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恋人たちの夜 <伊吹&史紀編 2>
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「史紀、テラスでお茶でもしようか」
「う、うん」
本当はすぐにでも伊吹が欲しい。でも、今伊吹に触れられてしまったら伊吹の言った通り、もう離れられなくなってしまう。それはそれで幸せなのかもしれないけれど、僕たちのために用意してもらっている食事を無駄にするわけにもいかないからな。
僕は必死に気持ちを抑えた。
「俺がお茶を淹れるから、史紀は先にテラスに座っていていいよ」
「ううん。僕も準備を手伝うよ」
「じゃあ、天沢さんのところからもらった和菓子を銘々皿にのせてくれるか?」
「任せて」
あちらの和菓子職人の小石川さんが引き出物として渡してくれた菓子箱を開けると、紅葉と山茶花の練り切りと栗の蒸し羊羹が入っていた。
和菓子は伊吹の作るものが最高だと思っているけれど、小石川さんが作ったものもとても繊細で綺麗だ。
ここはやっぱり練り切りからかな。それぞれの色合いに合うお皿を選んで盛り付けてみた。
「さすが史紀。いいお皿を選んだな」
「いつも伊吹の和菓子を見ているからね」
我が家では、僕が生まれる前からずっと和菓子は星彩庵と決まっていたくらい贔屓にしていたお店。
星彩庵はうちみたいな古参の客が多かったけれど、伊吹が店主になってからは昔ながらの味や製法を守りながら、若い人向けの和菓子も積極的に考案していて見た目にも楽しめるものがさらに多くなった。
だから、伊吹の作った和菓子がより美しく見えるお皿を選ぶのが得意になったのかもしれない。
小石川さんの和菓子も昔ながらの繊細で美しい色合いだから、それを損なわないお皿に盛り付けてみたら伊吹に褒められて嬉しかった。
「こんなにも繊細で綺麗な和菓子を適当に盛り付けたらもったいないよ」
「史紀みたいなお客さんばかりだとこちらも作り甲斐があるというものだよ。さぁ、二人で味わうとしよう」
伊吹はお茶と菓子皿をトレイに載せ、僕の手をとってテラスに向かった。
「うーん、気持ちいいね」
「ああ。あの温泉のおかげで寒すぎなくていい。食事が終わったら二人でのんびり入ろう」
「うん。そうだね」
二人で、露天風呂……。
それを想像するだけで、さっき必死に閉じ込めた気持ちが溢れそうになる。
ダメダメ、もう少し我慢しなきゃ!
まずは伊吹が淹れてくれたお茶を飲んで一息吐こう。
伊吹が淹れてくれたのは玉露。香りがすごくいい。
「ああ、美味しい。コーヒーも紅茶も好きだけど、やっぱり和菓子には日本茶が似合うよね」
「そうだな」
紅葉を見ながら、紅葉の練り切りを口に運ぶ。なんて幸せなんだろう。
お互いに食べさせ合いながら至福の時間が過ぎていく。
のんびりと外の景色を楽しみながら、二人でお茶を楽しむなんて……数ヶ月前なら考えられない。
いつも僕は疲れていたから、伊吹と会っても外に出かけることはほとんどなかった。
伊吹が僕の家に来てくれて、疲れている時は抱きしめてもらったまま寝るだけの日もあった。
それでも伊吹は文句一つ言わず、いつも僕を甘やかしてくれていた。
その存在がどれだけ救いだったか……。
「伊吹……ありがとう」
「どうしたんだ、急に」
「お礼が言いたくなったんだ。伊吹がそばにいてくれなかったら、こんな時間を過ごすこともできなかった」
「史紀……俺の方こそ、史紀がいてくれて本当によかったって思っているよ」
「えっ? でも、僕はいつも甘えてばかりで……」
「それが嬉しかったんだよ。史紀が甘える相手は俺だけだろう? 俺だけが特別だって、史紀に会うたびに実感していたんだ。いつも俺の史紀だって思って喜んでいたんだ」
「伊吹……」
そんなことを思ってくれていたなんて知らなかった。いや、自分のことに必死でそこまで考えられなかったのかもしれない。
「もう史紀には何の心配事もなくなっただろう? だから、東京に帰ったらすぐに俺たち一緒に住まないか?」
「えっ……」
「ずっと史紀の重荷になってはいけないと思って我慢していたけれど、櫻葉会長……いや、一眞さんも俺たちのことを認めてくれたし、結婚だってするつもりだ。一緒に住んだって誰にも文句は言わせない」
伊吹と一緒に住める……その日をどれだけ夢見たことか。
でも星彩庵という誰もが知っている老舗の店主が男と同棲なんて知られたら、店の信用問題に関わるかもしれないと思っていたから僕の口からは言えなかった。
「すぐになんていいの?」
「もちろんだよ。俺の家に来てくれてもいいけど、実は数年前から史紀と一緒に暮らすための部屋を用意しているんだ」
「えっ、本当に?」
「ああ。いつでも入居できる準備は整っているから、ここから帰る時はその家に帰ってもいいか?」
「伊吹! もう、嬉しすぎてどうにかなりそう!!」
伊吹から嬉しすぎる贈り物をもらって、僕は涙が止まらなくなっていた。
「伊吹……」
「史紀……」
伊吹の優しい顔が近づいてくる。そっと目を瞑ると、涙が溜まった目に息吹の唇が触れた。
「う、うん」
本当はすぐにでも伊吹が欲しい。でも、今伊吹に触れられてしまったら伊吹の言った通り、もう離れられなくなってしまう。それはそれで幸せなのかもしれないけれど、僕たちのために用意してもらっている食事を無駄にするわけにもいかないからな。
僕は必死に気持ちを抑えた。
「俺がお茶を淹れるから、史紀は先にテラスに座っていていいよ」
「ううん。僕も準備を手伝うよ」
「じゃあ、天沢さんのところからもらった和菓子を銘々皿にのせてくれるか?」
「任せて」
あちらの和菓子職人の小石川さんが引き出物として渡してくれた菓子箱を開けると、紅葉と山茶花の練り切りと栗の蒸し羊羹が入っていた。
和菓子は伊吹の作るものが最高だと思っているけれど、小石川さんが作ったものもとても繊細で綺麗だ。
ここはやっぱり練り切りからかな。それぞれの色合いに合うお皿を選んで盛り付けてみた。
「さすが史紀。いいお皿を選んだな」
「いつも伊吹の和菓子を見ているからね」
我が家では、僕が生まれる前からずっと和菓子は星彩庵と決まっていたくらい贔屓にしていたお店。
星彩庵はうちみたいな古参の客が多かったけれど、伊吹が店主になってからは昔ながらの味や製法を守りながら、若い人向けの和菓子も積極的に考案していて見た目にも楽しめるものがさらに多くなった。
だから、伊吹の作った和菓子がより美しく見えるお皿を選ぶのが得意になったのかもしれない。
小石川さんの和菓子も昔ながらの繊細で美しい色合いだから、それを損なわないお皿に盛り付けてみたら伊吹に褒められて嬉しかった。
「こんなにも繊細で綺麗な和菓子を適当に盛り付けたらもったいないよ」
「史紀みたいなお客さんばかりだとこちらも作り甲斐があるというものだよ。さぁ、二人で味わうとしよう」
伊吹はお茶と菓子皿をトレイに載せ、僕の手をとってテラスに向かった。
「うーん、気持ちいいね」
「ああ。あの温泉のおかげで寒すぎなくていい。食事が終わったら二人でのんびり入ろう」
「うん。そうだね」
二人で、露天風呂……。
それを想像するだけで、さっき必死に閉じ込めた気持ちが溢れそうになる。
ダメダメ、もう少し我慢しなきゃ!
まずは伊吹が淹れてくれたお茶を飲んで一息吐こう。
伊吹が淹れてくれたのは玉露。香りがすごくいい。
「ああ、美味しい。コーヒーも紅茶も好きだけど、やっぱり和菓子には日本茶が似合うよね」
「そうだな」
紅葉を見ながら、紅葉の練り切りを口に運ぶ。なんて幸せなんだろう。
お互いに食べさせ合いながら至福の時間が過ぎていく。
のんびりと外の景色を楽しみながら、二人でお茶を楽しむなんて……数ヶ月前なら考えられない。
いつも僕は疲れていたから、伊吹と会っても外に出かけることはほとんどなかった。
伊吹が僕の家に来てくれて、疲れている時は抱きしめてもらったまま寝るだけの日もあった。
それでも伊吹は文句一つ言わず、いつも僕を甘やかしてくれていた。
その存在がどれだけ救いだったか……。
「伊吹……ありがとう」
「どうしたんだ、急に」
「お礼が言いたくなったんだ。伊吹がそばにいてくれなかったら、こんな時間を過ごすこともできなかった」
「史紀……俺の方こそ、史紀がいてくれて本当によかったって思っているよ」
「えっ? でも、僕はいつも甘えてばかりで……」
「それが嬉しかったんだよ。史紀が甘える相手は俺だけだろう? 俺だけが特別だって、史紀に会うたびに実感していたんだ。いつも俺の史紀だって思って喜んでいたんだ」
「伊吹……」
そんなことを思ってくれていたなんて知らなかった。いや、自分のことに必死でそこまで考えられなかったのかもしれない。
「もう史紀には何の心配事もなくなっただろう? だから、東京に帰ったらすぐに俺たち一緒に住まないか?」
「えっ……」
「ずっと史紀の重荷になってはいけないと思って我慢していたけれど、櫻葉会長……いや、一眞さんも俺たちのことを認めてくれたし、結婚だってするつもりだ。一緒に住んだって誰にも文句は言わせない」
伊吹と一緒に住める……その日をどれだけ夢見たことか。
でも星彩庵という誰もが知っている老舗の店主が男と同棲なんて知られたら、店の信用問題に関わるかもしれないと思っていたから僕の口からは言えなかった。
「すぐになんていいの?」
「もちろんだよ。俺の家に来てくれてもいいけど、実は数年前から史紀と一緒に暮らすための部屋を用意しているんだ」
「えっ、本当に?」
「ああ。いつでも入居できる準備は整っているから、ここから帰る時はその家に帰ってもいいか?」
「伊吹! もう、嬉しすぎてどうにかなりそう!!」
伊吹から嬉しすぎる贈り物をもらって、僕は涙が止まらなくなっていた。
「伊吹……」
「史紀……」
伊吹の優しい顔が近づいてくる。そっと目を瞑ると、涙が溜まった目に息吹の唇が触れた。
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