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私だけの笑顔を
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谷垣が部屋を出て行ってすぐに私は磯山先生に電話をかけた。
ー先生。今、お時間よろしいですか?
ーああ。構わないよ。
ー先日は例の件、ありがとうございました。
ーいや、何大したことはしていないよ。それで彼の様子はどうだ?
ーはい。我が家に移してから、食欲も出てきましたし笑顔が増えました。
ーそうか、それならよかった。
ーそれで、これからのことなんですが、ひかるを轢いた加害者と示談交渉に入りたいのです。一応、私がひかるの弁護人となりますが、先生もお立ちあいいただけますか?
ーああ。そうなると思っていたよ。そのつもりで準備していたから問題ない。
ーそうなんですか?
ーちはや運送の顧問弁護士は私の後輩だからね。
ーああ、そうなんですね。
ーそれで加害者の彼との交渉内容は?
ーはい。示談金は通常の半額にする代わりに、彼にひかるの専属理学療法士になってもらうことを条件に入れたいと思います。
ーなるほど。それなら話もスムーズに進むだろうな。わかった。その条件で話を進めよう。彼の場合は横断歩道に進入時、速度も出ていないことが証明されているし悪質性は低い。我々との示談が成立すればすぐにでも釈放されるだろう。じゃあ、すぐに示談交渉に入ろう。私の事務所に来てくれ。
ーわかりました。すぐにお伺いいたします。
それからすぐに磯山先生の事務所で取り決めをして、私と磯山先生、そして相手の顧問弁護士を交えて話をし、示談交渉は成立した。
示談金は300万。
これはひかるのような重傷を負った場合の示談金にしては破格の金額だろう。
その代わりに、彼にはひかるの専属理学療法士として頑張ってもらうとしよう。
示談が成立したことで、尚孝はすぐに釈放されるだろう。
そして、おそらくこのまま起訴猶予処分となるはずだ。
そのためにいろいろなところに手を回したのだからな。
すぐにちはや運送の顧問弁護士から尚孝が釈放されたことの連絡が来た。
ーあの、貴船先生。彼が直接被害者の方に謝罪に行きたいと申しておりますが、お許しいただけるでしょうか?
ーそうだな。本人に会いたいか確認してからでも構わないか?
ーもちろんです。それではご連絡をお待ちしております。
ひかるのためにあの条件を出したが、まだ事故のショックも残っているかもしれない。
彼・尚孝くんに会わせるかどうかは話をした時の様子を見てからにしよう。
「ただいま、ひかる」
「あ、おかえりなさい。征哉さん」
「ふふっ。ひかるの周りが折り紙だらけだな。ひかるも折り紙をしていたのか?」
「はい。お母さんが教えてくれたんです!! 僕、今日だけでいっぱい作れるようになったんですよ」
嬉しそうに折り紙で作った花や動物を見せてくれる。
ああ、こんなに可愛らしい笑顔を見せてくれるのだな。
「征哉さんはお仕事大変でしたか?」
「ああ、まぁ楽ではないが、仕事を終えてひかるに会えると思ったら頑張れたよ」
「そんな……っ、でも嬉しいです」
ああ、本当に可愛い。
仕事を終えて、こうして迎えれたら疲れなど感じないな。
「征哉。ひかるくんがお腹を空かせているわよ。早く着替えていらっしゃい」
「あ、ああ。わかった。ひかる、すぐに着替えてくるからな」
「ふふっ。はーい」
母とひかるに見送られながら、自室に向かう。
本当にあっという間に本当の家族のようになってきた。
だが……ひかるは私のことを少しは意識してくれているのだろうか?
そばにいられればそれでいいと思っているが、ひかるの笑顔を自分だけのものにしたいという気持ちも消えない。
私がこんなにも狭量だとは思いもしなかったな。
夕食を食べ終え、最後のデザートを食べさせる。
シェフが今夜のデザートは桃のムースだと言っていたな。
「ひかる、桃は美味しいか?」
「はい! 桃ってこんなに甘くて美味しいものなんですね」
やはりというか、当然とでもいうのか、桃を食べるのも初めてなのだな。
明日は何かひかるの食べられそうなものでも買ってくるとしよう。
そうしたら、私だけにこの笑顔を向けてくれるだろうか。
食事を終え、身体を蒸しタオルで拭いてオムツを替える。
最初は恥ずかしそうにしていたが、蒸しタオルを当ててやると、気持ちよさそうな表情を見せてくれた。
「どうだ? 熱くないか?」
「はい。すごく気持ちがいいです。あったかいタオルで拭うとこんなに気持ちがいいんですね」
「あまり風呂には入らせてもらっていなかったのか?」
「いえ、飲食業だからお風呂には入れと言われていたので、仕事が終わって後片付けしてからシャワーを浴びてました。でも冷たいから、すぐに出てきちゃって……僕、お風呂苦手だったんです」
「冷たいって……水で入っていたのか?」
「えっ? はい。お風呂ってそういうものですよね?」
「――っ、じゃあ施設でも?」
「はい。もちろんです。でもお風呂はいると寒くて風邪ひいちゃうんで、施設でもお風呂は苦手でした」
なんてことだ……。
湯に浸かることも知らないなんて……。
有原くんの調査によれば、ひかるは小学校も中学校も半分以上休んだことになっていた。
きっと休まされて仕事をさせられていたんだろう。
だから、ひかるは日常生活で知らなければいけないことをほとんど知らない。
あの店で三年もいたのは、逃げ出す術を知らなかったんだ。
きっとそれも計算のうちだったのだろうな。
ああ、早く怪我が治ってお風呂に入らせてやりたい。
蒸しタオルだけでこんなに喜んでくれるんだ。
きっと私だけのとびっきりの笑顔を見せてくれるだろうな。
ー先生。今、お時間よろしいですか?
ーああ。構わないよ。
ー先日は例の件、ありがとうございました。
ーいや、何大したことはしていないよ。それで彼の様子はどうだ?
ーはい。我が家に移してから、食欲も出てきましたし笑顔が増えました。
ーそうか、それならよかった。
ーそれで、これからのことなんですが、ひかるを轢いた加害者と示談交渉に入りたいのです。一応、私がひかるの弁護人となりますが、先生もお立ちあいいただけますか?
ーああ。そうなると思っていたよ。そのつもりで準備していたから問題ない。
ーそうなんですか?
ーちはや運送の顧問弁護士は私の後輩だからね。
ーああ、そうなんですね。
ーそれで加害者の彼との交渉内容は?
ーはい。示談金は通常の半額にする代わりに、彼にひかるの専属理学療法士になってもらうことを条件に入れたいと思います。
ーなるほど。それなら話もスムーズに進むだろうな。わかった。その条件で話を進めよう。彼の場合は横断歩道に進入時、速度も出ていないことが証明されているし悪質性は低い。我々との示談が成立すればすぐにでも釈放されるだろう。じゃあ、すぐに示談交渉に入ろう。私の事務所に来てくれ。
ーわかりました。すぐにお伺いいたします。
それからすぐに磯山先生の事務所で取り決めをして、私と磯山先生、そして相手の顧問弁護士を交えて話をし、示談交渉は成立した。
示談金は300万。
これはひかるのような重傷を負った場合の示談金にしては破格の金額だろう。
その代わりに、彼にはひかるの専属理学療法士として頑張ってもらうとしよう。
示談が成立したことで、尚孝はすぐに釈放されるだろう。
そして、おそらくこのまま起訴猶予処分となるはずだ。
そのためにいろいろなところに手を回したのだからな。
すぐにちはや運送の顧問弁護士から尚孝が釈放されたことの連絡が来た。
ーあの、貴船先生。彼が直接被害者の方に謝罪に行きたいと申しておりますが、お許しいただけるでしょうか?
ーそうだな。本人に会いたいか確認してからでも構わないか?
ーもちろんです。それではご連絡をお待ちしております。
ひかるのためにあの条件を出したが、まだ事故のショックも残っているかもしれない。
彼・尚孝くんに会わせるかどうかは話をした時の様子を見てからにしよう。
「ただいま、ひかる」
「あ、おかえりなさい。征哉さん」
「ふふっ。ひかるの周りが折り紙だらけだな。ひかるも折り紙をしていたのか?」
「はい。お母さんが教えてくれたんです!! 僕、今日だけでいっぱい作れるようになったんですよ」
嬉しそうに折り紙で作った花や動物を見せてくれる。
ああ、こんなに可愛らしい笑顔を見せてくれるのだな。
「征哉さんはお仕事大変でしたか?」
「ああ、まぁ楽ではないが、仕事を終えてひかるに会えると思ったら頑張れたよ」
「そんな……っ、でも嬉しいです」
ああ、本当に可愛い。
仕事を終えて、こうして迎えれたら疲れなど感じないな。
「征哉。ひかるくんがお腹を空かせているわよ。早く着替えていらっしゃい」
「あ、ああ。わかった。ひかる、すぐに着替えてくるからな」
「ふふっ。はーい」
母とひかるに見送られながら、自室に向かう。
本当にあっという間に本当の家族のようになってきた。
だが……ひかるは私のことを少しは意識してくれているのだろうか?
そばにいられればそれでいいと思っているが、ひかるの笑顔を自分だけのものにしたいという気持ちも消えない。
私がこんなにも狭量だとは思いもしなかったな。
夕食を食べ終え、最後のデザートを食べさせる。
シェフが今夜のデザートは桃のムースだと言っていたな。
「ひかる、桃は美味しいか?」
「はい! 桃ってこんなに甘くて美味しいものなんですね」
やはりというか、当然とでもいうのか、桃を食べるのも初めてなのだな。
明日は何かひかるの食べられそうなものでも買ってくるとしよう。
そうしたら、私だけにこの笑顔を向けてくれるだろうか。
食事を終え、身体を蒸しタオルで拭いてオムツを替える。
最初は恥ずかしそうにしていたが、蒸しタオルを当ててやると、気持ちよさそうな表情を見せてくれた。
「どうだ? 熱くないか?」
「はい。すごく気持ちがいいです。あったかいタオルで拭うとこんなに気持ちがいいんですね」
「あまり風呂には入らせてもらっていなかったのか?」
「いえ、飲食業だからお風呂には入れと言われていたので、仕事が終わって後片付けしてからシャワーを浴びてました。でも冷たいから、すぐに出てきちゃって……僕、お風呂苦手だったんです」
「冷たいって……水で入っていたのか?」
「えっ? はい。お風呂ってそういうものですよね?」
「――っ、じゃあ施設でも?」
「はい。もちろんです。でもお風呂はいると寒くて風邪ひいちゃうんで、施設でもお風呂は苦手でした」
なんてことだ……。
湯に浸かることも知らないなんて……。
有原くんの調査によれば、ひかるは小学校も中学校も半分以上休んだことになっていた。
きっと休まされて仕事をさせられていたんだろう。
だから、ひかるは日常生活で知らなければいけないことをほとんど知らない。
あの店で三年もいたのは、逃げ出す術を知らなかったんだ。
きっとそれも計算のうちだったのだろうな。
ああ、早く怪我が治ってお風呂に入らせてやりたい。
蒸しタオルだけでこんなに喜んでくれるんだ。
きっと私だけのとびっきりの笑顔を見せてくれるだろうな。
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