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雪解け

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階段の先に会長の姿を見つけて声をかけると、いつになくバツの悪そうな顔で私を見た。
何かあったかと思っていると、

「悪い、盗み聞きする気がなかったのだが、志摩くんがなかなか来ないから気になって……」

と言われた。

ああ、なるほど。先ほどの尚孝さんとの電話が聴かれていたのか。
大した内容でもなかったし、尚孝さんの可愛い声を聞かれた訳ではないから何の問題もない。

そもそも尚孝さんとの電話に夢中で待たせてしまったのが悪いのだから会長が気にすることではないが、一人で寂しがっている尚孝さんのことを気にしてくれているようだ。
会長がそう思えるようになったのも、一花さんと直純くんの対面がうまくいって心にゆとりができたからかもしれない。

「大丈夫です。今日は一花さんと直純くんの大切な日だということは理解してくれていますから」

そういうと、会長は安堵の表情を見せた。

会長と共に磯山先生のご自宅の呼び鈴を鳴らすと昇くんが出迎えてくれた。
案内されて中に入ると、一花さんが直純くんと絢斗さんの間に入り、仲良さそうにおしゃべりを楽しんでいる姿が見えて目頭が熱くなる。

このような姿が見られるのも、尚孝さんが足を運び直純くんの気持ちに寄り添うことができたからだ。

会長もそれをわかってくれていて、今度尚孝さんにお礼をしたいと言ってくださったが、尚孝さんのことだ。会長からのお礼など受け取りはしないだろう。

――僕は自分ができることをしただけですから……

きっとそういうに違いない。けれど、会長がそう思ってくれていることだけはしっかりと伝えておくとしよう。

昇くんに案内されてソファーに座ってから、お土産のことを思い出し、お皿とフォークを頼むとすぐに持ってきてくれた。

紙袋からお土産のケーキを取り出すと、絢斗さんはそれがすぐにfascinateファシネイトのものだと気づいた。さすが甘いもの好きなだけある。

ここはチョコレートケーキで有名なお店だが、事前予約でしか購入できない特別なケーキがある。
小さなタルトケーキの詰め合わせだ。

一花さんと同じく、直純くんがあまりたくさんの量を食べられないことは知っていたからこのサイズがちょうどいいだろうと思った。それにたくさんの種類のケーキから自分の好きなものを選ぶ楽しさを知って欲しいと思った。

十五個の小さなタルトは見ているだけでも美しく、きっと楽しんでもらえるだろう。
尚孝さんへのお土産は尚孝さんの好きな果物を使った通常サイズのタルト四つ。それを二人で分けて食べるのが今から楽しみだ。

一花さんはまず直純くんに選ばせた。自分より幼い直純くんをまるで弟を見るような優しい目で見つめている姿に癒される。

初めてかもしれないマンゴーのタルトを選んだ直純くんはとても嬉しそうだった。
一花さんと絢斗さんもそれぞれタルトを選び、昇くんが選んだ後、私も一ついただいた。

会長と磯山先生は私たちがケーキを食べるのを嬉しそうに見ていたのが印象的だった。
これを幸せの時間と言うのだろう。次はこの空間に尚孝さんも一緒にいられたらいい。

ケーキを食べ終えたのを見計らったように会長が直純くんに声をかけた。その声に直純くんがぴくりと身体を震わせる。だが、表情に恐怖の色は見えない。おそらく大人に話しかけられることに慣れていないのだろう。

会長は自分が怖がられていると思ってとてつもなく優しい声をかけている。私の知る限り、一花さん以外では初めてだ。

会長はそれほど直純くんを怖がらせたくないのだ。中学生の直純くんにも理解できるように言葉を選びながら、自分がひどい対応をしていた事、それが間違っていた事を認め、直純くんに頭を下げた。

その言葉と態度が直純くんに伝わったのだろう。

「僕……何も傷ついてません。一花さんがどれだけ苦しい思いをしたか貴船さんが知っていたら怒るのも当然だと思うし、それが、好きな人なら……その人が苦しんだ分、同じくらい苦しくなると思うので、もし、僕が貴船さんの立場でも同じことを思ったと思います。だから、僕……何も、傷ついてません」

中学生とは思えないほど、しっかりとした声で会長の目を見つめながら自分の思いを伝えていた。

会長は直純くんの言葉に安堵の表情を浮かべ、

「ありがとう。直純くん、これからも一花と仲良くしてくれるか?」

と言うと、直純くんは満面の笑顔で一花さんと友達でいたいと言ってくれた。

これで本当に大丈夫だ。尚孝さんにもいい報告ができる。
ああ、早く帰ってこの話を全て教えてあげたい。

だが、その前にたっぷりと愛してからだな。尚孝さん、もう少しだから待っていてくださいね。
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