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愚かな男

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「つまり、あなたは養子縁組をしていない他人の子どもを無給で働かせていたというわけですか?」

「住まわせてやってたんだし、食事も食べさせてたんだからそこは関係ないだろ!」

「何を仰っているんですか? 今、18歳で三年前に引き取った他人の子を働かせていたんですよね? 18歳未満の子どもに働かせていただけで労働基準法違反になります。しかも給料も一切支払わないなんて彼を奴隷として扱っていたのですか?」

「な――っ、こっちはどこにも行く宛のないやつを引き取ってやったんだ。施設もお荷物なあいつを捨てたがってたんだからな!」

「なるほど、施設もグルというわけですか。それは調査を入れる必要がありますね」

弁護士が冷ややかな目で俺を見ながら、パソコンのキーボードをひたすらに叩き続ける。

「おい! 何を書いてんだ?!」

「ああ、気にしないでください。これはあなたの発言内容を残しているだけですから。あとで言った言わないの水掛け論になるとトラブルの元ですからね」

「ふざけんな! 余計なことは書くなよ! 俺はただあの示談金とあいつの保護者になったっていう貴船コンツェルンのババアからの慰謝料が欲しいだけだ! お前があいつらに示談金と慰謝料を俺に渡すように説得してくれたら済む話なんだよ!」

「あいつらとは……事故に遭われた彼ですか?」

「違う! あいつが入院している病院の医者とよくわからない男にだよ」

「よくわからない男? すみませんが、彼が入院なさっている病院はどちらですか?」

「すぐそこの聖ラグエル病院だよ」

「――っ、聖ラグエル病院? ああ、だから貴船コンツェルンの元会長夫人が彼の保護者に……」

「なにぶつぶつ言ってんだ? さっさと示談金と慰謝料を受けられるように言って来てくれ!」

そう言ったが、弁護士は目の前のキーボードをカタカタと鳴らしながら、

「医師と一緒にいらっしゃった方はこの方ですか?」

とパソコン画面を俺に向けて見せた。

そこにはあのいけすかない奴の顔写真が載っていた。

「ああ! こいつだよ、こいつ! 図々しく俺に説教してきやがって! 俺が弁護士を立てて請求するっつったら、自信満々に好きにしたらいいとか言いやがって! 本当、何様だよ、あいつ」

「なるほど。そういうことですか。申し訳ありませんが、今回の件を引き受けるつもりはありません」

「なんだと? ここまで話させやがったくせにふざけんなよ!」

「話を聞けと仰ったので、聞いていたまでです」

「くそっ! 余計な時間取らせやがって! お前みたいな無能なんかこっちから願い下げだよ! けっ! 弁護士なんて山の如くいるんだ! がっぽり稼いだ後で、担当させてくださいって泣きついてきても遅いんだからな」

「ふっ。残念ですが、あなたの弁護を引き受けるような弁護士は日本中探してもいないでしょうね。最初から完全に負けるとわかっている裁判を受けるとしたらよっぽど無能か、依頼料狙いの底辺弁護士だけでしょう」

「なんだと? 最初から負ける? どういうことだよ!」

「それもわかりませんか? そもそも彼と何の関係もない赤の他人のあなたには示談金も慰謝料も受け取る権利が最初からないのですから、裁判を起こすだけ無駄です。逆に18歳未満の彼を無給で働かせたことについて、あなたは逮捕されますよ」

「はぁ? 俺が、逮捕? そんなわけないだろう! 俺は息子を手伝わせてただけだ!」

「ですから、彼とは養子縁組を行ってないんですよね? それならいくら息子だと主張しても通るわけがないんですよ」

「くっ――! もういいっ! お前の方がよっぽど無能だ! 相談料なんか払わねぇからな!」

むかついて目の前の机を蹴り飛ばして事務所を出てやった。

クソが!
もういい!
弁護士は後回しだ!

とにかく、あの証拠をなんとかして、ひかるに養子縁組のサインを書かせればいい。
他人じゃなくなれば、金は俺のものだ!


<side弁護士 有原ありはら佳史よしふみ

頭のおかしな奴がやってきた。

弁護士という仕事をしていると、自分の主張ばかりを訴えてきて訳のわからない相談をされることも多々あるが、今日やってきた男は群を抜いておかしな奴だった。

うちの受付の女性を恫喝してきたこの男を相手にする気などさらさらなかったが、このまま野放しにするよりも話だけは聞いておいた方がいいだろう。

そう判断したのだが、話を進めていくたびに目の前のこの男への怒りが込み上げてくる。

奴の話によれば、15歳で引き取った子を養子縁組もしないままに無給で働かせていたくせに、彼が事故に遭い、大金を得られるとわかった途端に、彼と養子縁組をして示談金と慰謝料を手にしようとしているということだ。

他人の子どもを働かせていた……こいつのことだからきっと長時間労働をさせていたに違いない……だけで労働基準法に違反しているのに、しかも無給。
こんなクズ野郎がいたとはな。
すぐにでも刑務所にぶち込んでやりたいくらいだ。

籍には入れていないとはいえ、息子だと呼んでいた彼を心配するどころか金を手に入れることしか考えていないなんて本当に腹立たしい。

――俺はただ示談金と慰謝料が欲しいだけだ! お前があいつらに示談金と慰謝料を俺に渡すように説得してくれたら済む話なんだよ!

その言葉に違和感を覚えた。

あいつら・・・・とは一体誰だ?

気になって尋ねれば、聖ラグエル病院の医師と一緒にいたわからない男だという。

ちょっと待てよ。
確か、彼の保護者に貴船さんがなられたと言っていたな。

もしかして……。

一つの仮説に行き当たった私は急いで画像検索をかけ、彼の姿を画面に映して目の前の男に見せた。

――ああ! こいつだよ、こいつ! 図々しく俺に説教してきやがって! 俺が弁護士を立てて請求するっつったら、自信満々に好きにしたらいいとか言いやがって! 本当、何様だよ、あいつ!

憤っている男を前に、これは完全に無駄だということを悟った。

いや、元々弁護する気などさらさらなかったが、彼を敵に回すつもりも毛頭ない。

目の前の男に弁護を引き受けるつもりはないこと、そして、他にいっても引き受けるものなど現れないことを告げると暴れて出ていった。
この分はしっかりと被害届を出すことにしよう。

証拠をしっかりと残し、私は彼に連絡を入れた。
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