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ウサギへのヤキモチ

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ケージの外に出してもいいですか? と尋ねられ、すぐに了承した磯山先生の姿に、会長は急いで部屋の扉を閉めた。
さすがだなと思っていると、一花さんがおいでと声をかけ、グリを外に出す。

真っ先に一花さんの胸に飛び込んで安心した表情を見せると、次は直純くんの胸に飛び込み、最後に絢斗さんの胸に飛び込んだ。

グリもさすがだ。順番をよくわかっている。
本当に賢い子だと感心していると、

「わぁー、もふもふ。ふふっ、可愛いー。懐かしいな、この感触」

と絢斗さんに満面の笑顔で喜んでもらえたのが嬉しかったのか、グリが突然絢斗さんの頬を舐め始めた。

私がまずいと思ったように、会長も同じことを思ったに違いない。

先ほどまで穏やかな表情だった磯山先生から表情が消えてしまったからだ。

ああ、きっとこの家でウサギやそのほかのペットを飼うことはありえない。そう確信した瞬間だった。

リビングに戻り、少し重苦しい空気になったのを打開したのは会長の言葉だった。

「あの、先生……ウサギにヤキモチですか?」

その言葉に磯山先生は少し照れたように笑って

「征哉くんはよく我慢していられるな?」

とだけ返す。それだけでヤキモチを妬いたことは明白だ。

確かに狭量さで言えば、会長も負けてはいない。いやむしろ、磯山先生よりも上だろうと思うが、一花さんのためにグリを譲って欲しいと最初に言い出したのは会長だ。

「まぁ、ヤキモチを妬かないといえば嘘になりますが、一花の心のケアと、自分で歩きたいと希望を持つためにグリの存在は必要だと考えていますから」

小動物をそばに置くことは心のケアになる。それは有名な話だが、自分で歩きたいという希望を持つためにそばに置くのは一花さんならではと言えるだろう。

尚孝さんも以前話していた。リハビリの患者さんには目標が必要なのだと。

可愛いグリと一緒に遊び回れるようになりたいというのは、一花さんにとっていい目標になる。それがわかったから、会長はグリをそばに置くことにしたんだ。

それに貴船邸には未知子さんもいらっしゃる。世話が行き届かないところは牧田さんに任せることもできる。一花さんが一日中ベッタリにならない環境であることもグリを飼う事ができる理由の一つだろう。

磯山先生のお宅ではどうしても絢斗さんや直純くんが世話にかかりっきりになるだろう。そう考えれば、ウサギやその他の小動物がこの家にやってくるのは難しいのかもしれない。

「直純くんの場合は家族の存在に諦めて自分を癒してくれる存在を求めていたようですから、新しい家族を得た今は特別必要でもないと思いますよ。もう直純くんは一人ではないんでしょう?」

会長の言葉に磯山先生がホッと胸を撫で下ろすのがわかる。
もう寂しい家に暮らしていた直純くんではないのだ。小動物に癒しを求めていた直純くんの心を磯山先生たちご家族で十分に守ってあげられる事だろう。

「昇、直くんを大切にして、寂しいなんて気持ちを味わせないようにするんだぞ」

「大丈夫です。絶対に寂しいなんて思わせませんから」

そうはっきり言い切った昇くんの表情を見て、私も会長も、そして磯山先生も笑顔になった。

「なぁ、昇くん、気付いていたか? 直純くん、君への恋心を理解したぞ」

その言葉に「えっ」と驚きの声を上げたのは、昇くんだけでなく磯山先生もだった。
いつもならすぐに気づくはずなのに、あれほどわかりやすい変化に気づかないとは……グリへのヤキモチが相当大きかったと見える。

直純くんは一花さんと話をしているうちに、おそらく昇くんへの恋心に気づいたのだろう。
もしくは一花さんが何か助言をしたか……。

いずれにしても一花さんと直純くんの関係がより深くなったことは確実だろう。

直純くんが恋心を自覚したことで喜びの表情を見せていた昇くんだったが、磯山先生から成人するまでは手を出してはいけないと念を押されて、少々顔を引き攣らせていた。

高校生の彼にとって、直純くんが成人までの四年足らずはかなり過酷のものになるだろうな。それもある意味思い出になるか……。

そうはわかっていてもそばにいて手が出せないのは辛いだろうな。そう考えれば会長もまだ最後まで手を出していないのか……。凄いことだ。

つくづく尚孝さんが成人してくれていてよかったと思ってしまう。
二人には悪いが、今日は帰ったら尚孝さんと会えない時間を埋めるようにたっぷりと愛し合うとしよう。

しばらくして絢斗さんが会長を呼びに来て、一花さんたちがリビングに戻ってきた。
その手には作ったばかりのリースが握られている。しかも二つも。

一つは未知子さんへのお土産にされるということで、今から未知子さんが喜ぶ姿が想像できる。
きっとこの話を聞けば尚孝さんも喜ぶに違いない。

そうして、今日の対面は終了となった。

やっと尚孝さんの元に帰れる。私の心はそのことでいっぱいになっていた。
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