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消えない過去と罪悪感

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「ここです」

そう言って案内してくれた部屋の扉には可愛らしいリースが飾られていた。
売り物ではなさそうな温かみがあって、可愛いと褒めるとさっと顔を綻ばせて絢斗さんと作ったものだと教えてくれた。

二人で一緒に作ったものをこうして毎日目につく場所に飾っているということは、よほど相手を慕っているということだ。
さっきのリビングでの態度を見ても、彼が磯山先生と絢斗さんに可愛がられていることは間違いない。

部屋の中に入ると、子どもっぽいものに見え隠れして、彼のものではなさそうなものが置かれているのがわかる。
きっとここは絢斗さんの部屋だったのだろう。

「すごく明るくて雰囲気のいい部屋だね。ここなら勉強も捗りそうだね」

そういうと、ものすごく嬉しそうに笑っていた。
この部屋が大好きなのだということはその表情から感じ取れる。
ここが、彼にとって憩いの部屋になっているのなら安心だな。

「どこまで勉強進んでるかな? ノートとか見せてもらってもいい?」

彼の了承を得てノートを見ると、ノートに隙間なくびっしりと書かれていたことにも驚いたが、書かれていた字が印刷されたのかと見間違えてしまうほど綺麗でそれにも驚いてしまう。
実の母親からほぼ軟禁状態で勉強をさせられていたようだと聞いていたけれど、彼のこの字はそのせいもあるのだろう。
字を綺麗に書かなければ怒られるというプレッシャーもあったかもしれないな。

内容に関してはかなり進んでいる。
これなら余裕で編入試験には合格できるだろう。
これを独学で……なんともすごい子だ。

わからないときは絢斗さんやあの青年――昇くんというらしい――に教わっているというが、それでも彼自身の努力があってこそだ。

「直純くん、よく頑張ってるね」

そう褒めると、彼は目を丸くして驚いた。
僕に褒められたことが嬉しかったようだけど、この家でまさか褒めてもらえない?
少し心配になって尋ねると、慌てたように教えてくれた。

「この家ではみんな優しいからいつも頑張ってるって言ってもらえてます。でも、家では……僕が住んでいた実家では、いつもまだまだ頑張りが足りないって言われてて……」

彼が反応を気にしたりするのはやはり母親のせいか。
絢斗さんたちはそれがわかっているから、彼の自己評価を上げるために褒め言葉を声に出して言っているのだろう。
それなら僕からも言おう。

「この家の人は優しいから褒めてるんじゃないよ。直純くんが本当に頑張ってるから言いたくなるんだよ。他に理由はないよ」

絢斗さんたちがどうして彼を褒めるのか、しっかりと教えておかないと彼の自己評価は上がらないからな。

彼の気持ちを上げたところで、僕の話をしよう。
一生消えることもなく、忘れてはいけない僕の話を。

僕が理学療法士として学び始めた理由から、それを天職だと思っていたこと、兄の死をきっかけにその仕事を辞めて兄の仕事を引き継いだこと。

僕が話をしている間、直純くんは一言も聞き漏らさないとでもいうような真剣な表情で聞き続けていたけれど、仕事で事故を起こし、

「人を轢いてしまって、その子に一生歩けない傷を負わせてしまったんだよ」

その事実を告げた瞬間、彼の顔から血の気が引いたのがわかった。

この年の子には衝撃的すぎたかもしれない。
彼が倒れてしまわないように急いでソファーに座らせた。

彼が落ち着いたのを確認してから話を続けようかと思っていると、

「あ、あの……僕は、大丈夫です。それで、どうなったんですか?」

と彼の方から尋ねてくれた。

だから僕は、自分では刑務所に入り罪を償うつもりだったことを話しつつも、被害者の家族から僕に対して償いは求めず示談での解決を持ちかけられたことを話した。

そのことに彼はひどく驚いていた。
それはそうだろう。
一生歩けない傷を負わせた相手の償いを求めないなんて、通常なら信じられないことだ。

けれど、僕が謝罪に行ったあの日、心から詫びることしかできない僕に、一花くんは謝らないで、今が幸せだからと、そう言ってくれたんだ。

一生の傷を負いながらその言葉が出てくるということは、今までの生活がどれだけ辛いものだったかを物語っていた。
そのことに僕の話を聞いていた直純くんも気づいたようだった。

本当に聡い子だ。

この示談の条件として、彼の足を傷つけてしまった僕が一花くんのリハビリを行うことを提示されたことにも驚いていたけれど、それから必死にリハビリを行なった今、もうすぐ歩けるようになるまで回復したと告げると、

「――っ、すごいです!! 谷垣さんも、その彼も!! すっごく頑張ったんですね!!」

と青白かった頬をほんのりと赤く染めて、褒めてくれた。

僕はなんとかして一花くんを元のように歩けるようにしたいという一心だったけれど、一花くんの努力がなければ成し得なかったことで、頑張ったのは紛れもなく一花くんだ。

そのことを告げながら、

「彼とは今は、友だちのように仲良くさせてもらっているけれど、僕が彼にしてしまった罪悪感はいつまでも忘れることはないと思う。でも、それでいいかなって思うんだ」

というと、彼は驚きの表情を見せた。

「えっ……罪悪感を持ち続けることが?」

「自分がしてしまったことは消えないし、忘れてはいけないことだからね。でも、それ以上に彼を幸せにしたいって思うんだ」

その言葉に彼はきゅっと口を噤んだのは、直純くん自身がというより、自分の母親のしたことが頭をよぎったからだろう。
そんな彼に僕は伝えなければいけない言葉を投げかけた。

「この被害者の彼ね、誰だと思う?」

まさかここで僕と直純くんの縁を感じることになるとは思いもしていないだろう。

「彼はね、櫻葉グループの会長の息子で、今は貴船さんの養子になっている、貴船一花さんだよ」

「――っ!!! さ、くらばって、まさか……」

震える声で問いかける彼に、僕は真実を告げた。

「うん。君のお母さんの事件で連れ去られた、あの子だよ」

僕の答えに、彼は信じられないといった表情で僕を見た。
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