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初めての味
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「傷ついた心の穴を埋めるのに、大事な時間です。そんなときは他の人のことより自分のことだけ考えていたらいいんですよ」
「北原さん……」
お兄ちゃんと同じことを言ってくれるんだ……。
「僕もそうでしたから。傷ついて苦しくて……自分のことしか考えられなくて、ずっと申し訳ないって思ってました」
「あの……どうやってその傷ついた心の穴が埋められたんですか?」
「僕は……智さんがいてくれたから……」
「さとし、さん……? あっ!」
誰だろうと思った瞬間、北原さんの視線が隣に座る小田切先生に向いた。
その眼差しがとても柔らかくて信頼感に満ちていて、この人がとても大切な人なんだなと言うことはすぐにわかった。
「あの、失礼ですけどもしかして……お二人は、その……」
こんなプライベートなことを聞いていいのかもわからない。
だけど、聞かずにいられなかった。
「はい。僕と智さんは恋人同士です」
「やっぱり……そうなんですね。部屋に入ってきた時から、なんとなくそんな気がしてました。お二人ともすごく優しい表情で見つめ合っていたから……でも、こうして堂々と言えるって、なんか素敵ですね」
「でも、僕……ずっと男の人が好きだったこと、隠して生きてきたんです」
「えっ……そう、なんですか?」
「はい。でも、それを……あの人に知られて……半ば脅されるように居酒屋に連れて行かれて泥酔させられて、気がついたらホテルにいました」
「それ……私と一緒だ……」
「奴は酒に睡眠薬を飲ませていたそうですから、千鶴さんなら一瞬で意識を失ったと思います」
私たちの話に、小田切先生がそう説明してくれた。
「睡眠薬……そうか、だから何も覚えてなかったんだ……」
「僕は同じ会社にいたから、休むとバラすって脅されていたこともあって、ひどいことをされた後もずっと一緒に働いてました。そして何度も無理やり……やられてました」
「えっ……そんなひどい……っ」
私はたった一度で逃げたのに……彼は何度もあんな辛い経験をしたんだ。
あんなやつと同じ会社だなんて想像しただけで恐ろしい。
いつバラされるかもしれない恐怖にも苦しめられていたんだ。
「そんな生活を過ごすうちに心と身体がどうしようもなく辛くて、それで智さんがいる弁護士事務所に助けを求めに行ったんです。それで助けてもらって……でも、それから最初は触れられるのも怖くて……」
うん、わかる。
北原さんの気持ち。すっごくよくわかる。
「穢れきってしまった自分を晒すのも怖かったし、それに……あの人との行為は何も感じなくてただただ辛くて気持ち悪かったんです。千鶴さんもそうじゃなかったですか?」
「はい……。腕を縛られて声も出せなくて、気持ち悪くて涙しか出ませんでした」
「ですよね。僕……智さんともそんなふうになってしまうんじゃないかって思ったら怖くて……自分をさらけ出せずにいたんですけど……その時、智さんが言ってくれたんです。セックスは愛し合う行為で、どちらかに愛がなければそれは暴力と同じなんだって。暴力で気持ちよくなんかならないのは当然だって。だから、僕も千鶴さんもあの男とセックスはしてないんですよ。心と身体に暴力を受けたんです。だから、その傷を癒すのに時間がかかっても仕方がないんですよ」
「北原さん……」
「いつか、千鶴さんもその暴力で受けた傷を癒せる日が来ます。だからそれまでは無理しなくていいんですよ」
「…………はい、ありがとうございます」
優しく微笑んでくれる北原さんと、それを優しく見守る小田切先生の姿に、傷ついた心が少し癒やされていく気がした。
「あの、これ……いただいてもいいですか? ずっと美味しそうで気になってました」
「――っ、はい! どうぞ!! これ、向こうで大智さんと一緒に並んで買ったんですよ。おばあさまのために選んでましたけど、千鶴さんも好きそうだって仰ってました。やっぱり双子だからよくご存知ですね」
「お兄ちゃんが……」
甘いキャラメルの入ったクッキーに思わず涙がこぼれそうになる。
「千鶴さん、良かったらこのコーヒーと一緒に召し上がってみませんか?」
小田切先生がそう言ってバッグから取り出したのは、黒のマグボトル。
「コーヒー?」
「はい。こちらに来る前に、友人がやっているコーヒーショップに寄ってきたんです。このお菓子と千鶴さんに合いそうなコーヒーを焙煎してほしいと頼んだんですが、千鶴さんのイメージを伝えてブレンドしてもらったので、美味しくなかったら文句を言いますから遠慮なく感想を伝えてください」
「えっ? 私のイメージで?」
「ええ。友人はその人に合ったオリジナルブレンドを作るのが得意なんですよ。さぁ、どうぞ」
コーヒーはあまり得意ではない。
どちらかというと紅茶の方が好きだけれどわざわざ私のために持ってきてくださったのだからとドキドキしながら口をつけた。
「んっ――!!」
あの独特な苦味も酸味もそこまで強くない。
それどころか、もっと飲んでみたいと言う気にさせられる。
ブラックコーヒーを美味しいと思える日が私の人生に訪れるなんて思ってもみなかった。
「どうですか?」
「あの、すごく、美味しいです。正直に言うと、私……コーヒー苦手なんですけど、これはすごく美味しいです。こんなに美味しいコーヒーってあるんですね。びっくりしました」
そういうと、北原さんと小田切先生は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「長瀬、あっ、バリスタの友人ですが、今の感想を聞いたらものすごく喜ぶと思いますよ。実はこれ、長瀬の好みのコーヒーでもあるんです。千鶴さんのイメージを伝えたら同じコーヒーになったって自分でも驚いている様子でしたが」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。だからきっと喜びますよ」
同じ好みのコーヒー。
ただそれだけのことだったのに、なぜか気になっている自分がいた。
* * *
やっとコーヒーが出てきました(笑)
続きもどうぞお楽しみに♡
「北原さん……」
お兄ちゃんと同じことを言ってくれるんだ……。
「僕もそうでしたから。傷ついて苦しくて……自分のことしか考えられなくて、ずっと申し訳ないって思ってました」
「あの……どうやってその傷ついた心の穴が埋められたんですか?」
「僕は……智さんがいてくれたから……」
「さとし、さん……? あっ!」
誰だろうと思った瞬間、北原さんの視線が隣に座る小田切先生に向いた。
その眼差しがとても柔らかくて信頼感に満ちていて、この人がとても大切な人なんだなと言うことはすぐにわかった。
「あの、失礼ですけどもしかして……お二人は、その……」
こんなプライベートなことを聞いていいのかもわからない。
だけど、聞かずにいられなかった。
「はい。僕と智さんは恋人同士です」
「やっぱり……そうなんですね。部屋に入ってきた時から、なんとなくそんな気がしてました。お二人ともすごく優しい表情で見つめ合っていたから……でも、こうして堂々と言えるって、なんか素敵ですね」
「でも、僕……ずっと男の人が好きだったこと、隠して生きてきたんです」
「えっ……そう、なんですか?」
「はい。でも、それを……あの人に知られて……半ば脅されるように居酒屋に連れて行かれて泥酔させられて、気がついたらホテルにいました」
「それ……私と一緒だ……」
「奴は酒に睡眠薬を飲ませていたそうですから、千鶴さんなら一瞬で意識を失ったと思います」
私たちの話に、小田切先生がそう説明してくれた。
「睡眠薬……そうか、だから何も覚えてなかったんだ……」
「僕は同じ会社にいたから、休むとバラすって脅されていたこともあって、ひどいことをされた後もずっと一緒に働いてました。そして何度も無理やり……やられてました」
「えっ……そんなひどい……っ」
私はたった一度で逃げたのに……彼は何度もあんな辛い経験をしたんだ。
あんなやつと同じ会社だなんて想像しただけで恐ろしい。
いつバラされるかもしれない恐怖にも苦しめられていたんだ。
「そんな生活を過ごすうちに心と身体がどうしようもなく辛くて、それで智さんがいる弁護士事務所に助けを求めに行ったんです。それで助けてもらって……でも、それから最初は触れられるのも怖くて……」
うん、わかる。
北原さんの気持ち。すっごくよくわかる。
「穢れきってしまった自分を晒すのも怖かったし、それに……あの人との行為は何も感じなくてただただ辛くて気持ち悪かったんです。千鶴さんもそうじゃなかったですか?」
「はい……。腕を縛られて声も出せなくて、気持ち悪くて涙しか出ませんでした」
「ですよね。僕……智さんともそんなふうになってしまうんじゃないかって思ったら怖くて……自分をさらけ出せずにいたんですけど……その時、智さんが言ってくれたんです。セックスは愛し合う行為で、どちらかに愛がなければそれは暴力と同じなんだって。暴力で気持ちよくなんかならないのは当然だって。だから、僕も千鶴さんもあの男とセックスはしてないんですよ。心と身体に暴力を受けたんです。だから、その傷を癒すのに時間がかかっても仕方がないんですよ」
「北原さん……」
「いつか、千鶴さんもその暴力で受けた傷を癒せる日が来ます。だからそれまでは無理しなくていいんですよ」
「…………はい、ありがとうございます」
優しく微笑んでくれる北原さんと、それを優しく見守る小田切先生の姿に、傷ついた心が少し癒やされていく気がした。
「あの、これ……いただいてもいいですか? ずっと美味しそうで気になってました」
「――っ、はい! どうぞ!! これ、向こうで大智さんと一緒に並んで買ったんですよ。おばあさまのために選んでましたけど、千鶴さんも好きそうだって仰ってました。やっぱり双子だからよくご存知ですね」
「お兄ちゃんが……」
甘いキャラメルの入ったクッキーに思わず涙がこぼれそうになる。
「千鶴さん、良かったらこのコーヒーと一緒に召し上がってみませんか?」
小田切先生がそう言ってバッグから取り出したのは、黒のマグボトル。
「コーヒー?」
「はい。こちらに来る前に、友人がやっているコーヒーショップに寄ってきたんです。このお菓子と千鶴さんに合いそうなコーヒーを焙煎してほしいと頼んだんですが、千鶴さんのイメージを伝えてブレンドしてもらったので、美味しくなかったら文句を言いますから遠慮なく感想を伝えてください」
「えっ? 私のイメージで?」
「ええ。友人はその人に合ったオリジナルブレンドを作るのが得意なんですよ。さぁ、どうぞ」
コーヒーはあまり得意ではない。
どちらかというと紅茶の方が好きだけれどわざわざ私のために持ってきてくださったのだからとドキドキしながら口をつけた。
「んっ――!!」
あの独特な苦味も酸味もそこまで強くない。
それどころか、もっと飲んでみたいと言う気にさせられる。
ブラックコーヒーを美味しいと思える日が私の人生に訪れるなんて思ってもみなかった。
「どうですか?」
「あの、すごく、美味しいです。正直に言うと、私……コーヒー苦手なんですけど、これはすごく美味しいです。こんなに美味しいコーヒーってあるんですね。びっくりしました」
そういうと、北原さんと小田切先生は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「長瀬、あっ、バリスタの友人ですが、今の感想を聞いたらものすごく喜ぶと思いますよ。実はこれ、長瀬の好みのコーヒーでもあるんです。千鶴さんのイメージを伝えたら同じコーヒーになったって自分でも驚いている様子でしたが」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。だからきっと喜びますよ」
同じ好みのコーヒー。
ただそれだけのことだったのに、なぜか気になっている自分がいた。
* * *
やっとコーヒーが出てきました(笑)
続きもどうぞお楽しみに♡
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