自家焙煎珈琲店で出会ったのは自分好みのコーヒーと運命の相手でした

波木真帆

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ー千鶴。無理はしてないか?

ーうん。私は大丈夫。おばあちゃんに心配かけちゃってるけど……。

ー大丈夫。おばあちゃんもわかってるから、今は自分のことだけ考えていたらいいんだよ。

ーうん、ありがとう。

ーそれで、今日電話した理由なんだけど……実は、千鶴のために尽力してくれた弁護士さんの一人が昨日までこっちに来てたんだよ。それで、千鶴へのお土産を持っていってくれることになって……だから、少しだけでいいから、会ってもらえないかな?

ーあの時の弁護士さんと? でも私……人に会うのはまだ……。

ー弁護士の先生だけじゃないんだ、千鶴のところに行ってもらうのは。

ーえっ? 他にも誰か来るの? 私、知らない人とは……。

ー千鶴のところに行ってくれるのは、千鶴と同じ思いをした人なんだよ。

ーどういうこと?

ー彼も、千鶴と同じ安田にその……無理やりされて、写真で脅されていたんだ。しかも何度も。

ーえっ――! でも、彼って……。

ーそう、男なんだ。だからこそ、言いにくかったところもあったと思うけど、千鶴が俺に助けを求めたのと同じ時に、彼が笹川コーポレーションの顧問弁護士と一緒にいた、小田切弁護士が所属する法律事務所にいって安田をなんとかしてほしいって助けを求めていたんだ。

ーそんな――っ。

ー千鶴とその彼が助けを求めたからこそ、あんなにも早くあいつを逮捕できたんだ。その彼が、千鶴と会って話がしたいって言ってるんだよ。無理にとは言わないけど、どうかな?

お兄ちゃんが言葉を選びながら、私に無理をさせないように言ってくれているのが伝わってくる。
きっと近くにいたら、飛んできてくれただろう。
遠く離れてもこうして思ってくれるお兄ちゃんの気持ちに応えたい。
それに……その人の話を聞いてみたいと思ったのは事実だ。

ー…………うん、そうだね。私も、話をしてみたいかも……。

ー本当か?

ーうん。だって、私と同じような目に遭いながらも、その人は外を出歩けてるんだよね。どうやったらそんなふうに強くなれるのか、聞いてみたい。

ーだからと言って、千鶴は無理しなくていいんだぞ。心の傷はそれぞれ違うんだ。でも誰かに話をするだけでも少しは晴れるかなって思っただけなんだ。

ーうん、お兄ちゃんの気持ちはわかってる。だから、私も会ってみたい。

ーわかった。小田切おだぎり弁護士と、北原きたはらくんに伝えておくから。千鶴の連絡先を教えても構わないか?

ーいいよ。連絡待ってる。

そう言って電話を切った。

小田切先生のことは覚えている。
私の話を真剣に聞き取りして、告訴状を書いてくれた先生だ。

その先生と一緒にくる、北原さんだっけ。

男の人で、あいつに無理やりされたなんて本当に辛かっただろう……。
男性へのレイプはほとんどが泣き寝入りだと聞いたことがある。
それは世間の目だ。
女性より男性の方がもっと好奇な目で見られるに決まってる。

それを自ら助けを求めに行ったその彼が心からすごいと思った。

私は、あいつに結婚を迫られなかったら、あのまま傷が癒えるのをひたすらに待ち続けていたかもしれない。
それくらい、人に知られるのが怖かった。
それなのに、本当に強い人なんだな……。


それからしばらくして、スマホに小田切先生からメッセージが届いた。

<今度の土曜日に、お伺いしてもよろしいですか?>

そんな丁寧なメッセージにあの時の真剣な表情が重なって、すぐに

<大丈夫です。お待ちしています>

と返していた。

それから、週末までがあっという間だった気がする。

玄関チャイムが鳴り、しばらくして扉が叩かれた。

「千鶴、お客さんがお見えになったわ」

「はい。どうぞ」

おばあちゃんには前もって、お兄ちゃんが電話をしてくれていた。
だから安心して案内してきてくれたんだ。

おばあちゃんと一緒に部屋に入ってきたのは、あの時の弁護士さんとは別人じゃないかと思えるほど優しい表情を浮かべたカジュアルなジャケットを羽織った小田切先生と、よく似た格好をした可愛らしい男性だった。

この人が北原さん……。

男の人だけど、可愛くて魅力のある人だ。
だからあいつに狙われたんだろうか……。

「千鶴、私はリビングで待ってるわね」

扉を閉めて出て行こうとするおばあちゃんに、

「あ、扉は開けておいてください。千鶴さんを不安にさせたくないんです」

と北原さんが声をかけてくれる。

ああ、この人……本当に優しい人なんだ。

「これ、大智さんからおばあさまに贈り物です」

「まぁ、大智が? 何かしら?」

「L.Aで有名なケーキ屋さんの焼き菓子だそうですよ」

「ふふっ。私が焼き菓子が好きなのを覚えていてくれたのね。皆さんにもお裾分けさせていただくわ。待っていてね」

そう言って、おばあちゃんは部屋を出て行った。

「あの、どうぞ……」

「はい。お邪魔します」

ソファーに案内すると二人で腰を下ろした。
普通の仕草だけれど、なんとなく二人の距離が近い気がする。
男性二人で座っているからかしら?

何を話していいのかと戸惑っていると、

「大智さんとは双子でいらっしゃるんですよね」

と小田切先生から声をかけられた。

「あ、はい。と言っても男女の双子なので、あまり似てはいないんですが……特に兄の方は母によく似ていて、幼いときはよく女の子の双子に間違われたんですよ」

「ふふっ。今でも綺麗な顔立ちをしていらっしゃいますからね。わかる気がします」

「あの、兄はL.Aで元気にしていましたか?」

「ええ。それはもちろん。部下の方みなさんに慕われて……支社の雰囲気が良かったのも杉山さんのお力ですね。お住まいも会社の社宅でしたが本当に素敵な場所だったので、千鶴さんも招待しようと仰ってましたよ」

「そうですか。L.Aは行ったことがないので、そうですね……それも楽しいかもしれませんね。でも……」

まだ怖いと言う言葉を飲み込んでいると、

「お待たせ」

とおばあちゃんが大きなトレイを持ってやってきた。

「さぁ、どうぞ。一つ味見をさせてもらったけれど、とても美味しかったわ」

「ふふっ。おばあちゃんったら」

「――っ、千鶴っ……」

おばあちゃんが私の顔を見て、驚きつつも嬉しそうに笑った。

ああ、そうか。
いつぶりだろう。こうして声に出して笑えたのは……。

「おばあちゃん、ありがとう。あの、少し小田切先生と北原さんとお話ししたいから」

「ええ。わかったわ。それでは千鶴をお願いします」

おばあちゃんは頭を下げると部屋を出て行った。

「千鶴さん、愛されてますね」

小田切先生がおばあちゃんを見送りながら、優しい笑みを見せてくれる。

「はい。でもここにきてからずっと迷惑をかけてばかりで申し訳ない限りです……」

「いえ、迷惑なんかじゃないと思いますよ」

「えっ……」

突然の北原さんの声にびっくりしてしまった。
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