子のことはもう思い出さなくなっていた。

主人に似て勉強が好きらしい、うちの息子は中学でもかなり優秀でママ友からは一目置かれている。

大きな家に優しい主人と優秀な息子。
私の望む幸せを満喫していた私の元に、突然弁護士を名乗る男から手紙が届いたのは、主人から昇進の話を聞いた翌日のことだった。
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