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想いが溢れる
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<sideひかる>
朝から時計の針を何度見ただろう。
約束はお昼の2時。
午前中は部屋でお仕事をするという征哉さんももうすぐ帰ってきてくれる。
僕は隣にいてくれているゾウさんのぬいぐるみを抱きしめながら、今まで感じたことのない緊張に震えていた。
「セイ。今日、お父さんに会えるんだよ。僕を見て、一番最初になんて言ってくれるかな?」
セイというのは、僕がつけたゾウさんの名前。
何にしようかと悩んだけれど、お母さんが一番好きなものの名前をつけるのもあるって教えてくれたんだ。
その時ふっと頭に浮かんだのが征哉さんだったから、セイって名前をつけてみた。
帰ってきた征哉さんに名前がセイに決まったって言ったら、驚いていたけど嬉しそうに笑ってくれたんだよね。
そして、
――セイ。私がいない時はひかるのことを頼んだぞ!
ってセイを抱き上げながら言ってくれた。
そんな征哉さんの姿にお母さんと二人で笑ってしまったんだ。
大きなセイを抱きしめながら、ふぅーと深呼吸をついたところで、征哉さんが部屋に入ってきた。
「ひかる。体調はどうだ? 昼食をあまり食べなかったと母さんが言ってたぞ」
「体調は大丈夫なんですけど、お父さんに会えると思ったら緊張してしまって……」
「そうか。だが、心配はいらないよ。櫻葉会長は優しい方だ。ひかるに会えるのを楽しみにしていたからな」
「でも……生まれてすぐに離れ離れになって、僕をみて子どもだと思えるかどうか……」
「ふふっ。大丈夫だよ。どれだけ離れていても親というものは一生変わらないよ。櫻葉会長にとっては、ひかるがどれだけ大きくなろうと、離れ離れでいようと大切な子どもに変わりはないよ」
「征哉さん……」
「だから心配はいらないよ」
そう言って優しく抱きしめてくれる。
その温もりに僕は安心するんだ。
お父さんに抱っこされたら、やっぱり安心するのかな……。
まだ想像つかないや。
そうして約束の時間がやってきた。
トントントンと扉が叩く音がした瞬間、ビクッと身体が震えた。
「大丈夫か?」
その優しい問いかけに僕は頷きを返した。
「櫻葉さまがお越しになりました」
牧田さんの声に、
「ひかる……」
と征哉さんが促してくれて、僕はもう一度深呼吸をしてから、
「どうぞ」
と扉の外に声をかけた。
カチャリと扉が開き、中に入ってくる音が聞こえる。
でも緊張して振り向けない。
それでもお父さんに会える喜びは表情に表れていたのかもしれない。
大きな影が僕の左隣にかかったと思ったら、その人が突然その場に崩れ落ちた。
「わっ! だ、大丈夫ですか?」
びっくりして手を差し出したけれど、ベッドに座っていた僕の手は全然届かない。
こんな時自分が動けないのがもどかしくてたまらなかった。
「櫻葉会長、お気を確かに」
さっと征哉さんが駆け寄って、その人……お父さんを支える。
「あ、ああ。悪いね。征哉くん。あまりにもあの子の顔が、あの日見たままの姿で驚いてしまったんだ」
「えっ……あの日、見たまま?」
「ああ、そうだ。君と離れ離れになる前、君をお風呂に入れたんだよ。その時に見せてくれた笑顔と同じだ。君は何も変わってない。ずっと私の息子だ」
目に涙を潤ませて床に膝立ちになって、ベッドの上の僕に手を差し出してくれる。
その手に触れると、あたたかい大きな手に包まれた。
その瞬間、僕の中にあった緊張も何もかも吹き飛んで、僕の口から想いが溢れた。
「お、とうさん……あえて、うれしい……」
「――っ!!! いちかっ!!」
大きな身体でギュッと抱きしめられる。
征哉さんとはまた違う優しい温もりと香りに僕はなぜか懐かしさを覚えて、気づけば涙を流していた。
「櫻葉会長、少し落ち着いて話をしましょう。ひかるもまだ万全な体調ではありませんので」
どれくらいお父さんに抱きしめられていたのかわからない。
けれど、征哉さんの言葉でお父さんが僕から離れていった。
僕もお父さんも顔が涙でぐちゃぐちゃだ。
僕はベッドの横に置いていたハンカチをお父さんに差し出した。
「これ、使ってください」
「いや、君から使うといい」
そう言ってお父さんが返そうとしたけれど、
「大丈夫ですよ、会長。ひかるは別にハンカチがありますから」
と言って、征哉さんは自分のポケットからハンカチを取り出して、僕の涙を拭ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ。いつものことだろう」
にっこりと微笑まれて嬉しくなる。
お父さんはそんな僕たちを見ながら、ハンカチで涙を拭っていた。
「あ、あの……」
少し落ち着いてから声をかけると、お父さんは笑顔で僕を見つめてくれた
「どうした? 何か聞きたいことがあるなら、なんでも答えるよ。ずっと話したかったんだ」
「あの……さっき、『いちか』って……聞こえたんですけど……」
「ああ、そうだった。気を悪くしただろうか? あの名前は君につけようと思って、妻とずっと考えていた名前だったんだ」
「お、母さんと……?」
「ああ、君と離れ離れになった日に出生届を出す予定でね。麻友子のお腹にいる時からずっと君のことを『いちか』と呼んできたものだからつい出てしまった」
「いちか、って漢字があるんですか?」
「ああ。うちは苗字が櫻葉だからね、その苗字に縁のある名前をつけようと思って、私たちにとって唯一の花という意味で一つの花、『一花』にしようとしたんだ」
「唯一の、花……」
そうか、これが本当の僕の名前だったんだ……。
朝から時計の針を何度見ただろう。
約束はお昼の2時。
午前中は部屋でお仕事をするという征哉さんももうすぐ帰ってきてくれる。
僕は隣にいてくれているゾウさんのぬいぐるみを抱きしめながら、今まで感じたことのない緊張に震えていた。
「セイ。今日、お父さんに会えるんだよ。僕を見て、一番最初になんて言ってくれるかな?」
セイというのは、僕がつけたゾウさんの名前。
何にしようかと悩んだけれど、お母さんが一番好きなものの名前をつけるのもあるって教えてくれたんだ。
その時ふっと頭に浮かんだのが征哉さんだったから、セイって名前をつけてみた。
帰ってきた征哉さんに名前がセイに決まったって言ったら、驚いていたけど嬉しそうに笑ってくれたんだよね。
そして、
――セイ。私がいない時はひかるのことを頼んだぞ!
ってセイを抱き上げながら言ってくれた。
そんな征哉さんの姿にお母さんと二人で笑ってしまったんだ。
大きなセイを抱きしめながら、ふぅーと深呼吸をついたところで、征哉さんが部屋に入ってきた。
「ひかる。体調はどうだ? 昼食をあまり食べなかったと母さんが言ってたぞ」
「体調は大丈夫なんですけど、お父さんに会えると思ったら緊張してしまって……」
「そうか。だが、心配はいらないよ。櫻葉会長は優しい方だ。ひかるに会えるのを楽しみにしていたからな」
「でも……生まれてすぐに離れ離れになって、僕をみて子どもだと思えるかどうか……」
「ふふっ。大丈夫だよ。どれだけ離れていても親というものは一生変わらないよ。櫻葉会長にとっては、ひかるがどれだけ大きくなろうと、離れ離れでいようと大切な子どもに変わりはないよ」
「征哉さん……」
「だから心配はいらないよ」
そう言って優しく抱きしめてくれる。
その温もりに僕は安心するんだ。
お父さんに抱っこされたら、やっぱり安心するのかな……。
まだ想像つかないや。
そうして約束の時間がやってきた。
トントントンと扉が叩く音がした瞬間、ビクッと身体が震えた。
「大丈夫か?」
その優しい問いかけに僕は頷きを返した。
「櫻葉さまがお越しになりました」
牧田さんの声に、
「ひかる……」
と征哉さんが促してくれて、僕はもう一度深呼吸をしてから、
「どうぞ」
と扉の外に声をかけた。
カチャリと扉が開き、中に入ってくる音が聞こえる。
でも緊張して振り向けない。
それでもお父さんに会える喜びは表情に表れていたのかもしれない。
大きな影が僕の左隣にかかったと思ったら、その人が突然その場に崩れ落ちた。
「わっ! だ、大丈夫ですか?」
びっくりして手を差し出したけれど、ベッドに座っていた僕の手は全然届かない。
こんな時自分が動けないのがもどかしくてたまらなかった。
「櫻葉会長、お気を確かに」
さっと征哉さんが駆け寄って、その人……お父さんを支える。
「あ、ああ。悪いね。征哉くん。あまりにもあの子の顔が、あの日見たままの姿で驚いてしまったんだ」
「えっ……あの日、見たまま?」
「ああ、そうだ。君と離れ離れになる前、君をお風呂に入れたんだよ。その時に見せてくれた笑顔と同じだ。君は何も変わってない。ずっと私の息子だ」
目に涙を潤ませて床に膝立ちになって、ベッドの上の僕に手を差し出してくれる。
その手に触れると、あたたかい大きな手に包まれた。
その瞬間、僕の中にあった緊張も何もかも吹き飛んで、僕の口から想いが溢れた。
「お、とうさん……あえて、うれしい……」
「――っ!!! いちかっ!!」
大きな身体でギュッと抱きしめられる。
征哉さんとはまた違う優しい温もりと香りに僕はなぜか懐かしさを覚えて、気づけば涙を流していた。
「櫻葉会長、少し落ち着いて話をしましょう。ひかるもまだ万全な体調ではありませんので」
どれくらいお父さんに抱きしめられていたのかわからない。
けれど、征哉さんの言葉でお父さんが僕から離れていった。
僕もお父さんも顔が涙でぐちゃぐちゃだ。
僕はベッドの横に置いていたハンカチをお父さんに差し出した。
「これ、使ってください」
「いや、君から使うといい」
そう言ってお父さんが返そうとしたけれど、
「大丈夫ですよ、会長。ひかるは別にハンカチがありますから」
と言って、征哉さんは自分のポケットからハンカチを取り出して、僕の涙を拭ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ。いつものことだろう」
にっこりと微笑まれて嬉しくなる。
お父さんはそんな僕たちを見ながら、ハンカチで涙を拭っていた。
「あ、あの……」
少し落ち着いてから声をかけると、お父さんは笑顔で僕を見つめてくれた
「どうした? 何か聞きたいことがあるなら、なんでも答えるよ。ずっと話したかったんだ」
「あの……さっき、『いちか』って……聞こえたんですけど……」
「ああ、そうだった。気を悪くしただろうか? あの名前は君につけようと思って、妻とずっと考えていた名前だったんだ」
「お、母さんと……?」
「ああ、君と離れ離れになった日に出生届を出す予定でね。麻友子のお腹にいる時からずっと君のことを『いちか』と呼んできたものだからつい出てしまった」
「いちか、って漢字があるんですか?」
「ああ。うちは苗字が櫻葉だからね、その苗字に縁のある名前をつけようと思って、私たちにとって唯一の花という意味で一つの花、『一花』にしようとしたんだ」
「唯一の、花……」
そうか、これが本当の僕の名前だったんだ……。
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