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僕を守ってくれたんだ

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田辺に連れられて社食に行ったものの、少し遅れたからか人気の定食はほとんど完売になっていた。

「北原、どれにする?」

「うーん、じゃあカレーにしておこうかな」

「そうか、じゃあ俺もそうしよう」

そういうと田辺はすぐにカレーを二杯頼んだ。
トレイを持って二人で並んでいると、

「北原くん、これおまけね」

と調理の田中たなかさんが大きな唐揚げを一つ乗せてくれた。

「えっ、嬉しいですけど、いいんですか?」

「ふふっ。この前、テーブルに残っていた食器を片付けてくれたでしょ? そのお礼」

確かに先週そんなことしたっけ。
でも見られてるとは思わなかった。

「大したことじゃないですよ」

「ううん、すごく助かったんだから。ありがとうね」

本当に大したことはしていないけれど、こんなにも喜んでくれるのならありがたく受けとろう。
お礼を言って、美味しそうな唐揚げカレーをもらうことにした。

「あ、いいなぁ。田中さん、俺のにも唐揚げちょうだい」

「何言ってんの。これは北原くんだけのおまけなんだから」

「あれ? 今日の田中さん、いつにも増して美人だな」

「ふふっ。もう、田辺くんみたいなイケメンにそんなこと言われたらおばさんでもドキドキしちゃうじゃない」

「いやいや、田中さん。全然おばさんじゃないですよ」

「はいはい。わかったわかった。田辺くんもおまけね」

田中さんは嬉しそうに田辺のカレー皿にも唐揚げを置いてくれた。
ふふっ。田中さん、実は田辺を気に入ってるんだよな。

二人で田中さんにもう一度お礼を言いながら、トレイを持って席に着く。

人も少なくなっているから席は選び放題だ。

カレーを食べながらも気になるのはさっきの話。

「あのさ、田辺……さっきの話だけど……」

「あ、誰にもいうなよ。多分、あの人が辞めたことは上層部から話があるだろうけど、他のことはコレだからな」

田辺は口の前に指でバツを作りながらそういった。

「誰にも言わないけど、なんでお前そんなに詳しいんだ? まるで全てを知ってるみたいだ」

もしかしたら僕のことも知ってるんじゃないかとドキドキするけれど、流石に男の僕が同じ男である安田さんに抱かれていたなんて知ったら、こんなにも自然には付き合ってくれないだろう。

だけど、あまりにも詳しく知りすぎてるのが気になる。
一体どこから情報を入手したんだろう……。

「ああ。そのことか……。ほら、今日午前中の予定が相手先の都合でキャンセルになったって言ったろう?」

「ああ、そう言ってたな。だから内勤してたって」

「そう。今日の予定があの人の婚約者だった女性の父親との打ち合わせだったんだよ」

「えっ! じゃあ……」

「ああ。あっちの部長から今日の打ち合わせをキャンセルでって言われた時に、あの人に関することを詳しく教えてもらったんだ」

「それって、まさか……これからの取引が中止にとかそういう話?」

あの会社との取引がなくなったらこの会社にとって大きな損失だ。
もしかしてとんでもないことになってしまったんじゃないかと思うと、身体が震えてしまう。

「いや、違うよ。その逆」

「えっ? 逆? どういうこと?」

「昨日、部長の自宅にうちの社長が弁護士と一緒に来たんだってさ。それで、娘さんがあの人にされてたことを明るみにして謝罪したらしい。部長は何も知らなくて……娘さんはずっと脅されてて誰にも相談できなかったんだって。だから、うちの社長がいち早く行動してくれたおかげで娘を犯罪者のところに嫁に出さずにすんだって感謝されてるんだ。今回は娘さんのことで弁護士さんとの話し合いに付き添いで会社を休むからってことでわざわざ俺に連絡してくれたんだよ」

「そう、なんだ……」

「社長がどこからあの人の話を入手したかわからないけど、きっと一緒に来ていたっていう弁護士が有能なんだろうな」

それが小田切先生だということはすぐにわかった。

先生が……僕も会社も守ってくれたんだ……。

心がじわじわと温かくなる。

小田切先生……僕、あなたを信じて打ち明けて本当によかった。


「はぁー? 打ち合わせを30分早くだと? 簡単に言ってくれるよな」

スマホに届いた連絡をみて、嫌そうな顔をしつつも田辺はそれから猛スピードで食事を終え、

「悪い、先に行くな。今日は直帰になるかもだけど、今度ゆっくり飲みに行こう!」

と言って立ち上がった。

「ああ、わかった。あ、いいよ。食器は僕が片付けておくから。行っといでよ」

「悪い、頼むな」

田辺は申し訳なさそうにしながらも食堂から駆けて行った。

営業は本当に大変だよね。
慌ただしく去っていった田辺を見送り、急にしんと静かになった社食で残りのカレーを味わいながら食べ、二人分の食器を片付けた。

また15分くらいあるな。

小田切先生に連絡でもしてみようか。
迷惑になったら申し訳ないと思いつつも、

――これからはいつでもどんなことでも連絡してください。

と言われたことを思い出して、勇気を奮い立たせる。
なんて書こうか悩むけど、お礼は直接言うべきだよね?

<お忙しい中すみません。会ってお話しがしたいんですが、都合のいい日はありますか?>

震える指で送信ボタンをタップする。

ああ、送ってしまった……。
ドキドキする。

そう思ったのも束の間、あっという間に既読が付いたと思ったら、すぐに返信がきた。

<今日はお仕事何時に終わりますか?>

えっ、今日?
えっと……。

<今日は定時で上がれそうなので、18時には終わります>

定時で上がるなんてここしばらくなかったから不思議な気がするけどと思いながら送ると、またすぐに返事が来た。

<では今日18時に北原さんの会社の前に車を呼んでおきますので、それに乗ってください。運転手に行き先は伝えておきますので北原さんは乗るだけで大丈夫ですよ>

えっ、そんなのいいのかな……と思ったけど、この騒ぎの最中に僕が弁護士の先生と一緒にいるところを見ると都合が悪いのかもしれない。
ありがたく受けることにしよう。

<わかりました。お気遣いいただきありがとうございます。先生にお会いできるのを楽しみにしています>

という言葉と共に、早く会いたいと可愛い猫が駄々を捏ねているスタンプを一緒に送ってみた。
可愛すぎるかと思ったけど、会いたいっていれたらこのスタンプが出てきたんだから仕方がない。
えいっ! と気合を入れて送ると、

しばらく既読になったまま、返信がなく、ああ、失敗したと思っていると、

<私も楽しみにしています>

というメッセージと共に大きな犬が可愛い猫を優しくなでなでしているスタンプが送られてきた。

ふふっ。さっき駄々こねてるスタンプだったから合わせてくれたんだ。
ほんと、小田切先生ってこういうところも優しいんだな。

僕はあまりの可愛さに何度も何度もそのスタンプを見返してしまっていた。
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