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莉斗に誤解されたくない

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俺たちは無事に大学を卒業し、俺は宣言通りオートクチュールデザイナーとして自身のブランド
『Alotoiba』を設立した。

ブランド名はサモア語で『愛』を意味する言葉だが、これは『青葉莉斗』をローマ字にしたアナグラム。
これを知った時、俺のブランド名はこれしかないと思った。

「すごいな、湊介! この前雑誌で見たよ、今、注文しても数年待ちだって?」

「いやいや、全部莉斗のおかげだよ。いつも俺の服を着て宣伝してくれてるようなもんだからな。莉斗が着てる服、今日も俺のだろ?」

今日の莉斗の服は上から下まで俺の作った服。
この前会った時もそうだったし、もちろん仕事の時も。

そうそう、莉斗は大学卒業後ITエンジニアとして、うちの父さんの関連会社で働いている。
就活を始めようとしていた莉斗にやりたいこと聞いたら、そこにぴったりだとわかり俺が就職を勧めたんだ。

優秀だった莉斗は他の会社からもすでに声がかかるほどの存在だったし、父さんから見ても喉から手が出るほど欲しい人材だった。
俺としても、莉斗が俺の目の届かないところに就職して変な虫がつくよりは父さんの息のかかる会社で守ってもらったほうが安心だったから俺と父さんの利害関係が一致して入社が決まったんだ。

莉斗が入社する前に部長以上の上層部には父さんから直々に未来の息子の嫁だと説明があり、会社全体で莉斗を守ってくれていて本当に助かっている。

それはさておき、ITエンジニアとして働いている莉斗はスーツではなく、基本私服。
だから、俺は入社直前に莉斗に俺が作っておいた服を大量に贈ったんだ。
元々自分の見た目には無頓着な莉斗は自分で服を選ぶのが苦手だと言っていたからちょうどよかった。
莉斗は自分の着ている服にどんな意味があるのかもわからずに毎日俺の作った服を着て仕事に行ってくれている。

きっと、会社の人間にはわかっているだろう。
莉斗のサイズにピッタリ合うオーダーメイドの服を誰が贈っているのかを。
まぁ、わかってもらわないと意味がない。
莉斗は俺のものだと牽制の意味合いを込めて着させてるんだからな。

「ああ。もう俺、湊介の服しか着てないよ、ってか湊介の服……着心地最高だし、一回着たら他の服着られなくなっちゃってさ。そもそも俺、高校の時から湊介に服を選んでもらってたから正直もう自分で選ぶ自信ないんだよ。湊介がシーズン毎にセットでいっぱい用意してくれるからそれ着ればいいだけだし、めっちゃ楽。だけど、湊介……いい加減、服代払わせてよ。俺、雑誌で湊介の服の値段見て驚いたんだからな」

何言ってるんだ、元々、莉斗に着てもらうためだけに作っている服だ。
だから、金なんていらないんだよ。
でも、そう言っても莉斗は気にするんだろうな……。

「雑誌に載ってたやつは注文請け負って作ってるから、特別料金が入ってるんだよ。だから、全部があんな値段じゃないぞ。それに莉斗に渡してる服はサンプルで作ってるやつだから、売り物じゃないんだ」

「サンプル?」

「そう、言ってみれば、試作品ってこと。それを莉斗に着てもらってるんだから金なんていらないんだよ」

売り物じゃないのは本当だけど、試作品サンプルなんかじゃない。
莉斗のためだけに作った莉斗だけの服。
莉斗がきてくれなければ、何の意味もないんだから金なんていらない。

「そう、なのか?」

「ああ。莉斗に着てもらって、助かってるんだよ。捨てるのは勿体無いだろう?」

「捨てる? 絶対だめだっ!! そういうことなら俺が着るよ!! 湊介の作った服、試作品だろうがなんだろうがそんな勿体無いこと俺にはできないし」

「なら、今まで通り受け取ってくれるよな? その代わり着ているところをじっくり見させてもらって感想聞かせてくれたらいいんだ」

「ああ、わかったよ。それなら湊介の役に立てそうだ」

ふわっとした可愛らしい笑顔を見せながらそう言ってくれる莉斗。
ああ、やっぱり可愛いな。
これで、これからも俺の服だけを着てくれるんだ。
やっぱりこの仕事にして正解だったな。


「四ノ宮社長。一度だけでいいのでうちの娘に会ってやってくれませんか?」

「いや、この前もお断りしましたよね? 私には結婚を決めた相手がいるので無理です」

「その……実は、娘が四ノ宮社長から直接伺わないことには諦めきれないと申しておりまして……不出来な娘でして申し訳ございません。四ノ宮社長には絶対にご迷惑をおかけ致しませんのでどうか、どうか一度だけ会ってやっていただけないでしょうか?」

最近取引を始めたここの会社は日本の伝統的な織物を製造している会社。
着物の生地をなんとか洋服に使ってもらえないかと部長である澤乃井さわのいさん自らの熱心な営業で取引を決めたのだが、どうやらそこの娘が俺を雑誌で見かけてどうしてもと言って聞かないらしい。

もうすでに何度も断っているのだが、きっと娘に甘いのだろう。
父さんよりも年上の相手に平身低頭で頼まれれば、流石にこれ以上断るのも面倒だ。

「わかりました。ただし、2人っきりでは絶対に会いません。澤乃井さんも同席のことをお約束いただき、その上で私からはっきりとお断りさせていただきますがそれでよろしいですか?」

「はい。それで結構でございます。社長にお手を煩わせてしまい、本当に申し訳ございません」

「このようなお願いはこれっきりにしてください」

莉斗に誤解されるようなことになるのが絶対に困る。
こんなことさっさと終わらせるに限るな。


それから数日後、澤乃井部長同席の上で会社近くのカフェで会うことになった。

俺がカフェに着くとすでに澤乃井さんと娘は席に着いていて、俺の姿を見ると澤乃井さんは急いで立ち上がり隣に座ったままでいた娘を急いで立たせていた。

「四ノ宮社長。この度はご無理を申しまして申し訳ございません。こちらが娘の――」
「四ノ宮さん、湊介さんとお呼びしていいですよね。 私、澤乃井舞香まいかです。今日は湊介さんにお会いできて嬉しいです」

父親の話を遮って自分から挨拶するとは……しかも、許してもないのに勝手に俺の名前を呼ぶなんてな。
俺のことを名前で呼んでいいのは家族と莉斗だけだ。

あのとき、莉斗がそう言ってくれた日から俺もそう決めたんだ。

「澤乃井部長。失礼ですが、本当に娘さんは礼儀知らずなようですね。申し訳ありませんが、名前で呼ぶのは家族と大切な人だけと決めていますので勝手に名前で呼んでもらっては困ります」

「も、申し訳ございません。ほら、舞香! 失礼をお詫びしないかっ!」

「ちょっと、お父さん。やめてよ。私みたいな美人に名前で呼ばれて湊介さんも照れてるだけなんだから!」

「舞香っ!」

「澤乃井部長。今日はあなたがどうしてもと仰ったので伺いましたが、本当に不愉快です。澤乃井さん、はっきり申し上げますが、私には結婚を決めている大切な人がいます。あなたのような失礼な方と付き合うつもりなど一切ありません。失礼します」

俺は一度も席に着くことなくそのカフェから出て行った。

これだけはっきりと断ったんだ。
いくら失礼な女とはいえ、いい加減わかっただろう。

この時の判断が誤りだったことに俺はまだ気づいてなかった。
まさか、あの女が俺の大事な莉斗にあんなことをするなんて……。

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