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夢か虚像か
しおりを挟む<sideヴィクトル>
「今日もいるだろうか?」
少し緊張しながら、私は寝室の扉をゆっくりと開いた。
ほんの少し開いた扉からそっと中を覗くと、私のベッドの真ん中に小さな塊が見える。
おおっ! 今日もいた!
それを起こさないように、静かに中に入りベッドを覗き込む。
今日はさらに疲れたような表情をしているその者の隣に身体を滑らせて優しく胸に抱き込むと、彼は私の胸元に顔をすり寄せ、安心したように微笑みながらスウスウと寝息を立て深い眠りに落ちていった。
私はヴィクトル・フォン・アールベルデ。
アールベルデ王国の国王だ。
この不思議な者との出会いは今から10日前。
いつものように1日の仕事を終え、寝室へと向かった私はベッドの上に小さな塊を見つけたのだ。
私の命を狙う不届き者かと近寄ってみれば、まだ成人にも満たない小さな子が私のベッドで眠っていたのだった。
「この子は一体どこから来たのだ?」
私の部屋の前には警護のための騎士たちが数人見張りをしているし、ここは3階。
このような小さな身体で外から侵入するとは考えにくい。
しかも、もし私に何かをしようと企んできたのならベッドでうたた寝などあり得ないことだ。
私の寵愛を受けさせようと誰かが潜り込ませたかとも思ったが、私が誰にも興味を持たないことなどわかっているのだから、そのようなことを考える愚かな者はこの城にはいないだろう。
では一体この者は何のためにここにいるのだ?
そっと顔を覗き込めば、決して悪いことなどしないような穏やかな顔で眠っている。
まるで天使のようなその寝顔はこの者が悪者ではないと言い表している。
その小さな身体をさらに小さく丸めて、見たこともない薄手の服を身に纏い少し震えているように見える。
風邪をひいてはいけないと咄嗟に彼の横に身体を滑らせ、そっと隣に近づくと彼は私の存在を無意識に感じ取ったのか、私の胸元に擦り寄ってきて、私の匂いを嗅ぐと嬉しそうに顔を綻ばせた。
そして、すやすやとまた深い眠りに落ちていった。
彼の温もりが薄い服を伝わってくる。
ああ、こんなにも愛しい存在がこの世に存在したのか……。
私は小さな彼を腕の中に閉じ込め、目覚めた彼がどんな話をしてくれるのかを思いながら眠った。
ところが翌朝、まだ夜も明け切らない時間、ふっと愛しい温もりが消えた気がして目を開けると……そこに彼の姿はなかった。
慌てて起き上がり、ベッドの下や寝室、そしてリビングも見てみたが誰の気配も感じ取ることはできなかった。
あれは夢?
はたまた私の願望が見せた虚像だったのか?
私の腕には彼の温もりも腕に抱いた感触も残っているというのに。
彼だけがいないこの広い部屋で、私は初めて寂しさというものを知った。
「ヴィクトルさま。おはようございます。今日はお早いお目覚めでございますね」
あのあと、眠る気にもなれずそのまま身支度を整え、執事のフレディに声をかけた。
フレディは私が夜明け前にすでに目覚めたことに驚いているようだったが、理由を話すのは憚られた。
夢だと思われるのがオチだ。
どうせ夢ならば、私の心の中だけにとどめておこう……そう思ったのだ。
その日の夜、彼と過ごした寝室に戻るのが怖くてなかなか寝室の扉を開けられずにいた。
あの思い出の寝室で一人で過ごすのが嫌だったのだ。
鉛のように重い足を引き摺り、私は寝室の扉を開けるとそこには昨夜と同じ、薄手の衣服に身を包んだあの彼がベッドの真ん中で小さく丸まって眠っていた。
「――っ!!」
思わず大声が出そうになるのを必死に手で押さえながら、彼の元へ駆け寄った。
昨日より少し顔色が悪い。
食事はちゃんと摂れているのか、身体は休めているのか、そんなことまで気になってくる。
ただ、無理に起こすことはしたくなかった。
彼が目覚めたら、何でもしてやろう。
そう思いながら、私はまた彼の隣に身を横たえて小さな彼の身体を抱きしめた。
彼は私の胸元が定位置とでもいうようにすっぽりと顔を寄せ、嬉しそうに微笑みながら深い眠りに落ちていった。
ああ、やはり彼は夢ではなかったのだ。
トクトクという鼓動が伝わってくるのだから虚像でもない。
どうか彼の瞳に私の顔を映してほしい……。
そう願いながら、私は目を瞑った。
そして、翌朝、また彼がいなくなったことに絶望するのだった。
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