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楽しい生活
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<side秋穂>
病室に入って顔色のいい保さんに迎えられる。
先日会った時よりもさらに元気そうに見えてホッとする。
賢将さんは保さんが本を持っていることに気づいて、すぐに荷物から本を取り出して渡した。
しばらくその本について二人で盛り上がっていたけれど、そろそろ夕食の時間。
声をかけようと思っていると、そのタイミングで食事が運ばれてきた。
食事制限のない保さんの食事は私たちと同じもの。
同じ料理が三つ並べられて一緒に食事をするのは、なんとも家族らしい。
「保さんはここの食事は好き?」
「はい。ここで初めて食べるものもいっぱいありました。仕事に忙しかった頃は栄養補給用のゼリーやファストフードで一食を済ませることも多かったので、ご飯と汁物、それにサラダとメインなんて、毎食ご馳走を食べている気分です」
そんな食事で済ませていたのなら注意力も散漫になって直くんの状態に気づかなかったのも頷ける。
「食事は健康を保つための基本だから、我が家に来ても磯山家に行ってもバランスのいい食事が摂れるわ。楽しみにしていてね」
「はい!」
この上ない嬉しそうな表情に、彼が家庭の味に飢えていたことが手に取るようにわかる。
奥さんだった人は食事には全く気を配らない人だったんだろう。
直くんの離乳食が遅れていたのも無理はない。
今日の夕食のメインは魚の煮付け。
「骨に気をつけてね」
一応声をかけたけれど、保さんは綺麗に魚の身を外していく。
その箸使いの綺麗さに両親にしっかりと躾けられていたのだと知る。
「んー! この魚、すごく美味しいですね」
「ええ。とっても」
保さんの幸せそうな表情を見ているだけでこちらも幸せになる。
「保さんと一緒に夕食が摂れてよかったわ」
「はい。私も緑川先生のお父さまとお母さまと一緒に食事ができて光栄です」
笑顔でそう言ってくれるのは嬉しいけれど、これから家族になろうというのにその呼び方は隔たりがありすぎる。
「ねぇ、賢将さん。緑川先生のお父さまとお母さまだなんて硬すぎるわよね?」
「ああ、そうだな。寛さんたちにもそんな呼び方をしているのかな?」
賢将さんの問いかけに保さんは少し顔を赤らめて教えてくれた。
「いいえ。あの、お二人からも硬すぎると言われてしまって、寛さんと沙都さんと呼ばせていただくことになりました」
「そうか、それなら私たちも名前で呼んでもらおう。私は賢将、妻は秋穂だよ。君のことは保くんでもいいかな?」
「は、はい。寛さんたちからもそう呼ばれることになりましたので……あの、賢将さん、秋穂さん……と呼ばせてもらっていいですか?」
保くんにそう呼ばれて、賢将さんが嬉しそうに笑うのが見えた。
本当に可愛い息子ができたみたい。
差し詰め絢斗の弟、といったところかしら。
「ええ、もちろんよ。嬉しいわ、保くん」
私の言葉に感動したような笑顔を見せる。
その笑顔に心を掴まれる。
嬉しいわ、この歳になって可愛い息子がもう一人できるなんて……。
これも直くんのおかげね。
食事の後は甘いデザートの時間。
保くんのために予約したケーキは、メロンケーキ。
ケーキの上にはもちろん。ふわふわのスポンジと甘さを控えた生クリームの間にもメロンがふんだんに入っていて、メロンを食べるよりメロンを感じられると人気のケーキなのよね。
昨日はフルーツたっぷりのチーズケーキを持って行ったって聞いたから今日はこれにしてみたけれど、保くんはこのケーキを目にした途端、目をキラキラと輝かせていた。
「秋穂が選んだケーキは気に入ったようだな」
「ええ。こんなに喜んでもらえると嬉しいわ」
これなら、退院して元気になったら、沙都さんと絢斗と一緒にイリゼホテルのスイーツビュッフェに行くのも楽しそう。
もちろん直くんも一緒に。楽しくなりそうだわ。
嬉しそうにメロンケーキを頬張る保くんをみながら、私はこれから始まる楽しい生活を思い浮かべていた。
<side沙都>
「おれもここにとまるー!!」
「でもお着替えもないでしょう? 今日は一緒に帰りましょう」
「だいじょうぶだもん! おれ、ちゃんとおきがえもってきた!!」
昇は背負ってきたリュックの中から小さく折り畳んだ下着とパジャマを取り出した。
歯ブラシまであることに驚いてしまう。
「あしたはがっこうもおやすみだもん! だからじいちゃんたちとなおくんのところにおとまりするー!!」
いつもならこんな駄々をこねることはしない子だけど、よっぽど直くんと離れたくないんだろう。
その気持ちがひしひしと伝わってきて、これ以上反対するのが可哀想に思えてくる。
「でも……」
「いいわ、二葉さん。昇だけ預かるわ」
「ですが……」
突然そんなことになって毅になんて言おうかと悩んでいるのだろう。
いや、それとも卓の反応を気にしているのかもしれない。
「毅のことも卓のことも気にしないでいいわ。私がうまく伝えるから。ねっ」
私の言葉にようやく安心したらしい二葉さんは少し恐縮しながらも、昇を私たちに預けることを了承してくれた。
「いい、昇! ここは病院だから、絶対に騒いだりしちゃダメよ! 昇は直くんのお兄ちゃんなんだからね」
「おかーさん、だいじょうぶだよ! まかせておいて!!」
どこで習ったのか、胸をトンと叩いて得意げな表情を向ける昇の姿に、私も二葉さんも、それに寛さんも笑っていた。
直くんだけはまだ夢の中。だから、起きて昇が隣にいたら喜ぶかしらね。
その瞬間も忘れないように撮っておかないと!
病室に入って顔色のいい保さんに迎えられる。
先日会った時よりもさらに元気そうに見えてホッとする。
賢将さんは保さんが本を持っていることに気づいて、すぐに荷物から本を取り出して渡した。
しばらくその本について二人で盛り上がっていたけれど、そろそろ夕食の時間。
声をかけようと思っていると、そのタイミングで食事が運ばれてきた。
食事制限のない保さんの食事は私たちと同じもの。
同じ料理が三つ並べられて一緒に食事をするのは、なんとも家族らしい。
「保さんはここの食事は好き?」
「はい。ここで初めて食べるものもいっぱいありました。仕事に忙しかった頃は栄養補給用のゼリーやファストフードで一食を済ませることも多かったので、ご飯と汁物、それにサラダとメインなんて、毎食ご馳走を食べている気分です」
そんな食事で済ませていたのなら注意力も散漫になって直くんの状態に気づかなかったのも頷ける。
「食事は健康を保つための基本だから、我が家に来ても磯山家に行ってもバランスのいい食事が摂れるわ。楽しみにしていてね」
「はい!」
この上ない嬉しそうな表情に、彼が家庭の味に飢えていたことが手に取るようにわかる。
奥さんだった人は食事には全く気を配らない人だったんだろう。
直くんの離乳食が遅れていたのも無理はない。
今日の夕食のメインは魚の煮付け。
「骨に気をつけてね」
一応声をかけたけれど、保さんは綺麗に魚の身を外していく。
その箸使いの綺麗さに両親にしっかりと躾けられていたのだと知る。
「んー! この魚、すごく美味しいですね」
「ええ。とっても」
保さんの幸せそうな表情を見ているだけでこちらも幸せになる。
「保さんと一緒に夕食が摂れてよかったわ」
「はい。私も緑川先生のお父さまとお母さまと一緒に食事ができて光栄です」
笑顔でそう言ってくれるのは嬉しいけれど、これから家族になろうというのにその呼び方は隔たりがありすぎる。
「ねぇ、賢将さん。緑川先生のお父さまとお母さまだなんて硬すぎるわよね?」
「ああ、そうだな。寛さんたちにもそんな呼び方をしているのかな?」
賢将さんの問いかけに保さんは少し顔を赤らめて教えてくれた。
「いいえ。あの、お二人からも硬すぎると言われてしまって、寛さんと沙都さんと呼ばせていただくことになりました」
「そうか、それなら私たちも名前で呼んでもらおう。私は賢将、妻は秋穂だよ。君のことは保くんでもいいかな?」
「は、はい。寛さんたちからもそう呼ばれることになりましたので……あの、賢将さん、秋穂さん……と呼ばせてもらっていいですか?」
保くんにそう呼ばれて、賢将さんが嬉しそうに笑うのが見えた。
本当に可愛い息子ができたみたい。
差し詰め絢斗の弟、といったところかしら。
「ええ、もちろんよ。嬉しいわ、保くん」
私の言葉に感動したような笑顔を見せる。
その笑顔に心を掴まれる。
嬉しいわ、この歳になって可愛い息子がもう一人できるなんて……。
これも直くんのおかげね。
食事の後は甘いデザートの時間。
保くんのために予約したケーキは、メロンケーキ。
ケーキの上にはもちろん。ふわふわのスポンジと甘さを控えた生クリームの間にもメロンがふんだんに入っていて、メロンを食べるよりメロンを感じられると人気のケーキなのよね。
昨日はフルーツたっぷりのチーズケーキを持って行ったって聞いたから今日はこれにしてみたけれど、保くんはこのケーキを目にした途端、目をキラキラと輝かせていた。
「秋穂が選んだケーキは気に入ったようだな」
「ええ。こんなに喜んでもらえると嬉しいわ」
これなら、退院して元気になったら、沙都さんと絢斗と一緒にイリゼホテルのスイーツビュッフェに行くのも楽しそう。
もちろん直くんも一緒に。楽しくなりそうだわ。
嬉しそうにメロンケーキを頬張る保くんをみながら、私はこれから始まる楽しい生活を思い浮かべていた。
<side沙都>
「おれもここにとまるー!!」
「でもお着替えもないでしょう? 今日は一緒に帰りましょう」
「だいじょうぶだもん! おれ、ちゃんとおきがえもってきた!!」
昇は背負ってきたリュックの中から小さく折り畳んだ下着とパジャマを取り出した。
歯ブラシまであることに驚いてしまう。
「あしたはがっこうもおやすみだもん! だからじいちゃんたちとなおくんのところにおとまりするー!!」
いつもならこんな駄々をこねることはしない子だけど、よっぽど直くんと離れたくないんだろう。
その気持ちがひしひしと伝わってきて、これ以上反対するのが可哀想に思えてくる。
「でも……」
「いいわ、二葉さん。昇だけ預かるわ」
「ですが……」
突然そんなことになって毅になんて言おうかと悩んでいるのだろう。
いや、それとも卓の反応を気にしているのかもしれない。
「毅のことも卓のことも気にしないでいいわ。私がうまく伝えるから。ねっ」
私の言葉にようやく安心したらしい二葉さんは少し恐縮しながらも、昇を私たちに預けることを了承してくれた。
「いい、昇! ここは病院だから、絶対に騒いだりしちゃダメよ! 昇は直くんのお兄ちゃんなんだからね」
「おかーさん、だいじょうぶだよ! まかせておいて!!」
どこで習ったのか、胸をトンと叩いて得意げな表情を向ける昇の姿に、私も二葉さんも、それに寛さんも笑っていた。
直くんだけはまだ夢の中。だから、起きて昇が隣にいたら喜ぶかしらね。
その瞬間も忘れないように撮っておかないと!
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