30 / 61
◆死闘 凱旋を目指して
30 公開処刑
しおりを挟む倉地帯の街リジャから西へ二日ほど歩くとエルゲンブレクト大陸有数の港街が見えて来る。それがクラースモルデン連邦共和国最大の港街「港湾都市サレハルート」である。
エルゲンブレクト大陸中のみならず、他の大陸にもその販路を伸ばし、海運と漁業で古くから栄えていた海の男たちの街。
海に生きる荒くれ者たちが作った街は独立の気風高く、リンドグレイン王朝八百年の歴史の中でも、半独立・実質的自治を勝ち得た唯一の街それがサレハルートであり、人々の気性は荒く、古くから海運ギルドと漁業ギルドが街を支配していた。
そのサレハルートの中心、円形大広場に街の人々が集まっている。石造りの街、石造りの道、全てが石造りの風情ある街の中心で、集会が行われていたのである。
ただ集会と言っても、海運ギルドが主催する遠洋航海の随伴船と乗組員の募集ではない。そして漁業ギルドが主催する、漁業高分配に異議を唱えた者たちの審判でもない。
集会はクラースモルデン共和国政府の名前で街の人々全てに声が掛かっており、半ば強制的に集めさせられた人々の間には、どよんとした重い空気が漂っており、人々がうんざりしているのは明らかであった。
「サレハルートの同志諸君!我らはクラースヌイツベート党より派遣された人民特務警察班である!クラースモルデン共和国の平和理念を冒涜したこの者たちの、公開処刑を行う!」
広場の中央、石造りの広場のさらに石を積んだ高い演壇に木造のやぐらを作り、やぐらの中央に並ぶ政治将校の一人が声高らかに叫んだ。
国軍の軍服と同じ緑色の軍服ではあるのだが、政治将校たちの腕に巻いた黒い腕章の中ほどに、クラースヌイツベート党のシンボルである赤い鎌のシルエットが刺繍されている事から、この壇上にいる者たちが生粋の軍人ではない事がうかがえる。
そして、その人民特務警察班の政治将校たちが掴む縄の先には、後ろ手に縛られて手足を拘束された五人の男女がおり、目隠しと猿ぐつわをされた彼らは、逃げ出すどころか助けてくれと叫ぶ事すら許されず、涙とよだれと鼻水を垂らしながら、ただその時が来る事を脅えながら待っていた。
「この者たちは、先日リジャでの暴動の際に国営穀物倉庫の備蓄食料を盗み出した者たちである!国家の財産つまり人民の財産を盗む行為は、国家万人に対する罪であり、それ即ち国家転覆を企てる反政府活動家であると判断!人民裁判の結果死刑を宣告、只今よりそれを執行する!」
部隊長らしき人物の宣言を受け、政治将校たちは死刑囚たちの首に、上から垂れ下がっている縄をかける。
青年一人と見るからに未成年の少年が二人、そして杖が無ければ歩けなさそうな老人が一人と、飢えた子供を心配する様な年頃の中年女性の合計五人が、猿ぐつわされた口から「うう!うう!」と怨み辛みや助命の言葉を漏らしながら壇上に均等に並ばされ、無理矢理やって来る人生最後の瞬間を待っている。
もちろんこの五名のリジャ市民は、反政府活動家などではない。あくまでも暴動の渦に巻き込まれたか便乗したかで、食糧庫から食糧を盗み出した者たちであり、その根源にあるのは飢餓である。血と暴力と他人には通用しない正義を振りかざしながら、国に闘いを挑む革命戦士などでは全く無いのだ。
本来なら公開処刑とは娯楽である。中世ヨーロッパでは大衆娯楽としての地位を築いており、一子相伝の処刑人たちが繰り出す様々な処刑方法に、人々は熱狂しながら声を上げ、罪人の断末魔を嬉々として見届けて来た歴史がある。
だが今、サレハルートの広場には嫌悪の空気が静寂として漂っている。街の人々誰もが眉間に皺を寄せ、口をつぐみ、一言も漏らさず押し黙っているのである。それはもちろん、これから処刑される者たちが罪人ではない事を理解しており、それをサレハルートの街の人々に見せようとするクラースヌイツベート党のやり方に怒りを覚えている現れだ。
半独立自治を「事実上」認められているサレハルートに対する、国家からの圧力以外の何物でもなかったからである。
首に巻かれた縄がピンと緊張し、後は号令に従って執行官がレバーを引くだけ……。
踏み板に乗る死刑囚たちは、ギシギシと鳴る足元の踏み板に恐怖と戦慄を覚えながら、諦めて力を抜く者、身体をよじって暴れる者、死の恐怖に前後不覚となって失禁する者など様子は様々であったのだが、とうとう彼ら全員に平等が訪れた。政治将校の長が腕を振り、執行官が踏み板解放のレバーを引いたのだ。
踏み板がガタリと開かれ、男女五人はそのまま重力に惹かれる様に落下。聞こえるか聞こえないかくらいの音でペチンと……頚椎が粉砕された音が響くと同時に、五人の男女はただの肉の塊へと変わり、哀れな振り子人形としてサレハルートの人々の瞳に影を揺らしていた。
「何でこんな後味の悪くなるものを見せるのか」……サレハルートの住民たちは、隣町の住人のその無惨な姿と、国家に対して怒りをぶつけたくてもぶつけられないやるせなさに肩を落とす。つまりは良心の呵責に耐えると言う、新たなトラウマを植え付けられたのである。
そして、そのクラースヌイツベート党人民特務警察班の処刑部隊とは別の場所に、眼光鋭く辺りをうかがう合計で六つの瞳がある。
広場からちょっと離れ、石造りの民家の影から顔を出すのは黒い軍服の男女。人民特務警察班の一握りのエリートたちだけが袖を通す事を許された精鋭部隊【シーニィ・メーチ】。
黒い剣と呼ばれるエリート部隊の者たちが、サレハルートの群衆の中から誰か目的の者を見つけ出そうとしていたのである。
その場には上官らしき女性士官と、その部下らしき男性が二人おり、女性士官の名前はその軍服の左胸に刺繍された名前と、肩と首元についた階級章で「ミユキ・コシガヤ特務大尉」だと判別出来る。
導師イエミエソネヴァの予言を受けたシーニィ・メーチの最高責任者アレクセイ・クルプスカヤ特務少佐は、イエミエソネヴァの予言をもってコシガヤ特務大尉に密命を与えており、それでコシガヤ特務大尉は首都のノヴォルイから、このサレハルートへとやって来ていたのであった。
「どうだ、いるか?」
自分でも目を細めながら、食い入る様に群衆を一人一人チェックするコシガヤ特務大尉。部下二人から否の報告を受けながら、クルプスカヤ特務少佐から正式な指令が下りた際に、特務少佐から聞いたイエミエソネヴァの予言の言葉をふと思い出す。
ーーこの大陸を巨大な戦果の渦に巻き込む凶星二つ。そは、皇女エマニュエルとフラット・ライナー。凶星堕ちねば共和国に明日は無しーー
その言葉を思い出し、反芻し、そして苦々しい表情を露骨に現しながら、自分にだけ聞こえる小さな声で、怨嗟の言葉を吐き出した。
「フラット・ライナー……、藤森修哉。何故この世界にまで来て私を煩わす?お前たちがいけないんだぞ、あっちの世界でナンバー・ワンの私を散々貶めて来た報いなんだよ。だから小夜は自業自得で死んだんだ」
コシガヤ特務大尉はそう呟き終えると、一旦口を閉じて大きく息を吸う。そしてゆっくりと空気を吐き出すと彼女の表情はガラリと一変した、まさに豹変だ。
理知的なクールビューティーを想像させる彼女であったが、その冷たい雰囲気がかき消される様に、殺気に満ち満ちたドス黒い狂気に彩られてしまったのである。
「修哉、小夜……。お前たちがいけないんだぞ、お前たちのせいだ。クックック、だから殺してやる藤森修哉、小夜の後を追って死ねば良い」
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ハイエルフ少女と三十路弱者男の冒険者ワークライフ ~最初は弱いが、努力ガチャを引くたびに強くなる~
スィグトーネ
ファンタジー
年収が低く、非正規として働いているため、決してモテない男。
それが、この物語の主人公である【東龍之介】だ。
そんな30歳の弱者男は、飲み会の帰りに偶然立ち寄った神社で、異世界へと移動することになってしまう。
異世界へ行った男が、まず出逢ったのは、美しい紫髪のエルフ少女だった。
彼女はエルフの中でも珍しい、2柱以上の精霊から加護を受けるハイエルフだ。
どうして、それほどの人物が単独で旅をしているのか。彼女の口から秘密が明かされることで、2人のワークライフがはじまろうとしている。
※この物語で使用しているイラストは、AIイラストさんのものを使用しています。
※なかには過激なシーンもありますので、外出先等でご覧になる場合は、くれぐれもご注意ください。
召喚アラサー女~ 自由に生きています!
マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。
牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子
信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。
初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった
***
異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います
かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる