自家焙煎珈琲店で出会ったのは自分好みのコーヒーと運命の相手でした

波木真帆

文字の大きさ
上 下
13 / 36

ドキドキが止まらない

しおりを挟む
 はなやかに装った貴族たちが笑いさざめき行き交う様子を眺めながら、王太子ベルナルドは上機嫌だった。

――今日こそはあの疫病神を追い払ってやる。

ほくそ笑む彼の腕に、一人の少女が甘えかかって自分の腕を絡める。本来こうした場でエスコートするべき婚約者ではない。ふわふわしたピンクブロンドが目をひく可憐な少女ビビアナは、婚約者の異母妹にあたる。
 
 ベルナルドの婚約者であるクロエは異母妹のビビアナとまるで似ていなかった。ベルナルドの二歳下の十七才にしては生気に欠けている。老婆のようにぱさついた白い髪をしてがりがりに痩せこけ、陰鬱で幽鬼のような娘だ。その卑屈な作り笑いを見るたびにベルナルドは苛立った。

 そんなクロエと婚約させられたのは、彼女が侯爵令嬢であるだけでなく、神殿に聖女として選ばれたからだ。息子に甘い父王もこの婚約については譲らなかった。
 
 そこでベルナルドは、強行策に出ることにした。外賓も少なくないこの夜会で、クロエとの婚約破棄を宣言して既成事実としてしまうつもりだ。そうすれば可愛いビビアナと晴れて結ばれることができる。彼女も侯爵令嬢であり、姉妹の父である侯爵はむしろ彼女をこそ偏愛していると言っていい。自分の後ろ盾に変わりはない。似非聖女などかび臭い神殿にこもって祈っていれば良いのだ。
 
 貴族たちのざわめきが妙に熱を帯びるのを感じて、ふと目をやると、少女が一人たたずんでいた。流れる銀髪はつややかで、異国のものだろうか、見たことのないつくりの青いドレスが優美な肢体を引き立てている。はっと目を奪われるほど美しい令嬢だった。

「ベルナルド様、どうしたの?」
恋人に腕を強く引かれて、我に返る。初めて見る美人のことはいったん頭から追いのけた。父王が姿を見せる前に厄介払いを済ませておかなければならない。

「クロエ・サムディオ侯爵令嬢、前に出よ!申し渡すことがある」
ベルナルドが呼ばわると、貴族たちの多くは見世物が始まった、と言わんばかりの浮ついた表情で王太子に注目した。その衆目の中、静かな足取りで進み出たのはあの青いドレスの少女だった。
 
 みすぼらしい婚約者と目の前の少女とがベルナルドの頭の中では結びつかない。用意していた台詞も忘れて呆けていると

「王太子殿下。あなたとの婚約を破棄します」

相手の方が口火を切った。クロエは扇をぱちりと閉じると、剣を手にしているかのように王太子にぴたりと向け

「品性がない、理性もない、知性もない。そんな男と結婚するなんて、死んでも嫌!」

きっぱりと言い放って、ドレスの裾を翻し婚約者『だった』男に背を向ける。そして、衆人環視の中、少女の姿は煙のように消え失せた。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

顔も知らない旦那さま

ゆうゆう
恋愛
領地で大災害が起きて没落寸前まで追い込まれた伯爵家は一人娘の私を大金持ちの商人に嫁がせる事で存続をはかった。 しかし、嫁いで2年旦那の顔さえ見たことがない 私の結婚相手は一体どんな人?

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

処理中です...