上 下
4 / 286

命があっただけで

しおりを挟む
「くそっ! なんて奴らだ!」

先生は僕のことを思って怒ってくれてる。
それだけが今の僕には何よりの救いだった。

「あの……僕、ここを出ていきます。入院なんてできません」

「何言ってるんだ! 君は動ける状態じゃないんだよ」

「でも……僕、ずっとタダ働きでお金も持ってなくて……入院費なんてとても……」

「タダ働き? いや、それよりも、入院費のことは心配しなくていいよ」

「えっ? 心配しなくていいってどういうことですか?」

そう尋ねたけれど、先生はニコッと優しい笑顔を向けるだけで、何も答えなかった。
その代わりに

「君が一生懸命助けたあの方が、君が目を覚ましたらお礼が言いたいって仰って、部屋の外で待っていらっしゃるんだよ」

と教えてくれた。

「あの人が?」

「ああ。君のことすごく心配していたから、呼んでもいいかな?」

「あ、はい。あの、あの人は元気なんですか?」

「ああ。君が守ったからね。最初に転んだ時に捻った足以外に怪我はなかったよ」

「そうですか……ああ、よかったぁー」

きっとあの人には大事な家族がいる。
その家族の人たちを悲しませずに済んで本当によかった。

「君は……」

「えっ?」

「あ、いや。すぐに呼んでくるよ」

部屋を出て行った先生はすぐにあの和服のあの人を連れて戻ってきた。

「ああっ! 本当に目を覚ましてよかった!!」

「――っ!!!」

初めて人に優しく抱きしめられた気がする。
人って、こんなにあったかいものなんだな。

「ごめんなさい! 私のせいであなたに痛い思いをさせてしまって本当にごめんなさい」

「い、いえ。あなたのせいなんかじゃないです。僕は助けられただけで幸せですから……」

「まぁ、なんて優しい子なのかしら。あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」

「えっ、はい。僕、佐伯ひかるです」

「ひかるくんね。まぁ、なんて可愛らしい名前なんでしょう。すごく似合ってるわ」

「――っ、そんなこと……っ、言われたの、初めてです」

「そうなの? あなたみたいに可愛い子見たことないのに」

にこやかな笑顔を向けられながら、そんなに褒められると照れてしまう。

「あのね、ひかるくん。この貴船きふねさんが君の治療費を払ってくださったんだ」

「えっ? おばあさんが? そんな……っ、悪いです」

「何を言っているの? ひかるくんは私を庇って怪我をしたのだから、私が払うのが当然なの。だから気にしないでゆっくり治してちょうだい」

「あの、僕は……一体どういう状態なんですか?」

足も身体もとてつもなく痛いし、歩けないかもしれないって聞いたけど、実際に自分がどうなっているのか全くわからないのが不安なんだ。

「ひかるくんは事故の際に右足をトラックに轢かれて粉砕骨折してしまったんだ。痛くて動かせないのはそのせいだよ。とりあえず手術で骨を固定しているけれど、当分は絶対安静にしないといけないよ。骨がくっついてから少しずつリハビリに入るかな。それでも以前のように歩いたり、走ったりできるようになる可能性はかなり低い。でも命があっただけ、本当に幸運だったんだよ」

やっぱり元のようには歩けないんだ……。
それならお荷物だと言われても仕方がない。

「まぁ、なんてこと……ひかるくん……本当にごめんなさいね。私、どうやってあなたに償ったらいいか……」

「そんな……っ、あなたは何も悪くないですよ。僕は助けられて嬉しかったんです。僕は歩けなくなっても悲しんでくれる人なんていませんから」

「ひかるくん……」

「それに、先生もおっしゃってましたけど、命があっただけ幸運です。こうしてあなたが元気だって知ることができましたから」

そう。
この人が怪我をしていたら、きっと悲しむ人もいっぱいいたはず。
僕なら誰も悲しまない。
それでよかったんだ。

「本当になんて優しい子なのかしら。ありがとう。ここではゆっくりと休んでちょうだい。しっかり治して、一緒にリハビリを頑張りましょう」

「はい。今までこんなベッドに寝たこともないので、なんだかちょっとワクワクします」

「ひかるくん……」

潤んだ瞳で見つめられる。
僕をこんな優しい目で見てくれた人なんて今までいなかったから、照れちゃうな。

「さぁ、貴船さん。ひかるくんを少し休ませてあげてください」

「ええ、そうね。また明日来るわ。ひかるくん、何か好きなものはあるかしら?」

「好きなもの、ですか?」

何を聞かれているんだろう?
なんて答えたらいい?

「そう。メロンとか桃とか、お菓子とか……榎木先生。食べさせたらダメなものはあるかしら?」

「いえ。念のためにアレルギー検査もしましたが、特に反応はありませんでした。怪我で入院ですから、特にありませんよ」

「そう、よかったわ。ひかるくん、何が好き?」

「あ、あの……僕、どれも食べたことがないので……」

「えっ? そう。じゃあ、私のおすすめを持ってくるわ」

にっこり笑って、先生と一緒に部屋を出て行った。

看護師さんに鎮痛剤というのを貰って飲むと、すぐに眠たくなってきた。
そしてそのまま僕は眠ってしまっていた。
しおりを挟む
感想 490

あなたにおすすめの小説

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...