上 下
10 / 286

私の気持ち

しおりを挟む
ーもしもし。

ー先輩、お忙しいところ申し訳ありません。今、少しお時間よろしいですか?

ーああ。構わないが、有原くんから電話なんて珍しいな。どうしたんだ?

ー実はお耳に入れておきたいお話がありましてお電話いたしました。今日事故で聖ラグエル病院に運び込まれた18歳の男の子の件なのですが……

ーひかるくんの? なぜ、有原くんが知っているんだ?

ーひかるくんと仰るんですね。実はその養父と名乗る男が、示談金と慰謝料を受け取りたいと相談に来たんです。まぁ、相談というか事務員を恫喝して上がり込んできたんですが……。

ーそうか。弁護士を立てて争うなんて捨て台詞残して出て行ったんだが、よりにもよって有原くんのところに行ったのか。迷惑かけたな。

ーいえ、滅相もないです。ですが、先輩。あいつ、きっと何かやらかしますよ。

ーああ、わかってる。対策は施しているから問題ないよ。

ーははっ。先輩に助言なんて必要なかったですね。

ーいや、有原くんから情報が得られてよかったよ。

ーあの、それで事故に遭われたひかるくんの容体は如何なんですか?

ーああ。榎木先生からは元のように歩くのは難しいだろうと言われているが、身体のケアよりも心のケアを重視してやりたいと思っている。信じられるか? 18なのに中学生やそこらにしか見えない見た目で、生きているのが信じられないほど骨と皮だけに痩せているんだぞ。どれほど辛い日々を過ごしていたか……。

ーそんなに酷い状態だったんですね。あの男は賄いも食べさせていたからひかるくんに入ってくるお金は自分が受け取る権利があるなんて主張してましたが、結局のところは他人ですからね。

ーああ、だからきっと奴は病院に忍び込んでくるはずだ。そしてひかるくんに養子縁組の署名をさせるつもりだろう。どんな方法を考えているかは大体見当がつくが、あんな奴の考えることなら心配するまでもない。

ーふふっ。そうですね。先輩を敵に回してうまく行くなんて考える方がお門違いですから。私も微力ながら、お手伝いしますのでなにかあればいつでも声をかけてください。

ーそうか。なら、一つ頼んでもいいか?

ーはい。もちろんです。

ーあの商店街にある『満腹食堂』を調べてくれないか? 奴はそこの店主だそうだ。

ー『満腹食堂』ですか? ああ、なるほど。評判が悪いのになぜか潰れない怪しい店だと噂がありますよ。

ーそうなのか? なら、調べたらいろいろ出てきそうだな。頼めるか?

ーはい。もちろんです。調査が終わり次第、すぐにご報告しますね。いつものメールでいいですか?

ーああ。頼むよ。厄介なこと頼んで悪いな。榎木先生にお礼を渡しておくから。

ー――っ、そ、そんな。いいですよ。それでは。

突然、賢吾けんごの名前を出されて驚いてしまい、慌てて切るなんて失礼なことをしてしまった。
私たちのことはもうとっくに知られているのだから、照れる必要もないのだけれど、やっぱり不意に名前を呼ばれるとドキドキしてしまう。

先輩はそれをわかっていて揶揄っているのかもしれないな。

とりあえず頼まれたことを済ませておこうか。
久々に腕がなるな。

<side征哉>

ふふっ。相変わらず揶揄うと面白いやつだ。

それにしてもあの男、有原くんのところに行ったとは。
本当に何も考えていないのか。
それとも本気で自分が裁判に勝てるとでも思っているのか。
愚か者という言葉がこれほど似合う奴はいないな。

私がしっかりと相手にしてやろうと思っていたが、ひかるくんの対策もある。
私がひかるくんのケアに集中できるようにするためにも、ここは磯山先生にも協力をお願いするとしようか。

磯山先生は父の代から、我が貴船コンツェルンの顧問弁護士をお願いしている。
ちなみに祖父の代の顧問弁護士は磯山先生のお父上だ。

親子二代でわが貴船コンツェルンを支えてくれている方なら、きっと力になってくれることだろう。

すぐに、会話を録音したものや動画も含めた全ての資料を事の次第とともに磯山先生にメールで送った。

そして、私はもう一度聖ラグエル病院に向かった。


ひかるくんのために用意した特別室は、ここのほかにあと二部屋存在するが、先日退院したばかりでこのフロアにはひかるくんだけがいる状態だ。

奴が病室に忍び込もうとしているのは間違いないから、ひかるくんを安全な場所に避難させておかないといけないな。

さっき病室を覗いた時は眠っているようだったが、今はどうだろう?

そっと部屋の扉を開けると、さっき見た時と同じように布団に小さな膨らみが見えた。

まだ寝ているか。
そうだろうな。
あれだけの怪我をしたんだ。
今までの生活を考えれば、身体が悲鳴をあげているに違いない。
もう少し休ませてあげないとな。

そう思っていながらも、どうしても顔を見たい衝動に駆られてそっと中に入った。

小さく痩せた顔。
こんな姿で一生懸命働いてきたのか。

そう思うだけで涙が溢れそうになる。

自分がこんなに涙脆いだなんて思わなかった。

そっと彼の頬に触れると、

「んっ……」

と可愛らしい声が聞こえて、ゆっくりと瞼が開いていく。
そのあまりにも綺麗な動きに、私は身動き一つできずに見守っていた。

彼の綺麗な瞳が私を捉える。
その瞬間、雷に貫かれたような衝撃を感じたんだ。

これは……本当に?

驚きが隠せない私の目の前で、彼は一瞬怯えた表情を見せながらも、

「だ、れ……?」

とか細い声で尋ねてくる。

ああ、なんて透き通るような綺麗な声をしているのだろう。
彼の声を聞いた途端、私には全ての迷いがなくなった。

彼のことが好きなのだ。
そう確信した瞬間だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

兄弟がイケメンな件について。

どらやき
BL
平凡な俺とは違い、周りからの視線を集めまくる兄弟達。 「関わりたくないな」なんて、俺が一方的に思っても"一緒に居る"という選択肢しかない。 イケメン兄弟達に俺は今日も翻弄されます。

処理中です...