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思いがけない話
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「秀吾、私の友人の息子さんが今度弁護士事務所を設立することになってな、助手を募集してるんだがどうだ、お前やってみないか?」
お父さんにそう言われたのは、久しぶりに実家に顔を出した、大学4年になったばかりの春のことだった。
「お父さんの友人の弁護士の方で、息子さんがおられる方はいらっしゃいましたか?」
「いや、友人は医者だ。覚えているだろう? 観月久嗣」
「えっ? じゃあ、募集しているのって観月さんの事務所ですか?」
「そうだ。凌也くんのところならお前を預けても安心だし、どうだ? やってみないか?」
数年前に桜城大学法学部を首席で卒業された観月さんは、在学中に司法試験に一発合格された僕たち後輩の憧れの存在だ。
僕は法学部に入学したけれど、弁護士や検事、もちろん裁判官になる気は毛頭なくて、できるなら、弁護士を支えるパラリーガルになりたいと思っていた。
だから就職もその方向で探そうと思っていたのだけれど、思ってもみない話に飛び上がりそうなほど嬉しかった。
あの観月さんと一緒に働けるなんて!!
ああ、お父さんが観月さんのお父さまと友人で本当に良かった。
「近々、面接がてら話がしたいと言っているんだが、お前の都合はどうだ?」
「は、はい。僕ならいつでも大丈夫です」
「そうか、なら久嗣にもそう話しておこう」
「あ、あのお父さん……」
「何だ?」
「もしかして、お父さんが観月さんに頼んだんですか? それなら僕……」
友人であることを笠に着って僕をゴリ押ししたのなら嫌だ。
僕は正々堂々選んで欲しい。
「ははっ。確かに突然の話だからそう思ってしまっても無理はないな。だが、元々この話は凌也くんの方から出た話なんだよ」
「えっ? 観月さんから?」
「ああ。観月くんは、今でも桜城大学の法学部の緑川教授に時々でいいから特別講師として授業をしてくれないかと頼まれるそうなんだよ。それで来年度、年に3回特別講座を引き受ける代わりに、優秀な生徒を助手として引き抜きたいと話を持ちかけたところ、教授からお前の名前が出たそうだ。それで、久嗣から私に連絡が来たんだよ。凌也くんからお前に直接電話をすると、断りにくいのではないかと気遣ってくれたようだな」
「そんな……教授が僕を推してくれたなんて……」
「それも踏まえて、どうだ? やる気はあるか?」
「はい。ぜひやりたいです!」
「ははっ。そうか、ならそう伝えておこう。ああ、そうだ、周防くんには、凌也くんと会う前にお前から先に話しておくんだぞ」
「――っ!!」
突然、将臣の名前を出されて一気に顔が赤くなるのがわかる。
「ははっ。顔が赤いぞ」
「お父さんっ! もうっ揶揄わないでください!」
お父さんは笑いながら僕の頭をさっと撫でて部屋を出ていった。
もうっ! 本当にお父さんったら。
でも……やっぱり将臣には先に話しておいた方がいいのかな。
まだ決定したわけじゃないのに、話をするのもどうかと思うけれど……でも、自分が将臣の立場なら先に知っておきたいって思うかも……。
壁にかけている時計を見上げる。
うーん、この時間なら電話取れるかな。
取らなければメッセージだけ残しておこうか。
詳しいことは帰ってきてから話してもいいしな。
ああー、なんか緊張してきちゃったな。
周防将臣は生まれた頃からよく一緒に過ごしていたこともあって学校に入ってからは唯一無二の親友だ。
家が近く、父親同士が同じ警察官僚だということもあって、家族ぐるみで休日でもよく会ううちに僕は自然と将臣に惹かれていた。
いつも隣にいるのが当たり前で、中学も高校も同じところを選んだ。
この感情が友情なのか、恋愛感情なのかもわからないでいた高校3年の冬、二人して桜城大学に入学が決まったその日に将臣から告白されたんだ。
ずっと一緒にいたい。
だから恋人として付き合ってほしい。
その言葉がとても嬉しくて、僕はその時初めて将臣に抱いていた感情が恋だと知ったんだ。
僕が将臣の告白にOKを出してからの将臣の行動は実に早かった。
僕たちが恋人として付き合うことになったと両家の両親の前で正直に告白し、大学入学とともに将臣のお父さんの所有しているマンションで二人暮らしがしたいと、僕の両親に直訴した。
流石に反対されるだろうと思っていたけれど、僕の予想に反して両家の両親は大賛成だった。
というより、ようやく付き合い出したのかと笑っていたくらいだ。
どうやら両家の両親にはとっくに付き合っていると思われていたみたいで、拍子抜けしてしまったんだ。
それくらい僕たちは周りから見てもお似合いだったみたい。
って、自分で言うのは恥ずかしいけど……。
学業を決しておろそかにしない。
成績が落ちるようならすぐに同棲は解消させるという約束の元、僕たちは二人での新しい生活を始めることになった。
驚いたことに将臣は料理以外は本当に器用にこなし、そのおかげで自然と料理は僕の担当になった。
料理は大好きだから、毎日将臣のために作るのが楽しくて。
将臣も毎日美味しいって食べてくれるんだ。
そんな将臣は今、お父さんたちと同じく警察官僚になるための試験勉強に忙しい。
ずっとそれを目標に頑張ってる将臣だから、きっと大丈夫だとは思うけど。
僕は将臣が無理しないように見守るだけだ。
プルルル……
やっぱり忙しいかな。
メッセージ入れて帰ってから話そうかなと通話ボタンをキャンセルしようと画面に目を落としたところで、
ーもしもし、秀吾?
と少し焦ったような声が聞こえてきた。
お父さんにそう言われたのは、久しぶりに実家に顔を出した、大学4年になったばかりの春のことだった。
「お父さんの友人の弁護士の方で、息子さんがおられる方はいらっしゃいましたか?」
「いや、友人は医者だ。覚えているだろう? 観月久嗣」
「えっ? じゃあ、募集しているのって観月さんの事務所ですか?」
「そうだ。凌也くんのところならお前を預けても安心だし、どうだ? やってみないか?」
数年前に桜城大学法学部を首席で卒業された観月さんは、在学中に司法試験に一発合格された僕たち後輩の憧れの存在だ。
僕は法学部に入学したけれど、弁護士や検事、もちろん裁判官になる気は毛頭なくて、できるなら、弁護士を支えるパラリーガルになりたいと思っていた。
だから就職もその方向で探そうと思っていたのだけれど、思ってもみない話に飛び上がりそうなほど嬉しかった。
あの観月さんと一緒に働けるなんて!!
ああ、お父さんが観月さんのお父さまと友人で本当に良かった。
「近々、面接がてら話がしたいと言っているんだが、お前の都合はどうだ?」
「は、はい。僕ならいつでも大丈夫です」
「そうか、なら久嗣にもそう話しておこう」
「あ、あのお父さん……」
「何だ?」
「もしかして、お父さんが観月さんに頼んだんですか? それなら僕……」
友人であることを笠に着って僕をゴリ押ししたのなら嫌だ。
僕は正々堂々選んで欲しい。
「ははっ。確かに突然の話だからそう思ってしまっても無理はないな。だが、元々この話は凌也くんの方から出た話なんだよ」
「えっ? 観月さんから?」
「ああ。観月くんは、今でも桜城大学の法学部の緑川教授に時々でいいから特別講師として授業をしてくれないかと頼まれるそうなんだよ。それで来年度、年に3回特別講座を引き受ける代わりに、優秀な生徒を助手として引き抜きたいと話を持ちかけたところ、教授からお前の名前が出たそうだ。それで、久嗣から私に連絡が来たんだよ。凌也くんからお前に直接電話をすると、断りにくいのではないかと気遣ってくれたようだな」
「そんな……教授が僕を推してくれたなんて……」
「それも踏まえて、どうだ? やる気はあるか?」
「はい。ぜひやりたいです!」
「ははっ。そうか、ならそう伝えておこう。ああ、そうだ、周防くんには、凌也くんと会う前にお前から先に話しておくんだぞ」
「――っ!!」
突然、将臣の名前を出されて一気に顔が赤くなるのがわかる。
「ははっ。顔が赤いぞ」
「お父さんっ! もうっ揶揄わないでください!」
お父さんは笑いながら僕の頭をさっと撫でて部屋を出ていった。
もうっ! 本当にお父さんったら。
でも……やっぱり将臣には先に話しておいた方がいいのかな。
まだ決定したわけじゃないのに、話をするのもどうかと思うけれど……でも、自分が将臣の立場なら先に知っておきたいって思うかも……。
壁にかけている時計を見上げる。
うーん、この時間なら電話取れるかな。
取らなければメッセージだけ残しておこうか。
詳しいことは帰ってきてから話してもいいしな。
ああー、なんか緊張してきちゃったな。
周防将臣は生まれた頃からよく一緒に過ごしていたこともあって学校に入ってからは唯一無二の親友だ。
家が近く、父親同士が同じ警察官僚だということもあって、家族ぐるみで休日でもよく会ううちに僕は自然と将臣に惹かれていた。
いつも隣にいるのが当たり前で、中学も高校も同じところを選んだ。
この感情が友情なのか、恋愛感情なのかもわからないでいた高校3年の冬、二人して桜城大学に入学が決まったその日に将臣から告白されたんだ。
ずっと一緒にいたい。
だから恋人として付き合ってほしい。
その言葉がとても嬉しくて、僕はその時初めて将臣に抱いていた感情が恋だと知ったんだ。
僕が将臣の告白にOKを出してからの将臣の行動は実に早かった。
僕たちが恋人として付き合うことになったと両家の両親の前で正直に告白し、大学入学とともに将臣のお父さんの所有しているマンションで二人暮らしがしたいと、僕の両親に直訴した。
流石に反対されるだろうと思っていたけれど、僕の予想に反して両家の両親は大賛成だった。
というより、ようやく付き合い出したのかと笑っていたくらいだ。
どうやら両家の両親にはとっくに付き合っていると思われていたみたいで、拍子抜けしてしまったんだ。
それくらい僕たちは周りから見てもお似合いだったみたい。
って、自分で言うのは恥ずかしいけど……。
学業を決しておろそかにしない。
成績が落ちるようならすぐに同棲は解消させるという約束の元、僕たちは二人での新しい生活を始めることになった。
驚いたことに将臣は料理以外は本当に器用にこなし、そのおかげで自然と料理は僕の担当になった。
料理は大好きだから、毎日将臣のために作るのが楽しくて。
将臣も毎日美味しいって食べてくれるんだ。
そんな将臣は今、お父さんたちと同じく警察官僚になるための試験勉強に忙しい。
ずっとそれを目標に頑張ってる将臣だから、きっと大丈夫だとは思うけど。
僕は将臣が無理しないように見守るだけだ。
プルルル……
やっぱり忙しいかな。
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