歩けなくなったお荷物な僕がセレブなイケメン社長に甘々なお世話されています

波木真帆

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優しい彼

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<side谷垣尚孝>

「上田先生……」

「大丈夫ですよ。谷垣さんは誠心誠意謝罪の気持ちを伝えればいいんです」

「はい」

「ただ、くれぐれもひかるさんを驚かせたり、怖がらせたりすることがないように気をつけてください。貴船さんからもその点は注意するようにと言われていますからね」

「わかりました」

そう返事はしたものの、どうやって謝罪の気持ちを伝えたらいいか悩んでいた。

あの時、トラックの下で倒れていた彼は血だらけのズボンで血の気の引いた顔をしていた。
そのあまりにも衝撃的な姿に動けずにいた私。
救急車を呼んでと言われて慌てて電話をかけたものの、ボタンを押す手も、声も震えて説明も満足にできなかった。
彼が救急車に乗せられるのをただ見送ることしかできず、私はそのまま警察署に連れて行かれた。

正直、それから何を話したのかもよく覚えていない。

頭の中を占めていたのは、あの彼が助かってくれという願いだけ。

死んでしまったら、私の罪が重くなるとかそんなことを考えたわけじゃない。
ただ、彼に生きていてほしい。
その一心だった。

手術が成功し、なんとか一命は取り留めたと聞いて身体中の力が抜けた。

けれど、一生歩けないかもしれない……そう教えられて、目の前が真っ暗になった。

まだ未成年だろう彼の将来を、私が奪ったことの罪悪感は言葉にしようがない。

決して許されないことをしてしまった。
もし、私が彼の立場だったら……自分の足を奪った相手を決して許せはしないだろう。

どうしたら償えるのかもわからない。
謝罪したいと訴えても、私に会ってくれるかどうか……。
せめて謝罪の手紙でもと思ったが、自分なら読みたいと思わない。
けれど、何もしないのは良心の呵責に耐えきれない。

どうすればいいかと途方に暮れていた私の元に飛び込んできたのは、驚くべき内容だった。

彼の専属理学療法士になって欲しい。

上田先生からその話を最初聞いた時は聞き間違いかと思った。

だが、彼の保護者である貴船さんがそう望んでいるのだと言われてさらに驚いた。
貴船さんが私の経歴を調べた上で、彼を轢いた加害者である私に、被害者である彼の専属にと指名してくれたのだ。

父の後を継ぐために会社に入るまでは、理学療法士として自分の仕事に誇りを持っていたし、それが天職だと思っていた。
兄が亡くなり、長く悩んだ末に自分の仕事を辞める決意をしたのだが、後悔しない日はなかった。

けれどこんな事故を起こし、治すべき立場の私が反対に歩けない人を作ってしまったのだ。
もう二度とあの仕事には戻ることはない、いや戻れないと思った。

それなのに、貴船さんは全てを理解した上で私を指名してくれた。
もし、彼が私のリハビリを望んでくれるならば、自分の持てる知識を全て出して彼がもう一度自分の力で歩けるように力を尽くそう。

それが私のできる償いだ。

そう思ってきたものの、彼自身はまだ私が専属の理学療法士となることを知らないそうだ。

会うことは許されたものの、そこまでを許してくれるかどうか……。

それでも私は誠心誠意謝罪をするしかないんだ。
土下座して赦しを乞うこともできないけれど、なんとかして私の謝罪の気持ちを伝えたい。
許されなくても仕方がない。
それだけのことをしてしまったのだから。

上田先生と一緒に部屋に案内され、扉を叩くと

「どうぞ」

と声が聞こえる。

「落ち着いてくださいね」

扉の前でもう一度、上田先生に声をかけられて頷いた。

落ち着くなんてできないが、決して驚かせないようにだけはしなければ。

中に入ると、大きなベッドの中央に儚げな顔立ちの華奢な男の子とすぐ隣に貴船会長の姿が見えた。
眼光鋭い貴船会長の眼差しに身体が震える。
と同時にあの時見た彼よりずっと顔色の良い姿に、ほんの少しホッとする私もいた。

「お時間を頂戴しまして大変恐縮にございます。私は弁護士の上田と申します。本日は対面でのお話をお受けいただきありがとうございます。さぁ、谷垣さん」

上田先生に促され、少し前に足を進める。

彼が少し怯えたように貴船会長に寄り添っているように見えて、申し訳なさが募る。
会いたくなかっただろうに……本当に申し訳ない。

「こ、この度は私の不注意で取り返しのつかない大怪我をさせてしまいましたことを心からお詫びいたします。本当に申し訳ありません」

思いの分だけ声が大きくなってしまいそうなのを必死に抑えて、頭をさげると

「あ、あの……頭を、あげてください……」

と優しい声が耳に入ってきた。

その声に驚きながらも、怯えさせないようにゆっくりと頭を上げると彼が私ににこやかな微笑む。

「――っ!!」

そんな笑顔を私は見られる立場ではないのに……。

「あの、僕……怪我はしましたけど、今すごく幸せなので……だから、もう謝らなくていいです……」

「えっ……ですが、」

「本当にいいんです。僕のために頭は下げなくていいです……僕、感謝してるんです。あなたがすぐに救急車を呼んでくれたから、僕こうしてここにいられるんですよ。生まれて初めて、生きててよかったって……本当に思ってるんです」

「――っ、うっ、くっ……」

彼の屈託のない笑顔に涙が溢れる。
彼を困らせたくなくて必死に抑えようとするけれど溢れて止まらない。

上田先生がそっと差し出してくれたハンカチを借りて、目にグッと押し当てる。
そんな私の隣で、上田先生は肩をポンポンと叩いてくれた。
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