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私の気持ち
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ーもしもし。
ー先輩、お忙しいところ申し訳ありません。今、少しお時間よろしいですか?
ーああ。構わないが、有原くんから電話なんて珍しいな。どうしたんだ?
ー実はお耳に入れておきたいお話がありましてお電話いたしました。今日事故で聖ラグエル病院に運び込まれた18歳の男の子の件なのですが……
ーひかるくんの? なぜ、有原くんが知っているんだ?
ーひかるくんと仰るんですね。実はその養父と名乗る男が、示談金と慰謝料を受け取りたいと相談に来たんです。まぁ、相談というか事務員を恫喝して上がり込んできたんですが……。
ーそうか。弁護士を立てて争うなんて捨て台詞残して出て行ったんだが、よりにもよって有原くんのところに行ったのか。迷惑かけたな。
ーいえ、滅相もないです。ですが、先輩。あいつ、きっと何かやらかしますよ。
ーああ、わかってる。対策は施しているから問題ないよ。
ーははっ。先輩に助言なんて必要なかったですね。
ーいや、有原くんから情報が得られてよかったよ。
ーあの、それで事故に遭われたひかるくんの容体は如何なんですか?
ーああ。榎木先生からは元のように歩くのは難しいだろうと言われているが、身体のケアよりも心のケアを重視してやりたいと思っている。信じられるか? 18なのに中学生やそこらにしか見えない見た目で、生きているのが信じられないほど骨と皮だけに痩せているんだぞ。どれほど辛い日々を過ごしていたか……。
ーそんなに酷い状態だったんですね。あの男は賄いも食べさせていたからひかるくんに入ってくるお金は自分が受け取る権利があるなんて主張してましたが、結局のところは他人ですからね。
ーああ、だからきっと奴は病院に忍び込んでくるはずだ。そしてひかるくんに養子縁組の署名をさせるつもりだろう。どんな方法を考えているかは大体見当がつくが、あんな奴の考えることなら心配するまでもない。
ーふふっ。そうですね。先輩を敵に回してうまく行くなんて考える方がお門違いですから。私も微力ながら、お手伝いしますのでなにかあればいつでも声をかけてください。
ーそうか。なら、一つ頼んでもいいか?
ーはい。もちろんです。
ーあの商店街にある『満腹食堂』を調べてくれないか? 奴はそこの店主だそうだ。
ー『満腹食堂』ですか? ああ、なるほど。評判が悪いのになぜか潰れない怪しい店だと噂がありますよ。
ーそうなのか? なら、調べたらいろいろ出てきそうだな。頼めるか?
ーはい。もちろんです。調査が終わり次第、すぐにご報告しますね。いつものメールでいいですか?
ーああ。頼むよ。厄介なこと頼んで悪いな。榎木先生にお礼を渡しておくから。
ー――っ、そ、そんな。いいですよ。それでは。
突然、賢吾の名前を出されて驚いてしまい、慌てて切るなんて失礼なことをしてしまった。
私たちのことはもうとっくに知られているのだから、照れる必要もないのだけれど、やっぱり不意に名前を呼ばれるとドキドキしてしまう。
先輩はそれをわかっていて揶揄っているのかもしれないな。
とりあえず頼まれたことを済ませておこうか。
久々に腕がなるな。
<side征哉>
ふふっ。相変わらず揶揄うと面白いやつだ。
それにしてもあの男、有原くんのところに行ったとは。
本当に何も考えていないのか。
それとも本気で自分が裁判に勝てるとでも思っているのか。
愚か者という言葉がこれほど似合う奴はいないな。
私がしっかりと相手にしてやろうと思っていたが、ひかるくんの対策もある。
私がひかるくんのケアに集中できるようにするためにも、ここは磯山先生にも協力をお願いするとしようか。
磯山先生は父の代から、我が貴船コンツェルンの顧問弁護士をお願いしている。
ちなみに祖父の代の顧問弁護士は磯山先生のお父上だ。
親子二代でわが貴船コンツェルンを支えてくれている方なら、きっと力になってくれることだろう。
すぐに、会話を録音したものや動画も含めた全ての資料を事の次第とともに磯山先生にメールで送った。
そして、私はもう一度聖ラグエル病院に向かった。
ひかるくんのために用意した特別室は、ここのほかにあと二部屋存在するが、先日退院したばかりでこのフロアにはひかるくんだけがいる状態だ。
奴が病室に忍び込もうとしているのは間違いないから、ひかるくんを安全な場所に避難させておかないといけないな。
さっき病室を覗いた時は眠っているようだったが、今はどうだろう?
そっと部屋の扉を開けると、さっき見た時と同じように布団に小さな膨らみが見えた。
まだ寝ているか。
そうだろうな。
あれだけの怪我をしたんだ。
今までの生活を考えれば、身体が悲鳴をあげているに違いない。
もう少し休ませてあげないとな。
そう思っていながらも、どうしても顔を見たい衝動に駆られてそっと中に入った。
小さく痩せた顔。
こんな姿で一生懸命働いてきたのか。
そう思うだけで涙が溢れそうになる。
自分がこんなに涙脆いだなんて思わなかった。
そっと彼の頬に触れると、
「んっ……」
と可愛らしい声が聞こえて、ゆっくりと瞼が開いていく。
そのあまりにも綺麗な動きに、私は身動き一つできずに見守っていた。
彼の綺麗な瞳が私を捉える。
その瞬間、雷に貫かれたような衝撃を感じたんだ。
これは……本当に?
驚きが隠せない私の目の前で、彼は一瞬怯えた表情を見せながらも、
「だ、れ……?」
とか細い声で尋ねてくる。
ああ、なんて透き通るような綺麗な声をしているのだろう。
彼の声を聞いた途端、私には全ての迷いがなくなった。
彼のことが好きなのだ。
そう確信した瞬間だった。
ー先輩、お忙しいところ申し訳ありません。今、少しお時間よろしいですか?
ーああ。構わないが、有原くんから電話なんて珍しいな。どうしたんだ?
ー実はお耳に入れておきたいお話がありましてお電話いたしました。今日事故で聖ラグエル病院に運び込まれた18歳の男の子の件なのですが……
ーひかるくんの? なぜ、有原くんが知っているんだ?
ーひかるくんと仰るんですね。実はその養父と名乗る男が、示談金と慰謝料を受け取りたいと相談に来たんです。まぁ、相談というか事務員を恫喝して上がり込んできたんですが……。
ーそうか。弁護士を立てて争うなんて捨て台詞残して出て行ったんだが、よりにもよって有原くんのところに行ったのか。迷惑かけたな。
ーいえ、滅相もないです。ですが、先輩。あいつ、きっと何かやらかしますよ。
ーああ、わかってる。対策は施しているから問題ないよ。
ーははっ。先輩に助言なんて必要なかったですね。
ーいや、有原くんから情報が得られてよかったよ。
ーあの、それで事故に遭われたひかるくんの容体は如何なんですか?
ーああ。榎木先生からは元のように歩くのは難しいだろうと言われているが、身体のケアよりも心のケアを重視してやりたいと思っている。信じられるか? 18なのに中学生やそこらにしか見えない見た目で、生きているのが信じられないほど骨と皮だけに痩せているんだぞ。どれほど辛い日々を過ごしていたか……。
ーそんなに酷い状態だったんですね。あの男は賄いも食べさせていたからひかるくんに入ってくるお金は自分が受け取る権利があるなんて主張してましたが、結局のところは他人ですからね。
ーああ、だからきっと奴は病院に忍び込んでくるはずだ。そしてひかるくんに養子縁組の署名をさせるつもりだろう。どんな方法を考えているかは大体見当がつくが、あんな奴の考えることなら心配するまでもない。
ーふふっ。そうですね。先輩を敵に回してうまく行くなんて考える方がお門違いですから。私も微力ながら、お手伝いしますのでなにかあればいつでも声をかけてください。
ーそうか。なら、一つ頼んでもいいか?
ーはい。もちろんです。
ーあの商店街にある『満腹食堂』を調べてくれないか? 奴はそこの店主だそうだ。
ー『満腹食堂』ですか? ああ、なるほど。評判が悪いのになぜか潰れない怪しい店だと噂がありますよ。
ーそうなのか? なら、調べたらいろいろ出てきそうだな。頼めるか?
ーはい。もちろんです。調査が終わり次第、すぐにご報告しますね。いつものメールでいいですか?
ーああ。頼むよ。厄介なこと頼んで悪いな。榎木先生にお礼を渡しておくから。
ー――っ、そ、そんな。いいですよ。それでは。
突然、賢吾の名前を出されて驚いてしまい、慌てて切るなんて失礼なことをしてしまった。
私たちのことはもうとっくに知られているのだから、照れる必要もないのだけれど、やっぱり不意に名前を呼ばれるとドキドキしてしまう。
先輩はそれをわかっていて揶揄っているのかもしれないな。
とりあえず頼まれたことを済ませておこうか。
久々に腕がなるな。
<side征哉>
ふふっ。相変わらず揶揄うと面白いやつだ。
それにしてもあの男、有原くんのところに行ったとは。
本当に何も考えていないのか。
それとも本気で自分が裁判に勝てるとでも思っているのか。
愚か者という言葉がこれほど似合う奴はいないな。
私がしっかりと相手にしてやろうと思っていたが、ひかるくんの対策もある。
私がひかるくんのケアに集中できるようにするためにも、ここは磯山先生にも協力をお願いするとしようか。
磯山先生は父の代から、我が貴船コンツェルンの顧問弁護士をお願いしている。
ちなみに祖父の代の顧問弁護士は磯山先生のお父上だ。
親子二代でわが貴船コンツェルンを支えてくれている方なら、きっと力になってくれることだろう。
すぐに、会話を録音したものや動画も含めた全ての資料を事の次第とともに磯山先生にメールで送った。
そして、私はもう一度聖ラグエル病院に向かった。
ひかるくんのために用意した特別室は、ここのほかにあと二部屋存在するが、先日退院したばかりでこのフロアにはひかるくんだけがいる状態だ。
奴が病室に忍び込もうとしているのは間違いないから、ひかるくんを安全な場所に避難させておかないといけないな。
さっき病室を覗いた時は眠っているようだったが、今はどうだろう?
そっと部屋の扉を開けると、さっき見た時と同じように布団に小さな膨らみが見えた。
まだ寝ているか。
そうだろうな。
あれだけの怪我をしたんだ。
今までの生活を考えれば、身体が悲鳴をあげているに違いない。
もう少し休ませてあげないとな。
そう思っていながらも、どうしても顔を見たい衝動に駆られてそっと中に入った。
小さく痩せた顔。
こんな姿で一生懸命働いてきたのか。
そう思うだけで涙が溢れそうになる。
自分がこんなに涙脆いだなんて思わなかった。
そっと彼の頬に触れると、
「んっ……」
と可愛らしい声が聞こえて、ゆっくりと瞼が開いていく。
そのあまりにも綺麗な動きに、私は身動き一つできずに見守っていた。
彼の綺麗な瞳が私を捉える。
その瞬間、雷に貫かれたような衝撃を感じたんだ。
これは……本当に?
驚きが隠せない私の目の前で、彼は一瞬怯えた表情を見せながらも、
「だ、れ……?」
とか細い声で尋ねてくる。
ああ、なんて透き通るような綺麗な声をしているのだろう。
彼の声を聞いた途端、私には全ての迷いがなくなった。
彼のことが好きなのだ。
そう確信した瞬間だった。
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