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ずっと聞いて欲しかった
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CAさんからご搭乗ありがとうございますと挨拶を受けながら機内に入ると、
「藤乃くん、席あっちだから。
君、悪いけど、この子席まで案内してくれるかな?」
倉田さんはCAさんに俺の案内を頼んで、他のCAさんと話を始めた。
何の話をしているのか気になったけれど、『こちらへどうぞ』と案内の声をかけられ俺はCAさんについていった。
案内された席は修学旅行で座ったときの倍はあるんじゃないかと思ってしまうほどのゆったりとした席で
『すごっ』と思わず声が漏れた。
こんなところに俺なんかが座っていいのかなと思いながら、そっと腰を下ろすと座り心地の良いゆったりとした席に包まれて感動してしまった。
こんなすごい席になれたら普通の席が座れなくなっちゃうかも……なんて一抹の不安を感じていると、
「お待たせ」
と彼の声が聞こえ慌てて見上げると、彼はもう慣れた感じで隣の席に座った。
「どう? 気に入ったかな?」
「はい。こんなすごい席! 怖いくらいです」
「ふふっ。そうか」
にこやかな笑顔を見せる倉田さんにホッとする。
本当にすごく優しい人なんだな。
彼と出会えて俺幸運だったかも。
「お話中のところ、失礼致します。倉田さま。藤乃さま。本日こちらのお席を担当いたします植松と申します。石垣島までの約5時間のフライト、どうぞよろしくお願いいたします」
とCAさんがわざわざ挨拶に来てくれた。
ふぇーっ、やっぱりビジネスクラスってすごいんだな。
「ああ。よろしく頼むよ」
「あっ、よろしくお願いいたします」
彼に続いて俺も挨拶すると、彼は優しい眼差しで俺を見つめた。
「ウエルカムドリンクは何をお持ちいたしましょうか?」
ウエルカムドリンク? そんなのあるんだ。
えーっ、どうしたらいいの?
困って倉田さんの顔を見ると、彼はにっこり笑って言った。
「そうだな。ワインと言いたいところだがこれから仕事だし、フレッシュジュースを頼むよ。
彼も同じものをね」
「畏まりました」
CAさんがお辞儀をして去っていくのを見ながら、
「こんなサービスあるんですね。俺、驚いちゃいました」
というと、
「ふふっ。私も初めて乗った時は君と同じくらい驚いたし緊張もしたよ」
と言ってくれて嬉しかった。
こんな人が上司だったら、もう少し頑張れたんだろうけどな……。
あの会社のことは忘れようと思ったのに、ふとした時に思い出す。
その瞬間、
「大丈夫だよ」
俺の顔が少し曇ったから元気づけようとしてくれたのか、彼の大きな手が俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
それがものすごく嬉しくて溢れそうになる涙を必死に堪えながら
『……ありがとう、ございます』とお礼を言うのが精一杯だった。
それからすぐにフレッシュジュースが運ばれてきて、彼が『藤乃くんとの出会いに乾杯しよう』と言ってくれて嬉しかった。
俺は綺麗なグラスに注がれたキラキラと光るジュースに口をつけた。
「うわっ、おいしっ!」
沖縄行きの飛行機だからだろうか。
すごく甘くて濃厚なパインジュースだ。
ところどころ果肉も入っていて、それがまた美味しい。
「こんなに美味しいジュース初めて飲みました!」
「私もだ。いつもワインやシャンパンばかりだったからな、こうやってジュースを飲んでみるのも新鮮でいい」
「えっ……シャン、パン……」
倉田さんの口からシャンパンという言葉が出てきた瞬間、はぁっ、はぁっと興奮しながら近づいてきたあの沼田部長の顔が鮮明に脳裏に蘇ってきた。
ビリビリと痺れたあの感覚を思い出し、気持ち悪くなってきた。
「うっ」
「大丈夫か?!」
倉田さんはすかさず俺の手からグラスを取り、俺の背中をさすってくれた。
「……だ、だいじょうぶです」
「そんな青い顔してるのに我慢しなくていい」
出発まで少し時間があるからと座席を倒してくれて、暖かな毛布までかけてくれた。
倉田さんのその優しさが胸に染みる。
『ふぅ』と何度か深呼吸したらようやく落ち着いてきて、飛行機が動き始める頃には座席を戻すことができた。
離陸してしばらくの間も彼はずっと俺を見ていてくれて、何か異変があったらすぐに対応するからと言ってくれて心強かった。
飛行機が安定し始めるとすぐに俺の座席をまたフラットにしてくれてだいぶ楽になった。
「ああ。少し顔色が戻ってきたな。寝不足というわけではなさそうだが、君のその体調の悪さはその青痣と何か関係があるのか?」
倉田さんにそう尋ねられて、もう全てを吐き出そうと思った。
「あの……実は俺……」
今まで5年間、誰にも話すことができなかった会社での待遇について初めて口に出した。
残業代も支払われずに朝早くから終電ギリギリまで働いていたこと、
その生活を5年耐えてようやく手にしたビッグプロジェクトの責任者、
打ち合わせだと言われて行ったホテルで薬を盛られて襲われそうになったあの夜の出来事、
それからそのことで部長に殴られ会社をクビになったこと、
今までの出来事の全てを綺麗さっぱり忘れて西表島で働いてみたいと思ったこと、
俺はひたすらに喋り続けた。
こんなに話せたんだ俺……って、自分でも驚くほどただひたすらに永遠と喋り続けた。
彼はその間、ただじっと俺の話を聞いてくれていた。
ずっと我慢していた言いたかったことを全て吐き出したら、スーッと胸のつかえが取れていくのを感じた。
そうか。俺、誰かに聞いてもらいたかったんだ……。
「辛い思いをしたんだな。でも、君はよくやった。君が西表を選んだのはきっと運命だ。
あの美しい島はきっと君の心を癒してくれるよ」
そんな彼の言葉に俺の涙は崩壊してとめどなく流れていく。
彼はスッと立ち上がり、俺の席の前に跪いてそっと俺を抱き起こした。
彼の大きな胸に抱き込まれ、背中をさすられていると、途轍もない安心感に包まれた。
「本当によく頑張った。これからは自分のために生きるんだ」
俺はずっと働くために生きてるのか、生きるために働いているのかわからなかった。
でもどちらでもなかったんだ。
そうか、自分のために生きるんだ!
倉田さんは俺が欲しかった言葉を全部言ってくれた。
彼に出会えたことは俺の人生で一番の幸せなのかもしれない。
「藤乃くん、席あっちだから。
君、悪いけど、この子席まで案内してくれるかな?」
倉田さんはCAさんに俺の案内を頼んで、他のCAさんと話を始めた。
何の話をしているのか気になったけれど、『こちらへどうぞ』と案内の声をかけられ俺はCAさんについていった。
案内された席は修学旅行で座ったときの倍はあるんじゃないかと思ってしまうほどのゆったりとした席で
『すごっ』と思わず声が漏れた。
こんなところに俺なんかが座っていいのかなと思いながら、そっと腰を下ろすと座り心地の良いゆったりとした席に包まれて感動してしまった。
こんなすごい席になれたら普通の席が座れなくなっちゃうかも……なんて一抹の不安を感じていると、
「お待たせ」
と彼の声が聞こえ慌てて見上げると、彼はもう慣れた感じで隣の席に座った。
「どう? 気に入ったかな?」
「はい。こんなすごい席! 怖いくらいです」
「ふふっ。そうか」
にこやかな笑顔を見せる倉田さんにホッとする。
本当にすごく優しい人なんだな。
彼と出会えて俺幸運だったかも。
「お話中のところ、失礼致します。倉田さま。藤乃さま。本日こちらのお席を担当いたします植松と申します。石垣島までの約5時間のフライト、どうぞよろしくお願いいたします」
とCAさんがわざわざ挨拶に来てくれた。
ふぇーっ、やっぱりビジネスクラスってすごいんだな。
「ああ。よろしく頼むよ」
「あっ、よろしくお願いいたします」
彼に続いて俺も挨拶すると、彼は優しい眼差しで俺を見つめた。
「ウエルカムドリンクは何をお持ちいたしましょうか?」
ウエルカムドリンク? そんなのあるんだ。
えーっ、どうしたらいいの?
困って倉田さんの顔を見ると、彼はにっこり笑って言った。
「そうだな。ワインと言いたいところだがこれから仕事だし、フレッシュジュースを頼むよ。
彼も同じものをね」
「畏まりました」
CAさんがお辞儀をして去っていくのを見ながら、
「こんなサービスあるんですね。俺、驚いちゃいました」
というと、
「ふふっ。私も初めて乗った時は君と同じくらい驚いたし緊張もしたよ」
と言ってくれて嬉しかった。
こんな人が上司だったら、もう少し頑張れたんだろうけどな……。
あの会社のことは忘れようと思ったのに、ふとした時に思い出す。
その瞬間、
「大丈夫だよ」
俺の顔が少し曇ったから元気づけようとしてくれたのか、彼の大きな手が俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
それがものすごく嬉しくて溢れそうになる涙を必死に堪えながら
『……ありがとう、ございます』とお礼を言うのが精一杯だった。
それからすぐにフレッシュジュースが運ばれてきて、彼が『藤乃くんとの出会いに乾杯しよう』と言ってくれて嬉しかった。
俺は綺麗なグラスに注がれたキラキラと光るジュースに口をつけた。
「うわっ、おいしっ!」
沖縄行きの飛行機だからだろうか。
すごく甘くて濃厚なパインジュースだ。
ところどころ果肉も入っていて、それがまた美味しい。
「こんなに美味しいジュース初めて飲みました!」
「私もだ。いつもワインやシャンパンばかりだったからな、こうやってジュースを飲んでみるのも新鮮でいい」
「えっ……シャン、パン……」
倉田さんの口からシャンパンという言葉が出てきた瞬間、はぁっ、はぁっと興奮しながら近づいてきたあの沼田部長の顔が鮮明に脳裏に蘇ってきた。
ビリビリと痺れたあの感覚を思い出し、気持ち悪くなってきた。
「うっ」
「大丈夫か?!」
倉田さんはすかさず俺の手からグラスを取り、俺の背中をさすってくれた。
「……だ、だいじょうぶです」
「そんな青い顔してるのに我慢しなくていい」
出発まで少し時間があるからと座席を倒してくれて、暖かな毛布までかけてくれた。
倉田さんのその優しさが胸に染みる。
『ふぅ』と何度か深呼吸したらようやく落ち着いてきて、飛行機が動き始める頃には座席を戻すことができた。
離陸してしばらくの間も彼はずっと俺を見ていてくれて、何か異変があったらすぐに対応するからと言ってくれて心強かった。
飛行機が安定し始めるとすぐに俺の座席をまたフラットにしてくれてだいぶ楽になった。
「ああ。少し顔色が戻ってきたな。寝不足というわけではなさそうだが、君のその体調の悪さはその青痣と何か関係があるのか?」
倉田さんにそう尋ねられて、もう全てを吐き出そうと思った。
「あの……実は俺……」
今まで5年間、誰にも話すことができなかった会社での待遇について初めて口に出した。
残業代も支払われずに朝早くから終電ギリギリまで働いていたこと、
その生活を5年耐えてようやく手にしたビッグプロジェクトの責任者、
打ち合わせだと言われて行ったホテルで薬を盛られて襲われそうになったあの夜の出来事、
それからそのことで部長に殴られ会社をクビになったこと、
今までの出来事の全てを綺麗さっぱり忘れて西表島で働いてみたいと思ったこと、
俺はひたすらに喋り続けた。
こんなに話せたんだ俺……って、自分でも驚くほどただひたすらに永遠と喋り続けた。
彼はその間、ただじっと俺の話を聞いてくれていた。
ずっと我慢していた言いたかったことを全て吐き出したら、スーッと胸のつかえが取れていくのを感じた。
そうか。俺、誰かに聞いてもらいたかったんだ……。
「辛い思いをしたんだな。でも、君はよくやった。君が西表を選んだのはきっと運命だ。
あの美しい島はきっと君の心を癒してくれるよ」
そんな彼の言葉に俺の涙は崩壊してとめどなく流れていく。
彼はスッと立ち上がり、俺の席の前に跪いてそっと俺を抱き起こした。
彼の大きな胸に抱き込まれ、背中をさすられていると、途轍もない安心感に包まれた。
「本当によく頑張った。これからは自分のために生きるんだ」
俺はずっと働くために生きてるのか、生きるために働いているのかわからなかった。
でもどちらでもなかったんだ。
そうか、自分のために生きるんだ!
倉田さんは俺が欲しかった言葉を全部言ってくれた。
彼に出会えたことは俺の人生で一番の幸せなのかもしれない。
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