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二人の対面
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いつもは尚孝さんと一緒に一花さんの部屋まで上がるけれど、今日は駐車場で待っていると会長がやってきた。尚孝さんと一緒でない朝はこういうものだ。
「おはようございます。会長」
「おはよう。今日は午後から頼む」
「はい。お任せください。一花さんのご様子はどうですか?」
「少し緊張しているようだが、母がついているから大丈夫だろう。朝食はちゃんと摂れていたよ」
「そうですか。それなら安心ですね」
そんな話をしながらも、会長も少し緊張している様子が窺える。まぁ、無理もない。
できるだけ重苦しい雰囲気にならないようにたわいもない話と、午前中に終わらせておかなければいけない仕事の話を織り交ぜながら、会社に向かった。
仕事が始まってからは忙しさに忙殺されて、あっという間に午後を迎えた。
会長室で軽く昼食を摂り、明日の仕事をまとめてから会長と共に一花さんの待つ貴船邸に戻った。
「会長、私は車の準備をしておきますので、一花さんをお連れください」
「わかった」
久しぶりのこの車の登場だが、一花さんを乗せる車だから会長が手入れを欠かさない。いつだって安心して乗せることができる。
すぐにでも出発できる状態にして、車を降りて待っていると会長が一花さんを抱きかかえてやってきた。一花さんが軽いとはいえ、片手で抱きかかえてもう片方の手にグリのお出かけ用のバッグを持つのはすごい。
すぐに会長からキャリーバッグを受け取り、会長が一花さんを後部座席のベッドに座らせた後で、すぐ近くにグリのキャリーバッグを固定して載せた。
一花さんと会長、そしてグリを乗せて私は磯山邸に向かって車を走らせた。
この時間はあまり混雑している様子もなく順調に到着し、磯山先生から伺っていた場所に車を止めると会長は一人で車を降りて行った。
普段は運転席にいる私が後部座席の様子を窺い知ることはできないことになっているが、今日の直純くんとの対面に限って運転席にあるモニターに後部座席の様子が映るように会長が整えていた。音声もボタンひとつで聞くことはできると会長からは伺っているけれど、それは何か特別なことが起こったときにしようと思っている。できるだけ二人だけの空間のままにしておいてあげたいというのが私の素直な気持ちだ。
そう思えるのは、尚孝さんが一花さんと直純くんの対面が絶対に成功すると言ってくれたからだろう。
直純くんが一人で車の中に入るのに、あまり大人が顔を出さないほうがいいだろうと思い、私は運転席の中で様子を見守った。モニターに後部座席の扉が開き直純くんが乗り込む様子が見えている。
無音だけれど、直純くんの緊張が私にも伝わってくるような気がした。
ほんの数段の階段をゆっくりと一歩ずつ上がっていくのを応援しながら見守っていると、上段まで上がり、奥に一歩足を進めた直純くんと一花さんが目を合わせたのが見えた。一花さんが笑顔で直純くんを見た瞬間、直純くんの姿が急に見えなくなった。
えっ?
一瞬驚いたものの、モニターの下の方に直純くんの頭だけが見える。
それが土下座だということに私は気づいた。どうしたらいいだろうか、ここは大人として私が声をかけるべきか……。
迷いながらもモニターを見続けていると、一花さんのすぐ近くから何かが直純くんに飛び込んでいくのが見えた。
これは……グリ?
モニターカメラのアングルを変えると、下方に映っていた直純くんが正面に大きく見える。顔中を涙に濡らしながらもその表情は笑顔だ。
そうか、一花さんがグリを連れてきたのはこのためか。一花さんは最初から直純くんを許す気持ちしかなかったわけだな。本当に尚孝さんの言った通りだ。もう心配はいらないかな。
一応モニターはつけたままだけれど、私は自分のタブレットを取り出し尚孝さんの様子を見ることにした。
部屋中にカメラを取り付けているから、尚孝さんがどの部屋にいてもその様子を確認することができる。
さて、どこにいるだろう。けれど、探す間もなく尚孝さんの姿はすぐに見つかった。
寝室だ。
私が脱いでいった寝巻きを嬉しそうに抱きしめながら眠っているのが見える。
寂しいのに笑顔で私を送り出してくれた尚孝さん。ああ、もう本当にこの人には勝てないな。
「おはようございます。会長」
「おはよう。今日は午後から頼む」
「はい。お任せください。一花さんのご様子はどうですか?」
「少し緊張しているようだが、母がついているから大丈夫だろう。朝食はちゃんと摂れていたよ」
「そうですか。それなら安心ですね」
そんな話をしながらも、会長も少し緊張している様子が窺える。まぁ、無理もない。
できるだけ重苦しい雰囲気にならないようにたわいもない話と、午前中に終わらせておかなければいけない仕事の話を織り交ぜながら、会社に向かった。
仕事が始まってからは忙しさに忙殺されて、あっという間に午後を迎えた。
会長室で軽く昼食を摂り、明日の仕事をまとめてから会長と共に一花さんの待つ貴船邸に戻った。
「会長、私は車の準備をしておきますので、一花さんをお連れください」
「わかった」
久しぶりのこの車の登場だが、一花さんを乗せる車だから会長が手入れを欠かさない。いつだって安心して乗せることができる。
すぐにでも出発できる状態にして、車を降りて待っていると会長が一花さんを抱きかかえてやってきた。一花さんが軽いとはいえ、片手で抱きかかえてもう片方の手にグリのお出かけ用のバッグを持つのはすごい。
すぐに会長からキャリーバッグを受け取り、会長が一花さんを後部座席のベッドに座らせた後で、すぐ近くにグリのキャリーバッグを固定して載せた。
一花さんと会長、そしてグリを乗せて私は磯山邸に向かって車を走らせた。
この時間はあまり混雑している様子もなく順調に到着し、磯山先生から伺っていた場所に車を止めると会長は一人で車を降りて行った。
普段は運転席にいる私が後部座席の様子を窺い知ることはできないことになっているが、今日の直純くんとの対面に限って運転席にあるモニターに後部座席の様子が映るように会長が整えていた。音声もボタンひとつで聞くことはできると会長からは伺っているけれど、それは何か特別なことが起こったときにしようと思っている。できるだけ二人だけの空間のままにしておいてあげたいというのが私の素直な気持ちだ。
そう思えるのは、尚孝さんが一花さんと直純くんの対面が絶対に成功すると言ってくれたからだろう。
直純くんが一人で車の中に入るのに、あまり大人が顔を出さないほうがいいだろうと思い、私は運転席の中で様子を見守った。モニターに後部座席の扉が開き直純くんが乗り込む様子が見えている。
無音だけれど、直純くんの緊張が私にも伝わってくるような気がした。
ほんの数段の階段をゆっくりと一歩ずつ上がっていくのを応援しながら見守っていると、上段まで上がり、奥に一歩足を進めた直純くんと一花さんが目を合わせたのが見えた。一花さんが笑顔で直純くんを見た瞬間、直純くんの姿が急に見えなくなった。
えっ?
一瞬驚いたものの、モニターの下の方に直純くんの頭だけが見える。
それが土下座だということに私は気づいた。どうしたらいいだろうか、ここは大人として私が声をかけるべきか……。
迷いながらもモニターを見続けていると、一花さんのすぐ近くから何かが直純くんに飛び込んでいくのが見えた。
これは……グリ?
モニターカメラのアングルを変えると、下方に映っていた直純くんが正面に大きく見える。顔中を涙に濡らしながらもその表情は笑顔だ。
そうか、一花さんがグリを連れてきたのはこのためか。一花さんは最初から直純くんを許す気持ちしかなかったわけだな。本当に尚孝さんの言った通りだ。もう心配はいらないかな。
一応モニターはつけたままだけれど、私は自分のタブレットを取り出し尚孝さんの様子を見ることにした。
部屋中にカメラを取り付けているから、尚孝さんがどの部屋にいてもその様子を確認することができる。
さて、どこにいるだろう。けれど、探す間もなく尚孝さんの姿はすぐに見つかった。
寝室だ。
私が脱いでいった寝巻きを嬉しそうに抱きしめながら眠っているのが見える。
寂しいのに笑顔で私を送り出してくれた尚孝さん。ああ、もう本当にこの人には勝てないな。
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