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思い出
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<sideひかる>
僕が寝ているベッド以外にも大きなソファーやテレビが置かれているこの部屋は、豪華すぎてなんだか怖いくらい。
だって、施設にいたときは個室なんてもちろんなかったし、小さな子たちの面倒を見るためにずっと一緒だったから。
お義父さんたち……ああ、僕、養子じゃなかったんだっけ……あの家でも部屋なんて与えてもらえるどころか、ずっとお店で過ごしていたから、自分の部屋を持ったことがなかった。
そんな僕が急にこんなに大きくて豪華な部屋に寝かされて不安にならないわけがない。
全然動くこともできないから、どこにいても一緒なんだろうけど、ここから見える景色がすごすぎて落ち着かないんだ。
征哉さんのお家に移ると言われた時はびっくりしたけれど、ここよりは落ち着けそう。
征哉さんのお家ってどんなお家なのかな。
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。
「征哉だよ。入ってもいいかな?」
「は、はい。どうぞ」
僕の返事を聞いて入ってきた征哉さんは何か白い入れ物を持ってきている。
なんだろう、これ。
「あれから起きていたのかな?」
「は、はい。なんだか緊張しちゃって……」
「そうか。だが、緊張することはないよ。ここよりは落ち着けるはずだ。母もいるしね」
「はい。ありがとうございます」
そうだ。貴船さんとまた会えるんだ。
「今から、ひかるをうちに連れて行くんだが、移動の際にベッドが動く振動で痛みを感じることがあるかもしれない。そんな痛みを軽減するために、少し眠っていてもらおう」
「眠る?」
「ああ、なんの心配もいらないよ。注射して眠っている間に移動するから、起きたらもう我が家についているよ」
確かに少し身体を動かそうとするだけで全身に痛みが走る。
それを感じずに眠っていればいいだけならそっちの方がいいかも。
「わかりました。お願いします」
そういうと、征哉さんは持ってきた白い入れ物の袋を開け、中から注射器を取り出した。
「痛くないからね。大丈夫、注射には自信があるんだ」
パチンと片目を瞑りながら、笑顔でそう言ってくれてなんだかドキドキしてしまった。
征哉さんが僕の腕を取って注射をしてくれる、その真剣な眼差しが格好良くて見惚れている間に注射は終わっていた。
「痛くなかっただろう?」
「は、はい。征哉さん、とってもすごいお医者さんなんですね」
「ははっ。注射だけでそんなに褒めてもらえると嬉しいよ。さぁ、もうすぐ薬が効いてくるから、目を瞑っていようか。と言っても心配だろうから、寝られるように話をしよう。なんの話が聞きたい?」
「あの、じゃあ征哉さんの子どもの頃の思い出が聞いてみたいです」
「私の子どもの頃の話?」
「はい。僕……ずっと憧れてたんです。お父さんやお母さんがいたらどんな生活をしていたのかなって。家族でお出かけしたり、ご飯を食べたり……どんなことをして過ごすのか自分じゃわからないから想像もつかなくて……」
「――っ、そうか。わかった。じゃあ、話をしようか。母はあまり身体が強くなくてね、父と結婚してからなかなか子どもを授からなかったんだ。もう子どもを諦めようとしていた時に、私が生まれてね。だから、父も母も私を可愛がってくれたよ。父は仕事で忙しい人だったが、休みの日にはよく、車でドライブに連れていってくれたな。動物が好きな母のために動物園にはよく行っていた気がする」
「わぁ……動物園。僕も一度だけでいいから行ってみたいです。可愛いうさぎさんとかみてみたいな。あっ、ゾウさんって本当にあんなに鼻が長いんですか?」
「ああ、ひかるよりもずっと大きいし、鼻も長いよ。ひかるが元気になったら、母も連れて一緒に動物園に行こう」
「うれ、しぃ…………」
征哉さんの楽しい話を聞いているうちにどんどん眠くなっていく。
もっと話を聞いていたいのに……。
もったいないと思いつつも、眠気に抗うこともできずに僕は夢の世界に旅立っていた。
<side征哉>
もしかしたら、奴がこのタイミングで乗り込んでくるかもしれない。
そんな可能性が0でない以上、細心の注意を払う必要がある。
ひかるには悪いが、静かに眠っていてもらった方が安全だろう。
もちろん、痛みを感じさせないという利点もある。
そう思い、睡眠薬と痛み止めを混ぜたものを注射したが、普段薬の類を摂取したことがない上に、弱りきっている身体には通常よりも早く効き目が出そうだ。
しっかりと眠りにつくまでそばにいるために何か話をしようと持ちかけたが、まさか私の話が聞きたいと言われるとは思わなかった。
だが、ひかるは相当家族というものに憧れを持っているようだ。
生まれたばかりで実両親に捨てられ、施設で虐げられながら生活し、そしてようやく引き取られた先があんな奴がいるところなら、憧れを抱いても不思議はない。
私の家族は一般的にみても幸せな家族だったろう。
父は貴船コンツェルンの総帥として忙しく過ごしながらも、私と母を大切にしてくれていたし、母も遅くに生まれた私のことを厳しいながらも愛情深く育ててくれた。
この家族にひかるがいたらどれほどの幸せを与えてあげられただろう。
母も父も私以外に子どもを望めなかったが、望めるならひかるのように可愛らしい子を欲しかったはずだ。
母は私がひかるを引き取ると言って驚きはしていたが、反対することはなかった。
命の恩人ということを抜きにしても、素直で可愛らしいひかるのことが気に入ったのだろう。
きっと私たちは家族として仲良くできる。
これから家にひかるがいると思うだけで浮かれてしまっている自分がいた。
薬が効いて、ひかるがぐっすりと眠ったことを確認して私は急いでひかるを移動させた。
目立たないように病院の地下駐車場に車を運び入れ、ひかるをベッドごと載せる。
そうして車で我が家に運び込んだ。
今のベッドから我が家のベッドに移すときが一番の難所だったが、なんとかそれもクリアしてようやくひかるを我が家のベッドに寝かせることができた。
「母さん、少し出掛けてくるからひかるを頼む。あ、足は大丈夫か?」
「ええ、元々軽く捻っただけだから心配はいらないの。ひかるくんのことは任せておいて。あなたはやるべきことをやってきてちょうだい」
「ああ、わかった。じゃあ、頼むよ」
可愛い顔で眠っているひかるに行ってくるよと声をかけ、私は急いで家を出た。
僕が寝ているベッド以外にも大きなソファーやテレビが置かれているこの部屋は、豪華すぎてなんだか怖いくらい。
だって、施設にいたときは個室なんてもちろんなかったし、小さな子たちの面倒を見るためにずっと一緒だったから。
お義父さんたち……ああ、僕、養子じゃなかったんだっけ……あの家でも部屋なんて与えてもらえるどころか、ずっとお店で過ごしていたから、自分の部屋を持ったことがなかった。
そんな僕が急にこんなに大きくて豪華な部屋に寝かされて不安にならないわけがない。
全然動くこともできないから、どこにいても一緒なんだろうけど、ここから見える景色がすごすぎて落ち着かないんだ。
征哉さんのお家に移ると言われた時はびっくりしたけれど、ここよりは落ち着けそう。
征哉さんのお家ってどんなお家なのかな。
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。
「征哉だよ。入ってもいいかな?」
「は、はい。どうぞ」
僕の返事を聞いて入ってきた征哉さんは何か白い入れ物を持ってきている。
なんだろう、これ。
「あれから起きていたのかな?」
「は、はい。なんだか緊張しちゃって……」
「そうか。だが、緊張することはないよ。ここよりは落ち着けるはずだ。母もいるしね」
「はい。ありがとうございます」
そうだ。貴船さんとまた会えるんだ。
「今から、ひかるをうちに連れて行くんだが、移動の際にベッドが動く振動で痛みを感じることがあるかもしれない。そんな痛みを軽減するために、少し眠っていてもらおう」
「眠る?」
「ああ、なんの心配もいらないよ。注射して眠っている間に移動するから、起きたらもう我が家についているよ」
確かに少し身体を動かそうとするだけで全身に痛みが走る。
それを感じずに眠っていればいいだけならそっちの方がいいかも。
「わかりました。お願いします」
そういうと、征哉さんは持ってきた白い入れ物の袋を開け、中から注射器を取り出した。
「痛くないからね。大丈夫、注射には自信があるんだ」
パチンと片目を瞑りながら、笑顔でそう言ってくれてなんだかドキドキしてしまった。
征哉さんが僕の腕を取って注射をしてくれる、その真剣な眼差しが格好良くて見惚れている間に注射は終わっていた。
「痛くなかっただろう?」
「は、はい。征哉さん、とってもすごいお医者さんなんですね」
「ははっ。注射だけでそんなに褒めてもらえると嬉しいよ。さぁ、もうすぐ薬が効いてくるから、目を瞑っていようか。と言っても心配だろうから、寝られるように話をしよう。なんの話が聞きたい?」
「あの、じゃあ征哉さんの子どもの頃の思い出が聞いてみたいです」
「私の子どもの頃の話?」
「はい。僕……ずっと憧れてたんです。お父さんやお母さんがいたらどんな生活をしていたのかなって。家族でお出かけしたり、ご飯を食べたり……どんなことをして過ごすのか自分じゃわからないから想像もつかなくて……」
「――っ、そうか。わかった。じゃあ、話をしようか。母はあまり身体が強くなくてね、父と結婚してからなかなか子どもを授からなかったんだ。もう子どもを諦めようとしていた時に、私が生まれてね。だから、父も母も私を可愛がってくれたよ。父は仕事で忙しい人だったが、休みの日にはよく、車でドライブに連れていってくれたな。動物が好きな母のために動物園にはよく行っていた気がする」
「わぁ……動物園。僕も一度だけでいいから行ってみたいです。可愛いうさぎさんとかみてみたいな。あっ、ゾウさんって本当にあんなに鼻が長いんですか?」
「ああ、ひかるよりもずっと大きいし、鼻も長いよ。ひかるが元気になったら、母も連れて一緒に動物園に行こう」
「うれ、しぃ…………」
征哉さんの楽しい話を聞いているうちにどんどん眠くなっていく。
もっと話を聞いていたいのに……。
もったいないと思いつつも、眠気に抗うこともできずに僕は夢の世界に旅立っていた。
<side征哉>
もしかしたら、奴がこのタイミングで乗り込んでくるかもしれない。
そんな可能性が0でない以上、細心の注意を払う必要がある。
ひかるには悪いが、静かに眠っていてもらった方が安全だろう。
もちろん、痛みを感じさせないという利点もある。
そう思い、睡眠薬と痛み止めを混ぜたものを注射したが、普段薬の類を摂取したことがない上に、弱りきっている身体には通常よりも早く効き目が出そうだ。
しっかりと眠りにつくまでそばにいるために何か話をしようと持ちかけたが、まさか私の話が聞きたいと言われるとは思わなかった。
だが、ひかるは相当家族というものに憧れを持っているようだ。
生まれたばかりで実両親に捨てられ、施設で虐げられながら生活し、そしてようやく引き取られた先があんな奴がいるところなら、憧れを抱いても不思議はない。
私の家族は一般的にみても幸せな家族だったろう。
父は貴船コンツェルンの総帥として忙しく過ごしながらも、私と母を大切にしてくれていたし、母も遅くに生まれた私のことを厳しいながらも愛情深く育ててくれた。
この家族にひかるがいたらどれほどの幸せを与えてあげられただろう。
母も父も私以外に子どもを望めなかったが、望めるならひかるのように可愛らしい子を欲しかったはずだ。
母は私がひかるを引き取ると言って驚きはしていたが、反対することはなかった。
命の恩人ということを抜きにしても、素直で可愛らしいひかるのことが気に入ったのだろう。
きっと私たちは家族として仲良くできる。
これから家にひかるがいると思うだけで浮かれてしまっている自分がいた。
薬が効いて、ひかるがぐっすりと眠ったことを確認して私は急いでひかるを移動させた。
目立たないように病院の地下駐車場に車を運び入れ、ひかるをベッドごと載せる。
そうして車で我が家に運び込んだ。
今のベッドから我が家のベッドに移すときが一番の難所だったが、なんとかそれもクリアしてようやくひかるを我が家のベッドに寝かせることができた。
「母さん、少し出掛けてくるからひかるを頼む。あ、足は大丈夫か?」
「ええ、元々軽く捻っただけだから心配はいらないの。ひかるくんのことは任せておいて。あなたはやるべきことをやってきてちょうだい」
「ああ、わかった。じゃあ、頼むよ」
可愛い顔で眠っているひかるに行ってくるよと声をかけ、私は急いで家を出た。
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